世界に溢れる夢
[中央寄せ]・・・[/中央寄せ]
「あっ、こんばんは〜!えっと...お客さんですかね...?」
扉を開けた先に居たのは明らかに組織の人間ではない女性。ノイトは一瞬たじろいだが声をかけてみた。
「あぁ......いや、侵入者です。あなたはどうしてこんな場所に?」
「侵入者さん......ハッ、もしかしてまた私に攫いに......!?」
「......以前も誰かに攫われたんですか?」
「はい!なんか黒いコートみたいなのを羽織ってる人たちに攫われてここに来ました!」
「......逃げようとしなかったんですか?」
「逃げようとしましたよ!だけどすぐに見つかっちゃって......もう逃げられないように、って私がここから出たら身体が動かなくなるようになってるんです!」
(魔法か何か......呪いかもしれないな。)
「どういうものかにも寄りますけど、もしかしたら解けるかもしれません。それをかけられたのはどこですか?」
「えっと......その.........ちょっとだけ耳を貸していただけますか...?」
ノイトが武器をしまってその女性の近くにしゃがみ込んだ。すると女性はノイトの耳に向かってボソボソと何かを囁いた。
「......あぁ...それじゃあ僕が何かするのはちょっとアレですかね...。別に僕は気にしませんけど...いや、気にするか?ん〜......まぁ、取り敢えずこの組織は今から潰しちゃうんで逃げても問題ないですよ。」
「私をここから連れ出してくれるんですか!? ありがとうございます、侵入者さん!」
「ノイトです。」
「ノイトさん!私の名前はユリムですっ!よろしくお願いします!!」
ぺこりと頭を下げたユリムを見ながらノイトは周囲に危険がないか気配を探る。
(ここら辺は問題ないな......。ユリム...さん、も特に洗脳とかはされてなさそうだし取り敢えず拠点の外まで連れ出してあげないと。)
ノイトはユリムに手を差し伸べて部屋の外へと歩き始めた。
「ユリムさん、この場所も安全ではないです。早く外に出ましょう。」
「......はい!」
部屋を出た瞬間、ユリムが目を見開いて崩れ落ちる。ノイトは慌てることなく魔法をかけた。
[中央寄せ][[漢字][太字]解呪[/太字][/漢字][ふりがな]ディスエンチャント[/ふりがな]][/中央寄せ]
ユリムは少しの間よろよろとフラつきながらノイトにしがみつくようにして立ち上がったが、やがて普通に歩けるようになった。
「やっぱり呪いでしたね......。今のはあくまで対症療法なので、また後で呪いをかけられた部位から直接解呪する必要があります。」
「......うぅ...!ありがとうございます〜!!」
目から涙を零してユリムはノイトに抱きついた。
(距離感バグってんなこの人......。)
「別に大したことじゃないですよ。ほら、行きましょう。」
静かな通路に2人分の足音が響いた。やけに静かすぎる。この棟にはまだ幹部が居るはずなのに、全然遭遇しない。
(リュミエと同じ感じの能力を使っているのか......それとも...。)
ノイトの視線の先にはユリム。
「ん?どうかしましたか?私の顔に何か付いてます?」
「あぁ......いえ、ここの組織の幹部がまだ数人残っているようで......ユリムさんを守りながら戦えるかな、と思って。」
「私のことを守りながら......!ノイトさんってとっても優しいんですね。」
(えっと......何このラブコメの王道系ヒロインみたいなキャラ...。典型的すぎて寧ろつまんない!)
そんなことを考えているノイトに向かってユリムが何かを思い出したように話しかけた。
「そうだ!ノイトさん、実は私だけじゃなくて私のお姉ちゃんもここに攫われちゃったみたいで......!」
「お姉さんが居るんですか?......この辺りからは幹部の気配しかしませんけど...攫われたのであれば別の棟ですね。ここに居る幹部を倒したらすぐに向かいましょう。」
「ありがとうございます!」
しばらくの間ユリムを連れてノイトは通路を走っていた。途中で幹部の気配が近づいてきていることに気が付いて警戒心を強める。
(ユリムさんが近くに居る以上、派手な戦闘も出来ない......[漢字]小夜啼鳥[/漢字][ふりがな]ナイチンゲール[/ふりがな]も居ない以上、外に出すのも誰かに託すのも不可能。このままやるしかない。)
ノイトは目を閉じて気配の一を探った。今2人が居る通路の、進行方向から見て正面。
「ユリムさん、下がっててください。」
その直後、ノイトは反射的に通路の端へと避ける。すると先程まで立っていた位置の空間が歪んで消滅した。この魔法は以前見たことがある。
(いや......メルの話ではアイツは幹部じゃなさそうだった。同じ魔法を使った別の誰か。アイツなら気配で気がつくはず。)
[中央寄せ][[漢字][太字]探知[/太字][/漢字][ふりがな]ソナー[/ふりがな]][/中央寄せ]
微細な魔力を発してソナーのように扱う魔法。空間に影響がない場合は正常に働くはずである。
(禁忌魔法の残滓はまだ残ってるけど......他に影響はないな。あれは......。)
数十m程離れた位置に何かが立っていた。形状は砦の塔のようなもの。
それが一瞬で目の前まで迫ってきた。
[斜体](...ルーク!?)[/斜体]
避ければユリムに当たる。ノイトはルークの軌道をズラしてユリムに当たらないように受けた。
[中央寄せ][[漢字][太字]反[/太字][/漢字][ふりがな]アンチ[/ふりがな]-[漢字][太字]確定軌道[/太字][/漢字][ふりがな]オービット[/ふりがな]][/中央寄せ]
[斜体]「きゃあっ!!」[/斜体]
ユリムには当たらずに済んだがルークの慣性でノイトは通路の突き当たりまで壁に押し付けられながら飛ばされた。
[中央寄せ][[漢字][太字]衝撃反発[/太字][/漢字][ふりがな]リコイル[/ふりがな]][/中央寄せ]
突き当たりを蹴るようにしてルークを受け止め、その反発でルークを押し返した。魔力で脚への衝撃を押し返す力に変換したが、受けていた腕に加わっていた表面的な衝撃は変換されていない。
[斜体]「い゙っ!!」[/斜体]
すぐに回復魔法で痛みを取り払ったが、それでも骨へのダメージは完全に回復していなかった。
(またチェスか......。そんなことより、今はユリムさんだ!!)
