貫く誓い
#1
本当に腹が立つ。むしゃくしゃして気分が悪くなっていく。今にも吐いてしまいそうな気持ちだと思いながら、自分の腹をできる限り優しく撫でる。深呼吸をすると、この世の醜さが一段と深く、黒くなっていったのを感じた。
「あぁ……」
ため息が出る。この部屋の中で、この少ない人生の中で、僕は何回息を吐いたのだろうか。答えは宙に浮く埃のように舞っていた。答えは出ていない、出す予定もないという事だ。[中央寄せ]***[/中央寄せ]「あのさぁ、そういう事じゃないんだよ」
そう言われた時、心の底からムカついた。今すぐこいつをぶん殴ってしまいたい。でもそうすると色々と大変な事になるし、何より、殴るとこいつに後で謝らなければいけない。それは絶対に嫌だった。それなら家に帰ってからぬいぐるみに恨みをぶつける方がまだマシだと、そう思った。僕は一時の感情で、自分を窮地に追い込むような真似はしない。
「……はぁ……」
僕は物理的に暴力を振るう代わりに、空っぽの返事を相手に投げつける。すかすかな返事ならば、こちらの負担も大してかからないし、相手は地味に嫌な思いをする。そうなってしまえば、正直に言うとばんばんざい。丁度良かった。
「とにかくさ、頑張ってみたらどう?」
頑張る頑張るって、ムカつく。最後は僕に判断を委ねますみたいな態度取ってるけど、僕に半強制的にやらせたいのが丸見えで、かなりきつい。これは、僕が今まで流されやすい性格をしていて、自分の意見を表してこなかったからこうしているのだろうか。こいつにとっては残念な知らせだが、僕にだって感情や意見はある。なぜそれを出さなかったかって、それは僕が意見を出す事のデメリットを把握していたからだ。今回のは、どうしても僕のポリシーに反する事だし、反抗するメリットの方が大きいと判断したから、こうやって反抗しているんだ。そこが分からないだなんて、こいつは本当に大人で、センセーなのか? こんな人が僕の担任をしているだなんて、ほとほと愛想も気も尽きてしまう。
「うーん……そう、ですね」
渋った演技を見せるものの、内心ではこれからの事は決まっている。僕は絶対に自分の信条を曲げない。それだけだ。信条も心情も曲げるもんか。この世で曲げて良いのは針金だけだ。
「まぁ、なんとかしてよ」
そう言ってセンセーは部屋から出ていった。出ていった途端に、開放されたんだと力が抜ける。いや、力が抜けるというより、体に使っていた力や元気が心の方に戻っていった、という方が正しいか。とにかく、あの魔王のような女からは開放されたんだと感じた。
「……あんな阿呆みたいな課題、やるわけねーっつーの」[中央寄せ]***[/中央寄せ] 僕が数時間前に体験した事。これは僕にとってとても胸糞が悪くて、最悪で、気持ちが悪くなるような事だった。
「あぁもう、思い出すだけで嫌んなるな。うっ、痛い、イタイ……」
今日起きたそれが原因かは分からないのだが、僕は今、頭痛に悶えている最中だ。薬はさっき飲んだ。市販薬だが、これで少しでも楽になるなら良い。頭痛の原因はなんだろうか、気圧か、ストレスか。個人的には前者である事を信じていたい。
「はぁ」
痛みとストレスが相まって、さっきよりも強く大きいため息を吐いた。今はもう居ない母親にこんな姿を見られたら、怒られてしまうだろうか、なんて事を突発的に考えてもみる。母親は僕が幼稚園児だった頃、事故でこの世を去った。今は父親が、男手ひとつで僕を育ててくれている。感謝はしている。
「お父さんは……寝てるか」
現在時刻は午前三時。夜更けも夜更けな時間帯だが、不思議とまだ眠くはない。僕の生活リズムが狂っているからなのか、脳が痛みに対して何らかの脳内物質を分泌させているのか。眠気がない理由は、沢山あるように思えた。
「あぁ、チクショー。寝過ごすこともできないってか」
