世界に溢れる夢
[中央寄せ]・・・[/中央寄せ]
ラルカが目を覚ますと、隣にはノイトが座っていた。
「あっ、起きた?おはよう。」
「......おはよう。今の時刻は?」
どうやら寝起きでも堅苦しい表現がすぐに頭に浮かぶ程癖を付けているようだ。ノイトも同じなのかそこまで気にした様子もなく立ち上がって答えた。
「今は16時過ぎってところかな。この時期だと日が沈みかけているくらい。」
「そうか......。......ん?組織に攻め入るのは午後からの予定だったはずだ。」
「あぁ〜、ラルカが仮眠取ってる間にメルには予定時間を遅らせるように伝えておいたよ。これで夜通しでも戦えるね。」
「起こしてくれれば起きたのだがな......。まぁ良い。今からでも準備を。」
立ち上がったラルカはノイトが手に持っていたものを見て動きを止める。
「......おい、それは何だ?」
「あぁ、これ?これは“維紲の契札”っていって、簡単に言っちゃえば友好関係にある相手とはぐれないようにするものだね。」
「呪いの札にしか見えないが......。それを何に使うのだ?」
「一つは僕の。もう一つはリーリャのだよ。」
「リーリャに......前世でのことか?」
「違うよ。前世で直接的な関わりがあったわけじゃない。だけど、隣はリーリャが良い。」
「......そうか。」
ノイトはその人差し指程度しかない紙を1枚しまって、もう一枚はリーリャが居る方へと飛ばした。小屋の外へと出ていった札は時計塔のバルコニーでピアノを演奏していたリーリャの元へ向かう。
「さてと、軽食を取ったらすぐに向かおう。」
「...あぁ。」
リーリャが丁度演奏を終えたとき、1枚の紙切れが飛んできた。
「......何これ?ちっちゃいお札?」
リーリャがそれと取ると札が蒼い炎を上げて燃えた。ノイトの魔力を感じる。
(これはノイトの......。私にこれを渡したってことは......そろそろ出発するんだね。)
メルクとルミナスも気が付いたようで、気を引き締めた。
「それじゃあ、私はノイトくんとラルカの案内に行ってこなきゃ。」
[太字][明朝体]「どうかお気をつけて。私もそろそろリーリャ様と行方不明者の捜索に当たります。」[/明朝体][/太字]
「分かった。メルク、ノイトのことよろしくね。」
メルクは無言で頷いて螺旋階段を降りていく。階段を下りている途中で窓から下の様子が見え、丁度ノイトとラルカが準備を整え終えたところだった。
(いつの間に起きてたんだ......私も急がないと。)
ノイトとラルカはメルクと合流し、組織の拠点へと出発する。案内約のメルクを先頭に時計塔を後にするが、ノイトは少しだけ振り返った。3階のバルコニーからリーリャとルミナスが手を振っている。
(ふふっ......行ってきますっ!)
手を振り返したノイトはラルカに名前を呼ばれて慌てて追いかけた。
「...気を抜くなよ。」
「どの口で?」
「私がいつ気を抜いたのだ?」
「さっき。仮眠取る前。」
ノイトの言葉にラルカが黙る。その様子を見てメルクはすかさずラルカに問い詰めた。
「え、何何?もしかしてラルカがデレたの?!」
「断じてそんなことはない!」
「デレてたね。完全にツンデレキャラだよ。」
「ミサ、... ノイト!」
「ん?ラルカ、今ノイトくんのこと別の呼び方で呼ぼうとしてなかった?......え、もしかして2人とも前世からの知り合い?」
「メルは相変わらず頭の回転が速いね。」
「地頭が良いもので!」
「それって頭悪い人に使うことが多い気もするけど...。」
「えっ?」
数日の間別行動であったがメルクの様子はそこまで変わっていなかった。そのことにただ安心し、ノイトは自然と口元が緩んでくる。
「まぁ、それは良いよ。ん〜、ラルカがノイトくんと前世で関係者だったなんてなぁ...。ずるい。」
「私だって望んで関係者になったわけではない。成り行きだ。」
「ふ〜ん?でも、ただの成り行きだけで一緒に寝るまで進展することある?」
「あれは、ただ仮眠を取っただけだ。もう直この世界も冬...組織に乗り込む前に体調を崩しては意味がないだろう。」
「「言い訳上手いね。」」
ノイトとメルクは謎のハモリで無意識のうちにラルカを煽っている。
「うぅ......お前たちも大概だろう。特にノイト、お前は屁理屈を押し通す実力が無駄に高いのだ。」
「事実を言っているだけですけどぉ?」
「ハァ......全く面倒なやつだ。だがまぁ、それもお前らしさか。」
ラルカが珍しく呆れではなく“認める”という結果を返してきた。メルクはラルカとの関わりがほぼなかったが、ノイトは現世では短い間だとしても前世でも関わっていた期間があるためその異様さに気がつく。
「どうしたの?珍しいね、批判的思考のプロのラルカがフォローしてくれるなんて。」
「ん......私だって何も頭ごなしに否定するわけではないぞ。」
「それもそっか。」
ミストルの町からノルストラに入るところで、丁度リュミエと出会った。
「あれ、ノイトくんにメルクにラルカ!今から行くの?」
「うん。カフェはどうだった?」
「んふふ〜、ノイトくんとリーリャが言ってた通りでフレンチトーストもココアも美味しかったよっ!今度は一緒に行こうね〜。それじゃあ、いってらっしゃい!!」
「いってきます。」
リュミエはリーリャとルミナスの2人に合流するために時計塔の方へと進んでいく。ノイトたちは街の様子を見ながら歩いていき、ノルストラの中心にある『[漢字]門[/漢字][ふりがな]ゲート[/ふりがな]』へと辿り着いた。ここでラルカがメルクに尋ねる。
「メルク。『[漢字]門[/漢字][ふりがな]ゲート[/ふりがな]』をくぐってレミステラに行くのは分かるが、その後はどうするのだ。レミステラから出ているのはヴェルグランド大陸[漢字]行[/漢字][ふりがな]ゆき[/ふりがな]の飛行船だけだろう。」
