世界に溢れる夢
[中央寄せ]・・・[/中央寄せ]
ノイトたちは時計塔に到着した。ルミナスとリュミエとラルカはここに来るのは初めてである。リーリャは相変わらずの時計塔の様子を見て微笑みながらノイトに話しかけた。
「ノイト、また帰ってきたね。ノイトの思い出の場所に。」
「......そうだね。」
ノイトは“全能の魔神”との戦闘の途中で一度瀕死状態に陥り、リーリャと前世世界のような場所へ戻っていた。そのときも前世のノイトの思い出の場所に戻っていて、今は現世での思い出の場所に戻っている。
「......ここがお前のこの世界での実家か。」
[太字][明朝体]「...?」[/明朝体][/太字]
ラルカが呟いた言葉はルミナスには理解出来ていなかった。ルミナスは転生者ではない。そしてノイトたちが転生者であることも知らない。
「まぁ、昼間でくつろいでいってよ。この人数だと少し狭いかもしれないけど。」
「それなら、私は先に仮眠を取らせてもらう。午後から翌朝までは件の組織の拠点に乗り込むことになるからな。」
「了解。リーリャたちはどうする?」
「私はバルコニーでピアノの演奏したいかな。」
「それなら私はその演奏聞きたい!」
[太字][明朝体]「私も聞きたいです!」[/明朝体][/太字]
「私はノイトくんの記憶にあったカフェでフレンチトーストとココアでも......ノイトくんはどうするの?」
全員の視線がノイトへと向けられた。ノイトは少し考える仕草をしてから答える。
「僕は必要なものを揃えておこうかな。部屋の中に色々あるし。まぁ、やることさえやってくれれば各々で好きなようにしてて良いよ〜。それじゃあ昼まで解散!」
ノイトの合図とともにリーリャとメルクとルミナスの3人は時計塔の階段を上がっていき、リュミエは町の方へと歩き出した。ノイトとラルカは時計塔の隣の小屋に入る。
「......ここがお前の部屋か。」
「え?うん。あぁ、時計塔じゃなくてこっちで仮眠取る?もし邪魔だったらどっか行くけど。」
「──良い。」
ラルカがノイトの腕を掴んだ。相変わらずであるが見た目以上に膂力がある。腕を掴まれたノイトは首を傾げてラルカのことをじっと見ている。
「どうしたの?」
「特に何もないが?」
「なんで僕の腕を掴んでるの?」
「お前がまたどこかに行こうとしたからだ。」
ラルカはまだ腕を離すつもりはなさそうだ。じっとノイトのことを複雑な表情で見つめている。怒りと寂寥と切望が混ざったような感情、それがラルカの碧い瞳の奥から伝わってきた。
「......僕が居なくなったら嫌?」
「嫌に決まっているだろう。思想を語り合える相手が居なければ、私が退屈する......あの時も、急に居なくなって......。」
「あの時...?」
ラルカは少し俯く。
「以前、もう話せなくなってしまったことがあっただろう...。」
「...あぁ、あれか。」
ノイトが思い出したのは前世で見た最後の光景。雨足が強く暗いあの夜に救急車に撥ねられ、雨に濡れて冷たくなったアスファルトが左の頬に張り付いていた。身体の感覚がなくなっていたあの時、視界に映っていたのは図書館の中のいつもの席から立ち上がってこちらを見ている年上の少女と、窓に反射した赤色蛍光灯の光だ。
ラルカは軽く唇を噛んでいた。表情は帽子に隠れていてよく見えない。
「......当たり前だと思っていたものは簡単に壊れていく。また明日も会えると思い込んで、確証もないのに信じ込んで、それで.........。」
ラルカは珍しく言葉に詰まっていた。
(......なかなかどうして、僕の周りで情緒不安定になる人はこんなに抱え込んでるんだか...。)
「ラルカ。...それってそんなに大事なこと?」
ラルカは答えない。ラルカ自身もそれが依存だったことには気が付いているだろう。しかし、それは確かに事実だった。否定しようのない過去。
「んん...ちょっと難しいかな...。それなら、これでどう?」
ノイトはラルカの帽子を取った。はっとして顔を上げたラルカの目は僅かに潤んでいる。
「か...[漢字]返して[/漢字][ふりがな]・・・[/ふりがな]......。」
「なんで?帽子がないと不安になるから?それがラルカの頭......考えを守ってくれていたからだよね?」
「ん...何が言いたい......。」
「ラルカにとって僕の存在は帽子みたいなものでしょ?前世で僕が居なかったらその思想はただの独り善がりだったはず。そう思ってるんだよね?」
「......そうだ。だから、お前が居なくなったとき私は......。」
「ラルカ。そろそろちゃんと自立してね?」
「......。」
ノイトはラルカから奪った帽子をラルカの頭に被せた。
「自分を縛ったり守ったりする不自由があるその状態が、結局安心するんだよね。人は全部自分で抱え込むのは難しいから。それは逃げじゃなくて防衛本能だよ。」
「...つまり、お前はお前が居なくても生きていけると...?」
「そう。僕を何として利用しようが、それはラルカの自由だよ。だけど、僕だって1人の人間だし、自分のことを自分で決める権利がある。」
(なんかグダついてきたな......。何話そうと思ってたんだっけ...?)
