世界に溢れる夢
[中央寄せ]・・・[/中央寄せ]
ノイトはぬいぐるみの状態でフィルマリーに抱きかかえられていた。今のノイトの言葉は[漢字]忘我[/漢字][ふりがな]フロー[/ふりがな]状態のフィルマリーには届かないだろう。
(本当にどうしたものか......あっちでは“知識の魔神”が暴れているっていうのに、僕はストレスが溜まったフィルさんの[漢字]お守り役[/漢字][ふりがな]コンフォート・トイ[/ふりがな]になってる......。)
ノイトが辺りを見渡すと大小様々なぬいぐるみがたくさん散らばっている。恐らく普段フィルマリーが呼び出しているぬいぐるみはこの場所から来ているのだろう。
(クマにウサギに冷蔵庫.............冷蔵庫?)
恐らく中には色々な[漢字]魔法薬瓶[/漢字][ふりがな]ポーション[/ふりがな]が入っている。しばらく歩いたところでフィルマリーが歩みを止めた。そして目の前に置いてある玉座にぬいぐるみと化したノイトを座らせる。
[太字][斜体]『ノイトさんはここに座っててくださいねー♡ すぐに紅茶とお菓子を持ってきます!』[/斜体][/太字]
「ちょっと待ってくださいよ。僕がぬいぐるみのままお茶会でもするんですか?外はそれどころじゃないでしょう。」
[太字][斜体]『ん〜?ワッフルとプリンとケーキで良いですかぁ?』[/斜体][/太字]
「プリン!!......じゃなくて、ですね............。」
フィルマリーはいつの間にか遠くまで離れてしまっていたため聞こえていなかったようだ。
(まずい......見返りを間違えたかな......プリンは食べたいけど、別に外で食べられるじゃん!)
ノイトは椅子から降りようとしたが魔法の鎖で縛られて動けなくなった。
(ルミナに護られてたときは良かったけど、今は自力でなんとかするしかないか......。魔法は使えない。魔術も。魔具もないわけだし、どうするか......。)
取り敢えずノイトは周りに居るぬいぐるみに声をかけてみた。
「あのー、すみませーん!」
返事が帰ってくることはなかった。そう思ったとき。
「......どうしたんだい?」
玉座の右方にあった山の中の1体が返事を返してくれた。周囲のぬいぐるみの視線もノイトに集まっている。
「ここから出たいんですけど、どうすれば良いか分かりますか?」
「......いいや、分からないな。君は何故ここから出たいんだい?」
「外で仲間が戦ってるんです。魔力の残量がもうほとんどない僕ならまだしも、フィルさんまで退がってしまったら“知識の魔神”にやられちゃうかもしれません。」
「......そうか。だけども、ボクたちがここから出るのは難しいだろう。あの魔女はボクたちをコレクションとして認識している。だからこそ外へ呼び出すことができるんだ。彼女自身がここに戻ってきたのは久しぶりだけどね。」
「そうなんですか......?まぁ確かにずっと外に居たかもしれませんけど。」
「そうだねぇ......。彼女のコレクションにされてからはこのおもちゃ箱の中でしか生きられないのは少しだけ窮屈だけど、それなりにコミュニティも発達してるんだよ。何も食べなくても死なないし、偶に呼び出される者は居るものの普段は好きに暮らせて案外悪くない。住めば都ってやつだよ。」
「とてもぬいぐるみが言うようなセリフじゃないですね......。やっぱり元人間ですか?」
「あぁ、うん。そうだよ。」
ノイトの予想は的中していた。自分の意思があるように動き、ときにはフィルマリーの手助けをする。それがただのぬいぐるみの所業ではないことは明らかだった。
「結構軽いですね......。諦めてるようにしか見えませんけど、もし出られるとしたら外に出ますか?」
「流石に無理があるだろう。外に出た瞬間に元の年齢に戻るだろうし、世界は変わっているだろう。ここからじゃ見えなくても、何となく想像できるよ。」
「そうですか......。............ずっとここに居るつもりですか?」
「ここで寿命を迎えればここで終わるよ。どの道彼女のコレクションに加えられた時点で僕らの人生のルールは決まるんだ。彼女に従い、ここで暮らす。それだけのシンプルな世界だから。」
「僕は極力縛られたくないですけどねぇ......?ぬいぐるみ状態じゃなければこの鎖だってすぐに壊してますよ。」
「活きが良いねぇ。若気の至りと言ったところか......。」
「流石にずっとここに居たくはないですしね。」
「......そろそろ帰ってくるみたいだ。」
ぬいぐるみがそういうとすぐにフィルマリーがお菓子と紅茶をカートで運んできた。
[太字][斜体]『あら?ノイトさん、もう他のぬいぐるみさんたちと仲良くなったんですかぁ〜?そこに居るのはウォスローズさんですよぉ!』[/斜体][/太字]
「そうなんですか......。フィルさん、なんで人間をぬいぐるみにしてコレクションにしてるんです?」
[太字][斜体]『んふふ〜、みんな私の研究の協力者さんなんですよ〜!』[/斜体][/太字]
「実験体とかも含めての“協力者”ですよね、それ?」
[太字][斜体]『さぁノイトさん!お茶会の時間ですよ〜♡』[/斜体][/太字]
ノイトが座らせられている玉座の前にティーテーブルが現れ、その上にワッフルやプリンやケーキが並べられていく。フィルマリーに着いてきていたカートの上からティーポットの姿をした何かが、生えている翼で飛んでテーブルの上のカップに紅茶を淹れていった。
(ぬいぐるみじゃないな......意思を持った魔具......また元・人間?......飛んでるし......翼生えて......翼?あっ。)
ノイトの首にはまだ“[漢字]翼の象徴[/漢字][ふりがな]ウィング[/ふりがな]”が掛かっている。もしかしたらこれが脱出に役立つかもしれない。
[太字][斜体]『ノイトさん、お茶会を始めましょ〜♡』[/斜体][/太字]