壁を蹴って通路を飛んでいき、脚で滑りながら減速してユリムの前で止まる。
「ノイトさん!」
「ユリムさん、お怪我はありませんか?」
「大丈夫ですっ!」
先程ルークが飛んできた方向から足音が聞こえた瞬間、立っている場所が巨大なチェスボードの上になっていた。ユリムがいつの間にかキングの形をした結晶に閉じ込められていて、向こうからは先程からノイトが感じていた幹部の気配の主が現れる。
「はじめまして、ノイト=ソルフォトス。私の名前はコマニディ。我々の邪魔をする存在であれば容赦はしなませんよ。」
「あと残ってる幹部数人ですけどね。」
「私は単純な物理攻撃や魔法では他の幹部にも劣りますが...生まれつき脳の発達が人一倍高いものでしてね。私の頭脳があなたにどこまで通用するのか試させていただけませんか?」
「あなたの[漢字]衒[/漢字][ふりがな]てら[/ふりがな]いに興味はないですけど、まぁ少しだけなら良いですよ。」
数十分後。ノイトの全敗だった。何故かノイトは何食わぬ顔をしていてコマニディの方が頭を抱えている。
「何故だ!? 何故魔神を倒せる程の実力の持ち主がこの程度なのだ!」
「まぁ、頭で倒せる相手じゃないでしょうし。魔神は。」
「だとしてもです!ここまで弱いわけないでしょう!チェスの経験はないのですか!!」
「ルール知ってるだけなんで強いわけじゃないですよ。下手の横好きです。」
「それなら、その程度でやられた魔神は何なのです!!」
ノイトはため息を吐いて言い返した。
「あのですね......これはチェスに限ったことじゃないですけど、レートが全面的な知能を示すものではないんですよ?戦闘IQやひらめき力だって頭の良さとして挙げられます。」
「......。」
「当然僕より上はいくらでもいますし、その点ではその人を素直に尊敬出来ます。だから、あなたがそれを言わないでください。」
コマニディは歯を食いしばってノイトを無数の[漢字]馬騎士[/漢字][ふりがな]ナイト[/ふりがな]で包囲する。
「もう良い......その人質諸共八つ裂きにしてやりましょう。」
「...人質って言うくらいなら生かす価値あるはずなんだけどなぁ......。」
ノイトの独り言はコマニディの耳には届いていないのか、コマニディはそのまま手をノイトへと翳した。攻撃の合図だ。
(同時に掛かって来たらルール違反......とも言いたいところだけど、舞台裏で何がどう動こうと知ったこっちゃないか。)
ノイトは今武器を持っていない。しかしその表情は冷静で、攻撃が当たる前に何かを唱えた。その直後、ノイトの周辺が消滅し、それに伴って[漢字]馬騎士[/漢字][ふりがな]ナイト[/ふりがな]たちも消滅した。気がつけば元の通路に戻っている。コマニディが逃走したようだ。ユリムがキングの駒から解放されて無事であることを確認し、すぐに通路の先へと跳ぶ。マジックバッグから【[漢字]時憶の指針[/漢字][ふりがな]トオクノハリ[/ふりがな]】を取り出してコマニディの背中目掛けてそれを投げつける。
[中央寄せ][大文字][斜体][太字][明朝体]〔[漢字]魔力投擲[/漢字][ふりがな]マギノ・スロー[/ふりがな]〕[/明朝体][/太字][/斜体][/大文字][/中央寄せ]
[中央寄せ][[漢字][太字]入城[/太字][/漢字][ふりがな]キャスリング[/ふりがな]][/中央寄せ]
コマニディとルークの位置が入れ替わってノイトの攻撃はルークに命中した。ルークは砕け散ったが、コマニディは無傷。ノイトはすぐに武器を拾ってさらにコマニディを追いかける。通路の扉を突き破って飛び出すビショップを防いだところで足を止めた。
(待て、クイーンとポーンが居ない......[斜体]そっちか!![/斜体])
振り返った瞬間に来た道を引き返した。ユリムへとクイーンが迫っている。ノイト側のキングはノイトではなくユリムだ。ポーンも近くに集まっていた。
[斜体](プロモーション!! こんなシンプルな罠に引っかかった!)[/斜体]
[中央寄せ][大文字][斜体][太字][明朝体]〔[漢字]遅延再生[/漢字][ふりがな]スローモーション[/ふりがな]〕[/明朝体][/太字][/斜体][/大文字][/中央寄せ]
ノイトは時間を止めることはしなかった。ノイトの手数に伴って相手の駒が動く場合、時間停止中であってもノイトの動きに合わせて相手の駒が動く可能性があるからだ。しかし、1ターンの時間の流れを変えてしまえば僅かに余裕が生まれる。ポーンが1マス進む距離とルークがボードの端まで移動するときに進むマスの数は違うが、どちらも1ターンのうちに収まるものだ。