ノイトも目の前のことに集中しすぎて本題を忘れてきていた。自分のことが絡むといつもそうだ。
「とにかく、僕1人の過去に捕らわれてちゃダメだよ。」
「違う。お前1人の過去じゃない。私たち2人の過去だ。......あの日々は本当に楽しかったが、最後にお前は私を置いていった。」
少しの間沈黙が落ちる。意識の外側でリーリャのピアノの演奏が聞こえてきた。
「......もうどこにも行くな、[漢字]弥哲[/漢字][ふりがな]みさと[/ふりがな]。」
「...ハァ......。分かったよ。もし僕がまた死んでも今度は道連れにしてやるから覚悟しておいてよ。それまでは、絶対に死なないから。」
ラルカは口元を綻ばせてノイトの腕から手を離し、帽子を被り直した。それから──。
「ノイト。」
名前を呼ばれたノイトは目の前の少女が出した手に自身の手を合わせた。
「......その、私を、仲間だと思ってくれないか......?」
「ハハッ......最高の[漢字]好敵手[/漢字][ふりがな]ツンデレ[/ふりがな]じゃん。もうとっくに思ってるよ、[漢字]世宥[/漢字][ふりがな]せゆう[/ふりがな]。」
ラルカがむっとした表情でノイトの手を握りつぶさんばかりに力を込めた。
「[斜体]いだっ!![/斜体]」
「その名前で呼ぶな!呼びにくいからやめろと昔言っただろう!!」
「ウグッ、だってそれ名前じゃん!......あ〜、あの名言ノートに書いてあった名前の方が良いかな?」
「やめろ!」
ノイトは両肩をガシッと掴まれて前後に揺さぶられる。ラルカがここまで動揺しているのは初めて見た。出来心で煽ったノイトはラルカも存外普通の少女であることに安心する。と同時に、三半規管がやられてフラつきそうである。
「ハッ!弥哲、大丈夫か......?」
壁に手を付いてゆっくりとしゃがみ込んだノイトの様子を見て、ようやくやりすぎたことに気が付いたようだ。
「もう大丈夫だから、ごめんって...。ほら、仮眠取るんでしょ?邪魔なら出ていくし、ここに居た方が良いならここに居るよ。」
ノイトは煽ってきてうるさいため、全身がそこに居る必要はない。
「...腕だけ置いていけ。」
「無理があるでしょ......。」
「......なら、隣に座っていろ。」
一度立ち上がっていたノイトはラルカに引き倒されるようにしてラルカの隣に座った。ラルカはノイトの方を向かず、ただ部屋の一点を眺めている。
「......弥哲。少しだけ、昔の話をしても良いか。」
「うん...別に良いよ。」
ノイトは快諾した。ラルカは息を吐いて、ノイトへと話しかける。
「私はあの時、お前に依存していた。だからお前が居なくなったとき、私は置いていかれたと思ったのだ。...あの時は毎週あの図書館のあの席で話していたな。お前の思想は面白かった。私の考えと全然違うのに筋が通っていからな。」
ノイトは静かに笑っていた。どうもあの日々の中でノイトが退屈しなかった理由の一つを思い出したらしい。ラルカは目を瞑って続ける。
「お前は昔から一般論を肯定するでも否定するでもなく、第三の方向から突いてきて聞いていた者にとって強く印象に残るような立ち振る舞いを魅せていた。曖昧な定義を敢えて再定義し、相手を納得させるのが上手い。それが弥哲らしさだな。......弥哲、お前にとって私は何だ?」
ラルカがノイトの方を向いて真剣な眼差しを向ける。今までの冷たく刺すような鋭い視線ではないが、話を逸らしたり誤魔化したりしようという甘えを許さない目だった。
(そんなの、決まってんじゃん......。)
「マイ・ベスト・[漢字]知己[/漢字][ふりがな]コンフィダント[/ふりがな]。」
ラルカは微笑んで少しだけ体重をノイトへと預けた。しばらくしてラルカの寝息が聞こえてくる。かけられた体重は少しだけであるが、ノイトが動けば起こしてしまうかもしれない。
(えぇ......どうしよう......。)
頭の中ではそう考えつつも、ラルカを見る目には安らぎが宿っていた。
「おやすみ。」
まだ昼間だったが、遠く聞こえるリーリャの演奏を聞きながらノイトも目を閉じた。
[中央寄せ]・・・[/中央寄せ]
[中央寄せ]〚学術都市・ノルストラ / 大書庫〛[/中央寄せ]
ノルストラの中央にある図書館の地下、大書庫にて。リオールとフィルマリーがランタンの灯りに照らされながら本の山に埋もれていた。
「うぅ......リオールくん、これ本当にあと2週間でまとめなきゃダメですか...?」
