秋の日のかげ
昨日とは打って変わって、きれいな秋晴れとなった今日。
いつものベンチに、翔馬の姿はなかった。
公園の奥の方の花畑。
菊、コスモス…ちょっとしたデートスポットのように整えられたこの広場。
そこでただ花を摘む少年が一人いた。
そう、翔馬だ。
「きょうで、きっとかげちゃんとはおわかれだから」
一際綺麗な菊を何本か、片手に携えて。
そうしているうち、視界の端で、黒い髪が揺れた…気がした。
夕方。翔馬にとっての特別な時間。
かげと出会って変わった「日常」が、今日を終えれば元にもどるのだ。
翔馬は涙がこみあげそうになって、あわてて拭いた。
涙は、かげに「さようなら」を言うまで取っておくために。
ベンチに置かれた飲み残しのジュース缶が、不意にからん、と音を立てて落ちる。
影を夕日の反対に伸ばして。
そして…
「こんばちは!」
かげは翔馬の後ろから、明るく、どこか寂しい声でそう言った。
「かげちゃん…」
「よかった、今日もしょうまくんと会えて」
翔馬の目の前に立って、かげはそう言って笑ってみせた。
…笑う目に、涙が浮かぶ。
「…きえたく、ないな…」
ついに、俯いてしゃがみ込んでしまったかげ。
「ぼくも…かげちゃんに、きえてほしくない…」
翔馬は、かげの頭に手を乗せる。
かげが驚いてぱっと頭を上げると、目の前に、鮮やかなオレンジ色の菊の花を見つけた。
「おはな…?」
「かげちゃん、いままでありがとうって…つたえたくて…
お花、つんできた!」
翔馬はそっと、かげの小さな手に菊の花を握らせる。
「…あはは!」
突然、かげは笑い出した。
「どうしたの?なにか、へんだった…?」
翔馬はそう言うが、かげはにこっと笑って。
「わたしも、花つんでたの!…しょうまくんのために!」
そういうと、かげは翔馬に、青紫色の小さな菊…シオンの花を差し出した。
「あのね」
かげは明るい笑顔を向けて、こう言った。
「いつかきっと、また会いに行くからね」
「…うん!」
そう頷く翔馬の顔は、今までで一番、晴れやかな笑顔だった。
翔馬が周りに背を向けたまま、振り返れなくなることはもうないだろう。
かげはそれを安堵したかのように、最後、にこっと笑って…
あたたかな光とともに消えていった。
「またね、かげちゃん」
翔馬は手にシオンの花を握って、光が消えるまでずっと見ていた。
夕日は今日も、公園をオレンジ色に染める。
「霧雨先輩っていっつもそれ持ってますよね」
あの日から20年。俺はかげのことを忘れたことはない。
運搬会社の制服の胸ポケットには、あの日貰った花が…といっても、
花びらは落ち、茎だけ茶色く枯れて残ってるから、無残な姿なんだが。
「まぁな、幼き頃の思い出っていうか、形見っていうか…」
職場でたまたま馬が合って仲良くしている後輩にそう笑ってやると、彼は少し肩をすくめて、一口コーヒーを飲む。
「じゃ、お疲れ様でした、っと」
俺はそう言って立ち上がると、自分の飲んでいたコーヒーの缶を近くのゴミ箱に捨てた。
「久しぶりだな…この公園」
帰り道、ふと思い立って、あの思い出の公園に寄ってみた。
変わらない。子供たちのはしゃぎ声も、このベンチも…
「そういや、守は今何してんだろ…ま、ろくでもないことしてんだろうな、どうせ」
夕日が沈んでくる。木々の影が伸びて、子供たちはそれぞれ帰路について。
そして、誰もいなくなった公園に、声が聞こえた。
「こんばちは」
振り返るとそこには、
黒いワンピース、黒のロングヘアに枯れた菊を飾った女性が、こちらに向かって微笑んでいる。
いつものベンチに、翔馬の姿はなかった。
公園の奥の方の花畑。
菊、コスモス…ちょっとしたデートスポットのように整えられたこの広場。
そこでただ花を摘む少年が一人いた。
そう、翔馬だ。
「きょうで、きっとかげちゃんとはおわかれだから」
一際綺麗な菊を何本か、片手に携えて。
そうしているうち、視界の端で、黒い髪が揺れた…気がした。
夕方。翔馬にとっての特別な時間。
かげと出会って変わった「日常」が、今日を終えれば元にもどるのだ。
翔馬は涙がこみあげそうになって、あわてて拭いた。
涙は、かげに「さようなら」を言うまで取っておくために。
ベンチに置かれた飲み残しのジュース缶が、不意にからん、と音を立てて落ちる。
影を夕日の反対に伸ばして。
そして…
「こんばちは!」
かげは翔馬の後ろから、明るく、どこか寂しい声でそう言った。
「かげちゃん…」
「よかった、今日もしょうまくんと会えて」
翔馬の目の前に立って、かげはそう言って笑ってみせた。
…笑う目に、涙が浮かぶ。
「…きえたく、ないな…」
ついに、俯いてしゃがみ込んでしまったかげ。
「ぼくも…かげちゃんに、きえてほしくない…」
翔馬は、かげの頭に手を乗せる。
かげが驚いてぱっと頭を上げると、目の前に、鮮やかなオレンジ色の菊の花を見つけた。
「おはな…?」
「かげちゃん、いままでありがとうって…つたえたくて…
お花、つんできた!」
翔馬はそっと、かげの小さな手に菊の花を握らせる。
「…あはは!」
突然、かげは笑い出した。
「どうしたの?なにか、へんだった…?」
翔馬はそう言うが、かげはにこっと笑って。
「わたしも、花つんでたの!…しょうまくんのために!」
そういうと、かげは翔馬に、青紫色の小さな菊…シオンの花を差し出した。
「あのね」
かげは明るい笑顔を向けて、こう言った。
「いつかきっと、また会いに行くからね」
「…うん!」
そう頷く翔馬の顔は、今までで一番、晴れやかな笑顔だった。
翔馬が周りに背を向けたまま、振り返れなくなることはもうないだろう。
かげはそれを安堵したかのように、最後、にこっと笑って…
あたたかな光とともに消えていった。
「またね、かげちゃん」
翔馬は手にシオンの花を握って、光が消えるまでずっと見ていた。
夕日は今日も、公園をオレンジ色に染める。
「霧雨先輩っていっつもそれ持ってますよね」
あの日から20年。俺はかげのことを忘れたことはない。
運搬会社の制服の胸ポケットには、あの日貰った花が…といっても、
花びらは落ち、茎だけ茶色く枯れて残ってるから、無残な姿なんだが。
「まぁな、幼き頃の思い出っていうか、形見っていうか…」
職場でたまたま馬が合って仲良くしている後輩にそう笑ってやると、彼は少し肩をすくめて、一口コーヒーを飲む。
「じゃ、お疲れ様でした、っと」
俺はそう言って立ち上がると、自分の飲んでいたコーヒーの缶を近くのゴミ箱に捨てた。
「久しぶりだな…この公園」
帰り道、ふと思い立って、あの思い出の公園に寄ってみた。
変わらない。子供たちのはしゃぎ声も、このベンチも…
「そういや、守は今何してんだろ…ま、ろくでもないことしてんだろうな、どうせ」
夕日が沈んでくる。木々の影が伸びて、子供たちはそれぞれ帰路について。
そして、誰もいなくなった公園に、声が聞こえた。
「こんばちは」
振り返るとそこには、
黒いワンピース、黒のロングヘアに枯れた菊を飾った女性が、こちらに向かって微笑んでいる。
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