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最温の人へ

#1


 今日は布団の中で泣いた。髪の毛がぐちゃぐちゃになってしまって、涙が頬と枕に伝った。頬に涙が付いてしまって、涙をティッシュで拭くのがめんどくさかった。
 なんで泣いてしまったのか。自分でもよく意味は分からない。ただ一つ分かっているつもりなのは、私は今まで失敗していたんだという事。ずっと無意識で、悪気もなしに失敗していた事を、私は今日やっと気付いたのだ。人に迷惑を掛けて、本当に申し訳ないのだ。
 私は昔から、人付き合いが苦手だった。喋れないという事ではない。むしろ人と話すのは大好きだ。だからこそ、私は人付き合いが周りよりも出来ない。なにしろ私は、人と距離を詰めすぎてしまうのだ。
 一度仲良くなると、私はすぐに舞い上がる。連絡先なんて交換しようものなら、目をキラキラと輝かせて、暇さえあればその人とのトーク履歴を見てにやついてしまう。本当ならそんな事はしないと思うが、私はなぜかそうしてしまうのだ。そしてその結果、私は人にグイグイ行き過ぎてしまう。
「こんな事があったの! 聞いて!」
「あれが好きなの? 分かる! いいよね!」
 一度話したい事が出来たり、共通の話題を見つけると止まらなくなる。もっと、もっと話したいと感じてしまって、ただただお喋りする機械と化す。周りはそんな私を避けるようになった。当然の摂理だった。
 それ以外のコミュニケーションだってそうだ。私はあまり、人慣れというものをしていない。だから、どうすれば人と普通に仲良くなれるのかを知らない。だから人を追っかけ回したり、周りもしているからという理由で人に簡単にボディタッチをしてしまうようになった。周りの同年代がしているから、きっと自分もそうするべきなんだろう。そんな考えがなぜか前に出てしまう。自分でも、本当に理由が分からない。でも、そうすると周りが勝手に私を嫌う。そりゃそうだ、と自分では分かっていた。
 ただ、ただ仲良くなりたいだけだった。周りと話がしたかった。孤独だと思いたくなかった。認められたかった。人の温もりがほしかった。それだけ。でもその一心が、きっと私をもっと壊したんだろう。だってその気持ちを出すと、周りはみんな離れていってしまうのだから。
 私は何度か、コミュニケーション障害や愛着障害を疑われた。精神科や心療内科に行けと言われた事もある。それでも私は、病院や然るべき機関に行った事がない。そういう所が嫌いな訳では無い。むしろ、こんなどうしようもない短所に病名が付けばどれだけ楽かと、いつも考えている。でも行けない理由。それはただただ、家族が認めてくれない。それだけだった。
 ずっと、一人で居た。普通に学校に行くと、同年代が怖かった。年上の先輩は嫌いじゃなかったが、クラスメイト達の声や音、目線、それらが怖くて、辛かった。日々の噂話に耐えられなかった。だから、私は学校に行けなくなった。あんな怖い所には行けないと、家族に言った。その時も、私は泣いていた。
 家族はそれを認めてくれた。いいよと言ってくれた。あの時、暖かかったのを覚えている。冷めた心がレンジで解凍されていくような、そんな感覚だった。
 でも、ずっと常温で保存していれば、物はいつか冷める。どんなに高温だった飲み物や食べ物だって、数時間も放置していればぬるくなる。そして、いずれはその温度を完全に失うだろう。私の心も同じだった。
 自分でも、そんな自分がめんどくさいなと思う。もっとしっかり生きたいな、人並みが欲しいなといつも願う。でも願うばかりじゃ自分は変えられない。綺麗事じゃないが、もうそれはたっぷり理解した。でも、理解する事と行動に移すことは違う。それは紙一重なんかではない。私は頭で理解をしても行動に移す事ができない馬鹿だから、結局今まで何もしてこなかった。それはただただ、私が馬鹿だからだ。