「レミステラに寄るのは組織の拠点近くに[漢字]空間転移[/漢字][ふりがな]テレポート[/ふりがな]できる[漢字]転送装置[/漢字][ふりがな]ポータル[/ふりがな]があるからだよ。そこからなら通常2~3日かかる所を、2時間強で辿り着ける。」
メルクも一応組織の一員であるため拠点への出入りは可能である。わざわざ出入りするために数日かける義理などはないが、装置のお陰で短時間で用を済ませることが出来るのだった。
(......あれ?以前ムズィガルドで仕留め損ねたあの人って直接拠点に逃げたんじゃないのかな?回復魔法が使えるようならまだ生きてると思うけど......。メルクの話では幹部レベルではない、っていうけどそれでも禁忌魔法を使うような輩だし、幹部はもっと面倒だろうな。気を引き締めないと。)
「それじゃあ、行こう。」
3人は『[漢字]門[/漢字][ふりがな]ゲート[/ふりがな]』をくぐり、レミストラに[漢字]空間転移[/漢字][ふりがな]テレポート[/ふりがな]させられた。この貿易都市はいつ来ても活気が盛んで人や乗り物の出入りが多い場所である。
「ノイトくん、ラルカ。こっち。」
メルクに連れられるまま人通りが少ない道を進み路地裏に入る。突き当りに溜まっているガラクタの下から深緑色の枠で囲まれた[漢字]転送装置[/漢字][ふりがな]ポータル[/ふりがな]が出てきた。振り返ってメルクは手を差し伸べる。
「 ──ノイトくん 手、繋ご。」
「......。」
妙に心が揺さぶられるような何かを感じる。[漢字]魔法[/漢字][ふりがな]タネ[/ふりがな]も[漢字]仕草[/漢字][ふりがな]シカケ[/ふりがな]もないはずなのに、珍しくノイトが言葉に詰まった。
「......あっ、えっと、うん。」
ノイトはメルクが差し伸べた手を握り、ラルカとも手を繋ぐ。メルクが[漢字]転送装置[/漢字][ふりがな]ポータル[/ふりがな]が放ち始めた光の中に消えた。
転送される間でほんの一瞬だけ咳き込んだような違和感を感じたが、次の目を開けた瞬間に広がっていたのは路地裏ではなく山の森の中。
「この近くだよ。歩くと距離があるけど、私の魔法で拠点のすぐ近くまで送るからほぼいつでも乗り込めるよ。」
「分かった。極力早めに終わらせたいし、行こう。」
[中央寄せ][[漢字][太字]付与[/太字][/漢字][ふりがな]グラント[/ふりがな][太字]:[/太字][漢字][太字]感覚強化[/太字][/漢字][ふりがな]センス[/ふりがな]][/中央寄せ]
ノイトが魔法で自身にバフをかけ、ラルカが[漢字]拳銃[/漢字][ふりがな]ハンドガン[/ふりがな]の弾の装填が済んでいるかを確認する。準備は整った。メルクが魔法を唱えて3人はいざ組織の拠点へと乗り込んだ。
[中央寄せ][[漢字][太字]空間転移[/太字][/漢字][ふりがな]テレポート[/ふりがな]][/中央寄せ]
その直後、視界が切り替わった瞬間に確認出来たのは見張り役が2人。魔力量は少ないため下っ端だろう。
(時間と魔力はまだセーブしておきたい...。けどまぁどうせこのまま騒動になるわけだし......!)
隠れもせずに堂々と正面から突っ込んでマジックバッグから取り出した[漢字]波状剣[/漢字][ふりがな]フランベルジュ[/ふりがな]で仕留める。あまりうめかれてもうるさいため喉を狙った。
「うっひょ〜、容赦ないねノイトくん!」
「こっちの方が早いしね。どの道騒ぎになるから。」
「でも気をつけてね。幹部は全部で10人居るから。うち3人は私が引き受けるつもり。」
そのときだった。工場のような外見の拠点の中から剣を持った男が出てくる。
「3人も引き受けるのか。面倒そうだし、俺がその面倒事増やしてやるよ。メルク。」
「......ケイス。あなたの担当はもっと奥でしょ。何でここに居るの。」
「何だって良いだろ。叛逆者と侵入者を仕留めればその分の報酬やら何やらが貰えるわけだしな。」
ケイスと呼ばれた男はノイトとラルカの方を一瞥してからメルクの方へと視線を戻した。
「で、何なの?この2人は。この2人が居ないとここを潰そうとする勇気も出ないってことか?」
「......勇気がどうとか以前に、大事な仲間と行動を共にするのは私の勝手でしょ。口出ししないで。」
「そうやって拒絶することでしか自分を守れないんだろ?それがお前の弱さだ。」
メルクはノイトやリーリャ、ラルカ程のスルースキルを持ち合わせておらず感情的になることもあるだろう。無言でこのまま黙らせることも可能だが、ここでノイトのかっこつけたい欲が出てきた。ノイトは[漢字]波状剣[/漢字][ふりがな]フランベルジュ[/ふりがな]に雷撃を纏わせてゆっくりと歩み寄っていく。
「違う。拒絶すること以外でもメルは自分を大事に出来ている。仲間が居る時点で。今ここに僕が居る時点で。既にメルは、他人を否定して貶めようとしているお前よりも強い。」
「仲間だ何だと言ってるけどな、いざというときは自分のことを最優先にするのが生物の本能なんだよ!お前はそれに逆らって生きていけるとでも思ってんのか?」
「思ってるよ。僕は理性だけが取り柄なもんでね。せめて自制出来るときくらいは真面目でありたいし。」
「言うは易し、だろ?」
「さぁね。どうでも良いからそこまで気にしてないんだけど。やるときやれば良いじゃん。」
ノイトが武器を振るう。一切の躊躇いがないため、ケイスは完全に躱し切ることが出来なかった。掠った傷に雷撃が纏わりついて体内にダメージを直接伝える。
[斜体]「ガッ...!!」[/斜体]
「......血流改善には良いかもね。血色良いよ?」
ノイトはケイスの横を通り過ぎるときに一瞬だけ足を止めて覗き込むような仕草をしてから拠点の建物の中に入っていった。メルクとラルカはケイスを見ることなくノイトの後に着いていく。
