歪みの中の城
〜第二章〜 3つの赤い宝石
「アナタがこの城の主様……」
「如何にも。そんなに緊張しないでくれ」
にこやかで優しそうに見えても彼は城の主。
緊張するなと言う方が無理なのかもしれない。
「取り敢えず、そこのソファに掛けてください。メゾ、紅茶の用意を」
「はい」
メゾはフォルテシモから指示を受けると部屋から出ていった。
それを見届けると、ピアノはソファへ腰掛けた。
「さて……えっと……」
「ピアニシモ・スラーです」
メゾからピアノのことを聞かされているのかと思いきや、名前までは伝えられていなかったようだ。
「では早速だけどピアニシモさん──」
「あ、ピアノで大丈夫です」
緊張はしているけれど、愛称ではない呼び方をされるのに慣れておらず、ピアノは思わず訂正をしてしまった。
「それでは私のことはフォルテシモ、と呼んでください」
使用人を君付けて呼んでいるのに、主のことを呼び捨てで呼んで良いものなのだろうか。
ピアノは一瞬だけ悩んだけれど、本人が良いと言うんだ。
素直に従うことにした。
「話を戻しますが……ピアノ、君のポケットに入っている物を見せてくれないか?」
「ポケットの中?」
ピアノはポケットに手を入れると、細長いチェーンのような感触があった。
「あ、これ……」
ピアノは思い出した。
今朝、急いでネックレスをポケットにしまったことを。
「このネックレスがどうかしましたか?」
隠す必要もなく、取り出しながら尋ねた。
「ネックレスと言うより、問題はそれに施されている宝石の方だね」
「宝石……」
ピアノには綺麗な赤い宝石にしか見えなかった。
「ちょっと貸してくれないか?」
「あ、はい」
フォルテシモはピアノからネックレスを受け取るとまじまじと見た。
「嫌な力を感じる……。それにこれは……」
おもむろに立ち上がり、本棚から1冊の分厚い本を取り出してから席へと戻ってきた。
「確かこのページに……あったあった、これだ」
そこに書かれていたこととは。
遥か昔、まだ歪みの世界が安定していない頃。
歪みの中で大きな災害が起こった。
津波、地震、大嵐。
不安定な歪みの中は些細なことで崩壊してしまう危機に見舞われた。
そんなとき、1人の宝石細工師が災害を3つの宝石にそれぞれ封印することに成功した。
それによって歪みの中は救われた。
この宝石のことをテルセと言う。
「真っ暗闇の空間を見ただろ?あれは災害によって削られた歪みの果てだよ」
「なるほど」
つまりは真っ暗闇も、地上のように思えたこの城が建っている世界も歪みの中、と言うことになる。
「それで、このネックレスの装飾が例のテルセに似ているってことですね」
「それだけではない。この3つのテルセが揃うと、世界が滅ぶほどの災害が呼び起こされると言われている」
「……」
「ひょっとしてピアノがこれを持っていると言うことは……」
「わ、私は世界を滅ぼそうなんて企んでいません!」
「ははは、冗談だよ。テルセもあくまで伝承だから。1つは歪みの国の魔法省が保管しているしね」
フォルテシモは冗談だと笑ったが、ピアノは素直に安心できなかった。
何故なら1つ引っかかることがあったから。
「あの、言っていないことがあって……」
隠していても仕方がない。
それに世界の危機が関係している可能性があれば尚更。
ピアノは今朝あったことを話すことにした。
「このネックレス、実は私の物ではないんです」
「どういう意味だね?」
「今朝、差出人不明の私宛ではない荷物に入っていて……中身は見ていませんが、これと似た小包がもう1つ届いていたんです」
「つまり、何者かがテルセを揃えて世界を滅ぼそうとしている……と」
ピアノはコクリと頷く。
「その可能性があるかもしれません。あ、でも魔法省が保管しているんですよね?」
「いや、それが魔法省のツテによると最近トラブルがあったらしい」
考え込むフォルテシモ。
「それじゃあ……」
「ひとまずピアノの家に行って、もう1つの荷物を見てみないと何とも言えない」
事態は思ったより深刻なのかもしれない。
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