【参加型】巡る酒場にて、冒険者達はかく語りき
いつも他の場所と比べ賑やかな酒場。しかし、その夜ばかりは少し違う雰囲気が漂っていた。各所のテーブルから同じような話題が聞こえてくる。
「知ってるか?今日、『あの人』がこの酒場に来るんだってさ!」
「知ってる知ってる!長い間消息不明だったが、新階層見つけて戻ってきたんだってな!」
「「グレイシアさん!」」
グレイシア。巷で知らぬものは居ない冒険者の名前である。少女と呼ぶべき年齢ながら、迷宮攻略の最前線の一角を担う熟練冒険者。そんな有名人が今夜この酒場に来るとなれば、皆が興奮するのも無理はない。それだけ、深層は厳しく珍しいのだ。
カランカラン
そう、まだきても居ない人物の話で盛り上がっている人々の間に入店の鐘の音が響き渡った。一瞬、先程までの喧騒が嘘のように静まり返る。
「失礼する」
そしてそれはすぐに帰還を褒め称える騒々しい歓声に変わった。入り口に居たのはまさに少女といった風貌の人物であった。明らかに周囲の大人よりも低い身長、大きい瞳。しかしその目には場数を踏んだ冷たさが宿り、背中には身長に見合わない大きな武器を背負っている。彼女は「おかえり」の声一つ一つにお礼を言いながら空いている席に無造作に座った。周りの人々がそんなグレイシアに話をせがむ。
「なぁなぁ!行ってきた階層の話、聞かせてくれよ!」
その声は段々と周囲に伝播し、大きなコールへとなっていく。
それに応えるかのように、グレイシアは静かに…そして大きく口を開いた。
「なら話そう、これは私が探索してきた階層の話だ」
今回は、偶発的に一人で迷い込んだ階層だった。完全に事故だったよ…あれは。迷宮ってのは定期的に構造が変わるからな、記憶していたって役に立ちゃしない……地図が不要と言うわけではないからな。ただ、構造を理解していても、記憶していても油断するなと言うことだ。
今回の探索で組まれた大探索隊の本来の目的は、最近見つかった新階層の地図制作だった。集合は現地集合ってことでな。各々の地図を頼って集合することになったんだ…無論、私はいつも使う通り抜けルートで行こうとした。長居しないに越したことはないからな…特に深層は。しかしそこで今回の不幸な事故が発生したって訳だ。恥ずかしながら完全に油断していた私は、転移門前に新たに生成されていた落とし穴に引っかかってしまったんだよ……床の安全は判断するべきだ。どんなに慣れていてもな。
気がつけば、辺りは真っ白だった。背中も冷たい。吐く息が視界に白い曇りを与えてくる。空に見えるのは灰色の重たそうな空。仰向けになって投げ出されてたんだ、体がめちゃくちゃになっていなかったのは不幸中の幸いかな。長い間落ちていたのに五体満足だったんだ、迷宮の主サマに感謝しなくちゃ…まったく。取り敢えず、未知の場所に来た私は辺りの哨戒をすることにした。敵対存在が落下音で気がついていないとも限らない。そこで油断していたら一気にガブリ!だ。喰われて死ぬのだけはやだな、アイツらの糧にはなりたくない。
そうして警戒をしつつ辺りを見回して、地形がある程度分かった。まだ探索していなかったからアレだが、結構不気味な作りをしていたよ。見渡す限り真っ平ら、地面から生えているのはモミの木ばかり。まるで作り物みたいだった。他の階層でそんな作りだったのはいわゆる「ボス」がいる階層だけだったはずだ。そこではそんな強敵に出くわさなかったからよかったがな……あぁ、そういえば一つだけ異様な木があったな。落下地点近くにあった広葉樹、アレだけおかしかった。だって、クッキーがなっているんだぜ?緑色の中に、茶色に赤いイチゴのジャムが乗せられたクッキーが。辺りの空気で冷えた状態で。子供の夢かっての…いや、私が言うのもおかしいか?
