誠と偽りの狂情曲
天音アルト。
天音っていうのは、結構名のある名家の苗字。
長男のオレは、もちろん後継ぎのためにビシバシ教育…
されなかった。
なぜって?
[太字]天音家に、男性の地位はないに等しいんだ。[/太字]
それもそのはず、天音家は女神を信じていたから。
その女神は蛇の下半身をしてて、とにかく女が好きだ…と聞く。
ともかくそんな家に、オレが生まれた。
「…男、でしたわ」
「あの純粋な血から男が産まれるなんて…」
最初は、オレは殺されるはずだった。
でも。
オレにはどうやら家事の才能があったようで、しばらく奴隷として生かされた。
「こら!!まだここ掃除してないでしょう!止まらず働きなさい!!」
アルト「…はい、お母様」
妹のシャープが生まれてからは、より一層その仕打ちが酷くなった。
シャープ「お兄様…」
アルト「こら、オレに構うんじゃない。お前まで叩かれるぞ」
シャープ「…」
世話もさせてもらえなかったから、あんまり思い入れはなかったけど。
自分のたった一人の妹を想って、こうして突き放す日々。
あいつに、オレはどんな兄として映ってたんだろうな。
構ってくれない、不愛想な兄とでも思ってくれればいい方だろう。
そんな日々が終わったのは、10歳ぐらいの頃だった。
「シャープはこんなに美しく育ったのに、
汚らわしい男のお前なんかがいるのはシャープにとって恥です。そうですね、シャープ。」
シャープ「…はい、お母様」
オレは家を出された。
…シャープが、仕方なくといった声色で答えていたことだけが救いだった。
まだシャープに、オレが必要だったと分かったから。
でもあんな家に戻る気はないし、戻れない。
オレは一生縁を切るつもりでさよならを言った。
アルト「といってもなぁ…どこで暮らすべきか」
齢10歳にしてホームレスとなると、行く場所もないし、働けなんかしない。
アルト「どっかでメイドでもやるか…?雇われるわけないか…男だし」
ぼろぼろの身なりで街を歩いていると、やけに明るいネオンの街が見当たった。
アルト「きれい…」
「きみもひとり?」
アルト「あ…」
「僕はマカロン。きみは?」
アルト「…アルト。両親に捨てられて…居場所がないんだ」
マカロン、というその少年。
このネオンの道のはずれにテントを張って暮らしてた彼は、
居場所のなくなったオレのために、よく食べ物とか持ってきてくれた。
マカロン「僕も、両親がいないんらぁ。」
若干舌足らずで、臆病だったけど…気のいいやつだった。
アルト「ここはどこなんだ?」
マカロン「うーん…[漢字]媒電通り[/漢字][ふりがな]ばいれんろおり[/ふりがな]。」
アルト「媒電通り?」
マカロン「生き場をなくした子たちの楽園らよ。」
アルト「じゃあ、ここにいる子はみんな…?」
マカロン「うん。僕が知るかぎり、みんな親とはなればなれになっちゃった子ばっかりらよ。」
ここなら自分と同じ境遇の子供がいる…と考えれば、ここを居場所にすることはすぐに決まった。
マカロン「れもれも、あやしい大人もいるから、知らない人にはついてっちゃらめらよ。」
アルト「お前もな。オレより騙されやすそうだろ」
マカロン「僕は平気らよ~。危機感知ののーりょくもあるし。」
アルト「…そ。」
そうしてオレは、しばらくマカロンとテントで暮らした。
数年後のこと。
アルト「マカロン~、今日の飯、手に入れ…」
マカロン「[小文字]あ、あは、はへぁは…[/小文字]」
アルト「…まか…ろん?」
マカロン「[太字]たすけて。。。めのまえが、にじいろれ…きれぃ、らのらぁ。[/太字]」
アルト「…!」
いつものようにマカロンのテントに戻ると、マカロンの様子がおかしかった。
傍には、にじいろの薬。沢山、開封した跡があった。
アルト「お前…どうして!!お前が…お前が、怪しい大人に近づくなって…!