「ノイトくん、なんかピリピリしてない?どうしたの?」
「色々面倒に感じるときはあるでしょ。」
「メルク、メンヘラは放っておいてやれ。」
「いやいや、メンヘラ程構ってあげるもんじゃない?」
「2人とも、一応ここ敵陣だから。気を抜かないで。」
下っ端らしき黒ローブが3人の姿を確認した瞬間、攻撃を仕掛けてきた。メルクが前に出て攻撃をスティレットで受け止める。
「メルク......!侵入者に手を貸すとはどういうことだァ!!」
「ちょっと壊しに来ただけ。邪魔だから退いて。」
下っ端がメルクに実力で及ぶわけもなく、難なくメルクの反撃によって戦闘不能になった。メルクはそのまま前を進んで行こうとする。ノイトは一旦武器をしまってメルクに声をかけた。
「メル、トドメ刺さなくて良いの〜?」
「良い。血が流れると面倒なことになるから。」
「......ふふっ、もう遅えよ。呼んであるからなァ......!!」
床に転がっている状態のままの黒ローブの人物の言葉を聞いてメルクが目の色を変えた。
「ラルカ。銃の準備、しといてくれる?」
「分かった。」
ノイトとラルカはメルクに合わせて早足で通路を進んでいく。途中で遭遇した黒ローブたちをメルクが片っ端から片付けていく。
「メル、焦りすぎ。早めに片付けたいって言った矢先だけど、ただ突っ込んでいくだけでもこっちが消費するだけだよ。」
「別に焦ってなんかない。でも、早めに止めないとアレは面倒になるの。」
通路を進んだ先の広間のような空間に辿り着き、ノイトはその意味に気がついた。その空間に浮かんでいるのは大量の血液。
(血液を操るタイプか。分かりやすいな。)
「あら、メルク。やっと来たの。しかもお友達まで連れてきちゃって。」
血の鞭が広間から繋がる別の通路へと飛んでいき、その先から叫び声が聞こえた。血の鞭が戻って来るとそこには黒ローブの人物らが貫かれた腹部から血液が吸い取られたものが引きずられている。
(なるほど......早めに止めないと面倒、ってそういう意味か。でも、ラルカが居るから問題ないか。)
吸い取られた血が鞭を介して血液の刃となって無数に襲いかかってくる。ラルカが狙いを定めた先は血液が集中している場所だけであり、飛んでくる血の刃はノイトが相手をすることになった。
[中央寄せ][[漢字][太字]反[/太字][/漢字][ふりがな]アンチ[/ふりがな]-[漢字][太字]確定軌道[/太字][/漢字][ふりがな]オービット[/ふりがな]][/中央寄せ]
ノイトたちの方へと向かってきていた血の刃が減速し、そのすべてが3人を綺麗に外した。
「ふ〜ん。私が知らない魔法。面白い。なら、これでどう?」
背後の壁に突き刺さっていた血が溶けて圧縮され、高速の一閃がノイトへと放たれた。
(魔力が通っているお陰で読みやすいね......。)
ノイトが躱すとそのまま壁に当たり、そこから反射するように広間中を移動する。メルクがスティレットで防ごうとすると思いの外重い。手首を動かして受け流す形にする。恐らく壁から壁までの移動区間で軌道を逸らすことは血を操る女性の管轄外だろう。
(反射は物理法則に則っている......それなら、壊してみようか。)
ノイトは振り返って背後から飛んできた血の一閃を右手の掌で受けた。しかし貫通することはなく、よく見るとノイトに触れる前に水紋のように空間が揺らいでいて届いていない。
「何、それ。」
放たれていた血の量にも限りがある。やがて放たれていた分がすべてノイトの手元へと集まった。
[中央寄せ][[漢字][太字]歪曲[/太字][/漢字][ふりがな]ディストート[/ふりがな]][[漢字][太字]反転[/太字][/漢字][ふりがな]ミラー[/ふりがな]][/中央寄せ]
軌道を歪められたことでノイトに受け止められたように見えた血の一閃は、振り向きざまにノイトの掌へと向かっていた進行方向を反転されて女性の方に向かっていった。このとき、歪みによって溜め込まれていた分の運動エネルギーが元の状態へと変換されたため速度が上がっている。女性は血の壁を引っ張り出して防御しようとするが、パンチをボクシングミットで防ごうとも衝撃が伝わるのと同じである。
[斜体]「い゙っ......!」[/斜体]
女性は受けきれずに返された血の一閃をまともに喰らってしまった。そこでラルカの銃弾が浮かんでいる血の集合体を冷気に変える。血液を吸い取られた者たちには不憫であるが、その血液が返還されることはない。
「あ゙ァ......!私の血が......綺麗な血が.........!!」
様子がおかしくなったのを見てラルカが[漢字]縫製の手袋[/漢字][ふりがな]キルト・グローブ[/ふりがな]を装着する。女性は立ち眩んだように地面に手を付いて恨めしそうにこちらを睨んだ。
「......許さない許さない許さない許さない.........許さない!」
次の瞬間、女性の腕から流れていた血が細い軌道を貫いてノイトの肩を掠める。直後、そこからノイトの血が吸い出されそうになった。しかしラルカがそこで血を掴んで引き戻そうとする。
「グゥっ...!」
「ラルカ!」
靴紐で綱引きをしているようなものだが、その吸い出す力がとてつもなかった。それでもラルカは諦めずにノイトの血を引き戻そうとする。
「離せっ!!」
メルクがスティレットで紐のようになっていたノイトの血を斬り、女性の攻撃との繋がりを断つ。ようやくノイトが解放され、女性は歯を食いしばった。そして今度はラルカの頭を目掛けて同じものを繰り出す。ラルカは既に銃弾を撃ち出している。しかし女性は笑っていた。
(その銃弾......ただものを消すだけじゃなくてその前に[漢字]凍らせてる[/漢字][ふりがな]・・・・・[/ふりがな]んでしょ!? だったら消える前に血を拡散させてそのまま氷の槍でその頭を貫いて...)
