隠さないで
「はー、なんで俺がこんなこと」
チーノはとてもいらついていた。
それもそのはず。
チーノは関係ないことにショッピによる強制連行で手伝わされているのだから。
「別にいいやろ、お前やって気になるやろ」
「う、それはそう」
いま二人がいるのはシャオロンの部屋の前。
彼のマブダチであるロボロさえも数回入ったことがある程度で、ほとんど開かずの間のようになっている。
「というわけでチーノ、ノックして」
「やっぱ帰っていい???」
「なんでや」
「いやいや、お前が言い出しっぺやろ」
言い出しっぺであるショッピはノックさえもしない。
チーノに迷惑をかけまくるだけである。
「っもーーーー、しゃあねえなあ」
そうノックしようと思った矢先、眼の前の扉が開いた。
ぽかんとする二人の前に姿を表したのは、相変わらず面を深く被ったシャオロンだった。
パステルカラーの黄色に青でにっこりと描かれたスマイルマーク。
肩まで届く絹のように美しい茶髪。
ほっそりとしている体。
一見すれば女性のようにも見える彼は首を傾げた。
「俺になんか用?」
「ぅえ、あ、と」
わかりやすく混乱しているチーノの代わりにショッピは言い放った。
「シャオさんってなんでいつもお面つけてるんですか?」
シャオロンはショッピの言葉に驚いたように固まった。
そしてすぐにふわりと面越しでもわかるくらいの冷笑を浮かべた。
背筋が凍るようなその雰囲気に二人は息を呑んだ。
「どしたん、急に。俺が面つけているのはいつものことやろ」
それに、と彼は平坦な声で続ける。
「”事情持ち”の幹部だって相当おるやろ。そこに踏み入っちゃあかんよ」
事情持ち。
ここには、追い込まれたり、総統であるグルッペンに拾われたり引き抜かれたりして軍に入った兵が少なくはない。
幹部だってそれは同じ。
実際、ロボロだってゾムだって”事情持ち”だ。
彼の声色には、「話すつもりはない」「もう聞くな」と書かれている。
ここで辞退するのが適切なのだろう。
しかし。
ショッピは意外にも粘り強い男だった。
「シャオさん、ワイらのこと信用してないんですか」
「っ、ちが」
「違いませんよね。だって、信用してたら今、面してないですもん」
「ショッピ!」
「だまれチーノ」
ショッピを咎めたチーノは呆気なく一蹴され、「はあ?お前が連れてきたんやろうが」とメソメソし始めた。
それを流し目で見つつ、ショッピは続ける。
「ねえシャオさん。あなた、いっつも人には頼って頼っていうくせに、ワイらには全然頼ってくれないじゃないですか」
「それは、」
「シャオさん」
心做しか焦ったようなシャオロンの声を穏やかなショッピの声が遮る。
「[明朝体][太字]隠さないで[/太字][/明朝体]」
後輩からすがるように見られ、シャオロンの口が滑る。
「[太字]どうせ、俺の顔見たらそんなこといえないくせに[/太字]」
そんなことをいうシャオロンの声は今にも泣きだしてしまうんじゃないかと思うくらい震えていて、もろくて。
同時に、突き放すような言い方に。
え、とショッピとチーノが目を見開くと、しまったとでも言いたげにシャオロンが顔をそらした。
「もう、たのむから、こんなこと聞かんで」
黄色の吊り看板の下げてあるドアが目の前で音を立てて閉まった。
最後の声はまた先程の平坦な声に戻っていた。
「なあ、ショッピ」
「おん」
言葉を交わせずとも、彼らはわかっていた。
あの言葉を発するとき、面があってもわかるほど彼の顔は歪んでいたのだ。
つらそうで、今にも消えてしまいそうな儚げな彼。
彼が今この軍にいるのは、彼なりのSOSなんじゃないか。
どうもそんな感じがしてならない。
「シャオさん、意外と口軽いよな」
そう思うと、10年はりついてもほとんど成果が挙げられなかったロボロが少しかわいそうな気もする。
「さて、じゃあ俺はこれで「いやまてチーノ」ぅぐ、なんなん!?」
