世界に溢れる夢
[中央寄せ]・・・[/中央寄せ]
[中央寄せ]エリア〚学術都市・ノルストラ〛[/中央寄せ]
ノイトとリーリャは『[漢字]門[/漢字][ふりがな]ゲート[/ふりがな]』をくぐり抜けてノルストラに帰ってきた。
「やったー!私の勝ち〜!!」
「ハァ...リーリャってそんなに足速かったのか...!」
「えへへ〜/// ...まぁ、ノイトが疲れてたって言うのもあるだろうけどね。」
ノイトは息を整えながらリーリャと共にミストルの町へと歩き始める。街の街路樹はもう既に色づき始めていて、2人の行く先を彩っていた。
(...もうそんな季節か...。この世界に来てから16回目の秋...。)
ノイトがそんなことを考えている間に、リーリャは何かを見つけてノイトに声をかけた。
「ねぇ、ノイト!あれ、食べない?」
振り返ったリーリャが指を差した先を見ると、そこにはフレンチトーストがおいしいと評判のカフェがあった。ノイトは微笑んで答える。
「お〜、いいね!食べよ食べよ!!」
2人は笑顔で中に入り、出迎えてくれた店員にフレンチトーストとホットココアを頼んだ。リーリャが外の景色を見たいと言ったため、2人はテラス席で食事を取ることにした。
「ハァ...この街はいつ来ても平和で良いね〜。」
「まぁ、本来ならあんな戦争が起こらなかっただろうし、帝国でも死傷者は出なかっただろうね...。」
2人が座っている席に、黄色い落ち葉が舞い降りてくる。リーリャはそれを見て季節の変わり目であることを実感した。ノイトは落ち葉を手に取って笑みを浮かべているリーリャを、目を細めながら見つめていた。
(いつか...ルミナやメル、フィルさんやラルカにも、この景色を見せてあげたいな...。)
つい先程までノルティーク帝国近隣で起こっていた戦争に巻き込まれていたのが嘘であるかのように、その街並みは平和だった。ヤマガラの鳴き声をしばらく聞いていると、[漢字]芥子[/漢字][ふりがな]からし[/ふりがな]色と[漢字]海松[/漢字][ふりがな]みる[/ふりがな]色のチェックのシャツに、紺色のエプロンをかけた[漢字]給仕係[/漢字][ふりがな]サーバー[/ふりがな]がフレンチトーストとホットココアを運んでくる。
「お待たせしました〜! 当店自慢の看板メニュー・フレンチトーストとホットココアになりま〜す!!」
「「ありがとうございます!!」」
ノイトは運んできてもらった商品を受け取りながら、その店員の分も追加で注文した。
「もしよろしければお姉さんも一緒にどうですか?僕の奢りで良いですよ!」
「いえ、そんな...!賄いも出ますし、お客様のお金をわざわざ一店員である私のために使って頂くなんて...」
少し戸惑っている様子を見て、リーリャは笑顔でその店員に話しかける。
「大丈夫ですよ!今、私たちお金たくさん持ってますから!! それにきっとノイトは、お姉さんに何か用があるんじゃないですか?」
2人はノイトの方を見てきた。視線に気がついたノイトは笑顔のまま続けた。
「えぇ、まぁ少しだけですけど...。お金のことは気にせず、取り敢えず甘いものでも食べてください!!」
「...それでは、お言葉に甘えさせて貰いましょう。ご馳走様です!」
そう言ってその店員は一度店内に戻っていき、自分の分のフレンチトーストとホットココアを取りに行った。リーリャはその背中を見送った後に、ノイトに声をかける。
「そう言えば、この世界にもフレンチトーストとココアってあるんだね。何だかすごく懐かしい気がする...。」
「昔、僕がこの店に教えたんだよ。5年くらい前だったかな...?リオールさんが見せてくれたお土産の中に小麦とかカカオ豆っぽいものがあったから試してみたら再現出来た、って感じだね。」
ノイトの話を聞いてリーリャは少し驚いた。
「え、それじゃあ...ノイトがこのお店の営業に関わってたってこと?スゴいね!このお店の看板メニューになってるんでしょ!!」