細い血はウォータージェットカッターの如く銃弾に命中し、その弾頭を貫く。一切のラグもなく瞬時に銃弾に込められた術式が発動して血は冷気になった。ただ、それだけ。
血も銃弾も消滅した。女性とラルカの間には何もない。数秒間の沈黙が落ち、女性はその間ずっと何が起こったのか理解できていないような表情をしていた。
「......え?なんで?」
ノイトは一瞬でその表情の理由を察し、ラルカがトドメを指す前に答え合わせをしておいた。
「あー、その銃弾は無条件で当たったものを媒体として冷気に直接変換するものだよ。多分“凍る”っていう手段を想像したんだろうけど......勘違いだったね。」
驚きの声を出す間もなくラルカが発砲したためその女性は動かなくなった。
「......相変わらず容赦ないね。」
「考える暇を与えれば何か悪あがきをするかもしれない。それに、敵の戦力は削いでおいて問題はないだろう。」
「それはそうかもしれないけど......まぁ良いや。メル、あの人って幹部?」
「うん。“[漢字]血繰[/漢字][ふりがな]あけくり[/ふりがな]の姫”の末裔で、バーリンスっていうの。幹部の中でも割と面倒なやつだよ。引きこもりだから外の知識も乏しいしあの能力ばっか使ってて魔法もまともに使えない。」
「バートリ・エルジェーベト関連?」
「それは世界が違うだろう。この世界の歴史は前世のそれとは別だ。」
「それもそうか。」
メルクは話をそこで切り替える。
「取り敢えず、10人居る幹部のうち2人はもう倒せちゃってるんだし、この調子で頑張ろう。残る幹部はガヴェルディ、フェヴロ、クロエ...」
「待て。今フェヴロと言ったか。」
「え、うん...言ったけど?」
「ハァ......。」
ため息を付くラルカを見てノイトが渋々メルクに尋ねた。
「その幹部について教えて。」
「フェヴロ=シフィアート。事実を確定させる感じの能力を持っている、結構厄介なやつだよ。あんまり関わらないから詳しくは知らないんだけど......何かあった?」
ノイトがその名を呟く。
「フェヴロ=シフィアート。」
「...私のこの世界での実父だ......。」
「えぇ?!」
ラルカは転生してイズベラとフェヴロの間に生まれた。母親は病死、そしてこれからフェヴロも消されると思うとやや不憫に感じられる所もある。
「ラルカ、大丈夫......?」
「あぁ、構わん。私が執着している人間など全世界で1人しか居ない。」
ノイトが微妙な顔をした。自分のことを言われている自覚があったのだろう。しかしすぐに切り替えて広間から伸びた3つの通路を順番に見る。
「フィルさんならどこに居るのか分かったかもしれないけど...感覚強化した僕でもそれぞれの通路の先にそれぞれ2、3人分やや強めの気配を感じるくらいだな......。」
「私もこの組織のことそんなに好きじゃないから詳しくない。手分けして行こうか。なんか王道展開って感じだけど。」
「展開が王道であろうが向こうから見ればこちらが最悪の立場だろうがな。」
「まぁ、最悪でも良いでしょ。僕は平和主義の聖人じゃないんだし。」
メルクは笑っていたが、ラルカは少し寂しそうな表情を浮かべてボソリと呟いた。
「[小文字]...前世でのお前は、どこに行ったのだ。[/小文字]」
「[小文字]......今でも居るでしょ、世宥の心の中に。[/小文字]」
「ちょっと、2人とも何コソコソしてるの〜!私にも教えてよぉ!」
「ダメ。メルは関係ないから。」
「仲間外れだぁ〜!ノイトくんの意地悪!!」
「なんとでも言え。ハァ......それじゃあ、行こうか。各々、せいぜい死なないように。」
「そんなこと言っておいて後でピンチになったら助けに来てくれるクセに。」
「......。」
ノイトが黙ったところでメルクがふっと笑みを漏らして左の通路へと駆け出していった。
「ここは最高戦力のお前が真ん中に行くものだ。頑張れよ。」
ノイトが虚を突かれたような表情で振り返ったときには、もう既にラルカは通路の先へと入っていた。
(......そう、だね。ラルカも頑張って。)
深呼吸をしてマジックバッグから【[漢字]時記の指針[/漢字][ふりがな]トオクノハリ[/ふりがな]】を取り出し、ノイトは広間の正面にある通路へと歩いていった。
ラルカが目を覚ますと、隣にはノイトが座っていた。
「あっ、起きた?おはよう。」
「......おはよう。今の時刻は?」
どうやら寝起きでも堅苦しい表現がすぐに頭に浮かぶ程癖を付けているようだ。ノイトも同じなのかそこまで気にした様子もなく立ち上がって答えた。
「今は16時過ぎってところかな。この時期だと日が沈みかけているくらい。」
「そうか......。......ん?組織に攻め入るのは午後からの予定だったはずだ。」
「あぁ〜、ラルカが仮眠取ってる間にメルには予定時間を遅らせるように伝えておいたよ。これで夜通しでも戦えるね。」
「起こしてくれれば起きたのだがな......。まぁ良い。今からでも準備を。」
立ち上がったラルカはノイトが手に持っていたものを見て動きを止める。
「......おい、それは何だ?」
「あぁ、これ?これは“維紲の契札”っていって、簡単に言っちゃえば友好関係にある相手とはぐれないようにするものだね。」
「呪いの札にしか見えないが......。それを何に使うのだ?」
「一つは僕の。もう一つはリーリャのだよ。」
「リーリャに......前世でのことか?」