洋画に出てくる男みたいな言葉を口に出しながら、今日の事をまた思い出す。やっぱりまた、不快でたまらない気持ちになってきた。どうしようもないむかむかした気持ちが蘇る。もはやストレスだけで胸焼けしてしまいそうな気分だ。要するに、気持ちが悪いという事。もうこんな気持ちを消し去ってくれと思ってしまうほどに、憎々しい気持ちで胸が浸されていった。
「ほんとにさぁ、あの人なんなんだろうか。あんな人と一緒に居ても、意味なんて無いのかもな」
あの人。それはセンセーの事だ。学校の担任は、なんだかんだ僕とそりが合わない。そりが合わないというか、価値観が互いに真逆なんだろう。逆方向へのハンドルを切ってしまっているのだ。
「んでもって、あんなセンセーに愛想が尽きたのはあの忌々しい課題が出たからですよっと」
父親が北海道旅行のお土産で買ってきたお菓子を頬張りながら、課題についても思い出す。あんな謎課題が出たのは、おおよそ一週間前の事だった。[中央寄せ]***[/中央寄せ]「えー国語の課題ですね。これですね、この物語の続きを書きましょう」
最初に課題について聞いた時は、あまり違和感は覚えなかった。いや、元々その感覚はあったのかもしれないが、心の奥でうずくまっていたのだろう。最初は特に何も言わず、珍しい課題だなと思うだけだった。
しかし、いざ家に帰って書こうとすると、なんだか違うと思い始めてしまった。いつも課題をするときとは違う、謎の違和感を感じたのだ。なんだか上手く書ける気がしなくて、僕は一旦、書く事をやめた。後でまた考えよう、父が帰ってきた時に意見でも聞こうと思い、とりあえずパソコンを閉じて、僕は苦手な地理の暗記に集中力を費やした。
「ただいまー」
数時間後。勉強はもうとっくに終わっていて、ゲームをしていると、いつも通り父親が帰ってきた。父は一見疲れたような顔をしているが、よく見ると、毎日イキイキとした顔をしている。その日もそうだった。
「[漢字]勇人[/漢字][ふりがな]ゆうと[/ふりがな]、晩御飯はどうする」
父から晩御飯の話を振られた時、ふいに国語の課題の事を思い出した。そうだ、書けなかったから一旦やめて、父が帰ってきたらその時に教えてもらおうとしていたんだ。
「晩御飯かー、昨日の味噌汁とご飯でいいよ」
「なんだ、そんな味気ないもので良いのか。じゃあ卵焼きでも作ろうか」
「……うん。なぁお父さん。分からないっていうか、ちょっとやりづらい課題があってさぁ。お父さん、こういうの得意だよね? 職業的にもさ、うん」
僕はパソコンを開いて、父に画面を見せた。そこには、まだ白一面の課題入力画面が開かれていた。
「お? なんだこれは」
「物語の続きを書くっていう……やつ。お父さん、これ系得意だろ。出版社勤務なんだから」
僕の父は、ある出版社で編集者として働いている。そこそこ大手の出版社らしくて、僕がたまに小説を読んでみたいと言うと、父は「興味があるのは結構だ」と言って、翌日会社から自社出版の小説を持ってくる。タダで作品が読めるので、僕的にも父がこの仕事に就いているのはありがたい。収入もそこそこあるようだし。
「……なるほどな。どういう物語なんだ? 父さんに見せてくれ」
「えっと、これだよ」
僕は国語の教科書を持ってきて、父に見せる。父は教科書をパラパラとめくる。そして数十秒後、話の本筋を理解したのか、それとも自分の仕事関係で見た事があるものだと気付いたのか、「あー……これか」と呟いていた。
「どんなの書けば良い、かな」
父は悩んだような顔をしていた。僕はなんで父が悩んでいるのか、頭を抱えているのかが分からなくて、どうしたのと尋ねる。すると父はなんでもないと言った後、真顔で僕にこう言った。
「……まず、勇人。お前は本当にこの課題をやりたいのか?」
「え?」
「いや、すまない。お前を試すわけじゃないんだ。ただ、勇人は本当に、この物語の続きが書きたいのか?」