「まぁ...あっちの世界で最初にフレトーやココアを作った人の方が全然スゴいけどね。ラクスドルム大陸の気候が、偶然熱帯アメリカ地域と似ていたんだと思うよ。」
リーリャはホットココアを両手で持ちながらそっと飲む。
「うん...温かい。身体が暖まるね!...そう言えば、この世界って前世にもあったものがたくさんあるよね。言葉も通じるし...」
「それは言わないお約束、ってやつだよ。でもまぁ、案外前世と関係があるのかもね〜。"転生者"って言う単語自体は、ほぼ伝説とかおとぎ話みたいな感じだけど浸透している感じだし、そこら辺の出どころを探っていけば何か分かるかもだけど。」
ノイトが道で追いかけっこをしている子どもたちを見ながらそう話すと、リーリャはノイトにあることを尋ねてきた。
「ねぇ、ノイト...この世界でのピアノの歴史ってどんなものか分かる...?」
「いや、そこら辺は詳しくないかな...でも、興味あるなら調べてみる?丁度ディアスムングロール大陸に音楽都市があるんだよ。」
「本当?! 行きたい!」
そこで先程の[漢字]給仕係[/漢字][ふりがな]サーバー[/ふりがな]が戻ってきた。
「すみません、お待たせしてしまって...。」
「いえいえ、アフターオーダーで出来立てを食べられるのがこの店の良いところですから。気にしなくて良いですよ!」
その店員の名前はミルーサと言い、つい最近働き始めたばかりだそうだ。もちろん、リーリャがそれとなく自然に口にするまで、ノイトがフレンチトーストとココアのレシピをこの店に教えた人物が他でもないノイトだと言うことは知らなかった。
「え!! このレシピってノイトさんが考えたんですか?!」
「え〜っと、"考えた"だと正確には少し違うんですけど...まぁ、大体そんな感じです。」
「スゴいです!こんなに美味しい料理の作り方を知っているなんて...!!」
ミルーサはしばらくの間フレンチトーストとココアの好きなところやこの店の好きなところを語り続ける。
(ん〜、思ったより饒舌だなぁ...。まぁ、かなりリラックス出来ているようで良かった。)
ある程度話し終えたところで、ミルーサは自分がただ一方的に話していたことに気がついた。
「あれっ?すみません...1人で話しすぎましたぁ...。」
「別に、全然大丈夫ですよ。楽しそうで何よりです!...それで、本題に入るんですけど...。お姉さん、何かありましたか...?」
「え...?」
ノイトの言葉を聞いてミルーサは目を見開いた。その目には、ほんの僅かだが不安が映っているように見える。ノイトは、ミルーサの心の奥の不安を感じ取っていたようだ。ノイトの目をしばらく見つめた後、ミルーサは少し俯いて答える。
「...実は、数ヶ月前から弟が行方不明なんです...!どこを探しても見つからず、心配した両親も街の外まで弟を探しに行ったきり、帰ってこなくて...。」
(行方不明か...この街は見たところ戦争の影響を一切受けていないから、さっきまでの戦争とは無関係だろうな...。)
ノイトはミルーサの話を静かに聞き続ける。
「私の家族は...もう、この世には居ないのでしょうか...。」
「そんなことないです!」
リーリャが励ますように声をあげた。リーリャの声を聞いてミルーサがリーリャの方を向く。
「私も昔、家でペットを飼ってたんですけど居なくなっちゃって...でも、ちゃんと見つかったんですよ!きっと、ミルーサさんの弟さんも無事に見つかりますよ!!」
「ありがとうございます...そうですよね、きっとあの子は大丈夫。私が信じなくて、誰が信じるのだと言うのでしょう。私、これからも信じてあの子が帰ってきたときのために頑張らないと、ですね...!」
リーリャの励ましが効いたのか、ミルーサの目に映った不安が少しだけ拭われたような気がした。ノイトはすぐに最悪の場合を考える癖があったが、それを口に出すような真似はしない。
