偽りのワタシ
#1
心の闇
私の友達は......
「わっ!」
あー、また転んだ。この子はすずこ。なにもないところで転ぶなんて、漫画の世界だけだと思ってた。彼女のダイナミックな滑り込みは、さすがに周りの人も心配そうな顔をしていて、駆け寄っていく人たちもいた。周りの人に囲まれた彼女は、なんだかホッとして嬉しそうで、私まで安心してしまった。
「でもなんでなんだろ......」
彼女は、ただ不満そうに、希望を失ったような目で地面を見つめていた。うーん......こういうときは、フォローの言葉だよな。
「大丈夫だよー本当によく怪我するよね」
そう言って、私は冗談で済ませるようにニコリとした。すると彼女も苦笑いし、もう少し気をつけてみるね、とつぶやき立ち上がった。
ある日の午後、私はすずことショッピングモールに行った。
「すっごい楽しみ!久しぶりだったね」
彼女は飛び跳ねて無邪気に笑っている。私も楽しみだった。高校に入ってから、お互い部活などで忙しくなり、遊んだりする機会も減ったのだ。アクセサリーや、オシャレな服が並んでいて、二人で目を輝かせた。しばらくして、すずこは
「私、トイレ行ってくるね。」
といって姿を消した。私は、のんびりと休憩コーナーの椅子に腰を下ろして待っていた。しばらくして、ちょっと遅すぎないか?と感じたころ、ちょうど小さな袋を大事そうに握りしめたすずこが帰ってきた。これ二人でおそろいなんだよと、すずこは袋から、きれいなゆりが描かれたハンカチを出した。黄色いゆりはすずこで、白いゆりは私のものらしい。黄色いゆりのハンカチをまじまじと見つめたすずこは
「私こっちのほうが好きなんだよね」
といい、ぎこちない笑みを浮かべた。
きょうは楽しかった。帰りに二人で、課題の話なんかで愚痴を言い合いながら、タイルが剥がれて、捨てられたゴミが散らかった道を歩いていた。
その時だった。すずこがちょうど一息ついた数秒後、私は、彼女の方を振り向いたら、そこには、車にひかれ苦しむすずこがいた。
「なんで......なんでなんだろう......」と。
3ヶ月後、彼女の怪我は治りきっていた。幸い当たりが良く、左足の骨折だけで済んだ。音を立てずに病室からでる彼女は悲しそうだった。
すずこの家は小さい頃から、環境が悪かった。母親は幸運をもたらすとやらの謎のツボを高額で購入し、父親はギャンブルに多額のお金をかけ、ついには二人で毎日のように喧嘩を始めた。
「お母さん、やめて」
と言っても、
「うるさい、すずこは黙れ。お前なんか最初からいなければな......」
というばかりだった。そんな毎日。
すずこは退院したあと、友達のりんこに支えてもらいながら、学校に通っていた。
彼女と駅前で別れた後は、部屋で一人ニヤリと口角を上げながら考え込む。「今日はどうしようかな。」
用意するものも動きもこれで完璧。その日の夜、マッチを軽く手に持つ。
「もうこんな親いらないよね。」
燃え上がる炎が私の目の奥で輝いていた。両親は炎にのまれてこの世を去った。
両親の葬儀の日。親戚の人が、こちらを哀れな目で見つめていた。
そうそう、その目が欲しかったんだよ。私はすごく不幸で可哀想な子。
本当はね、みんなに哀れんでもらって、可哀想な、不幸な自分が大好きだった。だって、みんなそうやって助けてくれてかまってくれたから。
体の奥深くでは、細胞の一つ一つが、踊って喜んでるような気がした。 その時、
「すずこ?どうしたの」
振り向くとりんこがいた。両親が死んでしまったことを伝えてみた。深く深く同情してくれたのだが、私は表面では、空虚な瞳で涙を浮かべて、内心では面白くて笑ってしまっていた。
私の完璧な計画のおかげで、警察も必死に汗を流し、捜査を続けている。それで、私は親戚の家にしばらく泊まらせてもらって生活していた。ただ事情聴取は大変だった。
しばらくたち、私は学校へ行くことになった。最初はみんなの反応も楽しみで、恐怖怯えた私を見て同情してくれるかな......なんて、わくわくと胸を躍らせていた。でもみんな気遣っているのか、何も知らないのか、逆にすべて知ってしまったのか、何も言わなかった。誰もこちらを見てくれなかった。
なんだか、お腹のほうがぐるぐるして憎悪も感じ取れてきた。今までこんな気持ちなかったのに。初めての感情に少し焦っている自分もいた。