真髄を突かれた気がした。父の真剣な眼差しは、僕の心の底にある違和感を引き上げるように、真っ直ぐを僕を見つめていた。僕は咄嗟に、心の中で自問自答する。
「いいか。成績とか、そういうものは気にするな。父さんは、お前に優しく、勇気ある人間になってほしいんだ。成績なんてどうでもいいさ。その上でだ、勇人。この課題に、お前は違和感を覚えているんじゃないのか?」
父のその発言で、僕は全てを知った。分かった。そうだ、僕には違和感があったんだ。なぜ物語の続きを書くのか、それは作者に失礼だと、心の何処かが最初から疼いていたんだ。僕はその時、やっと理解し、父に言った。
「お父さん……。僕、僕は、この課題やりたくない! 作者の人は、きっとここで終わらせたいと思ったから物語を終わらせたんだと思うし、勝手に続きを書くだなんて、この話を書いた作者さんに失礼だと思うから……。それに、この課題を言われた通りにしたとして、自分が成長できると思わない!」
一通り言い切った後は、感じた事のない開放感が僕の心を満たした。正直に自分の意見を言うというのは、こんなにも爽快な事だったのかと、初めて知る。僕は自分の意見をあまり言えない、いわゆる引っ込み思案な性格なので、父親にさえここまで正直に思いをぶちまけた事は無かった。なんだか、体の内側から、徐々に体が暖まっていくのを感じた。
「そうか。言ってくれてありがとう、勇人。じゃあ、書けないという旨の文章を書こう。それを提出すれば、父さんは何も言わない。もし先生になにか言われたら、父さんに言ってくれ。私が許可しましたって言ってやるさ」
父は、これまで見た事が無いくらいの優しい笑顔をしていた。それはきっと、僕が成長したのが目に見えたからなんだろう。[中央寄せ]***[/中央寄せ] そして今日、父さんと一緒に考えて提出した文章について、僕はセンセーからお叱りを受けたというわけだ。
「ほんとムカつくぜ、あの人」
別に、何かを気にしているわけではない。何かあったら父も反論してくれるらしいし、後ろ盾もあるという事で、不安は特にない。だが、何かがまだくすぶっている感覚がする。これはきっと、僕がとんでもなく怒っているというだけなんだろうが。
「はぁ……。ほんとヤんなるぜ」
なぜ先生にあんな言われをされなければいけないのか。先生は僕が書いた文をきちんと読んだ上であんな発言をしたのか。僕のしている事は世間からすれば間違いなのか。色々な疑問が頭の中で浮かんでは消えていく。その様相は、まるで子供が吹いたシャボン玉のようで、すぐにこの世を去ってしまうような、淡く脆い代物だった。
「……でも、間違いじゃないって、僕は信じるよ」
そう、信じるのだ。信じるしか無いのだ。ここまで来て、父にもあんなに笑ってもらって、今更引き返すなんて事は出来ない。そんな事をしたら、それこそ父に怒られてしまうだろう。自分を曲げるなと。昔から、父はそういう所で僕を叱る。自分を曲げるな、貫けと、父はいつも僕にそう教えるのだ。最初はなんじゃそりゃとムカついていたが、今思うと、父なりの優しさに溢れている、愛情こもった叱り方だと僕は感じる。
だからこそだ。ここまで父に愛情を注いでもらったからこそ。僕は自分の意志を曲げない。曲げられない。
「いや、もう父さんを盾にするのも、やめにしよう」
僕は自分の意思で、自分の意志を曲げないと誓う。たとえ周りから否定されようと、どんなにちっぽけな事に対しても、僕は自分の意志に基づき行動する。最後まで自分を信じられる人が、一番格好よく、そして一番気高き存在になれると、僕は信じているから。
「さて、明日はどうしよっかな」
次センセーに会ったらどんな対応をしてやろうかと想像する。そうしているとふと、自分の頭痛が和らいでいる事に気が付いた。
「……そろそろ寝ようかな」
明日も朝が来る。次の朝日に照らされながら起きる朝を考えながら、僕は自分の寝室へと向かう。
