二次創作
【参加型】大正聖杯異譚
爛々と輝く夜燈の[漢字]瓦斯[/漢字][ふりがな]ガス[/ふりがな]灯。ここ数年で一気に普及したそれのお陰で、真上の空だけが嫌に明るい。
どうも未だに目に慣れないと、星が随分遠くなったと、爺いの様な愚痴を口に出すでもなく、オレ……[太字][漢字]日威[/漢字][ふりがな]ひおどし[/ふりがな] [漢字]月姫[/漢字][ふりがな]つき[/ふりがな][/太字]は、ただ単に頭上を見る。
家を飛び出して遠い田舎の高等学校を受験し早二年、その隙にも大正の世は随分と様変わりした。
が、オレは数ヶ月前からかつて江戸と呼ばれた実家周辺に遺憾にも舞い戻り、何をするでもなく、夜毎に月明かりの街をブラついている。生ぬるい風すらも吹かない都会は、数年前まで住んでいたハズがどうにも馴染まない。
更には田舎に居た頃と同様に、渡来品の革外套に袖を通しては時に徒党を組み時に対立し、中立のまま喧嘩の仲裁という名の両成敗、何やらきな臭いジャンキー共の成敗に婦女暴行のゴミ野郎の成敗と、もはや不良だか自警団だか何だか判然としねェ活動に手を染めているのだからもうワケも分からねェ。
まァ『不良は夜歩きするモンだろーが』なんてアホくせェカッコつけを今更ガタガタ吐かす気もねーけどよ。
趣味と実益を兼ねた調理、或いは家庭菜園の世話、はたまたどこかのケンカで作りでもしたか、どうにも見覚えのない、判然としない手の甲の痣を無意識にさする。
さてさて夢想はさて置いて、現在に話を戻してみれば、どうにも神社近辺に見合わない厭な血の臭いがしやがる。
近代化された筈の首都だが、最近の新聞には未だ妖騒ぎだの不審死だのが載る始末。
最近は治安悪りぃからなー、と何の気なしにその治安悪化の一因と言えなくもない[漢字]自身[/漢字][ふりがな]不良[/ふりがな]を棚に上げ独り言ちれば、存外愉快な話でもあると言えなくもない。ハズだ。
何という目的もなくブラブラと歩く商店街には簾が降りて、『寄ってらっしゃい見てらっしゃい』のありきたりな呼び込みすらもない。
だがよくよく感覚を辿ってみれば、代わりに肉を殴る厭な音、ギャアギャア喚く品のねェ声、そして硝子の割れる気配がする。
だがソレも一本向こうの路地裏の話。少し外れたそこを見さえしなければ、まァ安全に通れるだろう。今日はケンカの気分でもねェし、これは単なる殴り合いの音。勝手にやっていやがる分には放っておこう……そう思っていたのだが。
「ン? ケンカの音が止んだな。」
ポリでも来たか? 厄介なんだよなー、と凡そ健全な市民らしくねェ感想。どうやらオレはいつの間にやら、田舎の風土と不良文化にすっかりと首まで染まっているらしい。あーあとっとと帰りてェなー。まァ、ここらの不良も大概は知り合いだけどよ。
そんな思考を遮るように、ガシャン!!!と一際大きな音。次いで、ぐちゃりと何かが潰れるような音。逃げる足音は一直線にこちらに向かっている。
ちょうど神社に向かう曲がり角から首を出したのは、知り合いの不良だった。呼吸は乱れて顔は赤く、玉のような汗が吹き出している。
「月姫か! まあいい、とにかくお前も逃げろ!!」
「はァ? 逃げるって何からだよ。」
名を、[太字][漢字]皐木[/漢字][ふりがな]さつき[/ふりがな] [漢字]仁[/漢字][ふりがな]じん[/ふりがな][/太字]。幾つかあるこの街の不良グループの内一つ、『大江戸桔梗』のリーダーだ。