(...数カ月も連絡なし...主要都市には居なさそうだな...。生きているかどうかすらも怪しいし、ミルーサさんの弟が行方不明になった原因も分からない。誘拐かもしれないし、本当は事故死したけど、それがショックすぎて記憶喪失になっている、なんてことも考えられる...。ん...縁起でもない。止めよ止めよ...。)
ノイトは余計なことを考えないために一度深呼吸をする。視界に映るリーリャとミルーサの顔には期待と希望が見えた。
「あ、ノイトさん、リーリャさん。トーストとココアが冷めない内にどうぞ!」
「あ、そうでした...いただきます!」
「...いただきます。」
よく当たるノイトの悪い予感がノイトの脳裏にこびりついて離れなかったせいか、フレンチトーストが少し冷めたように感じた。
トーストとココアを完食し、日が傾いてきたところでノイトとリーリャはカフェを後にした。
「ありがとうございました〜!またのお越しを、お待ちしておりますっ!!」
2人は、西日に照らされた道の上で、遠くに見える時計塔の方へと歩き始める。
「美味しかったね〜!また今度、食べに行こう?」
「うん、そうだね。...今日はもう日も暮れるし、明後日からはディアスムングロール大陸に向かうから早めに寝よっか。」
「あ、うん...。」
リーリャはノイトが少し元気がないように見えて少し心配になった。
(ノイト...どうしたんだろう?...ひょっとして、さっきのミルーサさんの弟さんが行方不明だって言う話のこと、気にかけてるのかな...?)
リーリャの目に映るノイトは何かを真剣に考えている目をしていた。その目をしているときのノイトは、恐らくあまり良いことは考えていない。
(もう、1人で抱え込み過ぎだよ...。私のこと、もっとちゃんと頼ってくれて良いのに..!...でも、ノイトの集中してる時の顔、ちょっと好きかも...。)
「ノイトっ!」
ノイトはリーリャに名前を呼ばれてリーリャの方を見た。リーリャの顔は夕日に照らされて赤く見える。微笑んだリーリャは手を後ろで軽く組んでからノイトの顔を覗き込むようにして身体を傾けた。
「もし私がノイトのことを好きだ、って言ったらどうする?」
「...え?」
よく見たらリーリャの頬がちゃんと赤くなっている。ノイトは一瞬固まったが、すぐにリーリャが自分のためを思って声をかけてくれたことに気がついた。
(あぁ...なるほど、僕がこんな[漢字]表情[/漢字][ふりがな]かお[/ふりがな]してたから...。)
「...僕は大丈夫だよ。心配してくれてありがとねっ!」
「そっか。[小文字]...[小文字]それだけじゃ、ないんだけどなぁ...。[/小文字][/小文字]」
「...?」
「...ううん、何でもないよ。帰ろっか!」
リーリャとノイトは並んで歩いている。歩く程に時計塔が大きくなっていき、日が沈んだ頃にようやく時計塔に辿り着いた。辺りはもう暗くなっていたが、ノイトにとっては歩き慣れた道。足元に注意しながら進むノイトの腕に捕まって歩いていたリーリャは一瞬だけノイトの横顔を見た。ノイトの表情は暗くてよく見えないが、もうその目に不安さは宿っていなかった。
「着いたね!私はちょっとだけピアノの練習してから寝たいんだけど...ノイトはどうする?」
「ん〜、ノルティーク帝国で戦利品、とはまた違う気がするけど謝礼の品、みたいなの貰ったじゃん?あれの中身を確認しておこうかと思う。さっきは直ぐに寝ようとか思ってたけど、やっぱり明日は足りないものの買い出しとかで時間取りたいし、今日の内に確認しちゃうことにする。」
2人は時計塔の階段を上がっていき、最上階のバルコニーに出る。相変わらず街の明かりがよく見えて、月も綺麗だった。
「月が綺麗だね...。」
「[小文字]ふ[/小文字]え?! え、あ、うん!そう...だね...!!」
