HEELCHANGER
「やだっ、やめろッッ!」
一生懸命腕を振っても相手の力に抵抗できず、叫ぶことしかできない。
「はなしっ、、、」
声が枯れてかつてない絶望感が襲いかかってくる。
「いやだっ・・・、ッ、カナンっ、、レアルっ」
「――カ、・・・ルカ?」
「っ!、れ、レアル・・・?」
俺がハッとして目を覚ますと、目に前には俺の唯一の心の支えの一人、レアルがいた。
「なんか、めっちゃうなされてたけど、大丈夫か?」
「え・・・。そういえば、なんか変な夢みてたかも」
「変な夢?」
「うーん・・・あんま覚えてないや」
「ははっなんだよそれ!」
そう言ってレアルは無邪気に笑って見せた。
きっと、本当は辛いはずなのに。
――俺達は、「異人」だ。
異人っていうのは、いわゆる魔族。人間から酷く差別されている対象で、俺たちもその「異人」なんだ。
俺も、レアルも、小さい頃から酷い差別に苦しめられてきた。
4歳の誕生日、「異人」としての力が現れるまでは、普通に暮らしていたはずなのに。
「異人」だと分かった瞬間、親にも友達にも見放されて、一瞬でひとりぼっちになる。あのときの絶望感は、十数年たった今でも忘れられない。
それでも今、レアルが笑っていられるのは、今はいないけど、居場所のなかった俺たちを引き取ってくれた、カナンのおかげだろう。
カナンは、もう何十年、何百年と生きているエルフだ。
もうずっと前から人間からの誹謗中傷を浴びてる彼女は、精神的に強い。彼女曰く、もう慣れたらしい。
それでも、俺たちを引き取ってくれたのは、きっと彼女自身、誹謗中傷には慣れても人間への恨みや憎しみは、完全に消えていないのだろう。
カナンは、長年の誹謗中傷もあってか、少し性格がひねくれているけど、根はものすごく良いやつで、だいすきだ。
なにはともあれ、俺とレアルは、カナンに唯一の居場所を作ってくれた。この恩はこの先なにがあろうと、忘れないだろう。
因みに、レアルと俺は同い年の14歳。カナンに引き取られたには、レアルが先で俺が、そのちょっとあとに引き取られた。
レアルは、お調子者のムードメーカーの。あの元気な性格に、俺はだいぶ救われている。カナンも、言葉にはしないけど、きっと同じだ。
この2人は、俺の唯一の心の支えで、二人が笑っていると、俺も楽しいし、2人が泣けば、俺も悲しい。
それくらい、2人は大事な存在で、かけがえのないもの人たち。
「ただいま」
「あっ、カナンママおかえりー」
「はぁ?ふざけないでくれる?うっざ」
「ひっでぇ〜」
カナンが帰ってきてそうそうレアルがボケていつも通りバッサリ切り捨てられる。
いつも通りなのに、そんな光景がなんだか面白くて俺もつい笑ってしまう。
「いやでも、母親みたいなもんじゃん」
「間違ってもレアルみたいなのの母親にはなりたくないんだけど」
「うわぁ、、ひどい」
「まあでも、私からみたら二人ともまだガキみたいなもんだよ」
「ガキは酷くない!?」
「まあ、カナンは俺たちよりうん百年長生きだからね・・・」
「だったら老人だr「ふざけんな」
やっぱりこの二人といるのは楽しい。
ほんとに「異人」の俺がこんなに幸せでもいいにかと、疑問に思ってしまう程に。
「夕飯作るからどいて」
「言い方あ!!」
「いちいちうるさい」
「・・、今日の夕飯何?」
「あー、今日は魚とれたから焼く」
「おー、今日は川行ってきたんだな」
カナンは、いつも俺たちのために食料を取ってきてくれる。
人間に見つかると色々と面倒なのでわざわざ森の方まで行っている。
最初は、俺たちも手伝うよって言ってたけどカナンが「あんたらみたいなガキンチョは、すぐ人間に捕まるからだめ。足手まとい」って言ったので、やめている。
こんな言い方ではあるけど、これもカナンなりの配慮なのだろう。
カナンは普段ツンツンしてるけど、本当に優しい性格なんだ。
彼女にとってはたった十年かもしれないけど、俺にとっては十年もカナンと一緒にいるんだからわかるんだ。
「いただきまーす!!」
夕飯が出来上がって、レアルが目をキラキラ輝かせた。