自分は、危機感知があるから大丈夫って…言ったんだろ!?」
マカロン「[大文字]やめて!!![/大文字]」
マカロン「[大文字]責めないで、叱らないで、怒らないで、殺さないで、行かないで、殴らないで、蹴らないで…やめて、やめて、やめて、やめて、やめて、やめて…!![/大文字]」
光のない目を回して、戯言のように繰り返すそれに、恐怖をおぼえて。
アルト「…っ、お前には何が見えてんだよ…」
マカロン「ああああああああああああああぁあ”っっ……」
そうして、荒くしていた息を突然、止めて。だらん、と腕を垂らして、マカロンは…
……死んでしまった。
アルト「…………」
目の前で、狂い果てる友人を見てしまった。
アルト「…もっと早く、SOSに、オレが、気づいていれば…こんなのに、手を出さずに…」
アルト「こんな筈ない…」
もう、二度と触れない友情になってしまった。
マカロンの周り以外が変わらないテントが、いつまでも心を締め付けてくる。
アルト「……マカロン。お前、辛かったんだな。…ごめんな、ずっと気づかなくて…」
ふと視界に入ったのは、マカロンのそばにある、笛だった。
マカロンがゴミ置き場で拾ってきた、簡易な造りの笛だけど…
今はそれが、マカロンの最後の、最期の応援に感じた。
あんなとこにいる必要は、もうない。
仲間がいないことに、不安もない。
オレにはこの笛がある。今度これで、曲でも吹いてみようか。
そうしたら、きっと。お空のマカロンに届くから。
オレはだれかを救えないけど、だれかの応援に応えることはできる。
そういう気持ちを持つだけで、前よりずっと心が軽い。
[水平線]
公園。
あれからオレは、笛を吹いて生計を立てる吟遊詩人になった。
音楽の才能があったのか知らないが、吹けば3日の生活費は稼げた。
そうして、普通に生きていた。
そのとき。
アルト「…うん…?…?!?!?!?!?」
「ムシャムシャ……あ、どうも」
水色の髪をぼっさぼさに伸ばした青年。多分オレより年齢上だろう。けっこう顔もきれいなのに…
虫をひたすら食ってた。
アルト「何やってんだお前!?」
「まず誰なんだい君。」
アルト「あ…オレはアルト。」
「海風ソプラノ。…うぇ、この蝶あんまりおいしくないな」
アルト「そりゃ虫だからな!!!え、なんで虫…?」
ソプラノ「だってお金ないし」
アルト「だとしてももうちょっとマシなもん食えよ((」
ソプラノと出会ってから、オレの人生は一気に慌ただしくなった。
アルト「お前!!泥水で顔洗うな!!!」
ソプラノ「えー。いつもこうしてきたのに」
アルト「だーかーらー!!道に落ちてる実食うな!!」
ソプラノ「毒じゃないんだからいいじゃないか~。おいしいぞ」
アルト「水をろ過せずに飲むな、この馬鹿ぁぁぁぁああああ!!!!!」
ソプラノ「だってろ過の仕方知らないんだもの」
別に無視してもよかったのに、なんとなく無視できなかった。
オレが見捨てたら、こいつ死にそうな気がして。
…なんかオレのせいで死んだみたいな気がして後味悪いじゃん。
ソプラノ「~♪」
アルト「…お前歌上手いな」
ソプラノ「そうかい?」
アルト「…そうだ、オレと詩人やろうぜ?才能は金にした方がいいぞ」
ソプラノ「…詩人ねぇ」
アルト「ま、オレは歌は歌えねぇから楽器だけだけどな」
ソプラノ「…面白い。もともと私も、詩人には憧れがあったしね」
アルト「はっ、きまりだな」
もしもこの友愛も二度と触れなくなって、
好き嫌いどちらの感情も届かなくなるとしても…
数年磨いた友情がオレにあるから。
きっと、耐えられるはず。
…ちょっと痛いけど。
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