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歪みの中の城

#9


コンッコンッコンッ

重い空気の中、扉がノックされた。


「失礼します」


茶色いモダンデザインのキッチンカートをカラカラと押して入ってきたメゾ。
キッチンカートの上にはティーカップとポット、クッキーが乗っている。


「え、空気重くないか、この部屋」


メゾは2人の異様な空気を察した。


「ああ、すまないね。お茶にしよう。メゾが淹れてくれた紅茶は絶品なんだ」


ティーポットから注がれる琥珀色の紅茶。
とても良い香りがする。


「どうぞ」

「頂きます」


程よい苦味とどこか甘みが感じられる。
お昼から何も食べていなかったピアノの体に、その紅茶は染み渡るようだった。


「美味しい……」

「それは良かった。さあ、クッキーも召し上がれ。それはメゾの手作りなんだ」


お花の型抜きがされ、中心部には赤色のジャムが乗ったクッキー。
それを一口齧ると、フォルテシモが言った通り美味しかった。
この可愛らしくて美味しいクッキーを、あのメゾが作っただなんて、信じられないとでも言わんばかりのピアノ。


「メゾも来たとこですし、話題を変えましょうか。何か私たちに聞きたいことはありますか?」


ピアノは家にある小包を確認しにいかなくてよいのか、と思いながらも質問を考えた。


「そうですね……、では何故私をここへ呼んでくれたんですか?断る時もできたのに」

「興味本位、かな?」

「興味本位?」

「ときたま自然発生する歪みに迷い込んでしまう人がいんだよ。君みたいにね、ピアノ」

「あっ……」


ピアノは自分だけではないことに妙に納得した。


「それで、私たちはそんな迷い人を助けているのだけれど、大抵の人は“家に帰りたい”と懇願するのに対して、ピアノだけが私たちの元へ行きたいと言った。だからここへ連れてきた。それだけだよ」

「ちなみに迷い人を探すのは俺の役目だ」


静かに話を聞いていたメゾは横から口を出した。


「……」


その話を聞いて、ピアノには1つの疑問が生まれた。
今の話が本当なのであれば、噂は嘘と言うことになる。
歪みの中に入ったものは2度と出てこれない、と言われているから。


「不思議そうな顔をしているね」

「ええ、噂と大分違ったものだから……」

「おそらくショック状態で歪みに入った記憶がない、もしくは入った自覚がないものがいるのだろう」


噂の内容を説明しなくても瞬時に理解したフォルテシモ。
どうやら歪みの国でも地上の噂話が広がっているようだ。


「じゃあ、主に絆されたとか喰われたって噂は……」

「残念ながら私は人間だ。ただ、ちょっとだけ歪みを扱えるだけで。だから人間を食べたりはしないよ」


それを証拠付けるように、テーブルにはティーカップに注がれた紅茶と、数種類のクッキーが置かれている。

しかし、それでは現に戻ってきていない人がいる噂と矛盾する。
フォルテシモが嘘を吐いているのか、はたまた行方不明者は別件で姿を消したのか。
ピアノにはそれを確かめる術はなかった。
今はただ、フォルテシモの言葉を信じるしかない。


「まあ、思い当たる節があるとすれば……。いや、憶測でこれを言うのは止めておこう」

「?」


フォルテシモは意味深なことを言いかけた。


「さて、話もそこそこに、そろそろピアノの家へ向かおうか」


2人はソファから立ち上がった。

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2024/10/29 16:09

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