【参加型】巡る酒場にて、冒険者達はかく語りき
ある日、空には煌々とした満月が天上天下唯我独尊を語るかのように浮かんでいる夜。そのような抒情的な風景とは切り離されたように、酒場は喧騒に包まれていた。あちらこちらのテーブルで注文の声と皿を重ねる音、そして会話の声がせわしなく響いている。その中でも一際会話に花が咲くカウンター席にて、一人の冒険者がまた一つ話を始めた。
「つい最近、不思議な階層に辿り着いたの……」
-----------------------------------
ある日の事だった。私は比較的浅い階層を探索していたの。確か……城下町のような構造が続く明るい階層。そうそう、木々に付いた不思議な苔が昼間のように街を照らす階層。そこで、冒険者としての腕を上げるために稽古をつけてもらっていたの。ほら、あそこは魔物の攻撃力も攻撃速度もそこまで速くないから……。そんな時のことだったの。私が師匠として敬っている人がその日最後の試練として、その場から地上階層まで帰ると言う命令を下したの。そうしてそのままその人は帰ったわ……薄情だって?いやいや、あれは優しかったと思うわ。だって、地図は残していってくれたんですもの。
その地図を手がかりに、そこから地道に歩いていった。お陰で、時々出てくる魔物を討伐しながら歩く苦労を知ったわ……その帰りがけのこと。目の前に突然、風景に溶け込むようになった岩作りの苔むした門が現れたの。風景に溶け込んでいて気がつかなかったのね、地図にも書かれていなかった。最近出来た可能性?そんなことあるの……?まぁともかく、門があった。階段や転移門の類だったように思えるわ。そこで、少し悪い心がね……師匠も見つけなかった構造を探索したくなったの。きっと褒められるって、あまり褒められる事はなかったから…いや、褒めてくれないわけじゃないわ。でも大々的にはあまり……だから、私は門に飛び込んだ。結果的には感覚が歪んで、少しずつ気が遠くなっていった。転移門だったみたい。
転移が終わって目を覚ますと、そこは草原の中だった。正確にはただの草原じゃない、目の前には大きな建造物がある草原。蔦が這って、一部が崩れて、人の気配がない……いわゆるあれは廃墟。廃城が目の前にあった。さっきまでの覆われた城下町とは違って、空には確かに大きな丸い月と星々の灯る本物の空が浮かんでいる。その堂々とした風景はまるで、城下町の中心部のようだった……まぁ、周りにはその城のさらに拡大された壁があっただけだけれど。今思うとおかしな構造だった。城の壁の中にさらに城があって、その壁によってさらに入り組んでいたのだから。壁の一つ一つにはまばらに「月の石」と言わんばかりに発光する白い石が組み込まれていたわ。かなり長いスパンで点滅していた…ゆっくりと、ゆっくりと。その風景は総合してどんな感じだったか?あぁ…えぇと……伝えづらいから自分で行ってみたほうがいいかもしれないわ、『百聞は一見にしかず』よ。
その時は本当に途方に暮れた。だって転移門だったから実際に隣り合っている階層なのかは分からない。暗いから視界は不明瞭だし、知らない階層だから私に対する脅威度は未知数。好奇心は猫をも殺すってこう言う事だと実感した時間だった。したくなかったわ。でも、そう立ち止まっていたって何も始まらない。早速、私は探索を始めた。入り口で通ったのと同じような石の門を潜って、埃っぽい廊下を潜り抜けて——しばらく探索した。月の位置は全くと言って変わらなかったわね、時間が計れなくて不便だった。あそこはもしかして、永遠にあの状況が続く階層だったんじゃないかしら?まぁ考察はともかくとして、その最中に幾つかの生き物に会ったの。敵対的な子は見当たらなかったのが不幸中の幸いだった、不穏な気配はしたからそこからは逃げ続けたけれど。
一つは不思議な猫…仮に「月猫」とするわね。草むらで会った。なぜだか付近には人が世話してる痕跡……例えば金属製のボウルに水が張ってあるとか、餌が入れてあるとか……があったけれど、生き物自体は単体でしか見てないわ。なんだか不気味だったけれど…月猫自体はなんの変哲もない普通の猫。あぁいえ、一つ変哲はあった。体に月の表面のような模様があったの…黒猫だったら白で。白猫だったら黒で…といった具合に。月の光に照らされる度に、光を反射している事だけでは説明しきれない程輝いていた記憶ね。月の妖精みたいだった……伝承で月にいるのはうさぎなのにね?