「うるせぇな俺が知るかよ!! 目の前でいきなり喧嘩相手……[太字]【蝮】の[漢字]呉人[/漢字][ふりがな]くれと[/ふりがな][/太字]がよく分からん奴に[漢字]潰された[/漢字][ふりがな]・・・・[/ふりがな]んだっつーの!!」
「何度聞いてもダッセェ二つ名だよなァ、ソレ。つーか潰されたって文字通りぺちゃんこなのかー?」
「んな呑気なコト言ってる場合じゃねぇんだっての!!」
[漢字]篠崎[/漢字][ふりがな]しのさき[/ふりがな] 呉人。又の名を【蝮】の呉人。何ともダッセェ二つ名だがこの辺りで幅を利かせてる半グレで、蝮の刺青が自慢の暴力が好きな根腐れ野郎。物騒なヤツらの多いグループ『夭蛇滅々』のトップみてーなモン。
成金趣味で金細工の懐中時計を自慢にしていたが、オレ個人はアイツをどーも好かねェ。が、ともかく実力だけは確かだ。
いや、仁の言う通りなら“だった”と言うべきか。
「はァ? 尚更イミ分かんねーな。あの呉人がアッサリやられっか? 仁お前、最近流行りの『妖に遭った』とか吐かす気かよー?」
「……もし俺が『そうだ』っつったら? 妖騒ぎ、実際ここ数週間で結構出てるだろ。俺は、アレを人間だとは思えねぇ。」
「あのな。言っといてアレだけどよ、妖なんざいねーっての。徹夜続きの夜歩きで遂におかしくなっちまったんじゃねーか?」
けどよ、と尚も言い募る仁を有無を言わせず背負って、ともかく一直線に走る。
一先ずこの状態のコイツを見捨てちゃおけねー。この辺りの路地には慣れてるし土地勘もある。こう見えて婆さん二人ぐらいならまとめて背負って全力疾走したコトもあんだ、追いつかれる気ぃしねェしよ。
「おま、信じないんじゃねぇのか!?」
「まァ確かに妖は信じちゃいねーけどよー。」
じゃあ何で、と言いかけた仁を遮る。
「オレはお前がヤベェモンを見たっつーのを信じただけだぜー! つーワケだ、行きしに何見たか説明しやがれェ!!」
無駄な嘘を吐く野郎じゃねーし、不良の中でも比較的マトモ。オマケにキモの据わり様もハンパじゃねェコイツがこんだけ言うんだ、何かヤベェモンがいやがんのはまず間違いねェ。
なら妖かどうかはさて置いてもよ、コイツが何かしらを見たってのまで否定すんのは単なるバカだろ。
「あ、ああ。俺が見たのはまず妖と妖が戦ってるところでさ……」
つってもこの説明じゃあ荒唐無稽すぎて何言ってっかまるでワケ分かんねーけどよ!!!
そう思いつつ四分一刻ほど走っても、特段追ってくる気配はなかった。そこそこに離れたのを確認して、表通りの街路樹の辺りに仁を下ろす。
「一先ずその辺に隠れてろ! オレはお前が見た妖だかなんだかっつーののツラを拝みに行ってやっからよー!」
「は!? おい待てお前、死ぬ気か!?」
「ンなワケねーだろ。仇討ちもシュミじゃねー。」
更に言っちまえばオレが個人的にアイツの仇討ちしなきゃなんねー理由もねェ。
だから仁には不気味に見えてんだろーな。
「じゃあ何で!」
「あんなんでもこの街の不良の首領格だろーが。だから、外様でどこのグループでもねェオレが手ェ出すぐらいが丁度良い。」
この辺じゃ今んトコはオレら不良が幅を利かせてるが、ヤベェ大人なんて幾らでもいる。
それこそ開国以来モルヒネなんか薬局でも買えるようになっちまったんだ、この辺り狙ってるジャンキー共なんざ文字通り掃いて棄てる程いるだろうぜ。
そしてソイツらは、首領格だった呉人がやられた隙を見逃すようなバカじゃねェ。
ならよ、キッチリ示しつけとかねーとなァ!
