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月桂冠にはなれなかったダフネ

#5


「インタレッセさんのお孫さん、イーストン行くんですって」
「ええ!あの!?」
「しかも特待生で」
「いやー、凄いわねぇ……うちの子に爪の垢を煎じて飲ませてやりたいわ」


俺も出来ることなら飲みたいよ。でもそれを言葉通りにやると変態だし、諺通り“インタレッセさんのお孫さん”を真似ても多分出来ないと思う。
あれは天才なのだから。凡人が天才の真似をしても、ただの変人になるだけだ。

そう思いながら、田舎の図書館の本棚整理を進めていく。




近所にローナという美人で評判の少女がいた。


黄金色の豪奢な髪に、白い肌。可憐というには絶世で、妖艶というには清楚な美しさがある顔立ち。
澄んだターコイズブルーの瞳は知的に煌めいていた。

口数も少なく、表情は無表情気味であるが、それすらも廃退的で儚い魅力に変えてしまう。だが、そんな放って置けない雰囲気のある少女ではあるが、別に放っておいても全然大丈夫なくらい強かった。

安物の杖でも握らせれば右に出る者は居ないし、若干10歳で「カール・フォン・カウンの魔法理論学(全68巻)」を読破した読書家だ。それに魔法薬剤師の祖母を持つお陰か、魔法薬の知識も豊富。

しかも風を読むのが上手いので、箒や舟にのるのも上手い。
風に吹かれれば、簡単に吹き飛ばされそうな細い体で箒に跨って海辺を飛ぶ姿は一つの絵画の様でもある。が、ワンピースやスカートのまま凄いスピードで飛行するので下着が見えないかいつもヒヤヒヤしてしまう。


美少女で魔法もうまくて頭もいい。
ここまで完璧だったらせめて性格ぐらいはクソであれと願った。だが、願いとは裏腹にローナの性格は大人しく、口数こそ少ないが気遣いと優しさが滲み出る善人だった。


そんな子が近所に居るのだからこの辺りの男どもの初恋はローナだった。
勿論、それはオレも例外ではなかった。それで、まぁオレはクソガキだったもんで、低学年特有の好きな子に意識されたくてちょっかいをかける、をしたのだ。

振り向いて欲しくて、ローナに両親がいないことを何度も揶揄った。
でも、ローナはその水面のような瞳を此方に向けることはなかった。当たり前だ。

分かってる。


「あの…」
「ふぁい!!?」


考えごとをしていたら憧れの人に話しかけられた。上擦った声が出てしまう。ローナは相変わら動かない仮面のような表情のままだ。


「本を返却したいのですが」
「あっ、はい。届いています」


ローナが口にしたのはマイナーなSF小説の題名だった。こんな俗っぽいのも読むんだと、いつも抱いていた幻想がいい意味で消えていく。

簡単な操作をして終わり。話す必要なんてない。



「……この小説、面白かったですか」

うん。面白かった。

じゃあこの小説もお勧めですよ。



このでいけばいい。

この流れを作る為に、勇気出して尋ねた質問。
ごくりと唾を飲み込む。なんか口の中が乾いてきた。



「はい。面白かったです」
「!じゃ、じゃあこの小説もお勧めですよ」



想定通りに言えた。このまま流れに乗っかって、変な意地張って言えなかった2文字を…………は、流石に言えそうにないけど、ごめんって普通に謝りたかった。

でも、やっぱり無理みたいで。


「なるほど。ですが、その本は借りれません」
「な、んで……」


ローナの瞳がオレを映した。ようやく、オレを見てくれた。
そんな場違いな考えが浮かんだのは自分の都合のいいところだけを見て現実逃避する為だろう。

花びらのような唇が、言葉を紡ぐ。


「進学先が全寮制でして。明後日にはこの街から出て入寮します」
「、そっ、うですか……がんばってください」
「はい」


そう言って去って黄金色の髪を靡かせて歩く後ろ姿は見惚れるぐらい綺麗で、オレが手を伸ばしても届かないことは簡単に分かるくらい残酷だった。

きっと彼女は名門イーストンで様々な出会いをする。それは友達かもしれないし、一生を共にするパートナーかもしれない。
出来れば、その出会いの中に君を笑わせれる人がいて欲しい。

オレとしてはとても嫌だが、好きな人が楽しく笑えるならそれが一番だから。

っと、見ず知らずの他人に願ってしまおうオレみたいなのには彼女はきっと微笑みかけてくれないんだろうなー

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2024/07/20 19:55

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