「違うよ。前世で直接的な関わりがあったわけじゃない。だけど、隣はリーリャが良い。」
「......そうか。」
ノイトはその人差し指程度しかない紙を1枚しまって、もう一枚はリーリャが居る方へと飛ばした。小屋の外へと出ていった札は時計塔のバルコニーでピアノを演奏していたリーリャの元へ向かう。
「さてと、軽食を取ったらすぐに向かおう。」
「...あぁ。」
リーリャが丁度演奏を終えたとき、1枚の紙切れが飛んできた。
「......何これ?ちっちゃいお札?」
リーリャがそれと取ると札が蒼い炎を上げて燃えた。ノイトの魔力を感じる。
(これはノイトの......。私にこれを渡したってことは......そろそろ出発するんだね。)
メルクとルミナスも気が付いたようで、気を引き締めた。
「それじゃあ、私はノイトくんとラルカの案内に行ってこなきゃ。」
[太字][明朝体]「どうかお気をつけて。私もそろそろリーリャ様と行方不明者の捜索に当たります。」[/明朝体][/太字]
「分かった。メルク、ノイトのことよろしくね。」
メルクは無言で頷いて螺旋階段を降りていく。階段を下りている途中で窓から下の様子が見え、丁度ノイトとラルカが準備を整え終えたところだった。
(いつの間に起きてたんだ......私も急がないと。)
ノイトとラルカはメルクと合流し、組織の拠点へと出発する。案内約のメルクを先頭に時計塔を後にするが、ノイトは少しだけ振り返った。3階のバルコニーからリーリャとルミナスが手を振っている。
(ふふっ......行ってきますっ!)
手を振り返したノイトはラルカに名前を呼ばれて慌てて追いかけた。
「...気を抜くなよ。」
「どの口で?」
「私がいつ気を抜いたのだ?」
「さっき。仮眠取る前。」
ノイトの言葉にラルカが黙る。その様子を見てメルクはすかさずラルカに問い詰めた。
「え、何何?もしかしてラルカがデレたの?!」
「断じてそんなことはない!」
「デレてたね。完全にツンデレキャラだよ。」
「ミサ、... ノイト!」
「ん?ラルカ、今ノイトくんのこと別の呼び方で呼ぼうとしてなかった?......え、もしかして2人とも前世からの知り合い?」
「メルは相変わらず頭の回転が速いね。」
「地頭が良いもので!」
「それって頭悪い人に使うことが多い気もするけど...。」
「えっ?」
数日の間別行動であったがメルクの様子はそこまで変わっていなかった。そのことにただ安心し、ノイトは自然と口元が緩んでくる。
「まぁ、それは良いよ。ん〜、ラルカがノイトくんと前世で関係者だったなんてなぁ...。ずるい。」
「私だって望んで関係者になったわけではない。成り行きだ。」
「ふ〜ん?でも、ただの成り行きだけで一緒に寝るまで進展することある?」
「あれは、ただ仮眠を取っただけだ。もう直この世界も冬...組織に乗り込む前に体調を崩しては意味がないだろう。」
「「言い訳上手いね。」」
ノイトとメルクは謎のハモリで無意識のうちにラルカを煽っている。
「うぅ......お前たちも大概だろう。特にノイト、お前は屁理屈を押し通す実力が無駄に高いのだ。」
「事実を言っているだけですけどぉ?」
「ハァ......全く面倒なやつだ。だがまぁ、それもお前らしさか。」
ラルカが珍しく呆れではなく“認める”という結果を返してきた。メルクはラルカとの関わりがほぼなかったが、ノイトは現世では短い間だとしても前世でも関わっていた期間があるためその異様さに気がつく。
「どうしたの?珍しいね、批判的思考のプロのラルカがフォローしてくれるなんて。」
「ん......私だって何も頭ごなしに否定するわけではないぞ。」
「それもそっか。」
ミストルの町からノルストラに入るところで、丁度リュミエと出会った。
「あれ、ノイトくんにメルクにラルカ!今から行くの?」
「うん。カフェはどうだった?」
「んふふ〜、ノイトくんとリーリャが言ってた通りでフレンチトーストもココアも美味しかったよっ!今度は一緒に行こうね〜。それじゃあ、いってらっしゃい!!」
「いってきます。」
リュミエはリーリャとルミナスの2人に合流するために時計塔の方へと進んでいく。ノイトたちは街の様子を見ながら歩いていき、ノルストラの中心にある『[漢字]門[/漢字][ふりがな]ゲート[/ふりがな]』へと辿り着いた。ここでラルカがメルクに尋ねる。
「メルク。『[漢字]門[/漢字][ふりがな]ゲート[/ふりがな]』をくぐってレミステラに行くのは分かるが、その後はどうするのだ。レミステラから出ているのはヴェルグランド大陸[漢字]行[/漢字][ふりがな]ゆき[/ふりがな]の飛行船だけだろう。」
「レミステラに寄るのは組織の拠点近くに[漢字]空間転移[/漢字][ふりがな]テレポート[/ふりがな]できる[漢字]転送装置[/漢字][ふりがな]ポータル[/ふりがな]があるからだよ。そこからなら通常2~3日かかる所を、2時間強で辿り着ける。」
メルクも一応組織の一員であるため拠点への出入りは可能である。わざわざ出入りするために数日かける義理などはないが、装置のお陰で短時間で用を済ませることが出来るのだった。
(......あれ?以前ムズィガルドで仕留め損ねたあの人って直接拠点に逃げたんじゃないのかな?回復魔法が使えるようならまだ生きてると思うけど......。メルクの話では幹部レベルではない、っていうけどそれでも禁忌魔法を使うような輩だし、幹部はもっと面倒だろうな。気を引き締めないと。)