今日のメニューは、焼き魚と、山菜の煮物。山菜の煮物は、俺の大好物だ。
ちなみに主食は無い。主食を手に入れるとなると、人間に見つかるリスクが高まるからだ。
おれたちが住んでいるところは、わりと王宮に近くて、俗に言う都市部のすぐ横だ。
だから、余計にリスクは起こせない。
まあ、食べる物があるだけでもありがたい。
「うっまーああ!!」
「だからいちいちうるさいって」
「カナン照れてやんのー!」
「はあ!?皮ひん剥くわよ!」
「ぎゃああああっ!?」
カナンが、レアルに突っかかって、レアルが倒れ込んだ。
「もう、やめなよー」
俺が苦笑いで指摘する。
「はぁあああこっわ!」
「レアルが悪いんじゃないの、」
「まあまあ・・・」
やっぱり、2人が楽しそうだと俺も楽しい。
「ふふっ、」
「何笑ってんのよ」
やば、思わず笑いが漏れてたようだ。
「いや、・・・、ずっとこんな日常が続けばいいなーって」
「、!・・・まあ、そうね」
「そうだな!まあ、カナンはもうちょい優しくなってほしいなあ」
「刺されたい?」
「ひっ!?」
今日も、いつも通りの日常が過ぎて、明日もまや同じような日が来る。
きっとこうやってこれからも生きていくんだろうな。
ずっと平和だと、いいな。
――その時俺は、全く分かっていなかった。この幸せは、すぐに簡単に壊れてしまうことを。
「レアルっ!ルカ!!」
それは、少し曇った寒い日だった。
今にも雨が降り出しそうな、不穏な天候。
にもかかわらずいつも通り森へ向かっていたはずのカナンが血相変えて勢いよく扉をあけた。
「?・・・カナン?どうした」
「なにかあった?」
俺とレアルが不思議そうに言うと、カナンは今までに、見たことがないほど顔をこわばらせた。
「ッ、人間に見つかった、、!」
「ッ!?」
「それって、やばいんじゃ・・・」
「だからっ、早く逃げるの!ほら二人共急いで!!」
人間に見つかった・・・?
やばいっやばい・・・。
あの頃の記憶が、フラッシュバックする。
家族に捨てられた絶望感。
友達を失った悲しみ。
鳴り止むことの無い暴言。
見られるだけでされる暴力。
全部、全部全部人間にされたことだ。
また・・・?
また、俺から大切なものを奪うの、?
「はあっ、、はあ、はあっ」
せっかくできた唯一の居場所まで奪われるの?
「はあ、はあっ・・・」
「――か、ルカっ!!何してんだよ、早く行くぞ!!」
「っ!ご、ごめ・・・っ、あし、動かないっ」
「!・・・、背中乗せてやるから、早く!」
「ごめん・・・、っ」
そして俺は情けないながらレアルにおぶってもらった。
後ろから、人間たちの声が聞こえる。
「見つけたぞ!!」
「っち・・・、やばいわ」
「どーすりゃいいんだよっ・・・」
「ごめんっ俺のせいでっ、もうおろしていいから、二人は先行って」
2人を失ってしまうくらいなら、俺が死んだほうがマシだから。
「「んなことするわけないだろ!/でしょ!」」
「え、、」
「1人だけ、おいてくわけないでしょ。ばかじゃないの」
「俺は大丈夫だ!早く行くぞ」
「二人共・・・」
後ろを振り向いてみると人間はさっきより近くに来ている。
「くっそ!、なんでいきなりっ・・・!!」
「、都市部で異人狩りが進んでるのよっ、、だから私たちも見つかったの」
カナンの言葉を聞いて俺たちは納得した。
最近、王族の長男、ライト・アーヴァン王子が異人狩りに力をいれていることは、少し前から知っていた。
でも、まさかここまでとは・・・。
「俺たち、殺されちゃうのかな・・・」
つい弱気になってそんなことを言ってしまった。
「、俺たちなら大丈夫だよ!きっと」
「レアル・・・」
「今までもこうやってみんなで乗り越えてきただろ」
そうだ。俺たちは今までも助け合ってきた。
俺が病気になった時、二人がつきっきりで看病してくれた。
カナンが森から戻ってきて怪我がひどかったらすぐにう休ませてあげた。
誰かがしんどい時は、ずっとそばで寄り添った。
だから、今回もきっと大丈夫。
おれたちなら、乗り越えられる・・・!