「当然だ。ステラの研究発表に間に合わせるのは必須事項。締め切りギリギリに出す時点で十分危ういんだぞ?」
「でもでもぉ〜、こんなにたくさんある中で一つだけに絞るなんて出来ませんよぉ〜!」
「嘆いたって無駄だよ。ほら、フィルマリーもさっさとテーマ決めないと間に合わないぞ。」
「うわぁ〜ん!ノイトさんを連れてきてくださ〜い!!」
※ノイトは今ラルカに寄りかかられながら寝ています。
フィルマリーはノイトから受け取った“[漢字]翼の象徴[/漢字][ふりがな]ウィング[/ふりがな]”を取り出して見つめた。先程ノイトが自分から逃げるために渡してきたもの。
(むぅ......ノイトさん成分が足りません!後でリオールくんの隙を突いて抜け出したらノイトさんを吸いに行かないと...!!)
「フィルマリー。何度も言うようだけど、逃げ出したら本当に間に合わなくなるからな。」
「えぇっ!? なんで気が付いたんですか!? ......あっ。」
「......。」
フィルマリーは自爆したようだ。そこで足音が近づいてくる。リオールがふと手を止めてそちらを見る。
「?」
そこに居たのは丸眼鏡をかけた高身長の男性。髪の襟足が僅かにフードに触れていて、先が僅かに外側にはねている。
「先生...?どうしてここに?」
「いやぁ、ノイトの名前が聞こえてきたからつい......。」
「全く......。先生はもうノイトが帰ってきてるの知ってますよね?会いに行かなくて良いんですか?」
フィルマリーが手を挙げた。
「はいはい!会いに行きたいです!!」
「フィルマリーには聞いてないよ。」
リオールは作業を中断していることも忘れてその男性のことをじっと見ていた。少し考えるような仕草をしてから答える。
「いや、今はまだ良いかな。今は仲間の子と良い感じっぽいし。」
どうやらこの男性には今ノイトがラルカと並んで座ったまま寝ている様子が見えているらしい。フィルマリーは頬を膨らませて立ち上がった。
「先生!私だってノイトさんに会いに行きたいですよ!! 行かせてくださいっ!」
「ダメだよ〜、若い子たちから青春を奪っちゃ。」
フィルマリー、29歳。ここに来て抗えない歳の壁にぶつかる。
「ノイトさんは私のです!誰です?誰なんです?! ノイトさんを独占しているのは!」
リオールはため息をついて作業を再開した。フィルマリーは先生と呼んでいる人物の方を見続けている。フィルマリーの方からわざとらしく目線を逸らして──。
「さあね。君は大して僕と変わらないでしょ?」
「[斜体]ウグッ[/斜体]」
やはり行き遅れというワードを地雷に持つフィルマリーにとってこの言葉はクリティカルだったようだ。分かってて言ったのであればノイトと同じ系統だろう。
「まぁ、ノイトのことだし発言の責任はちゃんと取るだろう。決断するときがいつか来るよ。」
「先生ってリオールくんがこの街に来たときまではノイトさんと一緒に居たんですよね?......いつから放任主義になったんですか?」
ふふっと笑みを漏らして何かを思い出したかのように遠くを見つめている。
「ノイトは昔からしっかりしていてね......。僕が何かしなくても1人で生きていけるような子だったよ。」
「そんなに......!ノイトさんは潜在魔力量が並大抵の人とは桁違いに多いんです。先生と同じように。」
その男性は笑みを浮かべて呟いた。
「ふっ......それなら、それを君の研究発表のテーマにすれば良いと思うよ。参考になりそうなのは......あっちの方にあるね。」
指を差した先にある本棚のいくつかの本が淡い光に包まれる。フィルマリーは頭を下げてからその本を取りに行った。
「ありがとうございます!」
フィルマリーの本を取りに行く後ろ姿を見送りながら、リオールは再び手を止めてその男性に話しかける。
「......先生、“器”の話ですか?」
「うん、そうだよ。潜在魔力量が多い者は魔神や魔族と惹かれ合う。元々の肉体が壊れた場合に受肉出来る媒体があったら手に入れたがるのも納得出来るしね。」
「ノイトは潜在魔力量が多いですけど......“器”になり得ますかね?実際、“全能の魔神”との戦闘で[漢字]忘我[/漢字][ふりがな]フロー[/ふりがな]状態に陥ってリミッターも外れたように見えました。」
「ノイトなら、あり得るかもしれないね〜。だけど、その周りに居る子たちも似たような感じじゃないかな。“器”としての生まれつきの適性というよりも、ノイトの生き方や考え方に感化されて各々の信念を持った感じ。」