「それじゃあ、行こう。」
3人は『[漢字]門[/漢字][ふりがな]ゲート[/ふりがな]』をくぐり、レミストラに[漢字]空間転移[/漢字][ふりがな]テレポート[/ふりがな]させられた。この貿易都市はいつ来ても活気が盛んで人や乗り物の出入りが多い場所である。
「ノイトくん、ラルカ。こっち。」
メルクに連れられるまま人通りが少ない道を進み路地裏に入る。突き当りに溜まっているガラクタの下から深緑色の枠で囲まれた[漢字]転送装置[/漢字][ふりがな]ポータル[/ふりがな]が出てきた。振り返ってメルクは手を差し伸べる。
「 ──ノイトくん 手、繋ご。」
「......。」
妙に心が揺さぶられるような何かを感じる。[漢字]魔法[/漢字][ふりがな]タネ[/ふりがな]も[漢字]仕草[/漢字][ふりがな]シカケ[/ふりがな]もないはずなのに、珍しくノイトが言葉に詰まった。
「......あっ、えっと、うん。」
ノイトはメルクが差し伸べた手を握り、ラルカとも手を繋ぐ。メルクが[漢字]転送装置[/漢字][ふりがな]ポータル[/ふりがな]が放ち始めた光の中に消えた。
転送される間でほんの一瞬だけ咳き込んだような違和感を感じたが、次の目を開けた瞬間に広がっていたのは路地裏ではなく山の森の中。
「この近くだよ。歩くと距離があるけど、私の魔法で拠点のすぐ近くまで送るからほぼいつでも乗り込めるよ。」
「分かった。極力早めに終わらせたいし、行こう。」
[中央寄せ][[漢字][太字]付与[/太字][/漢字][ふりがな]グラント[/ふりがな][太字]:[/太字][漢字][太字]感覚強化[/太字][/漢字][ふりがな]センス[/ふりがな]][/中央寄せ]
ノイトが魔法で自身にバフをかけ、ラルカが[漢字]拳銃[/漢字][ふりがな]ハンドガン[/ふりがな]の弾の装填が済んでいるかを確認する。準備は整った。メルクが魔法を唱えて3人はいざ組織の拠点へと乗り込んだ。
[中央寄せ][[漢字][太字]空間転移[/太字][/漢字][ふりがな]テレポート[/ふりがな]][/中央寄せ]
その直後、視界が切り替わった瞬間に確認出来たのは見張り役が2人。魔力量は少ないため下っ端だろう。
(時間と魔力はまだセーブしておきたい...。けどまぁどうせこのまま騒動になるわけだし......!)
隠れもせずに堂々と正面から突っ込んでマジックバッグから取り出した[漢字]波状剣[/漢字][ふりがな]フランベルジュ[/ふりがな]で仕留める。あまりうめかれてもうるさいため喉を狙った。
「うっひょ〜、容赦ないねノイトくん!」
「こっちの方が早いしね。どの道騒ぎになるから。」
「でも気をつけてね。幹部は全部で10人居るから。うち3人は私が引き受けるつもり。」
そのときだった。工場のような外見の拠点の中から剣を持った男が出てくる。
「3人も引き受けるのか。面倒そうだし、俺がその面倒事増やしてやるよ。メルク。」
「......ケイス。あなたの担当はもっと奥でしょ。何でここに居るの。」
「何だって良いだろ。叛逆者と侵入者を仕留めればその分の報酬やら何やらが貰えるわけだしな。」
ケイスと呼ばれた男はノイトとラルカの方を一瞥してからメルクの方へと視線を戻した。
「で、何なの?この2人は。この2人が居ないとここを潰そうとする勇気も出ないってことか?」
「......勇気がどうとか以前に、大事な仲間と行動を共にするのは私の勝手でしょ。口出ししないで。」
「そうやって拒絶することでしか自分を守れないんだろ?それがお前の弱さだ。」
メルクはノイトやリーリャ、ラルカ程のスルースキルを持ち合わせておらず感情的になることもあるだろう。無言でこのまま黙らせることも可能だが、ここでノイトのかっこつけたい欲が出てきた。ノイトは[漢字]波状剣[/漢字][ふりがな]フランベルジュ[/ふりがな]に雷撃を纏わせてゆっくりと歩み寄っていく。
「違う。拒絶すること以外でもメルは自分を大事に出来ている。仲間が居る時点で。今ここに僕が居る時点で。既にメルは、他人を否定して貶めようとしているお前よりも強い。」
「仲間だ何だと言ってるけどな、いざというときは自分のことを最優先にするのが生物の本能なんだよ!お前はそれに逆らって生きていけるとでも思ってんのか?」
「思ってるよ。僕は理性だけが取り柄なもんでね。せめて自制出来るときくらいは真面目でありたいし。」
「言うは易し、だろ?」
「さぁね。どうでも良いからそこまで気にしてないんだけど。やるときやれば良いじゃん。」
ノイトが武器を振るう。一切の躊躇いがないため、ケイスは完全に躱し切ることが出来なかった。掠った傷に雷撃が纏わりついて体内にダメージを直接伝える。
[斜体]「ガッ...!!」[/斜体]
「......血流改善には良いかもね。血色良いよ?」
ノイトはケイスの横を通り過ぎるときに一瞬だけ足を止めて覗き込むような仕草をしてから拠点の建物の中に入っていった。メルクとラルカはケイスを見ることなくノイトの後に着いていく。
「ノイトくん、なんかピリピリしてない?どうしたの?」
「色々面倒に感じるときはあるでしょ。」
「メルク、メンヘラは放っておいてやれ。」
「いやいや、メンヘラ程構ってあげるもんじゃない?」
「2人とも、一応ここ敵陣だから。気を抜かないで。」
下っ端らしき黒ローブが3人の姿を確認した瞬間、攻撃を仕掛けてきた。メルクが前に出て攻撃をスティレットで受け止める。