そこくらいまで辺りを把握したところで、私は歩き始めた。一応地図を書く準備もしたが、正直あまり書く気は無かった。生存が最優先だからな、私はそこまでの[漢字]変態[/漢字][ふりがな]マニア[/ふりがな]じゃない。そう言う仕事は地図狂いにでも任せておけばいいさ。取り敢えず起き上がった私は、向こうから近づいてくる影に気がついた。そこそこの速度でだんだん大きくなっていくそいつは2本のツノと、4本の脚でこちらに駆けて来る。本当に怖かったな……いつまで経っても自分より強い奴と立ち会うのは恐怖と緊張が付きまとうよ。じゃぁなんでそんな事ばかりの迷宮を探索するのかって?楽しいからに決まってるからじゃないか。例に漏れず恐れを抱いた私は思わず剣を抜いたね。結局のところ使うことはなかったが。
近づいてきたのは見たところなんの変哲もない鹿系の生き物だった。地上で言うトナカイみたいなやつさ。興味深そうに鼻をひくつかせながらこっちに来たね。それはただのトナカイだったのかって?いいや、地上近くだったらいざ知らず最低でも20は下の階層にトナカイなんているわけが無い。そいつも例に漏れずただの生き物じゃなかった……じゃぁなんだったのか。そいつはな、私に向かってあろうことか……人の言葉で話しかけてきたんだよ!テレパス系じゃない、はっきりと、そいつの口からだ。なんと、「迷い込んだのか」だと。その通りだと答えたさ。私が危なく無い程度に経緯を話している間、そいつは目の前のクッキーの樹から一枚クッキーを取ってくれたな……おいしかった。ついでに一つ情報をくれたな。
「ここは丸いよ。歩くだけじゃ出られない」
最初はなんのことかわからなかったが……今だから分かる。アイツは本当に親切にしてくれてたんだってな。一緒に来てくれてもよかったのに。
----------------------------
そう呟くと、彼女は珍しく年相応の、むすっとした名残惜しそうな表情をした。
「知ってるか?今日、『あの人』がこの酒場に来るんだってさ!」
「知ってる知ってる!長い間消息不明だったが、新階層見つけて戻ってきたんだってな!」
「「グレイシアさん!」」
グレイシア。巷で知らぬものは居ない冒険者の名前である。少女と呼ぶべき年齢ながら、迷宮攻略の最前線の一角を担う熟練冒険者。そんな有名人が今夜この酒場に来るとなれば、皆が興奮するのも無理はない。それだけ、深層は厳しく珍しいのだ。
カランカラン
そう、まだきても居ない人物の話で盛り上がっている人々の間に入店の鐘の音が響き渡った。一瞬、先程までの喧騒が嘘のように静まり返る。
「失礼する」
そしてそれはすぐに帰還を褒め称える騒々しい歓声に変わった。入り口に居たのはまさに少女といった風貌の人物であった。明らかに周囲の大人よりも低い身長、大きい瞳。しかしその目には場数を踏んだ冷たさが宿り、背中には身長に見合わない大きな武器を背負っている。彼女は「おかえり」の声一つ一つにお礼を言いながら空いている席に無造作に座った。周りの人々がそんなグレイシアに話をせがむ。
「なぁなぁ!行ってきた階層の話、聞かせてくれよ!」
その声は段々と周囲に伝播し、大きなコールへとなっていく。
それに応えるかのように、グレイシアは静かに…そして大きく口を開いた。
「なら話そう、これは私が探索してきた階層の話だ」
今回は、偶発的に一人で迷い込んだ階層だった。完全に事故だったよ…あれは。迷宮ってのは定期的に構造が変わるからな、記憶していたって役に立ちゃしない……地図が不要と言うわけではないからな。ただ、構造を理解していても、記憶していても油断するなと言うことだ。