「......ぬいぐるみの状態で食べられるんですか?」
[太字][斜体]『私が食べさせてあげるから大丈夫ですよぉ〜!』[/斜体][/太字]
フィルマリーがぬいぐるみ状態のノイトの口元にケーキを運んできたそのとき。ノイトは何かを感じて反射的にフィルマリーの手を止めた。
[太字][斜体]『あら?どうしたんですか、ノイトさん?』[/斜体][/太字]
「......。」
ノイトが先ほど話していたウォスローズというぬいぐるみの方を見ると、こちらを見て頷いている。どうやら食べてしまわなくて正解だったようだ。
「フィルさん。僕はここから出たいんです。それを食べたら僕は一生ぬいぐるみのままになるんですよね?」
[太字][斜体]『そうですよ〜。ノイトさんを私のコレクションにするためにお茶会をしてるんです!これを食べればずっと一緒に居られるんですよ♡』[/斜体][/太字]
「お茶会という名の儀式ですか。いかにも昔の魔導書に載っていそうな内容ですね。」
[太字][斜体]『ふふっ、私から逃げる気ですかぁ?無駄ですよ、そんなことしても!絶っっっ対に逃がしませんよ?......大事な大事なノイトさん?』[/斜体][/太字]
“[漢字]翼の象徴[/漢字][ふりがな]ウィング[/ふりがな]”がノイトの残った魔力の一部を消費して魔力の翼を具現化した。翼が広がって鎖を壊し、ノイトはそのまま駆け出した。
[太字][斜体]『逃がしません、と言ったばかりでしょう?なんで逃げるんですかぁ......?』[/斜体][/太字]
(こっちはついさっき[漢字]クロエ[/漢字][ふりがな]キチデレ[/ふりがな]と戦って体力も魔力もほとんど残ってないのに......!恐らくこの場所のぬいぐるみは全部フィルさんの[漢字]傀儡[/漢字][ふりがな]コレクション[/ふりがな]。出口があるかどうかは分からないけど、極力他のぬいぐるみが届かない高い場所で......!!)
ふと空を見上げると他のぬいぐるみの山よりも数倍大きい山が見えた。
(あそこまで逃げ切るしか......!)
周囲のぬいぐるみの山から無数のぬいぐるみが飛び出してきてノイトへの襲いかかってくる。
「退いてください!!」
ぬいぐるみ状態だとしても、ノイトはノイト。残された僅かな魔力で身体を強化して襲いかかるぬいぐるみたちを殴り飛ばしている。しかし、いくら殴り飛ばしてもキリがなかった。ぬいぐるみ状態の攻撃ではなかなかダメージも通らない。そこで再び“[漢字]翼の象徴[/漢字][ふりがな]ウィング[/ふりがな]”で空高く羽ばたいた。
(うっ......魔力がそろそろ......。)
山の中から巨大なぬいぐるみが現れてノイトを飲み込もうとする。
(避けられな......!!)
そこでノイトの手首を蒼い糸が引き上げた。ノイトがそのまま1番高い山の近くまで運ばれる。
(リーリャ......?)
そこで下から鞭が飛んできて糸へと当たり、ノイトは振り子のようになって飛ばされた。
(この鞭......看守長さん?)
鞭が飛んできた方向を見ると黒い制帽と警備服に身を包み、左腕が焦げたぬいぐるみが立っていた。今のぬいぐるみサイズのノイトから見ればものすごい貫禄を感じる。名前の通りの強さが滲み出していた。
ノイトは看守長の鞭に掴まれてジェルソカラーのチェック柄の地面に叩きつけられる。
[斜体]「ガハッ」[/斜体]
次の瞬間には檻の中に入れられている。
「......お久しぶりです、看守長さん。あのときはすみませんでした。」
[太字]「過去のことは良い。私は仕事で動いているだけだ。」[/太字]
「......喋れるんですね。」
[太字]「この場所ではぬいぐるみも喋れるんだ。......それで、我が主の様子がおかしいようだが......どうするつもりだ?」[/太字]
「フィルさんは今、ストレスが溜まりすぎて[漢字]忘我[/漢字][ふりがな]フロー[/ふりがな]状態になっています。ただでさえ魔力量が多いフィルさんのことですし、このまま放置するわけにもいかないでしょう。だから、僕が引き戻すんです。」
[太字]「姿を変えられ、鎖で縛られ、それでもまだ希望が残っているんだな?」[/太字]
「はい。放っておいて傷つくのが僕1人であればここまで急いでないですよ。今は外で戦っている人たちが居ます。フィルさんが居なければきっとこの戦いで生き残ることは難しい......。だから......!」
[太字]「分かった。そういうことならその檻から出してやらんこともない。だが、私はフィルマリーのコレクションの一つだ。後でお前を襲うことも十分ありえる。止まるなよ。」[/太字]
「当然。僕がここで諦めて他の人の努力まで無駄にするなんて、絶対にあってはいけないことですから。」
檻が壊れ、ノイトが解放された。
「ありがとうございます。......その腕、本当にすみませんでした。」
[太字]「良い。いずれ壊れるのが[漢字]コレクション[/漢字][ふりがな]私たち[/ふりがな]だ。遅かれ早かれこうなることはあっただろう。」[/太字]
「......それじゃあ!」
駆け出したノイトの後ろ姿を見て看守長が口を開く。
[太字]「ノイト。もしイグという老人に出会ったら、ザールナイトという人物が“身体を大事にして欲しい”と伝えておいてくれ。」[/太字]
ノイトはイグの名前が出て一瞬目を見開いたが、振り向かずにサンドサインで承知の意を示した。
(......イグさん、僕が初めて会ったときは牢獄都市で囚人の監視をしていたけど............そういうことだったのかな。)
そんなことを考えたのも束の間、すぐに1番高い山の麓まで辿り着いた。崖のように急な斜面を、山に埋もれたぬいぐるみたちの凹凸をボルダリングのホールドのようにして登っていくしかないようだ。
(魔力もほぼ残ってない......自力で登るしかないか!)