「メルク......!侵入者に手を貸すとはどういうことだァ!!」
「ちょっと壊しに来ただけ。邪魔だから退いて。」
下っ端がメルクに実力で及ぶわけもなく、難なくメルクの反撃によって戦闘不能になった。メルクはそのまま前を進んで行こうとする。ノイトは一旦武器をしまってメルクに声をかけた。
「メル、トドメ刺さなくて良いの〜?」
「良い。血が流れると面倒なことになるから。」
「......ふふっ、もう遅えよ。呼んであるからなァ......!!」
床に転がっている状態のままの黒ローブの人物の言葉を聞いてメルクが目の色を変えた。
「ラルカ。銃の準備、しといてくれる?」
「分かった。」
ノイトとラルカはメルクに合わせて早足で通路を進んでいく。途中で遭遇した黒ローブたちをメルクが片っ端から片付けていく。
「メル、焦りすぎ。早めに片付けたいって言った矢先だけど、ただ突っ込んでいくだけでもこっちが消費するだけだよ。」
「別に焦ってなんかない。でも、早めに止めないとアレは面倒になるの。」
通路を進んだ先の広間のような空間に辿り着き、ノイトはその意味に気がついた。その空間に浮かんでいるのは大量の血液。
(血液を操るタイプか。分かりやすいな。)
「あら、メルク。やっと来たの。しかもお友達まで連れてきちゃって。」
血の鞭が広間から繋がる別の通路へと飛んでいき、その先から叫び声が聞こえた。血の鞭が戻って来るとそこには黒ローブの人物らが貫かれた腹部から血液が吸い取られたものが引きずられている。
(なるほど......早めに止めないと面倒、ってそういう意味か。でも、ラルカが居るから問題ないか。)
吸い取られた血が鞭を介して血液の刃となって無数に襲いかかってくる。ラルカが狙いを定めた先は血液が集中している場所だけであり、飛んでくる血の刃はノイトが相手をすることになった。
[中央寄せ][[漢字][太字]反[/太字][/漢字][ふりがな]アンチ[/ふりがな]-[漢字][太字]確定軌道[/太字][/漢字][ふりがな]オービット[/ふりがな]][/中央寄せ]
ノイトたちの方へと向かってきていた血の刃が減速し、そのすべてが3人を綺麗に外した。
「ふ〜ん。私が知らない魔法。面白い。なら、これでどう?」
背後の壁に突き刺さっていた血が溶けて圧縮され、高速の一閃がノイトへと放たれた。
(魔力が通っているお陰で読みやすいね......。)
ノイトが躱すとそのまま壁に当たり、そこから反射するように広間中を移動する。メルクがスティレットで防ごうとすると思いの外重い。手首を動かして受け流す形にする。恐らく壁から壁までの移動区間で軌道を逸らすことは血を操る女性の管轄外だろう。
(反射は物理法則に則っている......それなら、壊してみようか。)
ノイトは振り返って背後から飛んできた血の一閃を右手の掌で受けた。しかし貫通することはなく、よく見るとノイトに触れる前に水紋のように空間が揺らいでいて届いていない。
「何、それ。」
放たれていた血の量にも限りがある。やがて放たれていた分がすべてノイトの手元へと集まった。
[中央寄せ][[漢字][太字]歪曲[/太字][/漢字][ふりがな]ディストート[/ふりがな]][[漢字][太字]反転[/太字][/漢字][ふりがな]ミラー[/ふりがな]][/中央寄せ]
軌道を歪められたことでノイトに受け止められたように見えた血の一閃は、振り向きざまにノイトの掌へと向かっていた進行方向を反転されて女性の方に向かっていった。このとき、歪みによって溜め込まれていた分の運動エネルギーが元の状態へと変換されたため速度が上がっている。女性は血の壁を引っ張り出して防御しようとするが、パンチをボクシングミットで防ごうとも衝撃が伝わるのと同じである。
[斜体]「い゙っ......!」[/斜体]
女性は受けきれずに返された血の一閃をまともに喰らってしまった。そこでラルカの銃弾が浮かんでいる血の集合体を冷気に変える。血液を吸い取られた者たちには不憫であるが、その血液が返還されることはない。
「あ゙ァ......!私の血が......綺麗な血が.........!!」
様子がおかしくなったのを見てラルカが[漢字]縫製の手袋[/漢字][ふりがな]キルト・グローブ[/ふりがな]を装着する。女性は立ち眩んだように地面に手を付いて恨めしそうにこちらを睨んだ。
「......許さない許さない許さない許さない.........許さない!」
次の瞬間、女性の腕から流れていた血が細い軌道を貫いてノイトの肩を掠める。直後、そこからノイトの血が吸い出されそうになった。しかしラルカがそこで血を掴んで引き戻そうとする。
「グゥっ...!」
「ラルカ!」
靴紐で綱引きをしているようなものだが、その吸い出す力がとてつもなかった。それでもラルカは諦めずにノイトの血を引き戻そうとする。
「離せっ!!」
メルクがスティレットで紐のようになっていたノイトの血を斬り、女性の攻撃との繋がりを断つ。ようやくノイトが解放され、女性は歯を食いしばった。そして今度はラルカの頭を目掛けて同じものを繰り出す。ラルカは既に銃弾を撃ち出している。しかし女性は笑っていた。
(その銃弾......ただものを消すだけじゃなくてその前に[漢字]凍らせてる[/漢字][ふりがな]・・・・・[/ふりがな]んでしょ!? だったら消える前に血を拡散させてそのまま氷の槍でその頭を貫いて...)