くるりと踵を返したチーノの襟はあっけなく掴まれた。
「ロボロさんはまだしも、ゾムさんに何も言ってない可能性は低いと思うねん」
ゾムが軍に入り、8年すこし。10年前にはこの軍にいたシャオロンとロボロ。
2年ほどの差とはいえ、シャオロンにとってゾムは後輩に当たる。
後輩であるゾム(しかも四六時中シャオロンにつきまとう末っ子脅威)になにもいっていない可能性は低い気がする。
「あー…。たしかに」
「なんだかんだシャオさんもゾムさんに弱いし」
「ゾムさんに聞こうと?」
「おん。さすがに怪しいし」
「ふえー、俺無理やねんけど。このまえ内ゲバで惨敗したし」
ゾムはこの軍でも隠密や暗殺を生業とする優秀すぎる人材だ。
そのゆえ、内ゲバを好む「味方最大の脅威」でもある。
シャオロンも大概だが、あそこまでの狂人もなかなかいない。
「関係あらへん、行くで」
「こいつッ」
[水平線]
「あー、シャオロンね…」
ゾムにこの話をふっかけると案の定口をつぐんだ。
「なんか知りませんか」
「知ってる…知ってるには知ってるけど」
「「!!」」
「でも、言えへん」
ゾムはパーカーの影からでも美しく光る翡翠色の目を苦しげに細めた。
「どうして?」
「なんでですか?」
「どうしてもや。口止めされてんねん」
「でも」
でも、でも、と問いかけてくる新人組にゾムはついに折れた。
「っはー、もうええわ。ひとおもいに言ってやる」
「え!」
ただ、とゾムは翡翠色の双眼でショッピたちを見据えた。
「軽はずみに他のやつに話したり、本人に[漢字]凸[/漢字][ふりがな]とつ[/ふりがな]りに行ったりせんでな」
「当然じゃないすか」
「……あいつが自分の顔のせいで苦しんでんのは、前から知ってんねんな」
「まあ。あそこまで自分の顔を隠してたらそりゃ…」
「あいつ、───やねん」
「はあ?」
思わぬ告白にショッピたちは素っ頓狂な声を上げた。
チーノはとてもいらついていた。
それもそのはず。
チーノは関係ないことにショッピによる強制連行で手伝わされているのだから。
「別にいいやろ、お前やって気になるやろ」
「う、それはそう」
いま二人がいるのはシャオロンの部屋の前。
彼のマブダチであるロボロさえも数回入ったことがある程度で、ほとんど開かずの間のようになっている。
「というわけでチーノ、ノックして」
「やっぱ帰っていい???」
「なんでや」
「いやいや、お前が言い出しっぺやろ」
言い出しっぺであるショッピはノックさえもしない。
チーノに迷惑をかけまくるだけである。
「っもーーーー、しゃあねえなあ」
そうノックしようと思った矢先、眼の前の扉が開いた。
ぽかんとする二人の前に姿を表したのは、相変わらず面を深く被ったシャオロンだった。
パステルカラーの黄色に青でにっこりと描かれたスマイルマーク。
肩まで届く絹のように美しい茶髪。
ほっそりとしている体。
一見すれば女性のようにも見える彼は首を傾げた。
「俺になんか用?」
「ぅえ、あ、と」
わかりやすく混乱しているチーノの代わりにショッピは言い放った。
「シャオさんってなんでいつもお面つけてるんですか?」
シャオロンはショッピの言葉に驚いたように固まった。
そしてすぐにふわりと面越しでもわかるくらいの冷笑を浮かべた。
背筋が凍るようなその雰囲気に二人は息を呑んだ。
「どしたん、急に。俺が面つけているのはいつものことやろ」
それに、と彼は平坦な声で続ける。
「”事情持ち”の幹部だって相当おるやろ。そこに踏み入っちゃあかんよ」
事情持ち。
ここには、追い込まれたり、総統であるグルッペンに拾われたり引き抜かれたりして軍に入った兵が少なくはない。
幹部だってそれは同じ。
実際、ロボロだってゾムだって”事情持ち”だ。
彼の声色には、「話すつもりはない」「もう聞くな」と書かれている。
ここで辞退するのが適切なのだろう。
しかし。