 のたまって、嫌いになって、勝手に諦める。めんどくさいやつ。それが私だった。自分を褒めるだとか、愛がどうとか。散々言われても、もう私の心は暖まらない。もう失望していた。期待する事を完全に忘れていた。傲慢だと言われれば、私はそれを認めよう。だってそれは事実なのだから。私はどうしようもない傲慢な女だった。
 でも、人としての感情や喜びはまだあった。私に好きな人が出来た。その人とは会った事も無いし、本名だって知らない。なんなら話した事もない。ネットで知った人だ。
 きっと私のこの感情は、恋愛感情の好きとか愛してるというよりも、一種の憧れや依存に近いものだろう。そうじゃなきゃ、私はきっと今頃耐えられていない。
 好きな人は[漢字]厭世的[/漢字][ふりがな]えんせいてき[/ふりがな]な人だ。アーティストなんてそんなものだろうか。とにかく儚くて、いつかすぐ消えてしまいそうな人。そんな人に、恋とは言えない恋に落ちた。この気持ちを一文字で現すならば、今のところは恋と言う。
 その人は、音楽活動をしている。私は辛くなった時、いつもその人の音楽や配信を見聞きする。その時、私の心はたまらなく暖かくなる。冷凍庫から心臓を引っ張り出された気持ちになる。その人の暖かい手で、体温で、温もりで。私の心は解凍される。私はそれを現実でもずっと求めて、渇望していたのかもしれない。とにかく、あの人が与えてくれる光は、そんな感じのものだった。
 でも、いつか感情は変化する。温度と同じように、感情は一定を保てられない。私はある時、ふと思った。
「この辛い気持ちの答え、全部あの人に聞きたい」
 無理な思い、願いだった。あの人なんかが私を見てくれるはずがないからだ。あの人は一応プロのアーティストで、たくさんのファンを抱えている。私はその中のたった一に過ぎない。有象無象の中の一人。そんなやつのめんどくさい問いに、誰が答えてくれるのか。普通の人でも答えてくれないというのに、あの人が答えてくれるわけがない。それでもわがままな私は、不遜に思いを抱いている。
「聞きたいよ、教えてほしいよ」
 そんな気持ちだけが膨らむ。いずれ爆発しそうな程に、風船ガムのように膨らんでいった。いつか弾ける、一時的な思い。恋慕なんてそんなものだ。
「答えてほしい」
 ダメだ。これ以上求めるな。そう思っても心は制御が効かない。私は一度暴走してしまえば止まれない。止める方法を知らない、そして分からないのだ。だから今苦しんでいるのに、ずっと繰り返してしまうのか。私は所詮そんなものなのか。自分でも苦しくなって、そうするとまた答えてほしくなって、無限ループに入る。これじゃまるで二律背反だ。どうすればどうにかなるのか、私は知らなかった。
「……誰か、止めて。誰でももういい」
 本心が、そのまま口に出た。そう、もう誰でも良かった。あの人になんて期待していない。誰かこんな醜い私を壊してくれ、そう思うばかりだった。もう、疲れたんだ。悩み事ばかりで、好きな事だってうまくいかない。もうみんなが嫌いだった。誰も愛したくなかった。大嫌いだけど大好きで、みんなをこの手で消し去りたい。そしてそのみんなの中には、自分自身も入っている。こんな私の周りに居てくれる人達を嫌いだと言ってしまう自分が一番嫌いで、一番消してしまいたい存在だった。
「もう、もう、消えちゃえ。もう意味なんて無い。とっとと壊れろ。こんな私……」
 涙が出てくる。家族は寝静まっていて、助けなんて求めても意味がない。そもそも助けを求める方法を知らない。ただ床にうずくまるだけの時間が、確かに今ここにはある。私はただ泣いた。どうしようもない自分に絶望して、あの人への思いが爆発して、みんなが消える事を願って、幸せな未来を自分から壊して。
