「えっ、あ、あの…カイザー様、ちょ、ちょっと…その、どいていただいても…？」

リリィは息を呑み、目の前で無言で彼女を抱きしめているカイザーの胸に手を押し当てる。その手は震えていて、胸の鼓動が速くなっているのを感じる。

カイザーは顔を赤くして、微動だにせずにリリィを抱きしめたまま、しばらく無言でいる。目を見開いて、リリィが一言も発することなく、彼女の髪をそっと撫でた。

「…あ、ごめん。」

やっとの思いでカイザーが言葉を発する。リリィの心臓は跳ね上がる。

「え？」

「…その、ちょっと、慌ててしまって。」

カイザーは顔を背けるようにして、少し恥ずかしそうに言った。その顔は普段の冷徹な表情とはまるで違い、どこか少女のように見える。リリィはその様子を見て、少しだけ安心したが、それでもなぜか動いてくれないせいで彼の腕の中から抜け出すことができなかった。

「カイザー様、ちょっと…あの、これ、どういう状況なんですか？」

リリィは顔を赤らめつつ、まだ彼に抱かれたまま言った。カイザーはしばらく黙っていたが、やがて重い口を開いた。

「……うるさいな。」

「え？」

「お前……リリィが可愛いから、つい…」

その言葉がリリィの耳に届いた瞬間、全身に電流が走った。何かを言おうとしたが、言葉が出てこない。カイザーの手が彼女の背中に回り、そのままぎゅっと抱きしめられた。

「リリィ、もう少しこのままがいい…」

彼の言葉に、リリィはしばらく呆然としたままでいたが、やがて照れ隠しのように小さく咳払いをして言った。

「っ…じゃ、じゃあ、これからどうするんですか？お菓子作りも途中だし、台所も…」

「…わかった」

カイザーはリリィをそっと放し、部屋の隅にあった掃除道具を手に取った。リリィは一瞬、あっけに取られてしまう。

「お前がシュークリームを作るんでしょ、だったら俺は掃除する。そうすれば…早くシュークリーム食べれるし？」

リリィはカイザーの目を見つめた。彼の目には、何か優しさのようなものが見え隠れしている。

「ふふ、わかりました、すぐ完成しますからね？」

カイザーは少し目を輝かせてから、笑みを浮かべると。

「…ありがと」

その一言に、リリィの顔がまたも赤くなった。どこか照れたように顔を背けて、シュークリーム作りの続きに戻ろうとした。

「じゃ、じゃあ…気をつけてくださいね！道具とか、使い方間違えないでくださいよ！」

「わかってる。」

二人は互いに気まずいような、でもどこか温かい空気を感じながら、再びキッチンでの作業を続けることになった。

外の空気は、ほんのり温かい午後の光を反射し、リリィとカイザーの間に流れる新たな気持ちのようなものを包み込んでいた。