[斜体](そっくりそのままやり返......ん......?)[/斜体]
ユリムは移動していないためキャスリングの条件を満たしているはずだ。しかしコマニディは移動していながらキャスリングを行っていた。コマニディを常にキングの位置として置いていた場合、ユリムは既にこのボードの指定のマスから動いてしまっている。キャスリングは出来ない。それでもノイトは周囲の時間が遅くなっているうちにユリムの元へと向かい、まだ諦めない。
[中央寄せ][大文字][斜体][太字][明朝体]〔[漢字]記憶の指針[/漢字][ふりがな]キオクノハリ[/ふりがな]〕[/明朝体][/太字][/斜体][/大文字][/中央寄せ]
ノイトの魔法が再現したのはコマニディの[[漢字]入城[/漢字][ふりがな]キャスリング[/ふりがな]]。ルークの代わりにユリムと入れ替わったのはノイトのマジックバッグだ。〔[漢字]遅延再生[/漢字][ふりがな]スローモーション[/ふりがな]〕の効果が切れた。しかし、クイーンの進路の先にあるのはユリムではない。ノイトのマジックバッグがクイーンのティアラに弾き飛ばされただけで済んだ。
「ユリムさん、大丈夫ですか?」
「はい!ありがとうございます!!」
ノイトがユリムの無事を再び確認している隙にポーンたちがプロモーションを行い、すべてがクイーンとなって再び襲ってくる。
「どうしましょうノイトさん!あんなに沢山襲いかかってきたら......!!」
「問題ないです。」
[中央寄せ][大文字][斜体][太字][明朝体]〔[漢字]魔力斬撃[/漢字][ふりがな]マギノ・スラッシュ[/ふりがな]〕[/明朝体][/太字][/斜体][/大文字][/中央寄せ]
通路ごと横に一文字の線が奔り、すべてのクイーンが真っ二つになった。ノイトはすぐにユリムの腕に自身の腕を絡ませてコマニディを追う。
[中央寄せ][太字]上級魔術:[/太字]『[太字][明朝体]ᛋᚺᛟᚱᛏᚳᚢᛏ[/明朝体][/太字]』[/中央寄せ]
一瞬でコマニディと2人の距離が詰められ、ノイトはそのままコマニディを蹴り倒した。先程ノイトを倒したときのラルカの気分がよく分かる。分からなくて良いものだが。
「...コマニディ、でしたっけ。クロエ=モズフィームって人、どこに居るか分かる?」
ノイトがその名前を口にした瞬間、コマニディの顔が引きつった。
「何故あの引きこもりの名前を知っているのですか...?あの女に関わるのだけはやめておきなさい。彼女の考えていることは私にも読めません。一度関わったら最後、下手すれば死にますよ。特に、あなたのような人は。」
「......それはメルから聞きました。承知の上で聞いてるんです。質問に答えてください。」
「......し、知りません!もう私とその件で関わらないでください!!」
(人格改変レベルで恐怖が......そこまでヤバいやつなのか...。まぁ、知らないのであればもう用済みだし......。)
ノイトが【[漢字]時憶の指針[/漢字][ふりがな]トオクノハリ[/ふりがな]】を振り下ろそうとして、途中で一度止めた。
「それともう一つ。このユリムさんのお姉さんがどこに居るか教えてください。」
「......研究館です。恐らく魔神開発の要にされているのかと。」
「お姉ちゃんが!?」
「それじゃあ、これで終わり。」
ノイトが容赦なくトドメを刺してコマニディは動かなくなる。オロオロとしているユリムの様子を見て、ノイトは魔法を唱えた。
[中央寄せ][[漢字][太字]感覚共有[/太字][/漢字][ふりがな]シェアリング[/ふりがな]][/中央寄せ]
ノイトの右目に映る視界と入れ替わったのはメルクの右目の視界。いきなり見えてる世界が半分変わったメルクはさぞ驚いたことだろうが、ノイトはそんなこともお構い無しに視界に戦闘不能状態のコマニディを映す。少し間が空いてからメルクがようやく事態を理解したのか、ノイトの右目の視界にはメルクのサムズアップが映った。ラルカが丁度他の幹部を倒したところのようだ。そのままノイトは慌てているユリムを映し、声をかける。
「ユリムさん、研究館は外から見たこの建物の構造的に中央棟の奥です。幹部の気配がしなかったのでこっちの通路に来ちゃいましたけど、戻りましょう。着いてきてください!」
「はい!」
ノイトは無詠唱でユリムの脚と自身の脚のリミッターを一時的に解除する魔法をかけた。ノイトが来た道を引き返してマジックバッグを拾い、ユリムがその後を追う。
「わぁ!すごいです!脚が軽〜い!!」
「あとで反動が来るんであまり余計な負担をかけない方が良いですよ。」
「えぇ!?」
