― 東日本大震災や阪神淡路大震災、これらの大規模災害時において、通信手段が極めて脆弱であることはよく知られている。電話回線はノイズに包まれ、インターネットは過剰なトラフィックで圧倒され、外界との接続が断たれてしまう。それがこれらの災害の恐ろしさのひとつである。しかし、唯一残された通信手段があった。それが、無線通信だった。―

「こちら、○○○−JP放送局。応答を願います。こちら、○○○−JP放送局…」

マイクの向こうからは返答はなく、ただひたすらにノイズが部屋を満たしていった。

窓の外では、家々がひしゃげ、潰れた残骸が地面を覆っていた。瓦礫が足元に散乱し、目の前には破壊の光景が広がっている。余震が少年の小さな体を揺さぶる。

「こちら、○○○−JP放送局。応答願います。こちら、○○○−JP放送局…」

「○○！何をしているの！早く避難しないと、命が危ないわよ！」

母の必死な声が響く。震える手でマイクを握りしめ、少年は何度も何度も放送を試みた。助けを求めなければならない。ケガをした弟を救わなければ──。

その後、奇跡的に助けが来たことを今でも鮮明に覚えている。自分から通報することなく、知らない誰かが救急隊を呼んでくれたことが、あの日の唯一の奇跡だった。

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6年後。少年はもはや青年となり、あの日からずっと無線機と向き合い続けている。無線で助けを呼び、命を救ってくれたその人物に、今でも感謝の気持ちを伝えたかった。しかし、どれほど交信を試みても、その人物を見つける手がかりは一向に得られなかった。ついに、引っ越しを迎えようとしている。

「兄ちゃん。」背後から、弟の声が聞こえた。引っ越しの準備はほぼ終わり、彼が呼んでいるのだろう。残るはこの無線機だけだった。

西から差し込む夕日の光が、古びた無線機を赤く照らし、部屋全体に浮かび上がらせる。その光景を見つめながら、青年は手を止め、心の中である決意が芽生える。

「ちょっと待ってくれ。」無線機に手を伸ばしながら、彼は心の中で何かが引っかかるのを感じた。これが最後のチャンスかもしれない──。

青年は無線機のノブを回し、音量を最大にする。ノイズがスピーカーから漏れ、周囲の空気を震わせる。

「ザザッ」スピーカーから、かすかな音が響く。青少年の心拍が速くなり、汗が額を伝う。

無線機が応答を示すことはない。そのまま回し続け、ついにはノブが限界まで回る。しかし、ノイズは止まらない。

その時、突然。

「あ、あー。」スピーカーから発せられた音が、ノイズから少しずつ声に変わり始める。

「聞いているかしら？〇〇君？」その声は、妖艶であり、まるでその場にいるかのように迫ってきた。「私はとある場所に住んでいる、あなたの弟君の命の恩人。」

青年は一瞬、その声に戸惑いを覚える。胡散臭さと同時に、どこか引き寄せられる感覚があった。彼の第六感が警鐘を鳴らす。しかし、感情が先走り、彼はすぐにマイクを引き寄せて叫ぶ。

「何だ、これは!?こんな質の悪い悪戯はやめろ！俺たちはもう、6年も経ってようやく新しい場所を見つけるんだ！」彼の怒りがこみ上げてくる。過去の感謝の気持ちは一気に吹き飛び、その声に対する反発が止まらない。

「〇〇君、弟君を心配し、命を懸けて助けを呼び続けたあなた。しかし、今はその居場所を失い、浮遊するしかなかったのね。」その声は冷たく、無情に響いた。

「違う！お前の勝手な同情なんていらない！」青年は怒りとともに言い放つ。「俺たちは、あの日のことを乗り越えたんだ。もう、過去に囚われたくない！」

だが、その声は静かに続ける。「でも、大丈夫。私は貴方を、貴方らしくいられる場所へ案内してあげる。」

青年は冷や汗をかきながら、無線機に手を伸ばす。しかし、その瞬間、強烈な衝動が身体を貫く。怒りと恐怖が交錯し、何かが彼の中で壊れた。

「さぁ、いらっしゃい。どなたも貴方も迎え入れる…夢の楽園幻想郷へ。」

無線機のスピーカーから、その声が静かに響くと同時に、青年は手を放した。白い絹の手袋が、彼の頬をすっと撫でるような感覚があった。足元がふらつき、視界がぼやけ、無意識のうちに身体が自由落下を始めていた。

彼は最後に、無線機のノイズに包まれて消えていった。