細い血はウォータージェットカッターの如く銃弾に命中し、その弾頭を貫く。一切のラグもなく瞬時に銃弾に込められた術式が発動して血は冷気になった。ただ、それだけ。
血も銃弾も消滅した。女性とラルカの間には何もない。数秒間の沈黙が落ち、女性はその間ずっと何が起こったのか理解できていないような表情をしていた。
「......え?なんで?」
ノイトは一瞬でその表情の理由を察し、ラルカがトドメを指す前に答え合わせをしておいた。
「あー、その銃弾は無条件で当たったものを媒体として冷気に直接変換するものだよ。多分“凍る”っていう手段を想像したんだろうけど......勘違いだったね。」
驚きの声を出す間もなくラルカが発砲したためその女性は動かなくなった。
「......相変わらず容赦ないね。」
「考える暇を与えれば何か悪あがきをするかもしれない。それに、敵の戦力は削いでおいて問題はないだろう。」
「それはそうかもしれないけど......まぁ良いや。メル、あの人って幹部?」
「うん。“[漢字]血繰[/漢字][ふりがな]あけくり[/ふりがな]の姫”の末裔で、バーリンスっていうの。幹部の中でも割と面倒なやつだよ。引きこもりだから外の知識も乏しいしあの能力ばっか使ってて魔法もまともに使えない。」
「バートリ・エルジェーベト関連?」
「それは世界が違うだろう。この世界の歴史は前世のそれとは別だ。」
「それもそうか。」
メルクは話をそこで切り替える。
「取り敢えず、10人居る幹部のうち2人はもう倒せちゃってるんだし、この調子で頑張ろう。残る幹部はガヴェルディ、フェヴロ、クロエ...」
「待て。今フェヴロと言ったか。」
「え、うん...言ったけど?」
「ハァ......。」
ため息を付くラルカを見てノイトが渋々メルクに尋ねた。
「その幹部について教えて。」
「フェヴロ=シフィアート。事実を確定させる感じの能力を持っている、結構厄介なやつだよ。あんまり関わらないから詳しくは知らないんだけど......何かあった?」
ノイトがその名を呟く。
「フェヴロ=シフィアート。」
「...私のこの世界での実父だ......。」
「えぇ?!」
ラルカは転生してイズベラとフェヴロの間に生まれた。母親は病死、そしてこれからフェヴロも消されると思うとやや不憫に感じられる所もある。
「ラルカ、大丈夫......?」
「あぁ、構わん。私が執着している人間など全世界で1人しか居ない。」
ノイトが微妙な顔をした。自分のことを言われている自覚があったのだろう。しかしすぐに切り替えて広間から伸びた3つの通路を順番に見る。
「フィルさんならどこに居るのか分かったかもしれないけど...感覚強化した僕でもそれぞれの通路の先にそれぞれ2、3人分やや強めの気配を感じるくらいだな......。」
「私もこの組織のことそんなに好きじゃないから詳しくない。手分けして行こうか。なんか王道展開って感じだけど。」
「展開が王道であろうが向こうから見ればこちらが最悪の立場だろうがな。」
「まぁ、最悪でも良いでしょ。僕は平和主義の聖人じゃないんだし。」
メルクは笑っていたが、ラルカは少し寂しそうな表情を浮かべてボソリと呟いた。
「[小文字]...前世でのお前は、どこに行ったのだ。[/小文字]」
「[小文字]......今でも居るでしょ、世宥の心の中に。[/小文字]」
「ちょっと、2人とも何コソコソしてるの〜!私にも教えてよぉ!」
「ダメ。メルは関係ないから。」
「仲間外れだぁ〜!ノイトくんの意地悪!!」
「なんとでも言え。ハァ......それじゃあ、行こうか。各々、せいぜい死なないように。」
「そんなこと言っておいて後でピンチになったら助けに来てくれるクセに。」
「......。」
ノイトが黙ったところでメルクがふっと笑みを漏らして左の通路へと駆け出していった。
「ここは最高戦力のお前が真ん中に行くものだ。頑張れよ。」
ノイトが虚を突かれたような表情で振り返ったときには、もう既にラルカは通路の先へと入っていた。
(......そう、だね。ラルカも頑張って。)
深呼吸をしてマジックバッグから【[漢字]時記の指針[/漢字][ふりがな]トオクノハリ[/ふりがな]】を取り出し、ノイトは広間の正面にある通路へと歩いていった。