2人が3つの棟への分かれ道がある広間に着くと、メルクとラルカとガヴェルディが待っていた。先程まで戦っていたからか、ラルカは[漢字]縫式の手袋[/漢字][ふりがな]キルト・グローブ[/ふりがな]を装着したままだ。
「ノイトくん!その人は?」
「組織に誘拐されたんだって。研究館にお姉さんが居るらしい。」
「それじゃあすぐに助けに行かなくちゃ!」
メルクとガヴェルディとユリムは真っ先に研究館の方へと駆け出していったが、ラルカは走り出した2人の背中を見送っているノイトをじっと見つめている。
「ノイト。私は、足手まといか?」
真っすぐなラルカの視線に耐えきれずノイトは目を背けて答えた。
「......ごめん。巻き込みたくないから。」
「またそれか。」
「......ずっと同じこと思ってたよ。」
「そうか。......。」
拳を握りしめているラルカの表情が僅かに歪む。普段であればすぐに俯いて帽子の鍔で見えなくなるその目が、今だけは確かにノイトに向けられていた。
「弥哲。私は......[太字][明朝体][斜体]ンゥッ[/斜体][/明朝体][/太字]」
ノイトはラルカの頬を人差し指で突くようにして言葉を遮る。もうノイトの視線はラルカへと向けられていた。
「僕は世宥のこと、大好きだよ。前世で沢山僕と関わってくれたし、考え方も面白い。だけど、もう僕の隣はリーリャだって決めてるんだ。」
「...いきなり何をしてくるのかと思えば......。分かっている。私よりもリーリャの方がお前の隣には合う。前世での2年間......あれは過去の話だ。今はノイトとしての人生を歩んでいくのだろうしな。」
「今の僕の基盤となった前世の大事な思い出は忘れないよ。改めて言うのも、こんな場所で言うのもなんか変だけど......本当にありがとう。世宥と出逢えてすっごく良かったって思ってる。」
ラルカにしては珍しく顔を赧めており、一瞬だけ目が泳ぎそうになっていた。しかし、すぐに視線をノイトへと戻して再び見つめる。走馬灯のように浮かんでは流れていく前世での思い出を噛み締めるラルカは、何か懐かしいものを見るような目でノイトとの間にある虚空を眺めていた。
やがて息を吸い、吐き出すとラルカはノイトの背中へと両手を回した。
「世宥.........?どうしたの」
「ケジメくらいは付けさせろ、馬鹿。」
首の周りに伝わるラルカの腕の温もりがノイトの緊張を溶かしていく。しかしノイトはラルカを抱き返すことはしなかった。もしそうしてしまった場合、戻れなくなってしまいそうな気がしたから。
(もう......リーリャたちに怒られちゃうなぁ......!)
「私の今の心配事はもう、すべてノイトに託す。安心で返しに来い。」
「ふふっ...そのうちね。」
ノイトから離れたラルカの目にはもう迷いはなかった。帽子を被り直して2人は手を合わせて互いの健闘を祈る。
「死ぬなよ。」
「必ず生きて戻って来るって。」
メルクたちの後を追ってラルカも中央棟への通路を進んでいった。その背中を見送ったノイトはマジックバッグから取り出した[漢字]回復薬[/漢字][ふりがな]ポーション[/ふりがな]を飲んで空の瓶はバッグの中にしまう。
(幹部も残すはクロエだけ......。引きこもりだとか言われてるけど、流石にここまで暴れたらバレてるだろうな。研究館の方はメルとラルカに任せて、クロエは僕が。)
丁度そのときだった。まるで狙っていたかのようなタイミングで背後から声がかけられる。
[明朝体]「──こんばんは、侵入者さん。良い夜ですね。」[/明朝体]
気配を感じなかった。振り向いた瞬間に細い剣が折れるような音が聞こえる。何が起こったのか理解出来なかったノイトだが、すぐに思考を切り替えた。
「あなたがクロエ=モズフィームさんですか......?」
そこに居たのは気配がない異端な女性。頬を赤く染めてにっこりと笑っている姿は非常に可愛らしいが、目の奥から感じるブレることのない視線には狂気が宿っていた。
[明朝体]「はい、そうです!始めまして。」[/明朝体]
(気配の隠し方が異質過ぎる......空間を抉るように気配を消す輩も多いけど、この人の気配は空気そのものと完全に同化してるように感じられるな......。動きが読みにくい。)
[明朝体]「ふふっ、どうしたんですかー?そんなに怖い顔して。可愛い人ですねぇ。」[/明朝体]
ノイトは気配の読めないクロエの一挙手一投足を警戒しながら対話を続ける。
「僕のどこが可愛いんですか。あなたの感覚が普通に心配になってくるんですけど。」
[明朝体]「そうですねぇ......顔立ちも可愛いですし、表情も可愛いですし、その雰囲気も好きです!」[/明朝体]
(全肯定botか何かかな......?)
