タカは息を詰めていた。目の前には、コンクリートの壁がそびえ立っていた。高さは少なくとも５メートルはあろうか。壁の向こうは敵陣、そしてレイがいるはずだった。約束の場所、壁の向こうの廃墟で合流するはずだったのに。

レイとは幼馴染だった。一緒に兵隊になり、同じ部隊に配属された。辛いことでも、お互いを支え合って生きてきた。最前線で何度も死線を越え、互いの命を救い合ったこともあった。レイは、タカにとってかけがえのない存在だった。

しかし、この壁が、二人の運命を分けた。激しい戦闘で部隊は壊滅し、タカは生き残ったものの、レイとははぐれてしまった。通信機器は壊れ、連絡手段はない。タカは、必死に壁を探し、ついにこの壁にたどり着いた。

壁には、銃弾の跡が無数に刻まれていた。その中には、鮮やかな赤色の血痕がこびりついていた。レイの血だとタカは確信した。壁には、レイが血で書いたと思われる、歪んだ文字が僅かに残っていた。「…待…た…ないで…」

タカは壁を叩いた。冷たく硬い壁は、彼の叫びにも、悲しみにも、何も返してこない。壁の向こうから、かすかな音が聞こえてきた気がした。銃声が、そして、悲鳴が。レイの悲鳴だとタカは思った。

タカは壁に凭れかかり、崩れ落ちた。壁は、二人を隔てる、超えられない障壁だった。レイは死んだ。約束の場所には、レイの死体と、血で書かれた絶望のメッセージだけが待っていた。辛いことでも、一緒に乗り越えていくと誓ったはずなのに。タカは、レイが死んだこの壁を、生涯忘れることはなかった。

レイの死は、タカの心に深い傷を残し、彼の戦意を奪った。戦後、タカは廃人となり、ただひたすら壁を眺めて、レイを思い続けた。壁は、タカにとって、永遠の罪悪感と、失われた友情の象徴となった。