レディメイド
#1
[太字]「ああっもう!」[/太字]
ゴミ箱の方向へ、くしゃくしゃに丸めた紙を投げる。ゴミ箱からは、紙が当たったくだらない音が小さく聞こえた。
窓から差し込んできた、夜の黒い空は、白いカーテンを灰色に染めている。カーテンは、優しくなびいているが、私の心の状態は、そんな優しさと相反していた。
[太字]「なんで……どうして!!」[/太字]
深夜、私はひたすら叫ぶ。腹から出た声は、普通だったらかなりの近所迷惑だが、幸い、私の部屋は防音だ。
だが、防音でも部屋の汚さは改善されない。さっき私が荒らしたこの部屋は、ゴミやら紙やら、様々な日用品達が散乱している。中には、いつも使っているお気に入りの皿も、割れて落ちてしまっている。いつもなら掃除しなきゃと動き出す頃だが、そんな元気があれば私はここまで暴走していないだろう。掃除なんて後の事は、今更もう考えられない。
[太字]「うっ……うあぁ!!」[/太字]
なぜ、私がここまで苦しんでいるのか。その理由は、私の才能の無さにあった。
私は幼少から、芸術に強い興味があった。絵画、文学、音楽、演劇、今挙げたもの以外でも、全ての芸術を愛している。そして、愛しているからこそ、今私は苦しんでいるわけで。
「……もし、私に才能があれば……。幸せだったのでしょうか、神様」
夜空に浮かぶ雲と星たちに、そう聞いてみる。だが、彼らは喋る事はないのだ。その代わり、私の心の黒い隙間に、そっと自分達の姿を残す。この夜空を、私の脳に刻みつけようとするのだ。
そして、私もそれに応えることにする。
私はこの夜空を、ずっと覚える事とする。たとえ、全てを忘れてしまっても。
「……優しいのですね」
つたない雰囲気が残る部屋の中に、私の声は静かに溶け込んでいった。そして、私はやっと部屋の惨状へ目を向け、掃除を始めた。
[中央寄せ]***[/中央寄せ]
私が芸術を愛する理由。それは、自分の人生を、遠慮なく他人に見せることが出来るから。
人生を他人にそのまま見せるというのは、とても難しいものだ。自分も他人も、傷つく恐れのある危険な行為。それに、見せると言っても、方法はあまり無い。どうすればいいのか分からない。
だがしかし、芸術という物にぶつけるならば、話は大きく変わってくる。芸術に自分の人生を、心情をぶつければ、間接的に他人に人生を見せることになる。私はそれが、たまらなく美しく、尊き物と感じるのだ。
それに、これ以外の理由が、もう一つある。それは、子供だったある日に、芸術が私を変えてくれたからだ。
その日の事は、今でも覚えている。小さな体は足から震えていって、思わずため息が漏れ出るような、そんな感動だった。
『すごい……。すごいなぁ!』
赤色の観客席でそう叫んだ日。その日の私は、母とある劇を見に行っていたのだ。とても単純で、それでいてとても嬉しい体験。私は幼い日に劇を見て、いたく感動してしまった。
こんな事もあったので、私はいつしか、芸術に人生を捧げるようになった。見るのも作るのも、大好きになってしまった。
今思えば、これが良くなかったのかもしれない。
一生、観客側だったら良かったのかも。観客席でポップコーンでも食べながら、笑って泣いて怒って、それだけの人生だったら、私は苦しんでいなかったんじゃないか。今更、そう思ってしまう。
「……苦しまなかったら、楽なのでしょうか?」
ふと、口から言葉が漏れ出る。苦しまないということは、果たして楽という事なのだろうか。楽しいということなのだろうか。答えは出ないであろう疑問を拾ってくれる人は、この部屋には居ない。
「……こんな事考えても、しょうがないですね。残るは、キッチン周辺の掃除ですか。それが終わったら、お皿の処理ですね」
ずっと前かがみになって掃除していたので、腰が痛い。よいしょ、と老人のように言って、思いきり立ち上がる。掃除は、まだ終わらないのだから。
[中央寄せ]***[/中央寄せ]