リーリャが今までに見たことない程に慌てている。
「ん...どうしたの?一旦落ち着こう、ね?」
やがて動きが落ち着いて頷いたリーリャを見てノイトはひとまず安心マジックバッグの中身を確認する。
ノイトのマジックバッグの中から出てきたのは[漢字]青白磁の金属[/漢字][ふりがな]サスロイカ[/ふりがな]製の剣や[漢字]幻想の首飾り[/漢字][ふりがな]ファンタジア・ペンダント[/ふりがな]、高級[漢字]回復薬[/漢字][ふりがな]ポーション[/ふりがな]や魔力探知の魔具、そして一通の手紙。
ノイトとリーリャはそれを見て驚いた。
「[漢字]幻想の首飾り[/漢字][ふりがな]ファンタジア・ペンダント[/ふりがな]...もしかして、私のやつが壊れちゃったのに気づいて...?」
リーリャが以前使っていた魔具は主に2種類。[漢字]幻想の首飾り[/漢字][ふりがな]ファンタジア・ペンダント[/ふりがな]と、貿易都市・レミステラでエスミルト騎士団5番隊隊長のルベリアが買ってくれた黒い手袋だったもの。しかし、前者は“記憶の魔神”ゲデニスによって、後者は待賢都市・グレイベアルドで七賢の1人であるファルムによって破壊されてしまった。
「きっとレイクさんだろうね...あの人は人をよく見てるだろうし、リーリャが超級魔法を使った時にペンダントを付けていないことにも気づいたんだと思う。」
ノイトは、武器や高級[漢字]回復薬[/漢字][ふりがな]ポーション[/ふりがな]を再びマジックバッグに収めながら、手紙を手に取る。
(この感じ...ルミナか...。以前僕が書いた手紙の返事かな...?)
ノイトは封筒の中から綺麗に四つ折りされた紙を取り出して、その手紙を読み始める。
リーリャは[漢字]幻想の首飾り[/漢字][ふりがな]ファンタジア・ペンダント[/ふりがな]を首に掛け、ピアノを演奏し始めた。
[中央寄せ][太字][大文字][明朝体]『超級魔法:[漢字]幻想奏楽[/漢字][ふりがな]パフォーマンス[/ふりがな]』[/明朝体][/大文字][/太字][/中央寄せ]
ドビュッシーの「夢」※が演奏される。虹色の魔力を帯びた黒い五線譜がピアノから伸び、夜空に浮かぶ月を映えさせる。
「ふぅ...。」
やがてノイトが手紙を読み終えて封筒に戻した。リーリャもそれを感じて演奏を止める。
「...ノイト、どうだった?」
「ん...手紙と演奏、どっちのこと?」
「う〜ん...どっちも!」
ノイトはリーリャの言葉を聞いて答えることにした。
「手紙は思った通りルミナからだったよ。僕達がヴェルグランド大陸に行ってた間のことが書かれてた。...リーリャの演奏は、何かいつもよりも心が籠もってた気がしたよ。」
月を見上げて石レンガの手すりへと歩いていくノイトを見つめて、リーリャはノイトの感想を静かに聞く。
「リーリャはスゴいね、色んな曲が演奏出来て。僕は前世では聞くくらいしかしてなかったから...。」
「フフッ...ありがとう!...でもね、ノイトのこと考えながら心を込めて演奏すると、私も気分が良いんだよ...!! こちらこそありがとっ!」
リーリャはノイトの隣で手すりに体重を預けながら夜闇に映える街の明かりを眺めた。ノイトがプレゼントした指輪のセンターストーンが蒼く光を映している。
「リーリャ...明日は久しぶりにゆっくりしようか。ヴェルグランド大陸に向かう時は直ぐに出発しちゃったけど、流石にしばらくゆっくり出来ていなくて疲れたでしょ?」
「ううん...ノービリアの温泉でゆっくり出来たし、私は大丈夫だよ。でもノイトは、...まだ疲れてるよね...?ホントにお疲れ様。」
「ありがとう。...そろそろ寝よっか。」
ノイトとリーリャはバルコニーから時計塔の中に入り、階段を降りる。ノイトは翌日のことを考えながら隣の小屋で眠りにつくのだった。