「そうだよね・・・、俺たちなら、大丈夫!」
「ああ!」
「、そうね。」
俺たちの中に希望が生まれる。
「なんか勇気出てきたかも!レアル、おろして。自分でいくよ」
「、本当にいいのか?」
人間たちは、さっきより近くなっている。
「うん。そうした方がレアルの負担も少ないでしょ。」
「お前がそういうなら・・・」
そうして俺は背中からおろしてもらい、一歩一歩走り出す。
もう大丈夫だ。
人間が怖いのは変わらないけれど、もう足は震えてない。
俺たちなら、大丈夫――。
「レアル、お前がいてくれてよかった!ありがと!」
「ははっ当たり前だ―――」
―――ドンッ!!!
「え、、?」
その瞬間、レアルの言葉が途切れて俺の視界から、レアルが消えた。
時差でドンッという大きな音が聞こえて、俺はやっとその状況を理解した。
「レアルっ!?」
少し前を走っていたカナンもすぐ反応したようで、こちらに駆け寄ってくる。
「っ・・・」
レアルは、腹部辺りを銃で撃たれ、地面に倒れ込んでいた。
うそだろ、、レアルが撃たれた・・!?
「レアルっ大丈夫か!?」
「出血がひどいわ・・・」
「っ!どうしよ、もう人間があんなに近くに・・・、っ」
どうしようどうしようどうしよう、、
嫌だっ、なんで・・・っ
なんでレアルなんだよっ・・・
俺が背中から降りなければっ、レアルは助かったにかな、、?
「ルカ、カナン、先行け・・・」
レアルがやっと口を開いたと思ったらそんなことを言ってきた。
「は、?!、行けるわけ無いだろ!、レアルだって、さっき俺をおいていかなかった・・・」
「それとこれは別だ。状況が違うんだ」
「っ・・・」
いやだっいやだよ・・・。
なんで・・・
「まだ、助かる方法があるかも、、!」
カナンがそう言ったものの、もう人間は近い。何かをしてられる時間なんてないだろう。レアルが首を振る。
「いやだっ、レアル・・・」
「置いていけないっ」
いやだいやだいやだいやだいやだいやだ!