私は、小学生の頃から作品づくりを始めた。小学三年生の夏、初めて作ったのは、とても短い数百文字の小説。今となれば、とても恥ずかしく、読めた物じゃないが、当時の私は、出来上がった時とても喜んだ。初めての作品だ、一生大切にする、と言って、小説を書いたノートをとても大事に保管した。
それからも、小説に終わらず、絵や音楽も作り続けた。中学生へとなる時期には、もうかなり、技術は成長していた。正直、今の私と、作品づくりの腕はほぼ変わっていないと思う。
もちろん、中学生になってからも、作品を作り続けた。部活は美術部と文芸部を掛け持ちして、みんなだらけていたが、私だけは作品を作っていた。本当の事を言うと、あの時私は吹奏楽部にも入りたかったが、流石に一人三つはダメと、担任と部活の顧問に止められてしまった。
そして時は過ぎていって、高校生になると、私は焦るようになった。なぜ焦るのかというと、成長しなかったから。
成長というのは、一回途中で止まるものだと、誰もがそう言う。私にもそういう時期が、とうとう訪れてしまったのだ。
そこからは、一ヶ月に一回完成、という作品づくりのペースも、一週間に一回完成へと増えていった。とにかく、質より量を重視して、寝る間も食べる間も惜しんで、作品を作り続けたのだ。
だが、焦れば焦るほど、作品の質は落ちていく。本当はもっといい作品が作れるはずなのに、どうしてだろう、とひたすら考え、次第に私は迷走していった。今考えれば分かるが、あの頃は普通に、時間を掛けていなかったからだと思う。もっとこだわって、時間を掛けて一つの作品を作っていれば、あの時あんなに悩む事はなかったと思う。
だけど、私はそれに気付けなかった。ただひたすらに作れば、いつか報われるんだと、そう信じ切っていたのだ。
「もっと、もっと、いい作品を。ずっと作り続けなきゃ、そうしないと、意味がなくなっちゃう」
訳の分からない「意味」に囚われて、その結果できたのは、大量の価値が低いただの作品群だった。
[中央寄せ]***[/中央寄せ]
あれこれ言ったが、今私は大学生。ずっと行きたかった芸大にも行くことが出来て、とても満足だった。[漢字]最初は[/漢字][ふりがな]・・・[/ふりがな]。
だけど、そんな幸せな日常はあまり続くものではない。[漢字]禍福[/漢字][ふりがな]かふく[/ふりがな]は[漢字]糾[/漢字][ふりがな]あざな[/ふりがな]える縄の如しと言うように、幸福の後には不幸が来るものだ。小説でもよくある事。どちらかがずっと続いていては、とてもつまらないし、そんな事は絶対にありえない。
そして、私に降りかかる「不幸」は、自分の才能の無さの自覚、というものだった。自分に才能なんて無い、そんな残酷な事実にやっと気付く、いや、向き合うのだ。
元々、自分に才能がないと、分かっていることだった。自分は凡人だって、どんなに努力しても、天才には追いつかないって。ずっとずっと、気付いていたことなのだ。
作品を初めて作ったあの時も、作品を見ず知らずの他人に「アホみたい」と馬鹿にされたあの時も、大切に作った絵画を一瞬で壊されたあの時も、私はずっと思っていた。私に才能なんて、はなからないって。
だけど、馬鹿だった私は、そんな現実から目を背け続けていた。そんな事無い、私には他の人と違う才能がある、そう自分に言い聞かせて、必死に取り繕っていた。そうでもしないと、どうにかなってしまうから。
だけど、嫌でも意識してしまうような日が、とうとう来てしまった。貴方は凡人だと突きつけてくれる、悪魔の様相をした天使が、ついに現れてしまったのだ。
いや、こう言っても、回りくどいだけだ。単純に言ってしまえば、インターネットで見た作品が、私の心をえぐったのだ。
絵でも小説でも音楽でも、正直この際なんでもいい。インターネットである作品を目にして、その作品が、私の心を壊した。それだけだったのだ。たったそれだけだったのに。それだけで、私の心はいともたやすく、壊されてしまったのだ。
「ああ、私に才能など……、そんなもの最初から無かったと、そう言いたいのですね……皆は」