※「夢想」/クロード・アシル・ドビュッシー
[中央寄せ]エリア〚学術都市・ノルストラ〛[/中央寄せ]
ノイトとリーリャは『[漢字]門[/漢字][ふりがな]ゲート[/ふりがな]』をくぐり抜けてノルストラに帰ってきた。
「やったー!私の勝ち〜!!」
「ハァ...リーリャってそんなに足速かったのか...!」
「えへへ〜/// ...まぁ、ノイトが疲れてたって言うのもあるだろうけどね。」
ノイトは息を整えながらリーリャと共にミストルの町へと歩き始める。街の街路樹はもう既に色づき始めていて、2人の行く先を彩っていた。
(...もうそんな季節か...。この世界に来てから16回目の秋...。)
ノイトがそんなことを考えている間に、リーリャは何かを見つけてノイトに声をかけた。
「ねぇ、ノイト!あれ、食べない?」
振り返ったリーリャが指を差した先を見ると、そこにはフレンチトーストがおいしいと評判のカフェがあった。ノイトは微笑んで答える。
「お〜、いいね!食べよ食べよ!!」
2人は笑顔で中に入り、出迎えてくれた店員にフレンチトーストとホットココアを頼んだ。リーリャが外の景色を見たいと言ったため、2人はテラス席で食事を取ることにした。
「ハァ...この街はいつ来ても平和で良いね〜。」
「まぁ、本来ならあんな戦争が起こらなかっただろうし、帝国でも死傷者は出なかっただろうね...。」
2人が座っている席に、黄色い落ち葉が舞い降りてくる。リーリャはそれを見て季節の変わり目であることを実感した。ノイトは落ち葉を手に取って笑みを浮かべているリーリャを、目を細めながら見つめていた。
(いつか...ルミナやメル、フィルさんやラルカにも、この景色を見せてあげたいな...。)
つい先程までノルティーク帝国近隣で起こっていた戦争に巻き込まれていたのが嘘であるかのように、その街並みは平和だった。ヤマガラの鳴き声をしばらく聞いていると、[漢字]芥子[/漢字][ふりがな]からし[/ふりがな]色と[漢字]海松[/漢字][ふりがな]みる[/ふりがな]色のチェックのシャツに、紺色のエプロンをかけた[漢字]給仕係[/漢字][ふりがな]サーバー[/ふりがな]がフレンチトーストとホットココアを運んでくる。
「お待たせしました〜! 当店自慢の看板メニュー・フレンチトーストとホットココアになりま〜す!!」
「「ありがとうございます!!」」
ノイトは運んできてもらった商品を受け取りながら、その店員の分も追加で注文した。
「もしよろしければお姉さんも一緒にどうですか?僕の奢りで良いですよ!」
「いえ、そんな...!賄いも出ますし、お客様のお金をわざわざ一店員である私のために使って頂くなんて...」
少し戸惑っている様子を見て、リーリャは笑顔でその店員に話しかける。
「大丈夫ですよ!今、私たちお金たくさん持ってますから!! それにきっとノイトは、お姉さんに何か用があるんじゃないですか?」
2人はノイトの方を見てきた。視線に気がついたノイトは笑顔のまま続けた。
「えぇ、まぁ少しだけですけど...。お金のことは気にせず、取り敢えず甘いものでも食べてください!!」
「...それでは、お言葉に甘えさせて貰いましょう。ご馳走様です!」
そう言ってその店員は一度店内に戻っていき、自分の分のフレンチトーストとホットココアを取りに行った。リーリャはその背中を見送った後に、ノイトに声をかける。
「そう言えば、この世界にもフレンチトーストとココアってあるんだね。何だかすごく懐かしい気がする...。」
「昔、僕がこの店に教えたんだよ。5年くらい前だったかな...?リオールさんが見せてくれたお土産の中に小麦とかカカオ豆っぽいものがあったから試してみたら再現出来た、って感じだね。」
ノイトの話を聞いてリーリャは少し驚いた。
「え、それじゃあ...ノイトがこのお店の営業に関わってたってこと?スゴいね!このお店の看板メニューになってるんでしょ!!」