ぬいぐるみの小さな身体で少しずつ着実に、しかし急いで山を登っていく。幸いなことに踏み外して崩れるような場所はなかったようだ。
(......んー、ぬいぐるみは追ってくるけどフィルさんが直接追ってくるわけじゃないし、上で待ってるパターンじゃない?)
だからと言ってここで止まるわけにもいかないノイトはひたすらに山を登っていく。下を見るとどうやら看守長が[漢字]殿[/漢字][ふりがな]しんがり[/ふりがな]を務めて他のぬいぐるみたちの足止めをしているようだ。
(看守長さんにも託されたものはあることだし、ここまで来たならこのまま登り切ろう!!)
斜面がだんだんと緩やかになっていき、ようやく歩ける程になった。ノイトは斜面を駆け上りながら頂上を目指す。そしてようやく頂上へ手を伸ばしたそのとき。
[太字][斜体]『捕まえた♡』[/斜体][/太字]
フィルマリーに追いつかれた。
「あれ、ちゃんと後ろから追いかけてたんですか?」
[太字][斜体]『もぉ、どうして逃げるんですかぁ〜?私のこと嫌いになっちゃったんですか......?』[/斜体][/太字]
「嫌いになんてなりませんよ。」
[太字][斜体]『どうしてここから出ようとするんですか?ずっとここに居れば幸せなのに〜』[/斜体][/太字]
「本当にそうですか?」
[太字][斜体]『え......?』[/斜体][/太字]
「フィルさんはそれで本当に幸せなんですか?」
[太字][斜体]『それは......その......ぬいぐるみさんたちも居るし、ノイトさんも居れば幸......、せ............?』[/斜体][/太字]
「フィルさん。外の世界に戻りましょう。あなたにはまだやるべきことが残ってるはずです。」
[太字][斜体]『やるべきこと......?』[/斜体][/太字]
「あなたにとって大切な人を連れ戻すんじゃなかったんですか!」
[太字][斜体]『大切な、人............。』[/斜体][/太字]
「友達なんでしょう?ユリメラさんは。」
[太字][斜体]『ユリ......メ......ラ......?』[/斜体][/太字]
フィルマリーの頭の中に広がっていた深い靄の中で何かが鼓動を打った。
[太字][斜体]『ユリメラ......?......ユリメラ!!』[/斜体][/太字]
思い出したようだ。ノイトはフィルマリーへと手を差し伸べて“[漢字]翼の象徴[/漢字][ふりがな]ウィング[/ふりがな]”に魔力を込めた。
「フィル、ユリメラさんを助けに!」
「......!! はい!!」
フィルマリーが手を取った瞬間にノイトが元の姿に戻り、ノイトの魔力で具現化された翼がおもちゃ箱の天井を破ってノイトとフィルマリーはその向こうへと飛び立つ。
「......ハッ!!」
気がつけばそこはノルストラだった。近くにはリオールが居る。
「良かった......戻ってこれたんだな、ノイト。フィルマリーは......。」
「大丈夫ですよ、リオールさん。引きこもりだったお陰でなんとか出来ました。」
リオールがフィルマリーの方を見ると、もう黒い魔力が溢れ出しては居ない、普段通りの、しかし覚悟が決まった目をしたフィルマリーが立っていた。
「リオールくん。力を貸してください。ユリメラの位置を探ります。」
「分かった。」
[中央寄せ][太字]上級魔術:〘ᚠᛁᚾᛞ ᚤᛟᚢ〙[/太字][/中央寄せ]
2人の魔力が街中に広がって“知識の魔神”を包みこんだ。どうやら“知識の魔神”本体からはユリメラの魔力は感じられないようだ。
(良かった......さっき僕が真っ二つに引き裂いちゃったからな......。)
ノイトの胸中を知る由もない2人は範囲を広げてユリメラを探す。魔神の核はユリメラの肉体を直接乗っ取っていたため、核もそちらにあるだろう。
(......フィルさんが居ても尚、すぐに見つからないのか............。相当離れているか、あるいは隠されているか......?)
ノイトは【[漢字]時憶の指針[/漢字][ふりがな]トオクノハリ[/ふりがな]】とマジックバッグを拾って身に付け、[漢字]回復役[/漢字][ふりがな]ポーション[/ふりがな]を喉に流し込んだ。ほんの僅かではあるが回復した魔力を使って“知識の魔神”の本体の方へと向かう。
「リオールさん、フィルさん、ユリメラさんの捜索は任せます!」
「了解!」「了解です!!」
ノイトは“知識の魔神”の残りのページ数を確認する。恐らく全体の25%程度。600ページと言ったところか。
(どんどん強くなっていってるみたいだし、流石に手数が足りてない......。エルクス様たちも前線に出ているっぽいけど、まだ足りない......。)
その時だった。
[中央寄せ][大文字][太字][明朝体][斜体]超級魔法:『[漢字]幻想奏楽[/漢字][ふりがな]パフォーマンス[/ふりがな]』[/斜体][/明朝体][/太字][/大文字][/中央寄せ]
リーリャの超級魔法で“知識の魔神”の腕が消滅していった。魔力量が桁違いである。
(......!? 補佐でこのレベル?リーリャのサポートを頼んだつもりなのに、これじゃあリーリャの[漢字]引き上げ役[/漢字][ふりがな]リーダー[/ふりがな]じゃん!)