もう一つは探索の内一回しか見つけられなかった。レアなんじゃないかしら…?それとも隠れているだけで意外と沢山いるのかしら?夜の帷のように綺麗な黒…いえ、紺色をした…藍色かもしれないけれど、鳥がいた。偶然月の石の前で休んでいる姿を見たのね。その目には綺麗な宝石…透明感がある月の石と言った感じだったわ。そう言う物品が嵌っていたの。一瞬捕まえてみようかと悩んだけれど、なんと無く罰当たりな気がしたからやめた。神を信じているのかって?いいえ、信者ではないはずなのだけれど……。しばらく見つめていたら、月猫が噛み付いて鳥を引き摺っていったわ。きっとあれが食物連鎖ってやつね。
そんな不思議な動物…かすらも怪しいわね。生き物達に出会いながら探索していった。城の中は夜で冷えていて寒かったわ。曲がり角もやけに多いし、部屋の扉を開けたら壁だったとか、曲がり角を曲がった突き当たりの壁が窓になっていてその奥にも廊下が続いているとか、破綻した作りも多かった。まるで、中途半端に「城」と言う概念だけを知った何者かがその情報だけで作ったみたいな…。だから、地図を書くのも大変だったのよ?これがその地図……あぁ、師匠に渡したんだった。ふふ、帰った後その地図を見せたら師匠が一瞬驚いた顔をして……ものすごく褒めてもらったわ!
「よくそれで帰ってきましたね…一人で探索を済ませるとは」
って。頭も撫でてもらったわ…ちょっと子供っぽいかしら?注意もされたけれどね…「不用意に迷宮の構造に飛び入るものじゃないですよ。最悪それだけで死にます」ってね。
話が逸れちゃった。それで…あぁ、そうそう。帰り道の話ね。そうやって曲がりくねった城の中を延々と探索して………時々出現する部屋の暖炉に火をつけて食事もしたわ。そう言う部屋には大概壁に額が飾ってあった…顔がぐしゃぐしゃになった人の絵。気分がいいものではなかったわね。そうして探索を進めて、壁も調べて、残るはこの廊下しかない。後はもう不穏な空気が漂っていて立ち入れない。その時は一抹の不安を感じていたわ、もしこの先に移動手段が無ければ死が近いって。進んだらそれを知ることになる。そんな重い思いで足を動かしていった。かつりかつりと反響する自分の足音があの時ほど心細く聞こえた事はなかったわ。進むにつれて、壁が近づく。暗闇が壁に吸収されるように失せていく。奥には、何か光るものがあった。輪郭はまるでアーチのよう。光る石のみで作られた門。それは視界にも光をもたらしたし、希望の光でもあった。進むにつれてその希望は輪郭を得ていく。そこには、光の渦巻く階段があった。階段の上は白い光でよく見えない、けれどとても長い事はわかる。そんな階段。それから先はもう、疲れも気にせず階段を駆け上がっていた。帰りたい一心で。地上に戻りたい一心で。
後はもう分かるわね?登った先は元居た城下町の階層だった。そこからはもうトントン拍子よ!すぐに帰れた。そうして私がここに居るってわけ。本当に…戻れてよかった。師匠は無闇に構造物に飛び込むなって言っていたけれど、本当にその通りよ。これが危険な階層だったらどうなっていたことか……。どうして突然話し始めたかって?
……空の月が綺麗だったからね、あの月夜の廃墟が頭の中に霞がかって出てきたのよ。
----------------------------
「つい最近、不思議な階層に辿り着いたの……」
-----------------------------------
ある日の事だった。私は比較的浅い階層を探索していたの。確か……城下町のような構造が続く明るい階層。そうそう、木々に付いた不思議な苔が昼間のように街を照らす階層。そこで、冒険者としての腕を上げるために稽古をつけてもらっていたの。ほら、あそこは魔物の攻撃力も攻撃速度もそこまで速くないから……。そんな時のことだったの。私が師匠として敬っている人がその日最後の試練として、その場から地上階層まで帰ると言う命令を下したの。そうしてそのままその人は帰ったわ……薄情だって?いやいや、あれは優しかったと思うわ。だって、地図は残していってくれたんですもの。
その地図を手がかりに、そこから地道に歩いていった。お陰で、時々出てくる魔物を討伐しながら歩く苦労を知ったわ……その帰りがけのこと。目の前に突然、風景に溶け込むようになった岩作りの苔むした門が現れたの。風景に溶け込んでいて気がつかなかったのね、地図にも書かれていなかった。最近出来た可能性?そんなことあるの……?まぁともかく、門があった。階段や転移門の類だったように思えるわ。そこで、少し悪い心がね……師匠も見つけなかった構造を探索したくなったの。きっと褒められるって、あまり褒められる事はなかったから…いや、褒めてくれないわけじゃないわ。でも大々的にはあまり……だから、私は門に飛び込んだ。結果的には感覚が歪んで、少しずつ気が遠くなっていった。転移門だったみたい。