「まぁ...あっちの世界で最初にフレトーやココアを作った人の方が全然スゴいけどね。ラクスドルム大陸の気候が、偶然熱帯アメリカ地域と似ていたんだと思うよ。」
リーリャはホットココアを両手で持ちながらそっと飲む。
「うん...温かい。身体が暖まるね!...そう言えば、この世界って前世にもあったものがたくさんあるよね。言葉も通じるし...」
「それは言わないお約束、ってやつだよ。でもまぁ、案外前世と関係があるのかもね〜。"転生者"って言う単語自体は、ほぼ伝説とかおとぎ話みたいな感じだけど浸透している感じだし、そこら辺の出どころを探っていけば何か分かるかもだけど。」
ノイトが道で追いかけっこをしている子どもたちを見ながらそう話すと、リーリャはノイトにあることを尋ねてきた。
「ねぇ、ノイト...この世界でのピアノの歴史ってどんなものか分かる...?」
「いや、そこら辺は詳しくないかな...でも、興味あるなら調べてみる?丁度ディアスムングロール大陸に音楽都市があるんだよ。」
「本当?! 行きたい!」
そこで先程の[漢字]給仕係[/漢字][ふりがな]サーバー[/ふりがな]が戻ってきた。
「すみません、お待たせしてしまって...。」
「いえいえ、アフターオーダーで出来立てを食べられるのがこの店の良いところですから。気にしなくて良いですよ!」
その店員の名前はミルーサと言い、つい最近働き始めたばかりだそうだ。もちろん、リーリャがそれとなく自然に口にするまで、ノイトがフレンチトーストとココアのレシピをこの店に教えた人物が他でもないノイトだと言うことは知らなかった。
「え!! このレシピってノイトさんが考えたんですか?!」
「え〜っと、"考えた"だと正確には少し違うんですけど...まぁ、大体そんな感じです。」
「スゴいです!こんなに美味しい料理の作り方を知っているなんて...!!」
ミルーサはしばらくの間フレンチトーストとココアの好きなところやこの店の好きなところを語り続ける。
(ん〜、思ったより饒舌だなぁ...。まぁ、かなりリラックス出来ているようで良かった。)
ある程度話し終えたところで、ミルーサは自分がただ一方的に話していたことに気がついた。
「あれっ?すみません...1人で話しすぎましたぁ...。」
「別に、全然大丈夫ですよ。楽しそうで何よりです!...それで、本題に入るんですけど...。お姉さん、何かありましたか...?」
「え...?」
ノイトの言葉を聞いてミルーサは目を見開いた。その目には、ほんの僅かだが不安が映っているように見える。ノイトは、ミルーサの心の奥の不安を感じ取っていたようだ。ノイトの目をしばらく見つめた後、ミルーサは少し俯いて答える。
「...実は、数ヶ月前から弟が行方不明なんです...!どこを探しても見つからず、心配した両親も街の外まで弟を探しに行ったきり、帰ってこなくて...。」
(行方不明か...この街は見たところ戦争の影響を一切受けていないから、さっきまでの戦争とは無関係だろうな...。)
ノイトはミルーサの話を静かに聞き続ける。
「私の家族は...もう、この世には居ないのでしょうか...。」
「そんなことないです!」
リーリャが励ますように声をあげた。リーリャの声を聞いてミルーサがリーリャの方を向く。
「私も昔、家でペットを飼ってたんですけど居なくなっちゃって...でも、ちゃんと見つかったんですよ!きっと、ミルーサさんの弟さんも無事に見つかりますよ!!」
「ありがとうございます...そうですよね、きっとあの子は大丈夫。私が信じなくて、誰が信じるのだと言うのでしょう。私、これからも信じてあの子が帰ってきたときのために頑張らないと、ですね...!」
リーリャの励ましが効いたのか、ミルーサの目に映った不安が少しだけ拭われたような気がした。ノイトはすぐに最悪の場合を考える癖があったが、それを口に出すような真似はしない。
