全部上書きして【Lier's world】
ある時の朝、駅のホーム。
いつもと同じ電車に乗ろうとするとすくむ足。
立ち止まる自分を訝し気に見る人たち。
だけど何より違ったのは、その日電車に乗らなかったこと。
______やがてホームには、いつもと同じアナウンスが流れ始める。
[斜体][太字]《 間もなく列車が参ります 危ないですから黄色い線までお下がり___ 》[/太字][/斜体]
............そう言えば『お下がりください』って、どっち側なんだろう。
[太字]______『向こう側なんじゃないかな』[/太字]
そう思った時、不思議と足はすくまなかった。
[太字]あぁ、これで自由になれる。[/太字]
[太字]______そう思って飛び跳ねた自分の右腕を誰かが掴んだ。[/太字]
身体が大きく右に旋回する。
[太字]左腕に強烈な痛みが走る。[/太字]
真っ赤に染まる視界と耳をつんざくような悲鳴の中で、
[太字]ふっ飛んでいく自分の左腕を見ていながら、[/太字]
なぜか冷静だった。
[太字]______あの時確かに俺は、走馬灯に近い何かを見たのを憶えている。[/太字]
[水平線]
某月 某日
______最初はずっと扉に向かって、お互い叫んでた。
[太字][大文字]『出して!ここから出して!!扉開けてよお母さん!!』
『もう誰でもいいから!! ねぇお母さんお兄ちゃん!!』[/大文字][/太字]
そのあまりに悲痛な叫びを、扉の向こう側で聞いていることしかできなかった。
[水平線]
某月某日
[小文字]『お兄ちゃん、お兄ちゃん............』[/小文字]
日に日に弟から発せられる声は弱く、か細くなっていく。
でもそりゃそうだよ。そんなのとっくに分かってたよ。
______水も食事もまともに与えられないで。
[太字]そんなんで一人の子どもが生きていけるわけがないって。[/太字]
ずっと前から、分かってたんだ。
[太字]______何が、何が『大切な何かを守れるようになりたい』だよ。[/太字]
大切なものの一つも守れないで、俺は何言ってたんだろう。
[水平線]
某月某日
______分かってる。
心の奥底では理解してしまってるんだ。
______でも、受け入れられないんだ。
理性が理解を拒んでいるんだ。
[太字]それを理解した暁には、心の在処なんて一つもなくなって生きていけなくなるって本能的に分かってしまっているから。[/太字]
[太字]だからずっと、その先に進もうとすることを拒んでた。[/太字]
[太字]皆と違って『成長する』ことが、知ってしまうのが何より怖かった。[/太字]
[太字]______まだ幸唄はあの扉の向こう側で生きているんだって、そんなありもしない夢を見ていた。[/太字]
[太字]全部自分の勝手なワガママでしかないって分かってたから、余計に誰にも言えなかった。[/太字]
[太字]皆がつらいことを乗り越えているのを見る度、心が締め付けられて。[/太字]
[太字]______どうしてそんなキレイな笑顔で笑ってられるんだよって、ずっと思ってた。[/太字]
[太字]...............ずっと、[漢字]真っすぐな光[/漢字][ふりがな]アイツ[/ふりがな]のようにはなれないのを隠して、生きていた。[/太字]
[水平線]
夕凪「............」
もう感覚が伝わることのない左腕をさすっている。
話している間も、捨て飯は俺の背中を優しく叩いてくれていた。
その手が震えているのは背中の感覚越しだけでも分かっていた。
左隣にいる朱肉は小さく嗚咽を漏らしながら泣いている。
朱肉「[小文字]............ッッ、何で、[/小文字]何でもっと早く言ってくれなかったんですか......!!」
夕凪「[太字]ワガママだって分かってたからだよ!![/太字]」
夕凪「[太字]............『偽善』だけで付き合ってた仲のお前らにそんなの言えない......!![/太字]」
レモン「[小文字]偽善って.........[/小文字][太字]何なんですかその『偽善』って!![/太字]」
夕凪「[太字]............お前らにかけてた励ましの言葉も、救われてたかもしれない言葉も.........!![/太字]」
夕凪「[太字]全部心の底から思ってたことでも言えたことでも!! ないんだよ!![/太字]」
夕凪「[太字]...............全部、[漢字]アイツ[/漢字][ふりがな]幸唄[/ふりがな]のための罪滅ぼしでしかないんだ.........[/太字]」
レモン「[太字]______それは違うでしょ!![/太字]」
夕凪「........!?」
レモン「[太字]じゃあ今まで自分と過ごしてきたこと全部忘れて生きてくださいって言うんすか!![/太字]」
レモン[太字]「[太字]嫌ですよ!![/太字]」[/太字]
レモン「...............例えそれが心の底から言えたことじゃないとしても、!」
レモン「[太字]あなたの言葉に救われたって人は今ここにいるんすよ.........!![/太字]」
レモン「[太字]夕凪さんが皆を助けたみたいに、少しはうちらにも頼ってくださいよ!![/太字]」
夕凪「...............なんで」
夕凪「[太字]...............なんで、そんなこと言えんだよ.........ッ[/太字]」
レモン「.........だって、助けてくれたじゃないすか。」
レモン「恩返しっすよ。」
レモンはそう言うと、泣きそうになっている目を誤魔化すようにしてゆっくりと鍵のかかった扉の方を見た。
夕凪「............本当に、.........頼ってもいいの?」
朱肉「.........当たり前でしょ、そんなの......!」
夕凪「.........。」
朱肉「先生のおかげで僕の『今』があるんだって、何で先生はそんな事もわかんないんですか.........!!」
朱肉「先生のバカ.........!!」
朱肉は俯いて、小さく嗚咽を漏らしながら泣いていて。
それでもその言葉には真っすぐな意志が見えた。
捨て飯「............夕凪さんは、一人で抱え込みすぎなんですよ。」
捨て飯「無理に誰かの手本になろうなんて考えなくていいんです。」
捨て飯「[太字]............あなたばかり『先生』じゃなくたって、私たちはもう大丈夫ですから。[/太字]」
夕凪「[太字]............ッ、いいのかなぁ、俺だけ一人で幸せになるなんて..........[/太字]」
心に沁みる言葉に感化されて涙がこぼれ落ちる。
............我慢してたんだけどなぁ。
朝露「[太字]何泣いてんだよ。[/太字]」
夕凪「.........だって.........ッ」
夕凪「お前らが優しいから..............」
朝露「.........てか、もう心の支えになってるやつはここにいんだろ」
夕凪「.........なんだそれ。」
感情がぐっちゃぐちゃになって、それでもずっと笑っていられたのは目の前で輝く大切な人たち。
夕凪「............分かった。[太字].........進んでみようと思う[/太字]」
今ならきっと、前を向いて進めると思う。
[太字]______多分致命傷になるだろうけど、きっと。[/太字]