[明朝体]「私、あなたみたいな人をずーーーっと探してたんですよぉ?あなたが欲しいです!」[/明朝体]
「仮に僕があなたのものになったとして、何をするつもりなんですか?」
クロエの笑みがより一層深まり、一見嬉しそうだが、その口から出る言葉とは正常に噛み合っていなかった。
[明朝体]「壊すの。いっぱい遊んで、いっぱいお喋りして、いっぱいイイことして......最後に壊す。好きなものが壊れていくときの感覚って、すごくゾクゾクして面白いでしょう?」[/明朝体]
「あなたの好きは、僕には理解出来ません。援助欲求とかないんですか?」
[明朝体]「形あるものいつかは壊れる......それは当たり前のことですけど、勝手に誰かに壊されるくらいならいっそのこと、自分で壊してしまった方が良いですよね!」[/明朝体]
メルクの話に聞いていた通りに狂気の持ち主であった。しかし、先程倒したコマニディが関わるのを拒む程の、底が見えない何かがまだ残っているはずだ。
([漢字]S[/漢字][ふりがな]エス[/ふりがな]でヤンデレでタナトフィリア......元々する気なんてないけど、油断したら...いや、しなくても死ぬかもしれない。他の誰とも違う圧倒的な恐怖......。ヒトコワ系かな。)
[明朝体]「あなたのお名前をお聞かせ願えますか?」[/明朝体]
「......ノイト=ソルフォトスです。」
[明朝体]「ノイト......良い名前......覚えておくね!」[/明朝体]
(敬語もタメ口も混ざってる...本当に理解が難しいね。)
ノイトは1人で目の前の深淵のような狂気と対峙するのだった。
「あっ、こんばんは〜!えっと...お客さんですかね...?」
扉を開けた先に居たのは明らかに組織の人間ではない女性。ノイトは一瞬たじろいだが声をかけてみた。
「あぁ......いや、侵入者です。あなたはどうしてこんな場所に?」
「侵入者さん......ハッ、もしかしてまた私に攫いに......!?」
「......以前も誰かに攫われたんですか?」
「はい!なんか黒いコートみたいなのを羽織ってる人たちに攫われてここに来ました!」
「......逃げようとしなかったんですか?」
「逃げようとしましたよ!だけどすぐに見つかっちゃって......もう逃げられないように、って私がここから出たら身体が動かなくなるようになってるんです!」
(魔法か何か......呪いかもしれないな。)
「どういうものかにも寄りますけど、もしかしたら解けるかもしれません。それをかけられたのはどこですか?」
「えっと......その.........ちょっとだけ耳を貸していただけますか...?」
ノイトが武器をしまってその女性の近くにしゃがみ込んだ。すると女性はノイトの耳に向かってボソボソと何かを囁いた。
「......あぁ...それじゃあ僕が何かするのはちょっとアレですかね...。別に僕は気にしませんけど...いや、気にするか?ん〜......まぁ、取り敢えずこの組織は今から潰しちゃうんで逃げても問題ないですよ。」
「私をここから連れ出してくれるんですか!? ありがとうございます、侵入者さん!」
「ノイトです。」
「ノイトさん!私の名前はユリムですっ!よろしくお願いします!!」
ぺこりと頭を下げたユリムを見ながらノイトは周囲に危険がないか気配を探る。
(ここら辺は問題ないな......。ユリム...さん、も特に洗脳とかはされてなさそうだし取り敢えず拠点の外まで連れ出してあげないと。)
ノイトはユリムに手を差し伸べて部屋の外へと歩き始めた。
「ユリムさん、この場所も安全ではないです。早く外に出ましょう。」
「......はい!」
部屋を出た瞬間、ユリムが目を見開いて崩れ落ちる。ノイトは慌てることなく魔法をかけた。
[中央寄せ][[漢字][太字]解呪[/太字][/漢字][ふりがな]ディスエンチャント[/ふりがな]][/中央寄せ]
ユリムは少しの間よろよろとフラつきながらノイトにしがみつくようにして立ち上がったが、やがて普通に歩けるようになった。
「やっぱり呪いでしたね......。今のはあくまで対症療法なので、また後で呪いをかけられた部位から直接解呪する必要があります。」
「......うぅ...!ありがとうございます〜!!」
目から涙を零してユリムはノイトに抱きついた。
(距離感バグってんなこの人......。)
「別に大したことじゃないですよ。ほら、行きましょう。」
静かな通路に2人分の足音が響いた。やけに静かすぎる。この棟にはまだ幹部が居るはずなのに、全然遭遇しない。
(リュミエと同じ感じの能力を使っているのか......それとも...。)
ノイトの視線の先にはユリム。
「ん?どうかしましたか?私の顔に何か付いてます?」
「あぁ......いえ、ここの組織の幹部がまだ数人残っているようで......ユリムさんを守りながら戦えるかな、と思って。」
「私のことを守りながら......!ノイトさんってとっても優しいんですね。」
(えっと......何このラブコメの王道系ヒロインみたいなキャラ...。典型的すぎて寧ろつまんない!)
そんなことを考えているノイトに向かってユリムが何かを思い出したように話しかけた。
「そうだ!ノイトさん、実は私だけじゃなくて私のお姉ちゃんもここに攫われちゃったみたいで......!」
「お姉さんが居るんですか?......この辺りからは幹部の気配しかしませんけど...攫われたのであれば別の棟ですね。ここに居る幹部を倒したらすぐに向かいましょう。」
「ありがとうございます!」
しばらくの間ユリムを連れてノイトは通路を走っていた。途中で幹部の気配が近づいてきていることに気が付いて警戒心を強める。
(ユリムさんが近くに居る以上、派手な戦闘も出来ない......[漢字]小夜啼鳥[/漢字][ふりがな]ナイチンゲール[/ふりがな]も居ない以上、外に出すのも誰かに託すのも不可能。このままやるしかない。)
ノイトは目を閉じて気配の一を探った。今2人が居る通路の、進行方向から見て正面。
「ユリムさん、下がっててください。」
その直後、ノイトは反射的に通路の端へと避ける。すると先程まで立っていた位置の空間が歪んで消滅した。この魔法は以前見たことがある。
(いや......メルの話ではアイツは幹部じゃなさそうだった。同じ魔法を使った別の誰か。アイツなら気配で気がつくはず。)
[中央寄せ][[漢字][太字]探知[/太字][/漢字][ふりがな]ソナー[/ふりがな]][/中央寄せ]
微細な魔力を発してソナーのように扱う魔法。空間に影響がない場合は正常に働くはずである。
(禁忌魔法の残滓はまだ残ってるけど......他に影響はないな。あれは......。)
数十m程離れた位置に何かが立っていた。形状は砦の塔のようなもの。
それが一瞬で目の前まで迫ってきた。
[斜体](...ルーク!?)[/斜体]
避ければユリムに当たる。ノイトはルークの軌道をズラしてユリムに当たらないように受けた。
[中央寄せ][[漢字][太字]反[/太字][/漢字][ふりがな]アンチ[/ふりがな]-[漢字][太字]確定軌道[/太字][/漢字][ふりがな]オービット[/ふりがな]][/中央寄せ]
[斜体]「きゃあっ!!」[/斜体]
ユリムには当たらずに済んだがルークの慣性でノイトは通路の突き当たりまで壁に押し付けられながら飛ばされた。
[中央寄せ][[漢字][太字]衝撃反発[/太字][/漢字][ふりがな]リコイル[/ふりがな]][/中央寄せ]
突き当たりを蹴るようにしてルークを受け止め、その反発でルークを押し返した。魔力で脚への衝撃を押し返す力に変換したが、受けていた腕に加わっていた表面的な衝撃は変換されていない。
[斜体]「い゙っ!!」[/斜体]
すぐに回復魔法で痛みを取り払ったが、それでも骨へのダメージは完全に回復していなかった。
(またチェスか......。そんなことより、今はユリムさんだ!!)