自分でここまで成長できたんだ。この課題が出た事に、一ミリくらいは感謝をしても良いのかもしれない。
「あぁ……」
ため息が出る。この部屋の中で、この少ない人生の中で、僕は何回息を吐いたのだろうか。答えは宙に浮く埃のように舞っていた。答えは出ていない、出す予定もないという事だ。[中央寄せ]***[/中央寄せ]「あのさぁ、そういう事じゃないんだよ」
そう言われた時、心の底からムカついた。今すぐこいつをぶん殴ってしまいたい。でもそうすると色々と大変な事になるし、何より、殴るとこいつに後で謝らなければいけない。それは絶対に嫌だった。それなら家に帰ってからぬいぐるみに恨みをぶつける方がまだマシだと、そう思った。僕は一時の感情で、自分を窮地に追い込むような真似はしない。
「……はぁ……」
僕は物理的に暴力を振るう代わりに、空っぽの返事を相手に投げつける。すかすかな返事ならば、こちらの負担も大してかからないし、相手は地味に嫌な思いをする。そうなってしまえば、正直に言うとばんばんざい。丁度良かった。
「とにかくさ、頑張ってみたらどう?」
頑張る頑張るって、ムカつく。最後は僕に判断を委ねますみたいな態度取ってるけど、僕に半強制的にやらせたいのが丸見えで、かなりきつい。これは、僕が今まで流されやすい性格をしていて、自分の意見を表してこなかったからこうしているのだろうか。こいつにとっては残念な知らせだが、僕にだって感情や意見はある。なぜそれを出さなかったかって、それは僕が意見を出す事のデメリットを把握していたからだ。今回のは、どうしても僕のポリシーに反する事だし、反抗するメリットの方が大きいと判断したから、こうやって反抗しているんだ。そこが分からないだなんて、こいつは本当に大人で、センセーなのか? こんな人が僕の担任をしているだなんて、ほとほと愛想も気も尽きてしまう。
「うーん……そう、ですね」
渋った演技を見せるものの、内心ではこれからの事は決まっている。僕は絶対に自分の信条を曲げない。それだけだ。信条も心情も曲げるもんか。この世で曲げて良いのは針金だけだ。
「まぁ、なんとかしてよ」
そう言ってセンセーは部屋から出ていった。出ていった途端に、開放されたんだと力が抜ける。いや、力が抜けるというより、体に使っていた力や元気が心の方に戻っていった、という方が正しいか。とにかく、あの魔王のような女からは開放されたんだと感じた。
「……あんな阿呆みたいな課題、やるわけねーっつーの」[中央寄せ]***[/中央寄せ] 僕が数時間前に体験した事。これは僕にとってとても胸糞が悪くて、最悪で、気持ちが悪くなるような事だった。
「あぁもう、思い出すだけで嫌んなるな。うっ、痛い、イタイ……」
今日起きたそれが原因かは分からないのだが、僕は今、頭痛に悶えている最中だ。薬はさっき飲んだ。市販薬だが、これで少しでも楽になるなら良い。頭痛の原因はなんだろうか、気圧か、ストレスか。個人的には前者である事を信じていたい。
「はぁ」
痛みとストレスが相まって、さっきよりも強く大きいため息を吐いた。今はもう居ない母親にこんな姿を見られたら、怒られてしまうだろうか、なんて事を突発的に考えてもみる。母親は僕が幼稚園児だった頃、事故でこの世を去った。今は父親が、男手ひとつで僕を育ててくれている。感謝はしている。
「お父さんは……寝てるか」
現在時刻は午前三時。夜更けも夜更けな時間帯だが、不思議とまだ眠くはない。僕の生活リズムが狂っているからなのか、脳が痛みに対して何らかの脳内物質を分泌させているのか。眠気がない理由は、沢山あるように思えた。
「あぁ、チクショー。寝過ごすこともできないってか」
洋画に出てくる男みたいな言葉を口に出しながら、今日の事をまた思い出す。やっぱりまた、不快でたまらない気持ちになってきた。どうしようもないむかむかした気持ちが蘇る。もはやストレスだけで胸焼けしてしまいそうな気分だ。要するに、気持ちが悪いという事。もうこんな気持ちを消し去ってくれと思ってしまうほどに、憎々しい気持ちで胸が浸されていった。