「分かった。……戻って、来いよ。」
「おう。」
端的に答えて踵を返して、再び走り出す。刻一刻と強くなる血の匂いと記憶を頼りに、複雑な路地を一本一本戻っていく。
肩までの結んだ黒髪に、赤の染め髪。赤い札の様な耳飾りが揺れるハイカラな格好の、少年だか少女だか分からないヤツ。人間同様の見た目だが怪力俊足、到底敵う相手じゃねェ。仁からは“妖”とやらについてそう聞いた。
曰く一応もう一体ソイツと戦ってるのはいたが、そっちは逃げたから姿は分からねェらしい。
『その耳飾りのヤツの右手に触れた途端、何もかもグチャグチャになったんだ』と、どうも分からねェなりに言語化したであろう説明に首を傾げながらもひた走る。息は案外と上がらない。
上がってくれればむしろ、諦める理由もついたかもしれねェが。
そして当然だが仁を背負っていた時より遥かに早く、オレは現場に戻ってきてしまった。
「っ!」
神社の鳥居の目の前、一度は離れた路地裏で香る、一際強い血の匂い。
ケンカの時とは比べ物にすらならねェそれは、紛れもなく呉人だったハズのモノから発されている。ソレに目の焦点があった途端、思わずえずきかける。
本当に酷ェモンだった。
鳥居より鮮烈な赤色で。
敷石より純粋な白色で。
未だどくどくと脈打つような肉色のソレは、腹の辺りを中心に、およそ人間業とは思えないほどに大きくバラけて、一部は砂状にまで成り果てていた。
あァ、血と臓物の匂いがしやがる。
人はこんな風になるのか、なってしまうのか、とオレは息を止める。止めざるを得ない。もしこれ以上呼吸すれば、それだけで気分が悪くなりそうだ、と、非日常性に麻痺した頭で思考する。
恐らくだがコイツは、神社に向けて逃げたんだろう。体の半分、胸より向こうは境内に入っている。びちゃびちゃとした血の池の中で、金の懐中時計だけが光っている。
こりゃあ確かにグチャグチャだ。仁のヤツが潰されたと思うのも無理もねェ。
だがむしろオレの目には、内部から破壊されたように映った。ならなぜ、どうやって? そう考え始めた直後、背後に厭な気配を感じて飛び退る。
視界の端に映ったのは、黒に、赤の染め髪の年若い何者か。
からりと揺れた耳飾りはなるほど確かに札のようで、見事に赤い。
「マズったな……目撃者って、やっぱ殺さなきゃなんやろ……さっきも一人逃げたし、ここの路地は複雑だし……」
追ってくる手を寸での所で躱してそのまま二転三転し、神社の中へ。ゴミ箱の上から配管伝いに社務所の屋根まで登る。
身のこなしには自信があった。それこそケンカでコレを使えば、大抵のヤツはワケも分からず呆気に取られて茫然とする。
だが眼下のハイカラ野郎は、そうはならなかった。
焦燥もない。困惑もない。混乱も、驚嘆も、そして動転も。ただちょっと珍しい[漢字]曲馬[/漢字][ふりがな]サーカス[/ふりがな]芸でも見たような、せいぜいその程度。
『殺す』と宣った割にはオレを追いもしないのは、オレが何を仕掛けてくるか待っているだけだと、容易に察しがついた。
間違いねェ、仁が言ってたのはコイツだ。
どうも未だに目に慣れないと、星が随分遠くなったと、爺いの様な愚痴を口に出すでもなく、オレ……[太字][漢字]日威[/漢字][ふりがな]ひおどし[/ふりがな] [漢字]月姫[/漢字][ふりがな]つき[/ふりがな][/太字]は、ただ単に頭上を見る。
家を飛び出して遠い田舎の高等学校を受験し早二年、その隙にも大正の世は随分と様変わりした。
が、オレは数ヶ月前からかつて江戸と呼ばれた実家周辺に遺憾にも舞い戻り、何をするでもなく、夜毎に月明かりの街をブラついている。生ぬるい風すらも吹かない都会は、数年前まで住んでいたハズがどうにも馴染まない。
更には田舎に居た頃と同様に、渡来品の革外套に袖を通しては時に徒党を組み時に対立し、中立のまま喧嘩の仲裁という名の両成敗、何やらきな臭いジャンキー共の成敗に婦女暴行のゴミ野郎の成敗と、もはや不良だか自警団だか何だか判然としねェ活動に手を染めているのだからもうワケも分からねェ。
まァ『不良は夜歩きするモンだろーが』なんてアホくせェカッコつけを今更ガタガタ吐かす気もねーけどよ。
趣味と実益を兼ねた調理、或いは家庭菜園の世話、はたまたどこかのケンカで作りでもしたか、どうにも見覚えのない、判然としない手の甲の痣を無意識にさする。