転移が終わって目を覚ますと、そこは草原の中だった。正確にはただの草原じゃない、目の前には大きな建造物がある草原。蔦が這って、一部が崩れて、人の気配がない……いわゆるあれは廃墟。廃城が目の前にあった。さっきまでの覆われた城下町とは違って、空には確かに大きな丸い月と星々の灯る本物の空が浮かんでいる。その堂々とした風景はまるで、城下町の中心部のようだった……まぁ、周りにはその城のさらに拡大された壁があっただけだけれど。今思うとおかしな構造だった。城の壁の中にさらに城があって、その壁によってさらに入り組んでいたのだから。壁の一つ一つにはまばらに「月の石」と言わんばかりに発光する白い石が組み込まれていたわ。かなり長いスパンで点滅していた…ゆっくりと、ゆっくりと。その風景は総合してどんな感じだったか?あぁ…えぇと……伝えづらいから自分で行ってみたほうがいいかもしれないわ、『百聞は一見にしかず』よ。
その時は本当に途方に暮れた。だって転移門だったから実際に隣り合っている階層なのかは分からない。暗いから視界は不明瞭だし、知らない階層だから私に対する脅威度は未知数。好奇心は猫をも殺すってこう言う事だと実感した時間だった。したくなかったわ。でも、そう立ち止まっていたって何も始まらない。早速、私は探索を始めた。入り口で通ったのと同じような石の門を潜って、埃っぽい廊下を潜り抜けて——しばらく探索した。月の位置は全くと言って変わらなかったわね、時間が計れなくて不便だった。あそこはもしかして、永遠にあの状況が続く階層だったんじゃないかしら?まぁ考察はともかくとして、その最中に幾つかの生き物に会ったの。敵対的な子は見当たらなかったのが不幸中の幸いだった、不穏な気配はしたからそこからは逃げ続けたけれど。
一つは不思議な猫…仮に「月猫」とするわね。草むらで会った。なぜだか付近には人が世話してる痕跡……例えば金属製のボウルに水が張ってあるとか、餌が入れてあるとか……があったけれど、生き物自体は単体でしか見てないわ。なんだか不気味だったけれど…月猫自体はなんの変哲もない普通の猫。あぁいえ、一つ変哲はあった。体に月の表面のような模様があったの…黒猫だったら白で。白猫だったら黒で…といった具合に。月の光に照らされる度に、光を反射している事だけでは説明しきれない程輝いていた記憶ね。月の妖精みたいだった……伝承で月にいるのはうさぎなのにね?
もう一つは探索の内一回しか見つけられなかった。レアなんじゃないかしら…?それとも隠れているだけで意外と沢山いるのかしら?夜の帷のように綺麗な黒…いえ、紺色をした…藍色かもしれないけれど、鳥がいた。偶然月の石の前で休んでいる姿を見たのね。その目には綺麗な宝石…透明感がある月の石と言った感じだったわ。そう言う物品が嵌っていたの。一瞬捕まえてみようかと悩んだけれど、なんと無く罰当たりな気がしたからやめた。神を信じているのかって?いいえ、信者ではないはずなのだけれど……。しばらく見つめていたら、月猫が噛み付いて鳥を引き摺っていったわ。きっとあれが食物連鎖ってやつね。
そんな不思議な動物…かすらも怪しいわね。生き物達に出会いながら探索していった。城の中は夜で冷えていて寒かったわ。曲がり角もやけに多いし、部屋の扉を開けたら壁だったとか、曲がり角を曲がった突き当たりの壁が窓になっていてその奥にも廊下が続いているとか、破綻した作りも多かった。まるで、中途半端に「城」と言う概念だけを知った何者かがその情報だけで作ったみたいな…。だから、地図を書くのも大変だったのよ?これがその地図……あぁ、師匠に渡したんだった。ふふ、帰った後その地図を見せたら師匠が一瞬驚いた顔をして……ものすごく褒めてもらったわ!
「よくそれで帰ってきましたね…一人で探索を済ませるとは」
って。頭も撫でてもらったわ…ちょっと子供っぽいかしら?注意もされたけれどね…「不用意に迷宮の構造に飛び入るものじゃないですよ。最悪それだけで死にます」ってね。
話が逸れちゃった。それで…あぁ、そうそう。帰り道の話ね。そうやって曲がりくねった城の中を延々と探索して………時々出現する部屋の暖炉に火をつけて食事もしたわ。そう言う部屋には大概壁に額が飾ってあった…顔がぐしゃぐしゃになった人の絵。気分がいいものではなかったわね。そうして探索を進めて、壁も調べて、残るはこの廊下しかない。後はもう不穏な空気が漂っていて立ち入れない。その時は一抹の不安を感じていたわ、もしこの先に移動手段が無ければ死が近いって。進んだらそれを知ることになる。そんな重い思いで足を動かしていった。かつりかつりと反響する自分の足音があの時ほど心細く聞こえた事はなかったわ。進むにつれて、壁が近づく。暗闇が壁に吸収されるように失せていく。奥には、何か光るものがあった。輪郭はまるでアーチのよう。光る石のみで作られた門。それは視界にも光をもたらしたし、希望の光でもあった。進むにつれてその希望は輪郭を得ていく。そこには、光の渦巻く階段があった。階段の上は白い光でよく見えない、けれどとても長い事はわかる。そんな階段。それから先はもう、疲れも気にせず階段を駆け上がっていた。帰りたい一心で。地上に戻りたい一心で。
後はもう分かるわね?登った先は元居た城下町の階層だった。そこからはもうトントン拍子よ!すぐに帰れた。そうして私がここに居るってわけ。本当に…戻れてよかった。師匠は無闇に構造物に飛び込むなって言っていたけれど、本当にその通りよ。これが危険な階層だったらどうなっていたことか……。どうして突然話し始めたかって?
……空の月が綺麗だったからね、あの月夜の廃墟が頭の中に霞がかって出てきたのよ。
----------------------------