ショッピは意外にも粘り強い男だった。
「シャオさん、ワイらのこと信用してないんですか」
「っ、ちが」
「違いませんよね。だって、信用してたら今、面してないですもん」
「ショッピ!」
「だまれチーノ」
ショッピを咎めたチーノは呆気なく一蹴され、「はあ?お前が連れてきたんやろうが」とメソメソし始めた。
それを流し目で見つつ、ショッピは続ける。
「ねえシャオさん。あなた、いっつも人には頼って頼っていうくせに、ワイらには全然頼ってくれないじゃないですか」
「それは、」
「シャオさん」
心做しか焦ったようなシャオロンの声を穏やかなショッピの声が遮る。
「[明朝体][太字]隠さないで[/太字][/明朝体]」
後輩からすがるように見られ、シャオロンの口が滑る。
「[太字]どうせ、俺の顔見たらそんなこといえないくせに[/太字]」
そんなことをいうシャオロンの声は今にも泣きだしてしまうんじゃないかと思うくらい震えていて、もろくて。
同時に、突き放すような言い方に。
え、とショッピとチーノが目を見開くと、しまったとでも言いたげにシャオロンが顔をそらした。
「もう、たのむから、こんなこと聞かんで」
黄色の吊り看板の下げてあるドアが目の前で音を立てて閉まった。
最後の声はまた先程の平坦な声に戻っていた。
「なあ、ショッピ」
「おん」
言葉を交わせずとも、彼らはわかっていた。
あの言葉を発するとき、面があってもわかるほど彼の顔は歪んでいたのだ。
つらそうで、今にも消えてしまいそうな儚げな彼。
彼が今この軍にいるのは、彼なりのSOSなんじゃないか。
どうもそんな感じがしてならない。
「シャオさん、意外と口軽いよな」
そう思うと、10年はりついてもほとんど成果が挙げられなかったロボロが少しかわいそうな気もする。
「さて、じゃあ俺はこれで「いやまてチーノ」ぅぐ、なんなん!?」
くるりと踵を返したチーノの襟はあっけなく掴まれた。
「ロボロさんはまだしも、ゾムさんに何も言ってない可能性は低いと思うねん」
ゾムが軍に入り、8年すこし。10年前にはこの軍にいたシャオロンとロボロ。
2年ほどの差とはいえ、シャオロンにとってゾムは後輩に当たる。
後輩であるゾム(しかも四六時中シャオロンにつきまとう末っ子脅威)になにもいっていない可能性は低い気がする。
「あー…。たしかに」
「なんだかんだシャオさんもゾムさんに弱いし」
「ゾムさんに聞こうと?」
「おん。さすがに怪しいし」
「ふえー、俺無理やねんけど。このまえ内ゲバで惨敗したし」
ゾムはこの軍でも隠密や暗殺を生業とする優秀すぎる人材だ。
そのゆえ、内ゲバを好む「味方最大の脅威」でもある。
シャオロンも大概だが、あそこまでの狂人もなかなかいない。
「関係あらへん、行くで」
「こいつッ」
[水平線]
「あー、シャオロンね…」
ゾムにこの話をふっかけると案の定口をつぐんだ。
「なんか知りませんか」
「知ってる…知ってるには知ってるけど」
「「!!」」
「でも、言えへん」
ゾムはパーカーの影からでも美しく光る翡翠色の目を苦しげに細めた。
「どうして?」
「なんでですか?」
「どうしてもや。口止めされてんねん」
「でも」
でも、でも、と問いかけてくる新人組にゾムはついに折れた。
「っはー、もうええわ。ひとおもいに言ってやる」
「え!」
ただ、とゾムは翡翠色の双眼でショッピたちを見据えた。
「軽はずみに他のやつに話したり、本人に[漢字]凸[/漢字][ふりがな]とつ[/ふりがな]りに行ったりせんでな」
「当然じゃないすか」
「……あいつが自分の顔のせいで苦しんでんのは、前から知ってんねんな」
「まあ。あそこまで自分の顔を隠してたらそりゃ…」
「あいつ、───やねん」
「はあ?」
思わぬ告白にショッピたちは素っ頓狂な声を上げた。
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