さてさて夢想はさて置いて、現在に話を戻してみれば、どうにも神社近辺に見合わない厭な血の臭いがしやがる。
近代化された筈の首都だが、最近の新聞には未だ妖騒ぎだの不審死だのが載る始末。
最近は治安悪りぃからなー、と何の気なしにその治安悪化の一因と言えなくもない[漢字]自身[/漢字][ふりがな]不良[/ふりがな]を棚に上げ独り言ちれば、存外愉快な話でもあると言えなくもない。ハズだ。
何という目的もなくブラブラと歩く商店街には簾が降りて、『寄ってらっしゃい見てらっしゃい』のありきたりな呼び込みすらもない。
だがよくよく感覚を辿ってみれば、代わりに肉を殴る厭な音、ギャアギャア喚く品のねェ声、そして硝子の割れる気配がする。
だがソレも一本向こうの路地裏の話。少し外れたそこを見さえしなければ、まァ安全に通れるだろう。今日はケンカの気分でもねェし、これは単なる殴り合いの音。勝手にやっていやがる分には放っておこう……そう思っていたのだが。
「ン? ケンカの音が止んだな。」
ポリでも来たか? 厄介なんだよなー、と凡そ健全な市民らしくねェ感想。どうやらオレはいつの間にやら、田舎の風土と不良文化にすっかりと首まで染まっているらしい。あーあとっとと帰りてェなー。まァ、ここらの不良も大概は知り合いだけどよ。
そんな思考を遮るように、ガシャン!!!と一際大きな音。次いで、ぐちゃりと何かが潰れるような音。逃げる足音は一直線にこちらに向かっている。
ちょうど神社に向かう曲がり角から首を出したのは、知り合いの不良だった。呼吸は乱れて顔は赤く、玉のような汗が吹き出している。
「月姫か! まあいい、とにかくお前も逃げろ!!」
「はァ? 逃げるって何からだよ。」
名を、[太字][漢字]皐木[/漢字][ふりがな]さつき[/ふりがな] [漢字]仁[/漢字][ふりがな]じん[/ふりがな][/太字]。幾つかあるこの街の不良グループの内一つ、『大江戸桔梗』のリーダーだ。
「うるせぇな俺が知るかよ!! 目の前でいきなり喧嘩相手……[太字]【蝮】の[漢字]呉人[/漢字][ふりがな]くれと[/ふりがな][/太字]がよく分からん奴に[漢字]潰された[/漢字][ふりがな]・・・・[/ふりがな]んだっつーの!!」
「何度聞いてもダッセェ二つ名だよなァ、ソレ。つーか潰されたって文字通りぺちゃんこなのかー?」
「んな呑気なコト言ってる場合じゃねぇんだっての!!」
[漢字]篠崎[/漢字][ふりがな]しのさき[/ふりがな] 呉人。又の名を【蝮】の呉人。何ともダッセェ二つ名だがこの辺りで幅を利かせてる半グレで、蝮の刺青が自慢の暴力が好きな根腐れ野郎。物騒なヤツらの多いグループ『夭蛇滅々』のトップみてーなモン。
成金趣味で金細工の懐中時計を自慢にしていたが、オレ個人はアイツをどーも好かねェ。が、ともかく実力だけは確かだ。
いや、仁の言う通りなら“だった”と言うべきか。
「はァ? 尚更イミ分かんねーな。あの呉人がアッサリやられっか? 仁お前、最近流行りの『妖に遭った』とか吐かす気かよー?」
「……もし俺が『そうだ』っつったら? 妖騒ぎ、実際ここ数週間で結構出てるだろ。俺は、アレを人間だとは思えねぇ。」
「あのな。言っといてアレだけどよ、妖なんざいねーっての。徹夜続きの夜歩きで遂におかしくなっちまったんじゃねーか?」
けどよ、と尚も言い募る仁を有無を言わせず背負って、ともかく一直線に走る。
一先ずこの状態のコイツを見捨てちゃおけねー。この辺りの路地には慣れてるし土地勘もある。こう見えて婆さん二人ぐらいならまとめて背負って全力疾走したコトもあんだ、追いつかれる気ぃしねェしよ。
「おま、信じないんじゃねぇのか!?」
「まァ確かに妖は信じちゃいねーけどよー。」
じゃあ何で、と言いかけた仁を遮る。
「オレはお前がヤベェモンを見たっつーのを信じただけだぜー! つーワケだ、行きしに何見たか説明しやがれェ!!」
無駄な嘘を吐く野郎じゃねーし、不良の中でも比較的マトモ。オマケにキモの据わり様もハンパじゃねェコイツがこんだけ言うんだ、何かヤベェモンがいやがんのはまず間違いねェ。
なら妖かどうかはさて置いてもよ、コイツが何かしらを見たってのまで否定すんのは単なるバカだろ。
「あ、ああ。俺が見たのはまず妖と妖が戦ってるところでさ……」
つってもこの説明じゃあ荒唐無稽すぎて何言ってっかまるでワケ分かんねーけどよ!!!