リオールは上の方の本棚を見上げながらノイトの様子を思い出した。
「......ノイト、初めて会ったときからすごく流暢に話してたんですよ。そりゃあもちろん当時10歳くらいであればそれは当たり前だって感じもしますけど、それにしても考え方が整いすぎている。あの歳の子だとは到底考えられない。魔法を覚える[漢字]感覚[/漢字][ふりがな]センス[/ふりがな]はもちろん、構造を理解する想像力とそれを言語化するロジック。あれは先生が吹き込んだものですか?」
首を横に振る。相変わらず微笑んだままだったが、目の奥に宿っていたものは全て別の懐かしさを感じていたものだった。
「いや、僕じゃないよ。多分僕と同じで......。」
「?」
そこで口を閉じた。首を傾げたリオールの方を見ながら話題を変える。
「まぁ、そういうことだろうけど。リオールはノイトがこの先どうなっていくか予想出来る?」
「それが出来たら僕はもっと苦労することになりそうですよ......。」
「あははっ......違いないね。ただ、ノイトの人生においての主人公はあのノイトなんだし、面白い人生になるんじゃないかな。[漢字]混沌[/漢字][ふりがな]カオス[/ふりがな]のときみたいに。」
それを聞いたリオールは渋い顔をして頭を掻いた。
「あれはもう勘弁してほしいですよ。あんなに目立つのはあの時が初めてだったんで羞恥心がすごかったです......。」
「まぁ、それも経験の一つだろうから。あの出来事がなければ君の立場はもっと低かっただろうしね。」
「ん......七賢のことですか?待賢制度はもうノイトたちと廃止したんでどのみち同じでしたよ。」
「ふふ......どうだろうね。」
そこでフィルマリーが戻ってきて、リオールにノイトから受け取った“[漢字]翼の象徴[/漢字][ふりがな]ウィング[/ふりがな]”を預ける。
「リオールくん。これをノイトさんに返しておいてくれませんか?さっき逃げられちゃった時に私が持ってたままだったので。」
「......分かった。今フィルマリーをノイトの元に向かわせたら今度こそノイトが危ないだろうしね。」
「ちょっと、何がそんなに危ないんですか!」
「どっからどう見ても危なっかしいでしょ、フィルマリーは。ですよねぇ、先生?」
「あっはは......そうだねぇ。今はノイトを邪魔しないであげて欲しいかな。」
「むぅ......それなら、さっさと研究発表の書類完成させてノイトさんを吸いに行きます。」
「猫じゃないんだから......。まぁ、程々に頑張るんだよ。」
フィルマリーが不満そうに膨れながら参考にする資料を持って近くの本棚に座って寄りかかった。そしてようやく作業に入った。まだ脳裏にはノイトが浮かんでいるのだろうが、その目がどんどん読んでいる本の内容に吸い寄せられていっているように見える。[漢字]魔導狂[/漢字][ふりがな]マギノマニア[/ふりがな]であるフィルマリーの興味を強く惹く内容があったのであろう。
リオールも集中しているフィルマリーの様子を見て自分の作業に戻った。2人の様子を見て微笑んだ男性は静かにその場を立ち去って大書庫の中を歩いていく。高い本棚が並んで作られた道を進むと、やがて円柱状に広がる空間に出た。そこから上の階らしき場所へと登る。足元にあった石板が浮いて階段のようになったのだ。当人の魔法かこの大書庫のシステムなのであろう。
(ここはいつも静かだけど、最近は妙に騒がしい......。この場所の管理者として、何か起こったときは僕が対処しないと。)
静かな空間に響く小さな足音が少しずつ離れていった。
彼の名前はミドネイト。学術都市・ノルストラの図書館の地下にある大書庫の管理者であり、旧 待賢都市・グレイベアルドの研究調査機関で教授として務めていた者である。
ノイトたちは時計塔に到着した。ルミナスとリュミエとラルカはここに来るのは初めてである。リーリャは相変わらずの時計塔の様子を見て微笑みながらノイトに話しかけた。
「ノイト、また帰ってきたね。ノイトの思い出の場所に。」
「......そうだね。」
ノイトは“全能の魔神”との戦闘の途中で一度瀕死状態に陥り、リーリャと前世世界のような場所へ戻っていた。そのときも前世のノイトの思い出の場所に戻っていて、今は現世での思い出の場所に戻っている。
「......ここがお前のこの世界での実家か。」
[太字][明朝体]「...?」[/明朝体][/太字]