「ほんとにさぁ、あの人なんなんだろうか。あんな人と一緒に居ても、意味なんて無いのかもな」
あの人。それはセンセーの事だ。学校の担任は、なんだかんだ僕とそりが合わない。そりが合わないというか、価値観が互いに真逆なんだろう。逆方向へのハンドルを切ってしまっているのだ。
「んでもって、あんなセンセーに愛想が尽きたのはあの忌々しい課題が出たからですよっと」
父親が北海道旅行のお土産で買ってきたお菓子を頬張りながら、課題についても思い出す。あんな謎課題が出たのは、おおよそ一週間前の事だった。[中央寄せ]***[/中央寄せ]「えー国語の課題ですね。これですね、この物語の続きを書きましょう」
最初に課題について聞いた時は、あまり違和感は覚えなかった。いや、元々その感覚はあったのかもしれないが、心の奥でうずくまっていたのだろう。最初は特に何も言わず、珍しい課題だなと思うだけだった。
しかし、いざ家に帰って書こうとすると、なんだか違うと思い始めてしまった。いつも課題をするときとは違う、謎の違和感を感じたのだ。なんだか上手く書ける気がしなくて、僕は一旦、書く事をやめた。後でまた考えよう、父が帰ってきた時に意見でも聞こうと思い、とりあえずパソコンを閉じて、僕は苦手な地理の暗記に集中力を費やした。
「ただいまー」
数時間後。勉強はもうとっくに終わっていて、ゲームをしていると、いつも通り父親が帰ってきた。父は一見疲れたような顔をしているが、よく見ると、毎日イキイキとした顔をしている。その日もそうだった。
「[漢字]勇人[/漢字][ふりがな]ゆうと[/ふりがな]、晩御飯はどうする」
父から晩御飯の話を振られた時、ふいに国語の課題の事を思い出した。そうだ、書けなかったから一旦やめて、父が帰ってきたらその時に教えてもらおうとしていたんだ。
「晩御飯かー、昨日の味噌汁とご飯でいいよ」
「なんだ、そんな味気ないもので良いのか。じゃあ卵焼きでも作ろうか」
「……うん。なぁお父さん。分からないっていうか、ちょっとやりづらい課題があってさぁ。お父さん、こういうの得意だよね? 職業的にもさ、うん」
僕はパソコンを開いて、父に画面を見せた。そこには、まだ白一面の課題入力画面が開かれていた。
「お? なんだこれは」
「物語の続きを書くっていう……やつ。お父さん、これ系得意だろ。出版社勤務なんだから」
僕の父は、ある出版社で編集者として働いている。そこそこ大手の出版社らしくて、僕がたまに小説を読んでみたいと言うと、父は「興味があるのは結構だ」と言って、翌日会社から自社出版の小説を持ってくる。タダで作品が読めるので、僕的にも父がこの仕事に就いているのはありがたい。収入もそこそこあるようだし。
「……なるほどな。どういう物語なんだ? 父さんに見せてくれ」
「えっと、これだよ」
僕は国語の教科書を持ってきて、父に見せる。父は教科書をパラパラとめくる。そして数十秒後、話の本筋を理解したのか、それとも自分の仕事関係で見た事があるものだと気付いたのか、「あー……これか」と呟いていた。
「どんなの書けば良い、かな」
父は悩んだような顔をしていた。僕はなんで父が悩んでいるのか、頭を抱えているのかが分からなくて、どうしたのと尋ねる。すると父はなんでもないと言った後、真顔で僕にこう言った。
「……まず、勇人。お前は本当にこの課題をやりたいのか?」
「え?」
「いや、すまない。お前を試すわけじゃないんだ。ただ、勇人は本当に、この物語の続きが書きたいのか?」
真髄を突かれた気がした。父の真剣な眼差しは、僕の心の底にある違和感を引き上げるように、真っ直ぐを僕を見つめていた。僕は咄嗟に、心の中で自問自答する。