ノイトはそれを横目に見ながら武器を振るい、“知識の魔神”の本体へと攻撃を加えた。
[水平線]
[大文字][中央寄せ][大文字][斜体][太字][明朝体]〔[漢字]時針の運針[/漢字][ふりがな]ハンズ・スウィープ[/ふりがな]〕[/明朝体][/太字][/斜体][/大文字][/中央寄せ][/大文字]
[水平線]
“知識の魔神”を中心としてアルファ型の時針、分針、秒針が現れ、それが3次元的に高速で回転して“知識の魔神”を切り刻んでいく。
ページが何度も捲られるが、腕が復活しようがその数が増えようが関係なしに止まることなく刻んでいった。
「......時間は止めない限り、ずっと進み続ける。今その針が動いているのはお前がこの先吸収するであろう知識の量と等量だよ。」
[中央寄せ][大文字][大文字][斜体][太字][明朝体]「 _ _  ̄ |  ̄  ̄ _ 」[/明朝体][/太字][/斜体][/大文字][/大文字][/中央寄せ]
声にならない断末魔をあげる“知識の魔神”を呆然と眺めながらメルクとカメリアは剣を降ろした。
「ノイトくん......。」
「あっはは............これはもう勝負する気、失せちゃったね......。」
単純な一撃の火力はノイトはこの中でもトップクラスである。魔力残量を問わず、一瞬で上回るのがノイトだ。
ルミナスとラルカも少し離れた位置からその様子を見ていた。
[太字][明朝体]「わぁ......!お兄ちゃん!すごいです!!」[/明朝体][/太字]
「あいつ......急に居なくなったと思えば、戻ってきた途端にこれか......。[小文字]心配かけるな、バカ。[/小文字]」
ノイトと“知識の魔神”の様子をミストルの時計塔からリーリャが見ている。
「ノイト......戻ってきたんだ......良かった............。」
リーリャの後方から歩いてきた人物がリーリャと同じように街の方角を見ていた。
「やっぱりねぇ〜。」
「あ、ミドネイトさん。さっきは本当にありがとうございます!何だか私の演奏が私じゃないような感じでしたけど......。」
丸眼鏡をかけた高身長の男性が微笑みながらリーリャに返した。
「あれは紛れもなく君の演奏だったよ。僕はアンプを務めただけ。逆に言えば、君の演奏は届きさえすればあれだけのポテンシャルがある。その[漢字]技術[/漢字][ふりがな]スキル[/ふりがな]、大事にするんだよ?」
「はい!」
リーリャは隣に居るミドネイトのことを見上げた。視線に気がついてミドネイトがリーリャの方を見る。
「どうしたの?」
「あ、いえ......なんか面と向かって褒められる機会っていうのがあまりなくて......。いや、褒めてもらえることはあるけど、ちゃんと心に響くのはノイトやミドネイトさんの言葉くらいな感じがするんです......。」
「そっか。それだけ他の人と距離を感じていて、その中で良い人に出逢えたんだね。」
「......分かるんですか、そういうところ。」
「まぁね。君、ロスネクト家のご令嬢だよね?ロスネクト=リーリャ。君の父君と昔話したことがあってね。」
「......現世での、パパ............?」
「そうか、現世での記憶がほとんどないんだったね。つい覚えている前提で話してしちゃってごめん。」
「いえ、大丈夫です。それより......現世のでのパパが私のことを何か言ってたんですか?」
「うん。すごく大人しい子だって言ってたよ。普段は明るく振る舞ってるけど、どこかが暗い。そんな感じの子だって。」
「私が......暗い......?それは......あんなことがあったから............。」
「何があったとしても、君たちが生きているのは今だよ。まだまだ未来があるんだし、過去に囚われすぎるのもどうかと思う。切り替えは大事って話だね。」
リーリャは少し俯いてからあることに気がついた。リーリャは先程“現世でのパパ”と発言した。“現世での”があるということは“前世での”もあると推測できるだろう。
「......ミドネイトさん、もしかして......バレてますか?」
「んー?ふふふ......ようやく気がついたか。でもまぁ、その歳でそのミスに気がついたならすごい方だよ。まぁ、僕も同じだから気にしないけどね。」
「ミドネイトさんも......。まぁ、私が記憶を失くしてからはノイトの影響ばかり受けてたんですけどね。前世での記憶だってノイトのお陰で取り戻せました。」
「やっぱりノイトはすごいよね。僕の予想を超えてきてくれるし。いつも“ノイトなら大丈夫でしょ〜”って感じだよ。」
「それってノイトへの信頼ですか?それともノイトへの期待の押し付けですか?」
「解釈次第だね。僕は正直どっちで取られても構わないよ。好きに解釈してもらって良い。」
「......なんか、ミドネイトさんって似てますね。」
「別に、何か関係があるわけでもなかったんだけどね。一方的な[漢字]偶然の一致[/漢字][ふりがな]シンクロニー[/ふりがな]と言ったところかな。」
「そうなんですか......。」
「リーリャ。」
「?」
「ノイトのこと、これからもよろしくね。」
「......はい。分かりました。」
リーリャはノイトの方を見ながら強く拳を握りしめた。
[中央寄せ]・・・[/中央寄せ]
[中央寄せ]エリア〚ディアスムングロール大陸/いにしえの地・オボロノサト〛[/中央寄せ]
くノ一の姿をした少女が妹らしき少女を連れて村の中を走っていた。空に吹き荒れる猛風が飛ばした瓦礫が2人に向かって落ちてきた時。
[中央寄せ][斜体][明朝体]居合[[漢字]天断[/漢字][ふりがな]あまだち[/ふりがな]][/明朝体][/斜体][/中央寄せ]
イグの居合術が瓦礫を弾き返した。
「イグ様!」「イグ様!」
「ツバメ、スズメ、ここは危ない。早く安全な場所まで。」
「でもイグ様が......!」
「わしのことは問題ない。早く!」
「......っ、絶対無事で居てね!!」
2人のくノ一は村の外れへと駆け出していく。
「......まずいな。あれは。」
イグが見据えるのは荒んだ空の中。[漢字]雷[/漢字][ふりがな]いかづち[/ふりがな]を纏い、風を靡かせ、紅き[漢字]炎[/漢字][ふりがな]ほむら[/ふりがな]を繰りし者。その姿から付いた異名は“紅き災害”。かつての伝説が目を覚ましたようだ。
ノイトはぬいぐるみの状態でフィルマリーに抱きかかえられていた。今のノイトの言葉は[漢字]忘我[/漢字][ふりがな]フロー[/ふりがな]状態のフィルマリーには届かないだろう。
(本当にどうしたものか......あっちでは“知識の魔神”が暴れているっていうのに、僕はストレスが溜まったフィルさんの[漢字]お守り役[/漢字][ふりがな]コンフォート・トイ[/ふりがな]になってる......。)
ノイトが辺りを見渡すと大小様々なぬいぐるみがたくさん散らばっている。恐らく普段フィルマリーが呼び出しているぬいぐるみはこの場所から来ているのだろう。
(クマにウサギに冷蔵庫.............冷蔵庫?)