ラルカが呟いた言葉はルミナスには理解出来ていなかった。ルミナスは転生者ではない。そしてノイトたちが転生者であることも知らない。
「まぁ、昼間でくつろいでいってよ。この人数だと少し狭いかもしれないけど。」
「それなら、私は先に仮眠を取らせてもらう。午後から翌朝までは件の組織の拠点に乗り込むことになるからな。」
「了解。リーリャたちはどうする?」
「私はバルコニーでピアノの演奏したいかな。」
「それなら私はその演奏聞きたい!」
[太字][明朝体]「私も聞きたいです!」[/明朝体][/太字]
「私はノイトくんの記憶にあったカフェでフレンチトーストとココアでも......ノイトくんはどうするの?」
全員の視線がノイトへと向けられた。ノイトは少し考える仕草をしてから答える。
「僕は必要なものを揃えておこうかな。部屋の中に色々あるし。まぁ、やることさえやってくれれば各々で好きなようにしてて良いよ〜。それじゃあ昼まで解散!」
ノイトの合図とともにリーリャとメルクとルミナスの3人は時計塔の階段を上がっていき、リュミエは町の方へと歩き出した。ノイトとラルカは時計塔の隣の小屋に入る。
「......ここがお前の部屋か。」
「え?うん。あぁ、時計塔じゃなくてこっちで仮眠取る?もし邪魔だったらどっか行くけど。」
「──良い。」
ラルカがノイトの腕を掴んだ。相変わらずであるが見た目以上に膂力がある。腕を掴まれたノイトは首を傾げてラルカのことをじっと見ている。
「どうしたの?」
「特に何もないが?」
「なんで僕の腕を掴んでるの?」
「お前がまたどこかに行こうとしたからだ。」
ラルカはまだ腕を離すつもりはなさそうだ。じっとノイトのことを複雑な表情で見つめている。怒りと寂寥と切望が混ざったような感情、それがラルカの碧い瞳の奥から伝わってきた。
「......僕が居なくなったら嫌?」
「嫌に決まっているだろう。思想を語り合える相手が居なければ、私が退屈する......あの時も、急に居なくなって......。」
「あの時...?」
ラルカは少し俯く。
「以前、もう話せなくなってしまったことがあっただろう...。」
「...あぁ、あれか。」
ノイトが思い出したのは前世で見た最後の光景。雨足が強く暗いあの夜に救急車に撥ねられ、雨に濡れて冷たくなったアスファルトが左の頬に張り付いていた。身体の感覚がなくなっていたあの時、視界に映っていたのは図書館の中のいつもの席から立ち上がってこちらを見ている年上の少女と、窓に反射した赤色蛍光灯の光だ。
ラルカは軽く唇を噛んでいた。表情は帽子に隠れていてよく見えない。
「......当たり前だと思っていたものは簡単に壊れていく。また明日も会えると思い込んで、確証もないのに信じ込んで、それで.........。」
ラルカは珍しく言葉に詰まっていた。
(......なかなかどうして、僕の周りで情緒不安定になる人はこんなに抱え込んでるんだか...。)
「ラルカ。...それってそんなに大事なこと?」
ラルカは答えない。ラルカ自身もそれが依存だったことには気が付いているだろう。しかし、それは確かに事実だった。否定しようのない過去。
「んん...ちょっと難しいかな...。それなら、これでどう?」
ノイトはラルカの帽子を取った。はっとして顔を上げたラルカの目は僅かに潤んでいる。
「か...[漢字]返して[/漢字][ふりがな]・・・[/ふりがな]......。」
「なんで?帽子がないと不安になるから?それがラルカの頭......考えを守ってくれていたからだよね?」
「ん...何が言いたい......。」
「ラルカにとって僕の存在は帽子みたいなものでしょ?前世で僕が居なかったらその思想はただの独り善がりだったはず。そう思ってるんだよね?」
「......そうだ。だから、お前が居なくなったとき私は......。」
「ラルカ。そろそろちゃんと自立してね?」
「......。」
ノイトはラルカから奪った帽子をラルカの頭に被せた。
「自分を縛ったり守ったりする不自由があるその状態が、結局安心するんだよね。人は全部自分で抱え込むのは難しいから。それは逃げじゃなくて防衛本能だよ。」
「...つまり、お前はお前が居なくても生きていけると...?」
「そう。僕を何として利用しようが、それはラルカの自由だよ。だけど、僕だって1人の人間だし、自分のことを自分で決める権利がある。」
(なんかグダついてきたな......。何話そうと思ってたんだっけ...?)