その日もりんこと帰ることにしていた。帰り道、モヤモヤとして、りんこにはやはり告白を決めて本当の自分を語ろうとした。一呼吸おいたとき、
「すずこは幸せになりたいなって思ったことある?」
りんこの声が耳をふるわせた。言われた言葉には返答ができずに、数秒間口をぽかんと開けていたが、決心して全て伝えた。偽っていたこと。笑っていたこと。今まで本気になって支えてくれてた友達に話すのは緊張もあったが、話を聞き終えたら、私の頬を本気で叩いた後、ぎゅっと抱きしめてくれた。
私の目は大きな津波にのまれた街のように涙で覆われた。泣くのは今までやってきたことだから、かなり得意なはずなのに、津波の勢いは止まらなかった。
「こんな私でごめんね。でも、なんで......?」
すると彼女は、
「確かにやってたことは歪んでるよ。心配してた人の身にもなってほしい。でも、そんなことで逃げないし、受け入れられる」
と、目をパチっと開けて、話してくれた。
「自分の手で作る幸せ......欲しいな。」
と言ったら、彼女は静かに頷いて、太陽のような笑顔を向けてくれた。この人に話してよかったな。電車を待ちながら奥に見える夕日を見つめた。なんだか明日が待ち遠しくなって、夕焼けに吸い込まれそうになった。とたんに、ふわっと体が浮いた気がした。
電車の音ががたんと耳に入ってきた。
彼女の悲鳴が聞こえた
「すずこ!」
一体どれだけの時間が経ったのだろう。一瞬にして永遠の、命の灯火が消えるその瞬間を「感じて」しまった。
あの事故から二年が経った今、私は支え無しで歩けるようになった。全身の骨が折れていて、死の淵を彷徨っていたが、手術が奇跡の成功し、ついに今日は退院だ。
今日もりんこがお見舞いに来てくれた。いつもと同じ「大丈夫?」、同情の視線、花瓶に生けてくれる花、変わらない私の返答。けれどいつもと違うことに私は気づいた。
気づいてはいけないことに...
「ふふっ」
それはあの葬儀の日と同じ笑い方。意図せず、ニヤつきながらそう呟いてしまった。
思い出してはいけない快楽を、思い出してしまった
病院を出て、私はりんこの家に遊びに行く約束をした。その手には、マッチの箱がしっかりと握られていた。
「楽しみだなぁ」
「わっ!」
あー、また転んだ。この子はすずこ。なにもないところで転ぶなんて、漫画の世界だけだと思ってた。彼女のダイナミックな滑り込みは、さすがに周りの人も心配そうな顔をしていて、駆け寄っていく人たちもいた。周りの人に囲まれた彼女は、なんだかホッとして嬉しそうで、私まで安心してしまった。
「でもなんでなんだろ......」
彼女は、ただ不満そうに、希望を失ったような目で地面を見つめていた。うーん......こういうときは、フォローの言葉だよな。
「大丈夫だよー本当によく怪我するよね」
そう言って、私は冗談で済ませるようにニコリとした。すると彼女も苦笑いし、もう少し気をつけてみるね、とつぶやき立ち上がった。
ある日の午後、私はすずことショッピングモールに行った。
「すっごい楽しみ!久しぶりだったね」
彼女は飛び跳ねて無邪気に笑っている。私も楽しみだった。高校に入ってから、お互い部活などで忙しくなり、遊んだりする機会も減ったのだ。アクセサリーや、オシャレな服が並んでいて、二人で目を輝かせた。しばらくして、すずこは
「私、トイレ行ってくるね。」
といって姿を消した。私は、のんびりと休憩コーナーの椅子に腰を下ろして待っていた。しばらくして、ちょっと遅すぎないか?と感じたころ、ちょうど小さな袋を大事そうに握りしめたすずこが帰ってきた。これ二人でおそろいなんだよと、すずこは袋から、きれいなゆりが描かれたハンカチを出した。黄色いゆりはすずこで、白いゆりは私のものらしい。黄色いゆりのハンカチをまじまじと見つめたすずこは
「私こっちのほうが好きなんだよね」
といい、ぎこちない笑みを浮かべた。
きょうは楽しかった。帰りに二人で、課題の話なんかで愚痴を言い合いながら、タイルが剥がれて、捨てられたゴミが散らかった道を歩いていた。
その時だった。すずこがちょうど一息ついた数秒後、私は、彼女の方を振り向いたら、そこには、車にひかれ苦しむすずこがいた。
「なんで......なんでなんだろう......」と。
3ヶ月後、彼女の怪我は治りきっていた。幸い当たりが良く、左足の骨折だけで済んだ。音を立てずに病室からでる彼女は悲しそうだった。