恐らく中には色々な[漢字]魔法薬瓶[/漢字][ふりがな]ポーション[/ふりがな]が入っている。しばらく歩いたところでフィルマリーが歩みを止めた。そして目の前に置いてある玉座にぬいぐるみと化したノイトを座らせる。
[太字][斜体]『ノイトさんはここに座っててくださいねー♡ すぐに紅茶とお菓子を持ってきます!』[/斜体][/太字]
「ちょっと待ってくださいよ。僕がぬいぐるみのままお茶会でもするんですか?外はそれどころじゃないでしょう。」
[太字][斜体]『ん〜?ワッフルとプリンとケーキで良いですかぁ?』[/斜体][/太字]
「プリン!!......じゃなくて、ですね............。」
フィルマリーはいつの間にか遠くまで離れてしまっていたため聞こえていなかったようだ。
(まずい......見返りを間違えたかな......プリンは食べたいけど、別に外で食べられるじゃん!)
ノイトは椅子から降りようとしたが魔法の鎖で縛られて動けなくなった。
(ルミナに護られてたときは良かったけど、今は自力でなんとかするしかないか......。魔法は使えない。魔術も。魔具もないわけだし、どうするか......。)
取り敢えずノイトは周りに居るぬいぐるみに声をかけてみた。
「あのー、すみませーん!」
返事が帰ってくることはなかった。そう思ったとき。
「......どうしたんだい?」
玉座の右方にあった山の中の1体が返事を返してくれた。周囲のぬいぐるみの視線もノイトに集まっている。
「ここから出たいんですけど、どうすれば良いか分かりますか?」
「......いいや、分からないな。君は何故ここから出たいんだい?」
「外で仲間が戦ってるんです。魔力の残量がもうほとんどない僕ならまだしも、フィルさんまで退がってしまったら“知識の魔神”にやられちゃうかもしれません。」
「......そうか。だけども、ボクたちがここから出るのは難しいだろう。あの魔女はボクたちをコレクションとして認識している。だからこそ外へ呼び出すことができるんだ。彼女自身がここに戻ってきたのは久しぶりだけどね。」
「そうなんですか......?まぁ確かにずっと外に居たかもしれませんけど。」
「そうだねぇ......。彼女のコレクションにされてからはこのおもちゃ箱の中でしか生きられないのは少しだけ窮屈だけど、それなりにコミュニティも発達してるんだよ。何も食べなくても死なないし、偶に呼び出される者は居るものの普段は好きに暮らせて案外悪くない。住めば都ってやつだよ。」
「とてもぬいぐるみが言うようなセリフじゃないですね......。やっぱり元人間ですか?」
「あぁ、うん。そうだよ。」
ノイトの予想は的中していた。自分の意思があるように動き、ときにはフィルマリーの手助けをする。それがただのぬいぐるみの所業ではないことは明らかだった。
「結構軽いですね......。諦めてるようにしか見えませんけど、もし出られるとしたら外に出ますか?」
「流石に無理があるだろう。外に出た瞬間に元の年齢に戻るだろうし、世界は変わっているだろう。ここからじゃ見えなくても、何となく想像できるよ。」
「そうですか......。............ずっとここに居るつもりですか?」
「ここで寿命を迎えればここで終わるよ。どの道彼女のコレクションに加えられた時点で僕らの人生のルールは決まるんだ。彼女に従い、ここで暮らす。それだけのシンプルな世界だから。」
「僕は極力縛られたくないですけどねぇ......?ぬいぐるみ状態じゃなければこの鎖だってすぐに壊してますよ。」
「活きが良いねぇ。若気の至りと言ったところか......。」
「流石にずっとここに居たくはないですしね。」
「......そろそろ帰ってくるみたいだ。」
ぬいぐるみがそういうとすぐにフィルマリーがお菓子と紅茶をカートで運んできた。
[太字][斜体]『あら?ノイトさん、もう他のぬいぐるみさんたちと仲良くなったんですかぁ〜?そこに居るのはウォスローズさんですよぉ!』[/斜体][/太字]
「そうなんですか......。フィルさん、なんで人間をぬいぐるみにしてコレクションにしてるんです?」
[太字][斜体]『んふふ〜、みんな私の研究の協力者さんなんですよ〜!』[/斜体][/太字]
「実験体とかも含めての“協力者”ですよね、それ?」
[太字][斜体]『さぁノイトさん!お茶会の時間ですよ〜♡』[/斜体][/太字]
ノイトが座らせられている玉座の前にティーテーブルが現れ、その上にワッフルやプリンやケーキが並べられていく。フィルマリーに着いてきていたカートの上からティーポットの姿をした何かが、生えている翼で飛んでテーブルの上のカップに紅茶を淹れていった。
(ぬいぐるみじゃないな......意思を持った魔具......また元・人間?......飛んでるし......翼生えて......翼?あっ。)
ノイトの首にはまだ“[漢字]翼の象徴[/漢字][ふりがな]ウィング[/ふりがな]”が掛かっている。もしかしたらこれが脱出に役立つかもしれない。
[太字][斜体]『ノイトさん、お茶会を始めましょ〜♡』[/斜体][/太字]
「......ぬいぐるみの状態で食べられるんですか?」
[太字][斜体]『私が食べさせてあげるから大丈夫ですよぉ〜!』[/斜体][/太字]
フィルマリーがぬいぐるみ状態のノイトの口元にケーキを運んできたそのとき。ノイトは何かを感じて反射的にフィルマリーの手を止めた。