今回の探索で組まれた大探索隊の本来の目的は、最近見つかった新階層の地図制作だった。集合は現地集合ってことでな。各々の地図を頼って集合することになったんだ…無論、私はいつも使う通り抜けルートで行こうとした。長居しないに越したことはないからな…特に深層は。しかしそこで今回の不幸な事故が発生したって訳だ。恥ずかしながら完全に油断していた私は、転移門前に新たに生成されていた落とし穴に引っかかってしまったんだよ……床の安全は判断するべきだ。どんなに慣れていてもな。
気がつけば、辺りは真っ白だった。背中も冷たい。吐く息が視界に白い曇りを与えてくる。空に見えるのは灰色の重たそうな空。仰向けになって投げ出されてたんだ、体がめちゃくちゃになっていなかったのは不幸中の幸いかな。長い間落ちていたのに五体満足だったんだ、迷宮の主サマに感謝しなくちゃ…まったく。取り敢えず、未知の場所に来た私は辺りの哨戒をすることにした。敵対存在が落下音で気がついていないとも限らない。そこで油断していたら一気にガブリ!だ。喰われて死ぬのだけはやだな、アイツらの糧にはなりたくない。
そうして警戒をしつつ辺りを見回して、地形がある程度分かった。まだ探索していなかったからアレだが、結構不気味な作りをしていたよ。見渡す限り真っ平ら、地面から生えているのはモミの木ばかり。まるで作り物みたいだった。他の階層でそんな作りだったのはいわゆる「ボス」がいる階層だけだったはずだ。そこではそんな強敵に出くわさなかったからよかったがな……あぁ、そういえば一つだけ異様な木があったな。落下地点近くにあった広葉樹、アレだけおかしかった。だって、クッキーがなっているんだぜ?緑色の中に、茶色に赤いイチゴのジャムが乗せられたクッキーが。辺りの空気で冷えた状態で。子供の夢かっての…いや、私が言うのもおかしいか?
そこくらいまで辺りを把握したところで、私は歩き始めた。一応地図を書く準備もしたが、正直あまり書く気は無かった。生存が最優先だからな、私はそこまでの[漢字]変態[/漢字][ふりがな]マニア[/ふりがな]じゃない。そう言う仕事は地図狂いにでも任せておけばいいさ。取り敢えず起き上がった私は、向こうから近づいてくる影に気がついた。そこそこの速度でだんだん大きくなっていくそいつは2本のツノと、4本の脚でこちらに駆けて来る。本当に怖かったな……いつまで経っても自分より強い奴と立ち会うのは恐怖と緊張が付きまとうよ。じゃぁなんでそんな事ばかりの迷宮を探索するのかって?楽しいからに決まってるからじゃないか。例に漏れず恐れを抱いた私は思わず剣を抜いたね。結局のところ使うことはなかったが。
近づいてきたのは見たところなんの変哲もない鹿系の生き物だった。地上で言うトナカイみたいなやつさ。興味深そうに鼻をひくつかせながらこっちに来たね。それはただのトナカイだったのかって?いいや、地上近くだったらいざ知らず最低でも20は下の階層にトナカイなんているわけが無い。そいつも例に漏れずただの生き物じゃなかった……じゃぁなんだったのか。そいつはな、私に向かってあろうことか……人の言葉で話しかけてきたんだよ!テレパス系じゃない、はっきりと、そいつの口からだ。なんと、「迷い込んだのか」だと。その通りだと答えたさ。私が危なく無い程度に経緯を話している間、そいつは目の前のクッキーの樹から一枚クッキーを取ってくれたな……おいしかった。ついでに一つ情報をくれたな。
「ここは丸いよ。歩くだけじゃ出られない」
最初はなんのことかわからなかったが……今だから分かる。アイツは本当に親切にしてくれてたんだってな。一緒に来てくれてもよかったのに。
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そう呟くと、彼女は珍しく年相応の、むすっとした名残惜しそうな表情をした。