(...数カ月も連絡なし...主要都市には居なさそうだな...。生きているかどうかすらも怪しいし、ミルーサさんの弟が行方不明になった原因も分からない。誘拐かもしれないし、本当は事故死したけど、それがショックすぎて記憶喪失になっている、なんてことも考えられる...。ん...縁起でもない。止めよ止めよ...。)
ノイトは余計なことを考えないために一度深呼吸をする。視界に映るリーリャとミルーサの顔には期待と希望が見えた。
「あ、ノイトさん、リーリャさん。トーストとココアが冷めない内にどうぞ!」
「あ、そうでした...いただきます!」
「...いただきます。」
よく当たるノイトの悪い予感がノイトの脳裏にこびりついて離れなかったせいか、フレンチトーストが少し冷めたように感じた。
トーストとココアを完食し、日が傾いてきたところでノイトとリーリャはカフェを後にした。
「ありがとうございました〜!またのお越しを、お待ちしておりますっ!!」
2人は、西日に照らされた道の上で、遠くに見える時計塔の方へと歩き始める。
「美味しかったね〜!また今度、食べに行こう?」
「うん、そうだね。...今日はもう日も暮れるし、明後日からはディアスムングロール大陸に向かうから早めに寝よっか。」
「あ、うん...。」
リーリャはノイトが少し元気がないように見えて少し心配になった。
(ノイト...どうしたんだろう?...ひょっとして、さっきのミルーサさんの弟さんが行方不明だって言う話のこと、気にかけてるのかな...?)
リーリャの目に映るノイトは何かを真剣に考えている目をしていた。その目をしているときのノイトは、恐らくあまり良いことは考えていない。
(もう、1人で抱え込み過ぎだよ...。私のこと、もっとちゃんと頼ってくれて良いのに..!...でも、ノイトの集中してる時の顔、ちょっと好きかも...。)
「ノイトっ!」
ノイトはリーリャに名前を呼ばれてリーリャの方を見た。リーリャの顔は夕日に照らされて赤く見える。微笑んだリーリャは手を後ろで軽く組んでからノイトの顔を覗き込むようにして身体を傾けた。
「もし私がノイトのことを好きだ、って言ったらどうする?」
「...え?」
よく見たらリーリャの頬がちゃんと赤くなっている。ノイトは一瞬固まったが、すぐにリーリャが自分のためを思って声をかけてくれたことに気がついた。
(あぁ...なるほど、僕がこんな[漢字]表情[/漢字][ふりがな]かお[/ふりがな]してたから...。)
「...僕は大丈夫だよ。心配してくれてありがとねっ!」
「そっか。[小文字]...[小文字]それだけじゃ、ないんだけどなぁ...。[/小文字][/小文字]」
「...?」
「...ううん、何でもないよ。帰ろっか!」
リーリャとノイトは並んで歩いている。歩く程に時計塔が大きくなっていき、日が沈んだ頃にようやく時計塔に辿り着いた。辺りはもう暗くなっていたが、ノイトにとっては歩き慣れた道。足元に注意しながら進むノイトの腕に捕まって歩いていたリーリャは一瞬だけノイトの横顔を見た。ノイトの表情は暗くてよく見えないが、もうその目に不安さは宿っていなかった。
「着いたね!私はちょっとだけピアノの練習してから寝たいんだけど...ノイトはどうする?」
「ん〜、ノルティーク帝国で戦利品、とはまた違う気がするけど謝礼の品、みたいなの貰ったじゃん?あれの中身を確認しておこうかと思う。さっきは直ぐに寝ようとか思ってたけど、やっぱり明日は足りないものの買い出しとかで時間取りたいし、今日の内に確認しちゃうことにする。」
2人は時計塔の階段を上がっていき、最上階のバルコニーに出る。相変わらず街の明かりがよく見えて、月も綺麗だった。
「月が綺麗だね...。」
「[小文字]ふ[/小文字]え?! え、あ、うん!そう...だね...!!」