[太字][斜体]『あら?どうしたんですか、ノイトさん?』[/斜体][/太字]
「......。」
ノイトが先ほど話していたウォスローズというぬいぐるみの方を見ると、こちらを見て頷いている。どうやら食べてしまわなくて正解だったようだ。
「フィルさん。僕はここから出たいんです。それを食べたら僕は一生ぬいぐるみのままになるんですよね?」
[太字][斜体]『そうですよ〜。ノイトさんを私のコレクションにするためにお茶会をしてるんです!これを食べればずっと一緒に居られるんですよ♡』[/斜体][/太字]
「お茶会という名の儀式ですか。いかにも昔の魔導書に載っていそうな内容ですね。」
[太字][斜体]『ふふっ、私から逃げる気ですかぁ?無駄ですよ、そんなことしても!絶っっっ対に逃がしませんよ?......大事な大事なノイトさん?』[/斜体][/太字]
“[漢字]翼の象徴[/漢字][ふりがな]ウィング[/ふりがな]”がノイトの残った魔力の一部を消費して魔力の翼を具現化した。翼が広がって鎖を壊し、ノイトはそのまま駆け出した。
[太字][斜体]『逃がしません、と言ったばかりでしょう?なんで逃げるんですかぁ......?』[/斜体][/太字]
(こっちはついさっき[漢字]クロエ[/漢字][ふりがな]キチデレ[/ふりがな]と戦って体力も魔力もほとんど残ってないのに......!恐らくこの場所のぬいぐるみは全部フィルさんの[漢字]傀儡[/漢字][ふりがな]コレクション[/ふりがな]。出口があるかどうかは分からないけど、極力他のぬいぐるみが届かない高い場所で......!!)
ふと空を見上げると他のぬいぐるみの山よりも数倍大きい山が見えた。
(あそこまで逃げ切るしか......!)
周囲のぬいぐるみの山から無数のぬいぐるみが飛び出してきてノイトへの襲いかかってくる。
「退いてください!!」
ぬいぐるみ状態だとしても、ノイトはノイト。残された僅かな魔力で身体を強化して襲いかかるぬいぐるみたちを殴り飛ばしている。しかし、いくら殴り飛ばしてもキリがなかった。ぬいぐるみ状態の攻撃ではなかなかダメージも通らない。そこで再び“[漢字]翼の象徴[/漢字][ふりがな]ウィング[/ふりがな]”で空高く羽ばたいた。
(うっ......魔力がそろそろ......。)
山の中から巨大なぬいぐるみが現れてノイトを飲み込もうとする。
(避けられな......!!)
そこでノイトの手首を蒼い糸が引き上げた。ノイトがそのまま1番高い山の近くまで運ばれる。
(リーリャ......?)
そこで下から鞭が飛んできて糸へと当たり、ノイトは振り子のようになって飛ばされた。
(この鞭......看守長さん?)
鞭が飛んできた方向を見ると黒い制帽と警備服に身を包み、左腕が焦げたぬいぐるみが立っていた。今のぬいぐるみサイズのノイトから見ればものすごい貫禄を感じる。名前の通りの強さが滲み出していた。
ノイトは看守長の鞭に掴まれてジェルソカラーのチェック柄の地面に叩きつけられる。
[斜体]「ガハッ」[/斜体]
次の瞬間には檻の中に入れられている。
「......お久しぶりです、看守長さん。あのときはすみませんでした。」
[太字]「過去のことは良い。私は仕事で動いているだけだ。」[/太字]
「......喋れるんですね。」
[太字]「この場所ではぬいぐるみも喋れるんだ。......それで、我が主の様子がおかしいようだが......どうするつもりだ?」[/太字]
「フィルさんは今、ストレスが溜まりすぎて[漢字]忘我[/漢字][ふりがな]フロー[/ふりがな]状態になっています。ただでさえ魔力量が多いフィルさんのことですし、このまま放置するわけにもいかないでしょう。だから、僕が引き戻すんです。」
[太字]「姿を変えられ、鎖で縛られ、それでもまだ希望が残っているんだな?」[/太字]
「はい。放っておいて傷つくのが僕1人であればここまで急いでないですよ。今は外で戦っている人たちが居ます。フィルさんが居なければきっとこの戦いで生き残ることは難しい......。だから......!」
[太字]「分かった。そういうことならその檻から出してやらんこともない。だが、私はフィルマリーのコレクションの一つだ。後でお前を襲うことも十分ありえる。止まるなよ。」[/太字]
「当然。僕がここで諦めて他の人の努力まで無駄にするなんて、絶対にあってはいけないことですから。」
檻が壊れ、ノイトが解放された。
「ありがとうございます。......その腕、本当にすみませんでした。」
[太字]「良い。いずれ壊れるのが[漢字]コレクション[/漢字][ふりがな]私たち[/ふりがな]だ。遅かれ早かれこうなることはあっただろう。」[/太字]
「......それじゃあ!」
駆け出したノイトの後ろ姿を見て看守長が口を開く。
[太字]「ノイト。もしイグという老人に出会ったら、ザールナイトという人物が“身体を大事にして欲しい”と伝えておいてくれ。」[/太字]
ノイトはイグの名前が出て一瞬目を見開いたが、振り向かずにサンドサインで承知の意を示した。
(......イグさん、僕が初めて会ったときは牢獄都市で囚人の監視をしていたけど............そういうことだったのかな。)
そんなことを考えたのも束の間、すぐに1番高い山の麓まで辿り着いた。崖のように急な斜面を、山に埋もれたぬいぐるみたちの凹凸をボルダリングのホールドのようにして登っていくしかないようだ。
(魔力もほぼ残ってない......自力で登るしかないか!)
