黒色鉛筆
あり日の頃、私は友人の作郎とよく絵を描いていました。描いていたのは鉛筆画で、大したものでは無かったのですが、それを見事だと、作郎が初めて言ってくれたのがきっかけでした。
その後、作郎も絵が好きだと知り、私と作郎でよく描き合いをしていました。ですが作郎は画材を大して持っていなかったもので、私が画材を持ってきて、よく作郎に貸して描き合っていました。
よく2人で互いの顔を描き合っていまして、いつも作郎の色使いが見事なもので、いつも感心させられてばかりで____。
そう語るのは、日高英二という遠方から来たという男。
煉瓦造りの街の中で、会って名も知ったばかりの私にとても熱心に柳作郎という男との思い出話をする。
身なりは普通で、背丈は少し小柄であるが、話しぶりを伺うに、たいそう故郷が恋しいと思っているのだろう。
英二は再び語り始めた。
「私は作郎と比べれば、ただ単純な物しか出来なくて、ですが一度作郎に絵を教わったことがあるのですが、やはり作郎は凄くて、一つも分からなかった故、彼を呆れさせてしまったこともありましたね。」
英二はそういうと、大きなカバンから一冊のキャンパスを取り出した。
「これがその時教えて貰った絵です。」
そうみせてきたのは、眼鏡を掛けた横顔の男が、こちらに流し目をしている絵だった。所々変わった色があり、少し不気味さも感じるような見事な物だった。
「いや、とても見事だと思いますがね。」
私は思わず感想を言うと、英二は有り難うと言った。
「ですが、作郎が描いた絵の方がよっぽど凄いですよ、見てくださいよ。」
またひらりとページを捲ると、今度は英二の横顔が描かれていた。滑らかで繊細な色使いは、非現実であっても、写真と言われれば思わず信じてしまうほどの出来だった。
「なんと見事な。」
「でしょう。基本、私は色使いなどは、鉛筆画しか描かないので、考えたこともなかったのですがね。彼が毎日描いてくれたおかげで、黒色以外が全て縮こまりましたよ。」
英二は嬉しそうに語る。
すると英二は、いきなり話し出した。
「そういえば旅立ちの時、作郎が色がわからないと知りましてね。どうやら、私に嫌われたくないと、必死に隠して来ていたそうで。私も気づいてやれれば、よかったのですがね。」
さらり吹く風が髪を靡くと、英二の髪にぺらりと葉が乗っかり、英二はそれを気にせずまた話した。
「今日故郷を出る前に、作郎と話をしたときに、やっと始めて知ったんですよ。それなのに、この見事な色使いは、色を知っている私でもそれ以上に作郎にしかできないとしみじみ感じましたね。でも、やはり早めに知りたかったと後悔もしているんです。」
風がまた強く吐き、煉瓦の隙間へと入って行く。
私は英二に対して答えた。
「色をうまく使えなくとも、私は貴方の絵を素晴らしいと感じます。そうだ、色鉛筆の中の残っている黒の色鉛筆を使い切ることを目標にしてみては。黒は貴方の得意な色でありましょう。」
すると英二はまだ悲しそうにして、黒の鉛筆を取り出した。
「そう言われれば、やるしかありませんな。」
英二の手にかけて上へ伸びる鉛筆は、鋭く光り、
希望のように掲げられていた。
「貴方に会えて本当によかった。私はこれで。また会いましょう、忠弘さん。」
そう言い英二はこの場を後にした。
そう言えば私の故郷は、今どうなっているのだろう。
ここ数十年、故郷の事を考えたことがなかった。
母上は今元気にしているだろうか。
友人は、いや、そもそも友人は居なかった。
ともかく、私もたまには遠出をしよう。
袋の中の蜜柑をそのままに、私は駅へと出向いた。
その後、作郎も絵が好きだと知り、私と作郎でよく描き合いをしていました。ですが作郎は画材を大して持っていなかったもので、私が画材を持ってきて、よく作郎に貸して描き合っていました。
よく2人で互いの顔を描き合っていまして、いつも作郎の色使いが見事なもので、いつも感心させられてばかりで____。
そう語るのは、日高英二という遠方から来たという男。
煉瓦造りの街の中で、会って名も知ったばかりの私にとても熱心に柳作郎という男との思い出話をする。
身なりは普通で、背丈は少し小柄であるが、話しぶりを伺うに、たいそう故郷が恋しいと思っているのだろう。
英二は再び語り始めた。
「私は作郎と比べれば、ただ単純な物しか出来なくて、ですが一度作郎に絵を教わったことがあるのですが、やはり作郎は凄くて、一つも分からなかった故、彼を呆れさせてしまったこともありましたね。」
英二はそういうと、大きなカバンから一冊のキャンパスを取り出した。
「これがその時教えて貰った絵です。」
そうみせてきたのは、眼鏡を掛けた横顔の男が、こちらに流し目をしている絵だった。所々変わった色があり、少し不気味さも感じるような見事な物だった。
「いや、とても見事だと思いますがね。」
私は思わず感想を言うと、英二は有り難うと言った。
「ですが、作郎が描いた絵の方がよっぽど凄いですよ、見てくださいよ。」
またひらりとページを捲ると、今度は英二の横顔が描かれていた。滑らかで繊細な色使いは、非現実であっても、写真と言われれば思わず信じてしまうほどの出来だった。
「なんと見事な。」
「でしょう。基本、私は色使いなどは、鉛筆画しか描かないので、考えたこともなかったのですがね。彼が毎日描いてくれたおかげで、黒色以外が全て縮こまりましたよ。」
英二は嬉しそうに語る。
すると英二は、いきなり話し出した。
「そういえば旅立ちの時、作郎が色がわからないと知りましてね。どうやら、私に嫌われたくないと、必死に隠して来ていたそうで。私も気づいてやれれば、よかったのですがね。」
さらり吹く風が髪を靡くと、英二の髪にぺらりと葉が乗っかり、英二はそれを気にせずまた話した。
「今日故郷を出る前に、作郎と話をしたときに、やっと始めて知ったんですよ。それなのに、この見事な色使いは、色を知っている私でもそれ以上に作郎にしかできないとしみじみ感じましたね。でも、やはり早めに知りたかったと後悔もしているんです。」
風がまた強く吐き、煉瓦の隙間へと入って行く。
私は英二に対して答えた。
「色をうまく使えなくとも、私は貴方の絵を素晴らしいと感じます。そうだ、色鉛筆の中の残っている黒の色鉛筆を使い切ることを目標にしてみては。黒は貴方の得意な色でありましょう。」
すると英二はまだ悲しそうにして、黒の鉛筆を取り出した。
「そう言われれば、やるしかありませんな。」
英二の手にかけて上へ伸びる鉛筆は、鋭く光り、
希望のように掲げられていた。
「貴方に会えて本当によかった。私はこれで。また会いましょう、忠弘さん。」
そう言い英二はこの場を後にした。
そう言えば私の故郷は、今どうなっているのだろう。
ここ数十年、故郷の事を考えたことがなかった。
母上は今元気にしているだろうか。
友人は、いや、そもそも友人は居なかった。
ともかく、私もたまには遠出をしよう。
袋の中の蜜柑をそのままに、私は駅へと出向いた。
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