壁を蹴って通路を飛んでいき、脚で滑りながら減速してユリムの前で止まる。
「ノイトさん!」
「ユリムさん、お怪我はありませんか?」
「大丈夫ですっ!」
先程ルークが飛んできた方向から足音が聞こえた瞬間、立っている場所が巨大なチェスボードの上になっていた。ユリムがいつの間にかキングの形をした結晶に閉じ込められていて、向こうからは先程からノイトが感じていた幹部の気配の主が現れる。
「はじめまして、ノイト=ソルフォトス。私の名前はコマニディ。我々の邪魔をする存在であれば容赦はしなませんよ。」
「あと残ってる幹部数人ですけどね。」
「私は単純な物理攻撃や魔法では他の幹部にも劣りますが...生まれつき脳の発達が人一倍高いものでしてね。私の頭脳があなたにどこまで通用するのか試させていただけませんか?」
「あなたの[漢字]衒[/漢字][ふりがな]てら[/ふりがな]いに興味はないですけど、まぁ少しだけなら良いですよ。」
数十分後。ノイトの全敗だった。何故かノイトは何食わぬ顔をしていてコマニディの方が頭を抱えている。
「何故だ!? 何故魔神を倒せる程の実力の持ち主がこの程度なのだ!」
「まぁ、頭で倒せる相手じゃないでしょうし。魔神は。」
「だとしてもです!ここまで弱いわけないでしょう!チェスの経験はないのですか!!」
「ルール知ってるだけなんで強いわけじゃないですよ。下手の横好きです。」
「それなら、その程度でやられた魔神は何なのです!!」
ノイトはため息を吐いて言い返した。
「あのですね......これはチェスに限ったことじゃないですけど、レートが全面的な知能を示すものではないんですよ?戦闘IQやひらめき力だって頭の良さとして挙げられます。」
「......。」
「当然僕より上はいくらでもいますし、その点ではその人を素直に尊敬出来ます。だから、あなたがそれを言わないでください。」
コマニディは歯を食いしばってノイトを無数の[漢字]馬騎士[/漢字][ふりがな]ナイト[/ふりがな]で包囲する。
「もう良い......その人質諸共八つ裂きにしてやりましょう。」
「...人質って言うくらいなら生かす価値あるはずなんだけどなぁ......。」
ノイトの独り言はコマニディの耳には届いていないのか、コマニディはそのまま手をノイトへと翳した。攻撃の合図だ。
(同時に掛かって来たらルール違反......とも言いたいところだけど、舞台裏で何がどう動こうと知ったこっちゃないか。)
ノイトは今武器を持っていない。しかしその表情は冷静で、攻撃が当たる前に何かを唱えた。その直後、ノイトの周辺が消滅し、それに伴って[漢字]馬騎士[/漢字][ふりがな]ナイト[/ふりがな]たちも消滅した。気がつけば元の通路に戻っている。コマニディが逃走したようだ。ユリムがキングの駒から解放されて無事であることを確認し、すぐに通路の先へと跳ぶ。マジックバッグから【[漢字]時憶の指針[/漢字][ふりがな]トオクノハリ[/ふりがな]】を取り出してコマニディの背中目掛けてそれを投げつける。
[中央寄せ][大文字][斜体][太字][明朝体]〔[漢字]魔力投擲[/漢字][ふりがな]マギノ・スロー[/ふりがな]〕[/明朝体][/太字][/斜体][/大文字][/中央寄せ]
[中央寄せ][[漢字][太字]入城[/太字][/漢字][ふりがな]キャスリング[/ふりがな]][/中央寄せ]
コマニディとルークの位置が入れ替わってノイトの攻撃はルークに命中した。ルークは砕け散ったが、コマニディは無傷。ノイトはすぐに武器を拾ってさらにコマニディを追いかける。通路の扉を突き破って飛び出すビショップを防いだところで足を止めた。
(待て、クイーンとポーンが居ない......[斜体]そっちか!![/斜体])
振り返った瞬間に来た道を引き返した。ユリムへとクイーンが迫っている。ノイト側のキングはノイトではなくユリムだ。ポーンも近くに集まっていた。
[斜体](プロモーション!! こんなシンプルな罠に引っかかった!)[/斜体]
[中央寄せ][大文字][斜体][太字][明朝体]〔[漢字]遅延再生[/漢字][ふりがな]スローモーション[/ふりがな]〕[/明朝体][/太字][/斜体][/大文字][/中央寄せ]
ノイトは時間を止めることはしなかった。ノイトの手数に伴って相手の駒が動く場合、時間停止中であってもノイトの動きに合わせて相手の駒が動く可能性があるからだ。しかし、1ターンの時間の流れを変えてしまえば僅かに余裕が生まれる。ポーンが1マス進む距離とルークがボードの端まで移動するときに進むマスの数は違うが、どちらも1ターンのうちに収まるものだ。
[斜体](そっくりそのままやり返......ん......?)[/斜体]
ユリムは移動していないためキャスリングの条件を満たしているはずだ。しかしコマニディは移動していながらキャスリングを行っていた。コマニディを常にキングの位置として置いていた場合、ユリムは既にこのボードの指定のマスから動いてしまっている。キャスリングは出来ない。それでもノイトは周囲の時間が遅くなっているうちにユリムの元へと向かい、まだ諦めない。