ぬいぐるみの小さな身体で少しずつ着実に、しかし急いで山を登っていく。幸いなことに踏み外して崩れるような場所はなかったようだ。
(......んー、ぬいぐるみは追ってくるけどフィルさんが直接追ってくるわけじゃないし、上で待ってるパターンじゃない?)
だからと言ってここで止まるわけにもいかないノイトはひたすらに山を登っていく。下を見るとどうやら看守長が[漢字]殿[/漢字][ふりがな]しんがり[/ふりがな]を務めて他のぬいぐるみたちの足止めをしているようだ。
(看守長さんにも託されたものはあることだし、ここまで来たならこのまま登り切ろう!!)
斜面がだんだんと緩やかになっていき、ようやく歩ける程になった。ノイトは斜面を駆け上りながら頂上を目指す。そしてようやく頂上へ手を伸ばしたそのとき。
[太字][斜体]『捕まえた♡』[/斜体][/太字]
フィルマリーに追いつかれた。
「あれ、ちゃんと後ろから追いかけてたんですか?」
[太字][斜体]『もぉ、どうして逃げるんですかぁ〜?私のこと嫌いになっちゃったんですか......?』[/斜体][/太字]
「嫌いになんてなりませんよ。」
[太字][斜体]『どうしてここから出ようとするんですか?ずっとここに居れば幸せなのに〜』[/斜体][/太字]
「本当にそうですか?」
[太字][斜体]『え......?』[/斜体][/太字]
「フィルさんはそれで本当に幸せなんですか?」
[太字][斜体]『それは......その......ぬいぐるみさんたちも居るし、ノイトさんも居れば幸......、せ............?』[/斜体][/太字]
「フィルさん。外の世界に戻りましょう。あなたにはまだやるべきことが残ってるはずです。」
[太字][斜体]『やるべきこと......?』[/斜体][/太字]
「あなたにとって大切な人を連れ戻すんじゃなかったんですか!」
[太字][斜体]『大切な、人............。』[/斜体][/太字]
「友達なんでしょう?ユリメラさんは。」
[太字][斜体]『ユリ......メ......ラ......?』[/斜体][/太字]
フィルマリーの頭の中に広がっていた深い靄の中で何かが鼓動を打った。
[太字][斜体]『ユリメラ......?......ユリメラ!!』[/斜体][/太字]
思い出したようだ。ノイトはフィルマリーへと手を差し伸べて“[漢字]翼の象徴[/漢字][ふりがな]ウィング[/ふりがな]”に魔力を込めた。
「フィル、ユリメラさんを助けに!」
「......!! はい!!」
フィルマリーが手を取った瞬間にノイトが元の姿に戻り、ノイトの魔力で具現化された翼がおもちゃ箱の天井を破ってノイトとフィルマリーはその向こうへと飛び立つ。
「......ハッ!!」
気がつけばそこはノルストラだった。近くにはリオールが居る。
「良かった......戻ってこれたんだな、ノイト。フィルマリーは......。」
「大丈夫ですよ、リオールさん。引きこもりだったお陰でなんとか出来ました。」
リオールがフィルマリーの方を見ると、もう黒い魔力が溢れ出しては居ない、普段通りの、しかし覚悟が決まった目をしたフィルマリーが立っていた。
「リオールくん。力を貸してください。ユリメラの位置を探ります。」
「分かった。」
[中央寄せ][太字]上級魔術:〘ᚠᛁᚾᛞ ᚤᛟᚢ〙[/太字][/中央寄せ]
2人の魔力が街中に広がって“知識の魔神”を包みこんだ。どうやら“知識の魔神”本体からはユリメラの魔力は感じられないようだ。
(良かった......さっき僕が真っ二つに引き裂いちゃったからな......。)
ノイトの胸中を知る由もない2人は範囲を広げてユリメラを探す。魔神の核はユリメラの肉体を直接乗っ取っていたため、核もそちらにあるだろう。
(......フィルさんが居ても尚、すぐに見つからないのか............。相当離れているか、あるいは隠されているか......?)
ノイトは【[漢字]時憶の指針[/漢字][ふりがな]トオクノハリ[/ふりがな]】とマジックバッグを拾って身に付け、[漢字]回復役[/漢字][ふりがな]ポーション[/ふりがな]を喉に流し込んだ。ほんの僅かではあるが回復した魔力を使って“知識の魔神”の本体の方へと向かう。
「リオールさん、フィルさん、ユリメラさんの捜索は任せます!」
「了解!」「了解です!!」
ノイトは“知識の魔神”の残りのページ数を確認する。恐らく全体の25%程度。600ページと言ったところか。
(どんどん強くなっていってるみたいだし、流石に手数が足りてない......。エルクス様たちも前線に出ているっぽいけど、まだ足りない......。)
その時だった。
[中央寄せ][大文字][太字][明朝体][斜体]超級魔法:『[漢字]幻想奏楽[/漢字][ふりがな]パフォーマンス[/ふりがな]』[/斜体][/明朝体][/太字][/大文字][/中央寄せ]
リーリャの超級魔法で“知識の魔神”の腕が消滅していった。魔力量が桁違いである。
(......!? 補佐でこのレベル?リーリャのサポートを頼んだつもりなのに、これじゃあリーリャの[漢字]引き上げ役[/漢字][ふりがな]リーダー[/ふりがな]じゃん!)