割ってしまった皿を片付けながら、そう呟く。窓の方を見ながらだったので、皿で自分の指を軽く切ってしまう。自分の指というのは、私にとってかなり大事なものなので、よそ見をしていたせいだというのは理解しつつ、とてもショックである。
「……片付け、いつ終わりますかね。一旦休憩しましょうか……」
次にやるべきキッチンの方へ目を向けるが、この夜が終わるまでに片付け終わるか、とても微妙な状態だ。惨状を見たらやる気も失せたし、気分転換に、ちょっとスマホでも見ようと思う。テーブルの上にスマホはあるが、少し前の時間、壁に思いっきり投げてしまったので、使えはするもののバッキバキだ。
「うっわ、見ずらいですね……。使える事が、とりあえず幸いでしょうか」
いつも入力するスマホのパスワードは、母親の誕生日。母は厳格な人だったが、私を大切に育ててくれた優しい人だった。だけど、私はまだ母に恩返しができていない。いつかしたいが、その「いつか」がいつは、一体いつになるのだろうか。考えるだけで、少し恐ろしい事も脳裏に出てきてしまう。
そして、スマホを開いて、一番最初に目に飛び込んできたのは、私が暴れた原因だった。そう、あの作品だ。
「……はぁ」
思わずため息が出てしまう。嫉妬、尊敬、色々な感情が混ざり合って、よく分からない気持ちにもなってしまう。私はこれから、どうこの作品と向き合っていこう。作品にコメント出来ない設定だったので、私はこの思いを一人で抱え込まなければいけない。
なぜ、こんなに素晴らしい作品が生み出せるんだろう。世界一好きで、世界一嫌いな作品だと思う。表現、ストーリー、登場人物、どれをとっても、私には描けないほど素晴らしかった。作者の才能に、これでもかというほど嫉妬してしまうほどに。
「……最後は、どうなるのでしょう」
私は、まだこの作品の最後を見ていない。見る前に、嫉妬で気が触れてしまったから。せっかくだし、このまま読み切ってしまおう。下にスクロールする度に、私が嫉妬する美しい世界が、どんどんと広がっていく。ああ、今も胸がいっぱいいっぱいだ。心がはち切れてしまいそうにもなる。
そんな風に、私の中で交わっていく気持ち達を抑えて、作品の最後の言葉を見る。
『あなたは、あなたらしくすればいいのよ』
ああ、私を本当に傷つけるのは――この言葉だった。
自分らしくなんて、昔からしていた。でも、私らしくしようとすればするほど、自分が周りと同じなことに気付いて。そしてその事実がどうしても嫌だったから、私は「自分らしい」を捨てた。それを捨てれば、周りと違う自分になれると、本気で信じていたから。結果は、全然違うものだったけれど。
「……私、らしくなんて、そんなもの……!」
そして今、私は気付いた。気付いて、傷ついた。夜空と部屋の惨状を目の隅にやりながら、私の視界は滲んでいく。透明な雫は、ひび割れてしまったスマホの画面へと静かに落ちる。
泣きながら、分かった事を口にする。
「……レディメイドでも、良かったのですね……」
そう、[漢字]自分のままでも良かったのだ[/漢字][ふりがな]・・・・・・・・・・・・・[/ふりがな]。馬鹿な私は、その事実に、たった今気付いてしまったのだ。もう遅すぎる、こんな時に。
「……遅いですね、私……。ほんと、馬鹿です。馬鹿で馬鹿で、本当にしょうがない……」
こぼれ落ちる涙は、何にも変えがたかった。作品にできない感情なんて、今初めて感じた。だけど、これで良い、これで良いような気がする。
「……もうオーダーメイドはやめます。卒業……ですね」
スマホに落ちた涙は、液晶の上をすべって、私のスカートに染み込んでいった。
ゆっくりで、ゆっくりで良い。少しずつ、レディメイドを取り戻そうと思う。
もう、後悔をしないように。
ゴミ箱の方向へ、くしゃくしゃに丸めた紙を投げる。ゴミ箱からは、紙が当たったくだらない音が小さく聞こえた。
窓から差し込んできた、夜の黒い空は、白いカーテンを灰色に染めている。カーテンは、優しくなびいているが、私の心の状態は、そんな優しさと相反していた。