[中央寄せ][大文字][斜体][太字][明朝体]〔[漢字]記憶の指針[/漢字][ふりがな]キオクノハリ[/ふりがな]〕[/明朝体][/太字][/斜体][/大文字][/中央寄せ]
ノイトの魔法が再現したのはコマニディの[[漢字]入城[/漢字][ふりがな]キャスリング[/ふりがな]]。ルークの代わりにユリムと入れ替わったのはノイトのマジックバッグだ。〔[漢字]遅延再生[/漢字][ふりがな]スローモーション[/ふりがな]〕の効果が切れた。しかし、クイーンの進路の先にあるのはユリムではない。ノイトのマジックバッグがクイーンのティアラに弾き飛ばされただけで済んだ。
「ユリムさん、大丈夫ですか?」
「はい!ありがとうございます!!」
ノイトがユリムの無事を再び確認している隙にポーンたちがプロモーションを行い、すべてがクイーンとなって再び襲ってくる。
「どうしましょうノイトさん!あんなに沢山襲いかかってきたら......!!」
「問題ないです。」
[中央寄せ][大文字][斜体][太字][明朝体]〔[漢字]魔力斬撃[/漢字][ふりがな]マギノ・スラッシュ[/ふりがな]〕[/明朝体][/太字][/斜体][/大文字][/中央寄せ]
通路ごと横に一文字の線が奔り、すべてのクイーンが真っ二つになった。ノイトはすぐにユリムの腕に自身の腕を絡ませてコマニディを追う。
[中央寄せ][太字]上級魔術:[/太字]『[太字][明朝体]ᛋᚺᛟᚱᛏᚳᚢᛏ[/明朝体][/太字]』[/中央寄せ]
一瞬でコマニディと2人の距離が詰められ、ノイトはそのままコマニディを蹴り倒した。先程ノイトを倒したときのラルカの気分がよく分かる。分からなくて良いものだが。
「...コマニディ、でしたっけ。クロエ=モズフィームって人、どこに居るか分かる?」
ノイトがその名前を口にした瞬間、コマニディの顔が引きつった。
「何故あの引きこもりの名前を知っているのですか...?あの女に関わるのだけはやめておきなさい。彼女の考えていることは私にも読めません。一度関わったら最後、下手すれば死にますよ。特に、あなたのような人は。」
「......それはメルから聞きました。承知の上で聞いてるんです。質問に答えてください。」
「......し、知りません!もう私とその件で関わらないでください!!」
(人格改変レベルで恐怖が......そこまでヤバいやつなのか...。まぁ、知らないのであればもう用済みだし......。)
ノイトが【[漢字]時憶の指針[/漢字][ふりがな]トオクノハリ[/ふりがな]】を振り下ろそうとして、途中で一度止めた。
「それともう一つ。このユリムさんのお姉さんがどこに居るか教えてください。」
「......研究館です。恐らく魔神開発の要にされているのかと。」
「お姉ちゃんが!?」
「それじゃあ、これで終わり。」
ノイトが容赦なくトドメを刺してコマニディは動かなくなる。オロオロとしているユリムの様子を見て、ノイトは魔法を唱えた。
[中央寄せ][[漢字][太字]感覚共有[/太字][/漢字][ふりがな]シェアリング[/ふりがな]][/中央寄せ]
ノイトの右目に映る視界と入れ替わったのはメルクの右目の視界。いきなり見えてる世界が半分変わったメルクはさぞ驚いたことだろうが、ノイトはそんなこともお構い無しに視界に戦闘不能状態のコマニディを映す。少し間が空いてからメルクがようやく事態を理解したのか、ノイトの右目の視界にはメルクのサムズアップが映った。ラルカが丁度他の幹部を倒したところのようだ。そのままノイトは慌てているユリムを映し、声をかける。
「ユリムさん、研究館は外から見たこの建物の構造的に中央棟の奥です。幹部の気配がしなかったのでこっちの通路に来ちゃいましたけど、戻りましょう。着いてきてください!」
「はい!」
ノイトは無詠唱でユリムの脚と自身の脚のリミッターを一時的に解除する魔法をかけた。ノイトが来た道を引き返してマジックバッグを拾い、ユリムがその後を追う。
「わぁ!すごいです!脚が軽〜い!!」
「あとで反動が来るんであまり余計な負担をかけない方が良いですよ。」
「えぇ!?」
2人が3つの棟への分かれ道がある広間に着くと、メルクとラルカとガヴェルディが待っていた。先程まで戦っていたからか、ラルカは[漢字]縫式の手袋[/漢字][ふりがな]キルト・グローブ[/ふりがな]を装着したままだ。
「ノイトくん!その人は?」
「組織に誘拐されたんだって。研究館にお姉さんが居るらしい。」
「それじゃあすぐに助けに行かなくちゃ!」
メルクとガヴェルディとユリムは真っ先に研究館の方へと駆け出していったが、ラルカは走り出した2人の背中を見送っているノイトをじっと見つめている。
「ノイト。私は、足手まといか?」
真っすぐなラルカの視線に耐えきれずノイトは目を背けて答えた。
「......ごめん。巻き込みたくないから。」
「またそれか。」
「......ずっと同じこと思ってたよ。」
「そうか。......。」
拳を握りしめているラルカの表情が僅かに歪む。普段であればすぐに俯いて帽子の鍔で見えなくなるその目が、今だけは確かにノイトに向けられていた。
「弥哲。私は......[太字][明朝体][斜体]ンゥッ[/斜体][/明朝体][/太字]」