「いいか。成績とか、そういうものは気にするな。父さんは、お前に優しく、勇気ある人間になってほしいんだ。成績なんてどうでもいいさ。その上でだ、勇人。この課題に、お前は違和感を覚えているんじゃないのか?」
父のその発言で、僕は全てを知った。分かった。そうだ、僕には違和感があったんだ。なぜ物語の続きを書くのか、それは作者に失礼だと、心の何処かが最初から疼いていたんだ。僕はその時、やっと理解し、父に言った。
「お父さん……。僕、僕は、この課題やりたくない! 作者の人は、きっとここで終わらせたいと思ったから物語を終わらせたんだと思うし、勝手に続きを書くだなんて、この話を書いた作者さんに失礼だと思うから……。それに、この課題を言われた通りにしたとして、自分が成長できると思わない!」
一通り言い切った後は、感じた事のない開放感が僕の心を満たした。正直に自分の意見を言うというのは、こんなにも爽快な事だったのかと、初めて知る。僕は自分の意見をあまり言えない、いわゆる引っ込み思案な性格なので、父親にさえここまで正直に思いをぶちまけた事は無かった。なんだか、体の内側から、徐々に体が暖まっていくのを感じた。
「そうか。言ってくれてありがとう、勇人。じゃあ、書けないという旨の文章を書こう。それを提出すれば、父さんは何も言わない。もし先生になにか言われたら、父さんに言ってくれ。私が許可しましたって言ってやるさ」
父は、これまで見た事が無いくらいの優しい笑顔をしていた。それはきっと、僕が成長したのが目に見えたからなんだろう。[中央寄せ]***[/中央寄せ] そして今日、父さんと一緒に考えて提出した文章について、僕はセンセーからお叱りを受けたというわけだ。
「ほんとムカつくぜ、あの人」
別に、何かを気にしているわけではない。何かあったら父も反論してくれるらしいし、後ろ盾もあるという事で、不安は特にない。だが、何かがまだくすぶっている感覚がする。これはきっと、僕がとんでもなく怒っているというだけなんだろうが。
「はぁ……。ほんとヤんなるぜ」
なぜ先生にあんな言われをされなければいけないのか。先生は僕が書いた文をきちんと読んだ上であんな発言をしたのか。僕のしている事は世間からすれば間違いなのか。色々な疑問が頭の中で浮かんでは消えていく。その様相は、まるで子供が吹いたシャボン玉のようで、すぐにこの世を去ってしまうような、淡く脆い代物だった。
「……でも、間違いじゃないって、僕は信じるよ」
そう、信じるのだ。信じるしか無いのだ。ここまで来て、父にもあんなに笑ってもらって、今更引き返すなんて事は出来ない。そんな事をしたら、それこそ父に怒られてしまうだろう。自分を曲げるなと。昔から、父はそういう所で僕を叱る。自分を曲げるな、貫けと、父はいつも僕にそう教えるのだ。最初はなんじゃそりゃとムカついていたが、今思うと、父なりの優しさに溢れている、愛情こもった叱り方だと僕は感じる。
だからこそだ。ここまで父に愛情を注いでもらったからこそ。僕は自分の意志を曲げない。曲げられない。
「いや、もう父さんを盾にするのも、やめにしよう」
僕は自分の意思で、自分の意志を曲げないと誓う。たとえ周りから否定されようと、どんなにちっぽけな事に対しても、僕は自分の意志に基づき行動する。最後まで自分を信じられる人が、一番格好よく、そして一番気高き存在になれると、僕は信じているから。
「さて、明日はどうしよっかな」
次センセーに会ったらどんな対応をしてやろうかと想像する。そうしているとふと、自分の頭痛が和らいでいる事に気が付いた。
「……そろそろ寝ようかな」
明日も朝が来る。次の朝日に照らされながら起きる朝を考えながら、僕は自分の寝室へと向かう。
自分でここまで成長できたんだ。この課題が出た事に、一ミリくらいは感謝をしても良いのかもしれない。
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