すずこの家は小さい頃から、環境が悪かった。母親は幸運をもたらすとやらの謎のツボを高額で購入し、父親はギャンブルに多額のお金をかけ、ついには二人で毎日のように喧嘩を始めた。
「お母さん、やめて」
と言っても、
「うるさい、すずこは黙れ。お前なんか最初からいなければな......」
というばかりだった。そんな毎日。
すずこは退院したあと、友達のりんこに支えてもらいながら、学校に通っていた。
彼女と駅前で別れた後は、部屋で一人ニヤリと口角を上げながら考え込む。「今日はどうしようかな。」
用意するものも動きもこれで完璧。その日の夜、マッチを軽く手に持つ。
「もうこんな親いらないよね。」
燃え上がる炎が私の目の奥で輝いていた。両親は炎にのまれてこの世を去った。
両親の葬儀の日。親戚の人が、こちらを哀れな目で見つめていた。
そうそう、その目が欲しかったんだよ。私はすごく不幸で可哀想な子。
本当はね、みんなに哀れんでもらって、可哀想な、不幸な自分が大好きだった。だって、みんなそうやって助けてくれてかまってくれたから。
体の奥深くでは、細胞の一つ一つが、踊って喜んでるような気がした。 その時、
「すずこ?どうしたの」
振り向くとりんこがいた。両親が死んでしまったことを伝えてみた。深く深く同情してくれたのだが、私は表面では、空虚な瞳で涙を浮かべて、内心では面白くて笑ってしまっていた。
私の完璧な計画のおかげで、警察も必死に汗を流し、捜査を続けている。それで、私は親戚の家にしばらく泊まらせてもらって生活していた。ただ事情聴取は大変だった。
しばらくたち、私は学校へ行くことになった。最初はみんなの反応も楽しみで、恐怖怯えた私を見て同情してくれるかな......なんて、わくわくと胸を躍らせていた。でもみんな気遣っているのか、何も知らないのか、逆にすべて知ってしまったのか、何も言わなかった。誰もこちらを見てくれなかった。
なんだか、お腹のほうがぐるぐるして憎悪も感じ取れてきた。今までこんな気持ちなかったのに。初めての感情に少し焦っている自分もいた。
その日もりんこと帰ることにしていた。帰り道、モヤモヤとして、りんこにはやはり告白を決めて本当の自分を語ろうとした。一呼吸おいたとき、
「すずこは幸せになりたいなって思ったことある?」
りんこの声が耳をふるわせた。言われた言葉には返答ができずに、数秒間口をぽかんと開けていたが、決心して全て伝えた。偽っていたこと。笑っていたこと。今まで本気になって支えてくれてた友達に話すのは緊張もあったが、話を聞き終えたら、私の頬を本気で叩いた後、ぎゅっと抱きしめてくれた。
私の目は大きな津波にのまれた街のように涙で覆われた。泣くのは今までやってきたことだから、かなり得意なはずなのに、津波の勢いは止まらなかった。
「こんな私でごめんね。でも、なんで......?」
すると彼女は、
「確かにやってたことは歪んでるよ。心配してた人の身にもなってほしい。でも、そんなことで逃げないし、受け入れられる」
と、目をパチっと開けて、話してくれた。
「自分の手で作る幸せ......欲しいな。」
と言ったら、彼女は静かに頷いて、太陽のような笑顔を向けてくれた。この人に話してよかったな。電車を待ちながら奥に見える夕日を見つめた。なんだか明日が待ち遠しくなって、夕焼けに吸い込まれそうになった。とたんに、ふわっと体が浮いた気がした。
電車の音ががたんと耳に入ってきた。
彼女の悲鳴が聞こえた
「すずこ!」
一体どれだけの時間が経ったのだろう。一瞬にして永遠の、命の灯火が消えるその瞬間を「感じて」しまった。
あの事故から二年が経った今、私は支え無しで歩けるようになった。全身の骨が折れていて、死の淵を彷徨っていたが、手術が奇跡の成功し、ついに今日は退院だ。
今日もりんこがお見舞いに来てくれた。いつもと同じ「大丈夫?」、同情の視線、花瓶に生けてくれる花、変わらない私の返答。けれどいつもと違うことに私は気づいた。
気づいてはいけないことに...
「ふふっ」
それはあの葬儀の日と同じ笑い方。意図せず、ニヤつきながらそう呟いてしまった。
思い出してはいけない快楽を、思い出してしまった
病院を出て、私はりんこの家に遊びに行く約束をした。その手には、マッチの箱がしっかりと握られていた。
「楽しみだなぁ」
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