「先行けッ!!!」
「っ!?」「ッ――」
レアルが今まで出したことのないくらい大きな声を上げた。
それにびっくりしておれは体を跳ね上げてしまった。
さすがのカナンも驚いたようだ。
「そんなっ・・・いやだよっ、、」
「俺はもう無理だ。行ってくれ・・・」
俺はとうとう抑えきれなくなって涙を流す。
カナンも唇をギュッと噛んでいた。
「どうしてっ・・・そうなるのよっ」
「、カナン、行き場のなかった俺たちを受け入れてくれてありがとな。正直めっちゃ救われた。喧嘩ばっかだったけど、実はめっちゃ大好きだったぜ。、、カナンは?」
「っ、あたりまえじゃないっ、、、ばか」
カナンも我慢していた涙が溢れ出す。
「やだっ、いやだよぉっ・・・」
「ルカ、泣くなよ。お前には笑っててほしくて、今までやってきたんだ。俺はお前のこと大好きだったぜ」
「おれもっ、だいすき・・・っ」
レアルっ、・・・。
「いたぞ!あそこだっ!!」
「っ!?」
人間の声がすぐ近くまで迫っていた。
「・・・、ほら、もう行け。2人には、死んでほしくないんだ。」
レアルが穏やかにそういう。
「、っ、、、」
俺は、今度こそ本当に足が動かなくなる。
「たくっ・・・しょうが、ないな。ルカ、これ持ってけよ」
レアルの息はとぎれとぎれで、今にも息絶えてしまいそうだ。
「・・・?」
レアルが差し出してきたのは、先端に十字架がついた首がざり。俺は、それをそっと受け取る。
「お守りだ、。生きろよ・・・!」
「っ!!」
レアルが、そう力強く言って目を閉じた。
「え、、、?レア、ル?」
だんだんレアルが冷たくなっていくのを肌で感じる。
「っ・・・・!!」
うそ、だ・・・。
さっきまで、いつも通りだったのに。
さっきまでっ・・・。
「ルカっ、行くわよ!ッ・・・後ろを振り返ってはだめ。」
「っ――」
カナンに無理やり引っ張られてがむしゃらに走り出した。
後ろからは、人間たちの声が聞こえてくる。
レアルは、どうなったのだろうか。
気になって仕方がなかったが、俺は後ろをみることは我慢して、ただひたすら前だけをみて走った。
もう、過去には戻れないんだ――。
「!?」
「いたぞ、!!」
なんと、走った先にも人間がいた。
やばいっ・・・。
後ろから追ってきた奴らももう半径数十メートルくらいにまで迫ってきている。
「撃て―!」
次々と銃声が響く。
「っ、、!痛っ」
銃弾が俺の足に的中して、右足の足首あたりを押さえる。
どうしよっ・・・。ピンチだ。
「ルカっ!!」
カナンは、なんとか避け続けているが、いつあたってもおかしくはないだろう。
「ルカ、先行って、、私は、こいつらを倒す。」
「え・・・!?でもっ、」
こんなに多い人数を一人で・・?
「お、俺も手伝うよ!」
「、あんたみたいなガキンチョがいると足手まといなの、、。いいから早く」
っ・・・、なんで、こんな状況でもそんなに優しいんだよっ・・・!
「全く・・・、私を誰だと思ってるの?」
カナンは俺に背を向けた。
「、何百年も上の先輩に任せなさい!!」
「っ・・・、」
「大丈夫、絶対にあとで追いつくから。信じて」
「っ・・・カナンっ」
カナンは優しく微笑んだ。
「だから、行って。私を、信じるの」
「っ・・・!!」
そして俺は意を決してカナンに背を向けて走りだした。
人間は、カナンが抑えてくれている。
大丈夫だ。
カナンは、絶対絶対戻って来る、。
カナンは約束を破ったりなんかしないっ・・・!
絶対に、大丈夫だ。
「はあっ、はあっ・・・」
あれから、どれだけ走っただろうか。
気がつけば、もう人間の気配すらしなくて、全く知らない場所まで来ていた。
あとは、カナンを待つだけ。
まっすぐ走ってこれば、ここにたどりつけるはずだ。
「はあ、はあっ」
なんだか、一気に疲れが・・・。
ああ、俺は、大切なモノを失った。
レアルっ・・・。
俺をおいて行かないで・・・。俺が寂しがり屋なの知ってるだろ。
なんでいっちゃうんだよ・・・っ
、悔しいよっ・・・。
そして、俺はしばらくそこで休息をとった。
レアルを失った悲しみを拭いきれず、ずっと涙を流していた。
一夜が明け、また夜がやってきた。
そして、
――カナンは、こなかった
「・・・・」
俺には、もう何も残ってない。
唯一の心の支えを失った今、俺には生きる意味がない。
涙を流す元気もないくらい、喪失感で胸がいっぱいになっていた。
「ずっと、一緒にいようって言ったのに・・・」
2人はもう、覚えてないかもしれないけど、俺が引き取られたとき、『もう大丈夫。ずっと一緒』って、2人が言ってくれた。
でも、もうその2人はいない。
俺も、もう死んじゃおうかな・・・。
こんな俺は、2人と同じ天国には行けないと思うけど。
そんなことを考えて、俺は目を瞑った。