そう思いつつ四分一刻ほど走っても、特段追ってくる気配はなかった。そこそこに離れたのを確認して、表通りの街路樹の辺りに仁を下ろす。
「一先ずその辺に隠れてろ! オレはお前が見た妖だかなんだかっつーののツラを拝みに行ってやっからよー!」
「は!? おい待てお前、死ぬ気か!?」
「ンなワケねーだろ。仇討ちもシュミじゃねー。」
更に言っちまえばオレが個人的にアイツの仇討ちしなきゃなんねー理由もねェ。
だから仁には不気味に見えてんだろーな。
「じゃあ何で!」
「あんなんでもこの街の不良の首領格だろーが。だから、外様でどこのグループでもねェオレが手ェ出すぐらいが丁度良い。」
この辺じゃ今んトコはオレら不良が幅を利かせてるが、ヤベェ大人なんて幾らでもいる。
それこそ開国以来モルヒネなんか薬局でも買えるようになっちまったんだ、この辺り狙ってるジャンキー共なんざ文字通り掃いて棄てる程いるだろうぜ。
そしてソイツらは、首領格だった呉人がやられた隙を見逃すようなバカじゃねェ。
ならよ、キッチリ示しつけとかねーとなァ!
「分かった。……戻って、来いよ。」
「おう。」
端的に答えて踵を返して、再び走り出す。刻一刻と強くなる血の匂いと記憶を頼りに、複雑な路地を一本一本戻っていく。
肩までの結んだ黒髪に、赤の染め髪。赤い札の様な耳飾りが揺れるハイカラな格好の、少年だか少女だか分からないヤツ。人間同様の見た目だが怪力俊足、到底敵う相手じゃねェ。仁からは“妖”とやらについてそう聞いた。
曰く一応もう一体ソイツと戦ってるのはいたが、そっちは逃げたから姿は分からねェらしい。
『その耳飾りのヤツの右手に触れた途端、何もかもグチャグチャになったんだ』と、どうも分からねェなりに言語化したであろう説明に首を傾げながらもひた走る。息は案外と上がらない。
上がってくれればむしろ、諦める理由もついたかもしれねェが。
そして当然だが仁を背負っていた時より遥かに早く、オレは現場に戻ってきてしまった。
「っ!」
神社の鳥居の目の前、一度は離れた路地裏で香る、一際強い血の匂い。
ケンカの時とは比べ物にすらならねェそれは、紛れもなく呉人だったハズのモノから発されている。ソレに目の焦点があった途端、思わずえずきかける。
本当に酷ェモンだった。
鳥居より鮮烈な赤色で。
敷石より純粋な白色で。
未だどくどくと脈打つような肉色のソレは、腹の辺りを中心に、およそ人間業とは思えないほどに大きくバラけて、一部は砂状にまで成り果てていた。
あァ、血と臓物の匂いがしやがる。
人はこんな風になるのか、なってしまうのか、とオレは息を止める。止めざるを得ない。もしこれ以上呼吸すれば、それだけで気分が悪くなりそうだ、と、非日常性に麻痺した頭で思考する。
恐らくだがコイツは、神社に向けて逃げたんだろう。体の半分、胸より向こうは境内に入っている。びちゃびちゃとした血の池の中で、金の懐中時計だけが光っている。
こりゃあ確かにグチャグチャだ。仁のヤツが潰されたと思うのも無理もねェ。
だがむしろオレの目には、内部から破壊されたように映った。ならなぜ、どうやって? そう考え始めた直後、背後に厭な気配を感じて飛び退る。
視界の端に映ったのは、黒に、赤の染め髪の年若い何者か。
からりと揺れた耳飾りはなるほど確かに札のようで、見事に赤い。
「マズったな……目撃者って、やっぱ殺さなきゃなんやろ……さっきも一人逃げたし、ここの路地は複雑だし……」
追ってくる手を寸での所で躱してそのまま二転三転し、神社の中へ。ゴミ箱の上から配管伝いに社務所の屋根まで登る。
身のこなしには自信があった。それこそケンカでコレを使えば、大抵のヤツはワケも分からず呆気に取られて茫然とする。
だが眼下のハイカラ野郎は、そうはならなかった。
焦燥もない。困惑もない。混乱も、驚嘆も、そして動転も。ただちょっと珍しい[漢字]曲馬[/漢字][ふりがな]サーカス[/ふりがな]芸でも見たような、せいぜいその程度。
『殺す』と宣った割にはオレを追いもしないのは、オレが何を仕掛けてくるか待っているだけだと、容易に察しがついた。
間違いねェ、仁が言ってたのはコイツだ。