ノイトも目の前のことに集中しすぎて本題を忘れてきていた。自分のことが絡むといつもそうだ。
「とにかく、僕1人の過去に捕らわれてちゃダメだよ。」
「違う。お前1人の過去じゃない。私たち2人の過去だ。......あの日々は本当に楽しかったが、最後にお前は私を置いていった。」
少しの間沈黙が落ちる。意識の外側でリーリャのピアノの演奏が聞こえてきた。
「......もうどこにも行くな、[漢字]弥哲[/漢字][ふりがな]みさと[/ふりがな]。」
「...ハァ......。分かったよ。もし僕がまた死んでも今度は道連れにしてやるから覚悟しておいてよ。それまでは、絶対に死なないから。」
ラルカは口元を綻ばせてノイトの腕から手を離し、帽子を被り直した。それから──。
「ノイト。」
名前を呼ばれたノイトは目の前の少女が出した手に自身の手を合わせた。
「......その、私を、仲間だと思ってくれないか......?」
「ハハッ......最高の[漢字]好敵手[/漢字][ふりがな]ツンデレ[/ふりがな]じゃん。もうとっくに思ってるよ、[漢字]世宥[/漢字][ふりがな]せゆう[/ふりがな]。」
ラルカがむっとした表情でノイトの手を握りつぶさんばかりに力を込めた。
「[斜体]いだっ!![/斜体]」
「その名前で呼ぶな!呼びにくいからやめろと昔言っただろう!!」
「ウグッ、だってそれ名前じゃん!......あ〜、あの名言ノートに書いてあった名前の方が良いかな?」
「やめろ!」
ノイトは両肩をガシッと掴まれて前後に揺さぶられる。ラルカがここまで動揺しているのは初めて見た。出来心で煽ったノイトはラルカも存外普通の少女であることに安心する。と同時に、三半規管がやられてフラつきそうである。
「ハッ!弥哲、大丈夫か......?」
壁に手を付いてゆっくりとしゃがみ込んだノイトの様子を見て、ようやくやりすぎたことに気が付いたようだ。
「もう大丈夫だから、ごめんって...。ほら、仮眠取るんでしょ?邪魔なら出ていくし、ここに居た方が良いならここに居るよ。」
ノイトは煽ってきてうるさいため、全身がそこに居る必要はない。
「...腕だけ置いていけ。」
「無理があるでしょ......。」
「......なら、隣に座っていろ。」
一度立ち上がっていたノイトはラルカに引き倒されるようにしてラルカの隣に座った。ラルカはノイトの方を向かず、ただ部屋の一点を眺めている。
「......弥哲。少しだけ、昔の話をしても良いか。」
「うん...別に良いよ。」
ノイトは快諾した。ラルカは息を吐いて、ノイトへと話しかける。
「私はあの時、お前に依存していた。だからお前が居なくなったとき、私は置いていかれたと思ったのだ。...あの時は毎週あの図書館のあの席で話していたな。お前の思想は面白かった。私の考えと全然違うのに筋が通っていからな。」
ノイトは静かに笑っていた。どうもあの日々の中でノイトが退屈しなかった理由の一つを思い出したらしい。ラルカは目を瞑って続ける。
「お前は昔から一般論を肯定するでも否定するでもなく、第三の方向から突いてきて聞いていた者にとって強く印象に残るような立ち振る舞いを魅せていた。曖昧な定義を敢えて再定義し、相手を納得させるのが上手い。それが弥哲らしさだな。......弥哲、お前にとって私は何だ?」
ラルカがノイトの方を向いて真剣な眼差しを向ける。今までの冷たく刺すような鋭い視線ではないが、話を逸らしたり誤魔化したりしようという甘えを許さない目だった。
(そんなの、決まってんじゃん......。)
「マイ・ベスト・[漢字]知己[/漢字][ふりがな]コンフィダント[/ふりがな]。」
ラルカは微笑んで少しだけ体重をノイトへと預けた。しばらくしてラルカの寝息が聞こえてくる。かけられた体重は少しだけであるが、ノイトが動けば起こしてしまうかもしれない。
(えぇ......どうしよう......。)
頭の中ではそう考えつつも、ラルカを見る目には安らぎが宿っていた。
「おやすみ。」
まだ昼間だったが、遠く聞こえるリーリャの演奏を聞きながらノイトも目を閉じた。
[中央寄せ]・・・[/中央寄せ]
[中央寄せ]〚学術都市・ノルストラ / 大書庫〛[/中央寄せ]