ノイトはそれを横目に見ながら武器を振るい、“知識の魔神”の本体へと攻撃を加えた。
[水平線]
[大文字][中央寄せ][大文字][斜体][太字][明朝体]〔[漢字]時針の運針[/漢字][ふりがな]ハンズ・スウィープ[/ふりがな]〕[/明朝体][/太字][/斜体][/大文字][/中央寄せ][/大文字]
[水平線]
“知識の魔神”を中心としてアルファ型の時針、分針、秒針が現れ、それが3次元的に高速で回転して“知識の魔神”を切り刻んでいく。
ページが何度も捲られるが、腕が復活しようがその数が増えようが関係なしに止まることなく刻んでいった。
「......時間は止めない限り、ずっと進み続ける。今その針が動いているのはお前がこの先吸収するであろう知識の量と等量だよ。」
[中央寄せ][大文字][大文字][斜体][太字][明朝体]「 _ _  ̄ |  ̄  ̄ _ 」[/明朝体][/太字][/斜体][/大文字][/大文字][/中央寄せ]
声にならない断末魔をあげる“知識の魔神”を呆然と眺めながらメルクとカメリアは剣を降ろした。
「ノイトくん......。」
「あっはは............これはもう勝負する気、失せちゃったね......。」
単純な一撃の火力はノイトはこの中でもトップクラスである。魔力残量を問わず、一瞬で上回るのがノイトだ。
ルミナスとラルカも少し離れた位置からその様子を見ていた。
[太字][明朝体]「わぁ......!お兄ちゃん!すごいです!!」[/明朝体][/太字]
「あいつ......急に居なくなったと思えば、戻ってきた途端にこれか......。[小文字]心配かけるな、バカ。[/小文字]」
ノイトと“知識の魔神”の様子をミストルの時計塔からリーリャが見ている。
「ノイト......戻ってきたんだ......良かった............。」
リーリャの後方から歩いてきた人物がリーリャと同じように街の方角を見ていた。
「やっぱりねぇ〜。」
「あ、ミドネイトさん。さっきは本当にありがとうございます!何だか私の演奏が私じゃないような感じでしたけど......。」
丸眼鏡をかけた高身長の男性が微笑みながらリーリャに返した。
「あれは紛れもなく君の演奏だったよ。僕はアンプを務めただけ。逆に言えば、君の演奏は届きさえすればあれだけのポテンシャルがある。その[漢字]技術[/漢字][ふりがな]スキル[/ふりがな]、大事にするんだよ?」
「はい!」
リーリャは隣に居るミドネイトのことを見上げた。視線に気がついてミドネイトがリーリャの方を見る。
「どうしたの?」
「あ、いえ......なんか面と向かって褒められる機会っていうのがあまりなくて......。いや、褒めてもらえることはあるけど、ちゃんと心に響くのはノイトやミドネイトさんの言葉くらいな感じがするんです......。」
「そっか。それだけ他の人と距離を感じていて、その中で良い人に出逢えたんだね。」
「......分かるんですか、そういうところ。」
「まぁね。君、ロスネクト家のご令嬢だよね?ロスネクト=リーリャ。君の父君と昔話したことがあってね。」
「......現世での、パパ............?」
「そうか、現世での記憶がほとんどないんだったね。つい覚えている前提で話してしちゃってごめん。」
「いえ、大丈夫です。それより......現世のでのパパが私のことを何か言ってたんですか?」
「うん。すごく大人しい子だって言ってたよ。普段は明るく振る舞ってるけど、どこかが暗い。そんな感じの子だって。」
「私が......暗い......?それは......あんなことがあったから............。」
「何があったとしても、君たちが生きているのは今だよ。まだまだ未来があるんだし、過去に囚われすぎるのもどうかと思う。切り替えは大事って話だね。」
リーリャは少し俯いてからあることに気がついた。リーリャは先程“現世でのパパ”と発言した。“現世での”があるということは“前世での”もあると推測できるだろう。
「......ミドネイトさん、もしかして......バレてますか?」
「んー?ふふふ......ようやく気がついたか。でもまぁ、その歳でそのミスに気がついたならすごい方だよ。まぁ、僕も同じだから気にしないけどね。」
「ミドネイトさんも......。まぁ、私が記憶を失くしてからはノイトの影響ばかり受けてたんですけどね。前世での記憶だってノイトのお陰で取り戻せました。」
「やっぱりノイトはすごいよね。僕の予想を超えてきてくれるし。いつも“ノイトなら大丈夫でしょ〜”って感じだよ。」
「それってノイトへの信頼ですか?それともノイトへの期待の押し付けですか?」
「解釈次第だね。僕は正直どっちで取られても構わないよ。好きに解釈してもらって良い。」
「......なんか、ミドネイトさんって似てますね。」
「別に、何か関係があるわけでもなかったんだけどね。一方的な[漢字]偶然の一致[/漢字][ふりがな]シンクロニー[/ふりがな]と言ったところかな。」
「そうなんですか......。」
「リーリャ。」
「?」
「ノイトのこと、これからもよろしくね。」
「......はい。分かりました。」
リーリャはノイトの方を見ながら強く拳を握りしめた。
[中央寄せ]・・・[/中央寄せ]
[中央寄せ]エリア〚ディアスムングロール大陸/いにしえの地・オボロノサト〛[/中央寄せ]
くノ一の姿をした少女が妹らしき少女を連れて村の中を走っていた。空に吹き荒れる猛風が飛ばした瓦礫が2人に向かって落ちてきた時。
[中央寄せ][斜体][明朝体]居合[[漢字]天断[/漢字][ふりがな]あまだち[/ふりがな]][/明朝体][/斜体][/中央寄せ]
イグの居合術が瓦礫を弾き返した。
「イグ様!」「イグ様!」
「ツバメ、スズメ、ここは危ない。早く安全な場所まで。」
「でもイグ様が......!」
「わしのことは問題ない。早く!」
「......っ、絶対無事で居てね!!」
2人のくノ一は村の外れへと駆け出していく。
「......まずいな。あれは。」
イグが見据えるのは荒んだ空の中。[漢字]雷[/漢字][ふりがな]いかづち[/ふりがな]を纏い、風を靡かせ、紅き[漢字]炎[/漢字][ふりがな]ほむら[/ふりがな]を繰りし者。その姿から付いた異名は“紅き災害”。かつての伝説が目を覚ましたようだ。