 もう、私自身が何をどうしたいのか分からない。説明がつかない。他人に聞かれても答える事ができない。そんな私だ。つくづくめんどくさいし、そんな自分は早く生まれ変わればいいと思う。生まれ変わるなら花が良い。ただそこにいるだけで周りが綺麗と褒めてくれるから。勝手に水や太陽光、肥料を与えてくれる。それならもう良いじゃないか。花に生まれ変わりたい。花のような人間になりたい。そして周りと同じ場所に立ちたい。同じ大地を踏みしめたい。歩きたい。
 もう、対等じゃ居られないのは嫌だ。
 人より劣るのは嫌い。優れるのも嫌い。平等、対等が良い。優れれば周りから嫉妬される。周りと同じ立場じゃ居られなくなる。結局、コミュニケーションなんて塵になる。それも嫌だった。
 ただ、同じでありたい。人と話したい。たったそれっぽっちだった。それがいつからか肥大化して、大きくなって、そして周りを巻き込んで、自分自身を蝕んだ。それだけの事だった。
「……嫌い…………」
 全部嫌いだ。私の好きなものを否定するやつは嫌い、好きなものを愛でている時に邪魔するやつは嫌い、そして簡単に人に嫌いと言える自分は大嫌い。一生好きになりたくない。でも好きでいたい。二律背反という言葉が相応しいほどに、私は思ったよりもめんどくさい人だった。
「あの人なら、どうするんだろう」
 結局私は、人に縋る。あの人に答えてほしい、あの人ならどうしていたのか。そんな事ばかりを気にする。人に依存する事でしか生きられない、醜い生物。それが私。人間は思ったよりも人間が好きで嫌いなんだ。
 ある人が言っていた。依存というのは悪い事ではない。ただ、依存先を偏らせないのが良いんだと。依存先をたくさん増やすのだと。普通の人というのは、依存先を分散させている。そう言っていたのを、今でも覚えている。実際そうなんだと思う。私の場合は、多分偏った依存先の一つに人間がある。
 嫌いな人にも依存して、好きな人にも依存して。もう全部に疲れた。ただただもう疲れた。
 温度はもう、きっと一生戻ってこない。私はこの先、暖かくなれない。
「意味なんて、ないか」
 明日、ショッピングセンターに行こうと思う。何か適当な物でも買って、家出だとか人生を諦めようと思う。もういい。全部どうでもいい。疲れたし、というかもう泣きたくない。疲れるからもうこれ以上泣きたくない。弱音を吐きたくない。でも生きる上ではいつかその瞬間が来る。諦めよう。そう思った。
 喉が乾いたので、リビングに足を運ぶ。静かに足を運んで、冷蔵庫からお茶のペットボトルを出す。コップに注いで飲んだ。お茶は冷たくて、でも悪い訳じゃなかった。ひんやりとしていて、心を洗い流した。
「冷たい」
 冬にしては冷たすぎるお茶を飲み干した。私の心も、こんな風にすっきりと冷たければまだマシだったのだろうか。
 暖かさを追い求めるのは、もう疲れてしまった。だから、私はもうやめる。中途半端にぬるい心が、段々と溶けていって、胃液の中に混じるような感覚が分かる。後はもう、きっと消化するだけだ。
「時間は……もうそっか」
 時刻はいつも寝床に入る時間よりもずっと遅くなっていた。そりゃそうだ、ずっと病んで泣いていたのだから。私だけ時間が遅いなんて特別ルールはここには存在しない。
 暖かい部屋の中で、冷たい心で考える。あの人の心は暖かいのだろうか。あの人だったら、冷たいならどんな風に暖めるのだろうか。きっと答えは出ない。雑な終わらせ方だが、もうこんな思考をダラダラし続けるのも疲れた。
 あなたならどうしますか。教えてください。最温の人へ。

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作者メッセージ

疲れました。後は冷えるだけです。

2024/11/21 05:56

水野志恩 ID:≫7tLEh4qnMjetA
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