リーリャが今までに見たことない程に慌てている。
「ん...どうしたの?一旦落ち着こう、ね?」
やがて動きが落ち着いて頷いたリーリャを見てノイトはひとまず安心マジックバッグの中身を確認する。
ノイトのマジックバッグの中から出てきたのは[漢字]青白磁の金属[/漢字][ふりがな]サスロイカ[/ふりがな]製の剣や[漢字]幻想の首飾り[/漢字][ふりがな]ファンタジア・ペンダント[/ふりがな]、高級[漢字]回復薬[/漢字][ふりがな]ポーション[/ふりがな]や魔力探知の魔具、そして一通の手紙。
ノイトとリーリャはそれを見て驚いた。
「[漢字]幻想の首飾り[/漢字][ふりがな]ファンタジア・ペンダント[/ふりがな]...もしかして、私のやつが壊れちゃったのに気づいて...?」
リーリャが以前使っていた魔具は主に2種類。[漢字]幻想の首飾り[/漢字][ふりがな]ファンタジア・ペンダント[/ふりがな]と、貿易都市・レミステラでエスミルト騎士団5番隊隊長のルベリアが買ってくれた黒い手袋だったもの。しかし、前者は“記憶の魔神”ゲデニスによって、後者は待賢都市・グレイベアルドで七賢の1人であるファルムによって破壊されてしまった。
「きっとレイクさんだろうね...あの人は人をよく見てるだろうし、リーリャが超級魔法を使った時にペンダントを付けていないことにも気づいたんだと思う。」
ノイトは、武器や高級[漢字]回復薬[/漢字][ふりがな]ポーション[/ふりがな]を再びマジックバッグに収めながら、手紙を手に取る。
(この感じ...ルミナか...。以前僕が書いた手紙の返事かな...?)
ノイトは封筒の中から綺麗に四つ折りされた紙を取り出して、その手紙を読み始める。
リーリャは[漢字]幻想の首飾り[/漢字][ふりがな]ファンタジア・ペンダント[/ふりがな]を首に掛け、ピアノを演奏し始めた。
[中央寄せ][太字][大文字][明朝体]『超級魔法:[漢字]幻想奏楽[/漢字][ふりがな]パフォーマンス[/ふりがな]』[/明朝体][/大文字][/太字][/中央寄せ]
ドビュッシーの「夢」※が演奏される。虹色の魔力を帯びた黒い五線譜がピアノから伸び、夜空に浮かぶ月を映えさせる。
「ふぅ...。」
やがてノイトが手紙を読み終えて封筒に戻した。リーリャもそれを感じて演奏を止める。
「...ノイト、どうだった?」
「ん...手紙と演奏、どっちのこと?」
「う〜ん...どっちも!」
ノイトはリーリャの言葉を聞いて答えることにした。
「手紙は思った通りルミナからだったよ。僕達がヴェルグランド大陸に行ってた間のことが書かれてた。...リーリャの演奏は、何かいつもよりも心が籠もってた気がしたよ。」
月を見上げて石レンガの手すりへと歩いていくノイトを見つめて、リーリャはノイトの感想を静かに聞く。
「リーリャはスゴいね、色んな曲が演奏出来て。僕は前世では聞くくらいしかしてなかったから...。」
「フフッ...ありがとう!...でもね、ノイトのこと考えながら心を込めて演奏すると、私も気分が良いんだよ...!! こちらこそありがとっ!」
リーリャはノイトの隣で手すりに体重を預けながら夜闇に映える街の明かりを眺めた。ノイトがプレゼントした指輪のセンターストーンが蒼く光を映している。
「リーリャ...明日は久しぶりにゆっくりしようか。ヴェルグランド大陸に向かう時は直ぐに出発しちゃったけど、流石にしばらくゆっくり出来ていなくて疲れたでしょ?」
「ううん...ノービリアの温泉でゆっくり出来たし、私は大丈夫だよ。でもノイトは、...まだ疲れてるよね...?ホントにお疲れ様。」
「ありがとう。...そろそろ寝よっか。」
ノイトとリーリャはバルコニーから時計塔の中に入り、階段を降りる。ノイトは翌日のことを考えながら隣の小屋で眠りにつくのだった。
※「夢想」/クロード・アシル・ドビュッシー