ノイトはラルカの頬を人差し指で突くようにして言葉を遮る。もうノイトの視線はラルカへと向けられていた。
「僕は世宥のこと、大好きだよ。前世で沢山僕と関わってくれたし、考え方も面白い。だけど、もう僕の隣はリーリャだって決めてるんだ。」
「...いきなり何をしてくるのかと思えば......。分かっている。私よりもリーリャの方がお前の隣には合う。前世での2年間......あれは過去の話だ。今はノイトとしての人生を歩んでいくのだろうしな。」
「今の僕の基盤となった前世の大事な思い出は忘れないよ。改めて言うのも、こんな場所で言うのもなんか変だけど......本当にありがとう。世宥と出逢えてすっごく良かったって思ってる。」
ラルカにしては珍しく顔を赧めており、一瞬だけ目が泳ぎそうになっていた。しかし、すぐに視線をノイトへと戻して再び見つめる。走馬灯のように浮かんでは流れていく前世での思い出を噛み締めるラルカは、何か懐かしいものを見るような目でノイトとの間にある虚空を眺めていた。
やがて息を吸い、吐き出すとラルカはノイトの背中へと両手を回した。
「世宥.........?どうしたの」
「ケジメくらいは付けさせろ、馬鹿。」
首の周りに伝わるラルカの腕の温もりがノイトの緊張を溶かしていく。しかしノイトはラルカを抱き返すことはしなかった。もしそうしてしまった場合、戻れなくなってしまいそうな気がしたから。
(もう......リーリャたちに怒られちゃうなぁ......!)
「私の今の心配事はもう、すべてノイトに託す。安心で返しに来い。」
「ふふっ...そのうちね。」
ノイトから離れたラルカの目にはもう迷いはなかった。帽子を被り直して2人は手を合わせて互いの健闘を祈る。
「死ぬなよ。」
「必ず生きて戻って来るって。」
メルクたちの後を追ってラルカも中央棟への通路を進んでいった。その背中を見送ったノイトはマジックバッグから取り出した[漢字]回復薬[/漢字][ふりがな]ポーション[/ふりがな]を飲んで空の瓶はバッグの中にしまう。
(幹部も残すはクロエだけ......。引きこもりだとか言われてるけど、流石にここまで暴れたらバレてるだろうな。研究館の方はメルとラルカに任せて、クロエは僕が。)
丁度そのときだった。まるで狙っていたかのようなタイミングで背後から声がかけられる。
[明朝体]「──こんばんは、侵入者さん。良い夜ですね。」[/明朝体]
気配を感じなかった。振り向いた瞬間に細い剣が折れるような音が聞こえる。何が起こったのか理解出来なかったノイトだが、すぐに思考を切り替えた。
「あなたがクロエ=モズフィームさんですか......?」
そこに居たのは気配がない異端な女性。頬を赤く染めてにっこりと笑っている姿は非常に可愛らしいが、目の奥から感じるブレることのない視線には狂気が宿っていた。
[明朝体]「はい、そうです!始めまして。」[/明朝体]
(気配の隠し方が異質過ぎる......空間を抉るように気配を消す輩も多いけど、この人の気配は空気そのものと完全に同化してるように感じられるな......。動きが読みにくい。)
[明朝体]「ふふっ、どうしたんですかー?そんなに怖い顔して。可愛い人ですねぇ。」[/明朝体]
ノイトは気配の読めないクロエの一挙手一投足を警戒しながら対話を続ける。
「僕のどこが可愛いんですか。あなたの感覚が普通に心配になってくるんですけど。」
[明朝体]「そうですねぇ......顔立ちも可愛いですし、表情も可愛いですし、その雰囲気も好きです!」[/明朝体]
(全肯定botか何かかな......?)
[明朝体]「私、あなたみたいな人をずーーーっと探してたんですよぉ?あなたが欲しいです!」[/明朝体]
「仮に僕があなたのものになったとして、何をするつもりなんですか?」
クロエの笑みがより一層深まり、一見嬉しそうだが、その口から出る言葉とは正常に噛み合っていなかった。
[明朝体]「壊すの。いっぱい遊んで、いっぱいお喋りして、いっぱいイイことして......最後に壊す。好きなものが壊れていくときの感覚って、すごくゾクゾクして面白いでしょう?」[/明朝体]
「あなたの好きは、僕には理解出来ません。援助欲求とかないんですか?」
[明朝体]「形あるものいつかは壊れる......それは当たり前のことですけど、勝手に誰かに壊されるくらいならいっそのこと、自分で壊してしまった方が良いですよね!」[/明朝体]
メルクの話に聞いていた通りに狂気の持ち主であった。しかし、先程倒したコマニディが関わるのを拒む程の、底が見えない何かがまだ残っているはずだ。
([漢字]S[/漢字][ふりがな]エス[/ふりがな]でヤンデレでタナトフィリア......元々する気なんてないけど、油断したら...いや、しなくても死ぬかもしれない。他の誰とも違う圧倒的な恐怖......。ヒトコワ系かな。)
[明朝体]「あなたのお名前をお聞かせ願えますか?」[/明朝体]
「......ノイト=ソルフォトスです。」
[明朝体]「ノイト......良い名前......覚えておくね!」[/明朝体]
(敬語もタメ口も混ざってる...本当に理解が難しいね。)
ノイトは1人で目の前の深淵のような狂気と対峙するのだった。