ノルストラの中央にある図書館の地下、大書庫にて。リオールとフィルマリーがランタンの灯りに照らされながら本の山に埋もれていた。
「うぅ......リオールくん、これ本当にあと2週間でまとめなきゃダメですか...?」
「当然だ。ステラの研究発表に間に合わせるのは必須事項。締め切りギリギリに出す時点で十分危ういんだぞ?」
「でもでもぉ〜、こんなにたくさんある中で一つだけに絞るなんて出来ませんよぉ〜!」
「嘆いたって無駄だよ。ほら、フィルマリーもさっさとテーマ決めないと間に合わないぞ。」
「うわぁ〜ん!ノイトさんを連れてきてくださ〜い!!」
※ノイトは今ラルカに寄りかかられながら寝ています。
フィルマリーはノイトから受け取った“[漢字]翼の象徴[/漢字][ふりがな]ウィング[/ふりがな]”を取り出して見つめた。先程ノイトが自分から逃げるために渡してきたもの。
(むぅ......ノイトさん成分が足りません!後でリオールくんの隙を突いて抜け出したらノイトさんを吸いに行かないと...!!)
「フィルマリー。何度も言うようだけど、逃げ出したら本当に間に合わなくなるからな。」
「えぇっ!? なんで気が付いたんですか!? ......あっ。」
「......。」
フィルマリーは自爆したようだ。そこで足音が近づいてくる。リオールがふと手を止めてそちらを見る。
「?」
そこに居たのは丸眼鏡をかけた高身長の男性。髪の襟足が僅かにフードに触れていて、先が僅かに外側にはねている。
「先生...?どうしてここに?」
「いやぁ、ノイトの名前が聞こえてきたからつい......。」
「全く......。先生はもうノイトが帰ってきてるの知ってますよね?会いに行かなくて良いんですか?」
フィルマリーが手を挙げた。
「はいはい!会いに行きたいです!!」
「フィルマリーには聞いてないよ。」
リオールは作業を中断していることも忘れてその男性のことをじっと見ていた。少し考えるような仕草をしてから答える。
「いや、今はまだ良いかな。今は仲間の子と良い感じっぽいし。」
どうやらこの男性には今ノイトがラルカと並んで座ったまま寝ている様子が見えているらしい。フィルマリーは頬を膨らませて立ち上がった。
「先生!私だってノイトさんに会いに行きたいですよ!! 行かせてくださいっ!」
「ダメだよ〜、若い子たちから青春を奪っちゃ。」
フィルマリー、29歳。ここに来て抗えない歳の壁にぶつかる。
「ノイトさんは私のです!誰です?誰なんです?! ノイトさんを独占しているのは!」
リオールはため息をついて作業を再開した。フィルマリーは先生と呼んでいる人物の方を見続けている。フィルマリーの方からわざとらしく目線を逸らして──。
「さあね。君は大して僕と変わらないでしょ?」
「[斜体]ウグッ[/斜体]」
やはり行き遅れというワードを地雷に持つフィルマリーにとってこの言葉はクリティカルだったようだ。分かってて言ったのであればノイトと同じ系統だろう。
「まぁ、ノイトのことだし発言の責任はちゃんと取るだろう。決断するときがいつか来るよ。」
「先生ってリオールくんがこの街に来たときまではノイトさんと一緒に居たんですよね?......いつから放任主義になったんですか?」
ふふっと笑みを漏らして何かを思い出したかのように遠くを見つめている。
「ノイトは昔からしっかりしていてね......。僕が何かしなくても1人で生きていけるような子だったよ。」
「そんなに......!ノイトさんは潜在魔力量が並大抵の人とは桁違いに多いんです。先生と同じように。」
その男性は笑みを浮かべて呟いた。
「ふっ......それなら、それを君の研究発表のテーマにすれば良いと思うよ。参考になりそうなのは......あっちの方にあるね。」
指を差した先にある本棚のいくつかの本が淡い光に包まれる。フィルマリーは頭を下げてからその本を取りに行った。
「ありがとうございます!」
フィルマリーの本を取りに行く後ろ姿を見送りながら、リオールは再び手を止めてその男性に話しかける。
「......先生、“器”の話ですか?」
「うん、そうだよ。潜在魔力量が多い者は魔神や魔族と惹かれ合う。元々の肉体が壊れた場合に受肉出来る媒体があったら手に入れたがるのも納得出来るしね。」
