黒色鉛筆
袋に詰まれた蜜柑を手に、私は一丁前に洋風を取り入れた煉瓦の街並みを、ゆっくりと歩いていた。
背の高い建物は、私含め歩く人々を何処か囲んで見ている様だった。スーツに身を隠したおじさまや、素敵な帽子を被ったモガとモボが並んで歩いているのも見えた。すっかり外国に流されている人々を見ると、和服に身を包んでいる私は、さぞ滑稽だと思われているのだろうか。
いや、あの彼、英二も、私と同じような服を着ていた。なので大丈夫な筈。そもそも、着る物に対してそのような考えを持つ私こそが、滑稽なのだろうか。
紙袋のガサゴソ音を立てながら、駅を見た。
立派な赤煉瓦で、そしてそこに多くの人々が行く様はまさしく駅であった。そういや、私がそこに来た時、初めの景色はここからだっただろうか。何も思い出せない程、己の頭が愚かになったかと、さぞ悲しく思う。
だだっ広い広場の先にある駅へと向かい、中へと着いた先で、切符を買った。行き先はもちろん故郷である。
「あっ、忠弘さんでは。」
驚きと喜びで満ちている様な声は、英二であった。
英二は私に気づくと、さささと駆け寄った。
「英二さん、さっきぶりですな。」
英二の手元には切符がしっかりと握られている。
持っている鞄も、まだ離していない様だった。
「何処へ。」
「故郷ですよ。貴方の話を聞いていると、私も恋しくなりまして。」
そう言うと、英二は照れ臭そうにした。
「えぇ、えぇ。そうですか。私で言うのもですが、良いですね。」
やや下を向き、英二は顔を隠す様に笑った。
人がダラダラと流れ込み、列車に乗り込む。
「行かなくて、大丈夫ですか。」
英二は私に問いかける。
「大丈夫ですよ。その次ですので。」
なら良いと英二はほっとした様子でいた。どうしてこうも彼は、お人好しでいれるのだろうか。
「そういえば、故郷に着いたら、何をするのですか。」
「やはり、親孝行ですかね。ここ十年、まともに会っていませんから。少し顔を見せて、この蜜柑を土産にしようかなと。」
「そうなのですね。私がもし貴方の親だったならば、とても喜びますよ。」
「それはそれは、少し言い過ぎな気も。」
「良いんですよ。どうあれ、親というものは子が一番の宝ですから。親父もよう言っておりました。」
英二とだらりさらり話していると、列車がやってきた。ここらで、英二とはお別れである。
「あ、そろそろですね。」
「えぇ。」
キィィとやかましい音を立てつつ、蒸気機関車はだんだん止まり、やがて入口が目の前にやってきた。
私は英二に別れを少し告げ、乗り込む事にした。
「英二さん、有り難うございました。思い出話、また会ったら聞かせてください。」
「えぇ。言われずとも。まだたくさん話したいことがあるんです。故郷に着いたら、ご両親にたくさん親孝行してやってくださいね。」
張り上げた声で話した会話も、時期にあっという間に人混みにかき消されてしまった。列車に乗り込むと、英二がじっとこちらを見ていた。
とても大ぶりに手を振っていた。私の方へ向けて。
列車が走り始めた頃、英二は駅のホームの端から端までをかけて、私の方に手をずぅっと振っていた。
さぞ疲れただろうに、こんな一日会っただけの、他人に等しき人間に対し、こうも悲しむことができるのは、彼だけだろう。
目頭が熱くなってきて、それが恥ずかしくて、私は顔を塞いだ。もう、手を振る彼の姿を見ることは出来ない。
窓を見る頃には、あっという間に青空の下だった。
晴々しいこの空は、私の決意を讃えているのか、彼との別れを表しているのか。私には分からなかった。
背の高い建物は、私含め歩く人々を何処か囲んで見ている様だった。スーツに身を隠したおじさまや、素敵な帽子を被ったモガとモボが並んで歩いているのも見えた。すっかり外国に流されている人々を見ると、和服に身を包んでいる私は、さぞ滑稽だと思われているのだろうか。
いや、あの彼、英二も、私と同じような服を着ていた。なので大丈夫な筈。そもそも、着る物に対してそのような考えを持つ私こそが、滑稽なのだろうか。
紙袋のガサゴソ音を立てながら、駅を見た。
立派な赤煉瓦で、そしてそこに多くの人々が行く様はまさしく駅であった。そういや、私がそこに来た時、初めの景色はここからだっただろうか。何も思い出せない程、己の頭が愚かになったかと、さぞ悲しく思う。
だだっ広い広場の先にある駅へと向かい、中へと着いた先で、切符を買った。行き先はもちろん故郷である。
「あっ、忠弘さんでは。」
驚きと喜びで満ちている様な声は、英二であった。
英二は私に気づくと、さささと駆け寄った。
「英二さん、さっきぶりですな。」
英二の手元には切符がしっかりと握られている。
持っている鞄も、まだ離していない様だった。
「何処へ。」
「故郷ですよ。貴方の話を聞いていると、私も恋しくなりまして。」
そう言うと、英二は照れ臭そうにした。
「えぇ、えぇ。そうですか。私で言うのもですが、良いですね。」
やや下を向き、英二は顔を隠す様に笑った。
人がダラダラと流れ込み、列車に乗り込む。
「行かなくて、大丈夫ですか。」
英二は私に問いかける。
「大丈夫ですよ。その次ですので。」
なら良いと英二はほっとした様子でいた。どうしてこうも彼は、お人好しでいれるのだろうか。
「そういえば、故郷に着いたら、何をするのですか。」
「やはり、親孝行ですかね。ここ十年、まともに会っていませんから。少し顔を見せて、この蜜柑を土産にしようかなと。」
「そうなのですね。私がもし貴方の親だったならば、とても喜びますよ。」
「それはそれは、少し言い過ぎな気も。」
「良いんですよ。どうあれ、親というものは子が一番の宝ですから。親父もよう言っておりました。」
英二とだらりさらり話していると、列車がやってきた。ここらで、英二とはお別れである。
「あ、そろそろですね。」
「えぇ。」
キィィとやかましい音を立てつつ、蒸気機関車はだんだん止まり、やがて入口が目の前にやってきた。
私は英二に別れを少し告げ、乗り込む事にした。
「英二さん、有り難うございました。思い出話、また会ったら聞かせてください。」
「えぇ。言われずとも。まだたくさん話したいことがあるんです。故郷に着いたら、ご両親にたくさん親孝行してやってくださいね。」
張り上げた声で話した会話も、時期にあっという間に人混みにかき消されてしまった。列車に乗り込むと、英二がじっとこちらを見ていた。
とても大ぶりに手を振っていた。私の方へ向けて。
列車が走り始めた頃、英二は駅のホームの端から端までをかけて、私の方に手をずぅっと振っていた。
さぞ疲れただろうに、こんな一日会っただけの、他人に等しき人間に対し、こうも悲しむことができるのは、彼だけだろう。
目頭が熱くなってきて、それが恥ずかしくて、私は顔を塞いだ。もう、手を振る彼の姿を見ることは出来ない。
窓を見る頃には、あっという間に青空の下だった。
晴々しいこの空は、私の決意を讃えているのか、彼との別れを表しているのか。私には分からなかった。
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