「ノイトは潜在魔力量が多いですけど......“器”になり得ますかね?実際、“全能の魔神”との戦闘で[漢字]忘我[/漢字][ふりがな]フロー[/ふりがな]状態に陥ってリミッターも外れたように見えました。」
「ノイトなら、あり得るかもしれないね〜。だけど、その周りに居る子たちも似たような感じじゃないかな。“器”としての生まれつきの適性というよりも、ノイトの生き方や考え方に感化されて各々の信念を持った感じ。」
リオールは上の方の本棚を見上げながらノイトの様子を思い出した。
「......ノイト、初めて会ったときからすごく流暢に話してたんですよ。そりゃあもちろん当時10歳くらいであればそれは当たり前だって感じもしますけど、それにしても考え方が整いすぎている。あの歳の子だとは到底考えられない。魔法を覚える[漢字]感覚[/漢字][ふりがな]センス[/ふりがな]はもちろん、構造を理解する想像力とそれを言語化するロジック。あれは先生が吹き込んだものですか?」
首を横に振る。相変わらず微笑んだままだったが、目の奥に宿っていたものは全て別の懐かしさを感じていたものだった。
「いや、僕じゃないよ。多分僕と同じで......。」
「?」
そこで口を閉じた。首を傾げたリオールの方を見ながら話題を変える。
「まぁ、そういうことだろうけど。リオールはノイトがこの先どうなっていくか予想出来る?」
「それが出来たら僕はもっと苦労することになりそうですよ......。」
「あははっ......違いないね。ただ、ノイトの人生においての主人公はあのノイトなんだし、面白い人生になるんじゃないかな。[漢字]混沌[/漢字][ふりがな]カオス[/ふりがな]のときみたいに。」
それを聞いたリオールは渋い顔をして頭を掻いた。
「あれはもう勘弁してほしいですよ。あんなに目立つのはあの時が初めてだったんで羞恥心がすごかったです......。」
「まぁ、それも経験の一つだろうから。あの出来事がなければ君の立場はもっと低かっただろうしね。」
「ん......七賢のことですか?待賢制度はもうノイトたちと廃止したんでどのみち同じでしたよ。」
「ふふ......どうだろうね。」
そこでフィルマリーが戻ってきて、リオールにノイトから受け取った“[漢字]翼の象徴[/漢字][ふりがな]ウィング[/ふりがな]”を預ける。
「リオールくん。これをノイトさんに返しておいてくれませんか?さっき逃げられちゃった時に私が持ってたままだったので。」
「......分かった。今フィルマリーをノイトの元に向かわせたら今度こそノイトが危ないだろうしね。」
「ちょっと、何がそんなに危ないんですか!」
「どっからどう見ても危なっかしいでしょ、フィルマリーは。ですよねぇ、先生?」
「あっはは......そうだねぇ。今はノイトを邪魔しないであげて欲しいかな。」
「むぅ......それなら、さっさと研究発表の書類完成させてノイトさんを吸いに行きます。」
「猫じゃないんだから......。まぁ、程々に頑張るんだよ。」
フィルマリーが不満そうに膨れながら参考にする資料を持って近くの本棚に座って寄りかかった。そしてようやく作業に入った。まだ脳裏にはノイトが浮かんでいるのだろうが、その目がどんどん読んでいる本の内容に吸い寄せられていっているように見える。[漢字]魔導狂[/漢字][ふりがな]マギノマニア[/ふりがな]であるフィルマリーの興味を強く惹く内容があったのであろう。
リオールも集中しているフィルマリーの様子を見て自分の作業に戻った。2人の様子を見て微笑んだ男性は静かにその場を立ち去って大書庫の中を歩いていく。高い本棚が並んで作られた道を進むと、やがて円柱状に広がる空間に出た。そこから上の階らしき場所へと登る。足元にあった石板が浮いて階段のようになったのだ。当人の魔法かこの大書庫のシステムなのであろう。
(ここはいつも静かだけど、最近は妙に騒がしい......。この場所の管理者として、何か起こったときは僕が対処しないと。)
静かな空間に響く小さな足音が少しずつ離れていった。
彼の名前はミドネイト。学術都市・ノルストラの図書館の地下にある大書庫の管理者であり、旧 待賢都市・グレイベアルドの研究調査機関で教授として務めていた者である。