[太字]「なんで……どうして!!」[/太字]
深夜、私はひたすら叫ぶ。腹から出た声は、普通だったらかなりの近所迷惑だが、幸い、私の部屋は防音だ。
だが、防音でも部屋の汚さは改善されない。さっき私が荒らしたこの部屋は、ゴミやら紙やら、様々な日用品達が散乱している。中には、いつも使っているお気に入りの皿も、割れて落ちてしまっている。いつもなら掃除しなきゃと動き出す頃だが、そんな元気があれば私はここまで暴走していないだろう。掃除なんて後の事は、今更もう考えられない。
[太字]「うっ……うあぁ!!」[/太字]
なぜ、私がここまで苦しんでいるのか。その理由は、私の才能の無さにあった。
私は幼少から、芸術に強い興味があった。絵画、文学、音楽、演劇、今挙げたもの以外でも、全ての芸術を愛している。そして、愛しているからこそ、今私は苦しんでいるわけで。
「……もし、私に才能があれば……。幸せだったのでしょうか、神様」
夜空に浮かぶ雲と星たちに、そう聞いてみる。だが、彼らは喋る事はないのだ。その代わり、私の心の黒い隙間に、そっと自分達の姿を残す。この夜空を、私の脳に刻みつけようとするのだ。
そして、私もそれに応えることにする。
私はこの夜空を、ずっと覚える事とする。たとえ、全てを忘れてしまっても。
「……優しいのですね」
つたない雰囲気が残る部屋の中に、私の声は静かに溶け込んでいった。そして、私はやっと部屋の惨状へ目を向け、掃除を始めた。
[中央寄せ]***[/中央寄せ]
私が芸術を愛する理由。それは、自分の人生を、遠慮なく他人に見せることが出来るから。
人生を他人にそのまま見せるというのは、とても難しいものだ。自分も他人も、傷つく恐れのある危険な行為。それに、見せると言っても、方法はあまり無い。どうすればいいのか分からない。
だがしかし、芸術という物にぶつけるならば、話は大きく変わってくる。芸術に自分の人生を、心情をぶつければ、間接的に他人に人生を見せることになる。私はそれが、たまらなく美しく、尊き物と感じるのだ。
それに、これ以外の理由が、もう一つある。それは、子供だったある日に、芸術が私を変えてくれたからだ。
その日の事は、今でも覚えている。小さな体は足から震えていって、思わずため息が漏れ出るような、そんな感動だった。
『すごい……。すごいなぁ!』
赤色の観客席でそう叫んだ日。その日の私は、母とある劇を見に行っていたのだ。とても単純で、それでいてとても嬉しい体験。私は幼い日に劇を見て、いたく感動してしまった。
こんな事もあったので、私はいつしか、芸術に人生を捧げるようになった。見るのも作るのも、大好きになってしまった。
今思えば、これが良くなかったのかもしれない。
一生、観客側だったら良かったのかも。観客席でポップコーンでも食べながら、笑って泣いて怒って、それだけの人生だったら、私は苦しんでいなかったんじゃないか。今更、そう思ってしまう。
「……苦しまなかったら、楽なのでしょうか?」
ふと、口から言葉が漏れ出る。苦しまないということは、果たして楽という事なのだろうか。楽しいということなのだろうか。答えは出ないであろう疑問を拾ってくれる人は、この部屋には居ない。
「……こんな事考えても、しょうがないですね。残るは、キッチン周辺の掃除ですか。それが終わったら、お皿の処理ですね」
ずっと前かがみになって掃除していたので、腰が痛い。よいしょ、と老人のように言って、思いきり立ち上がる。掃除は、まだ終わらないのだから。
[中央寄せ]***[/中央寄せ]
私は、小学生の頃から作品づくりを始めた。小学三年生の夏、初めて作ったのは、とても短い数百文字の小説。今となれば、とても恥ずかしく、読めた物じゃないが、当時の私は、出来上がった時とても喜んだ。初めての作品だ、一生大切にする、と言って、小説を書いたノートをとても大事に保管した。
それからも、小説に終わらず、絵や音楽も作り続けた。中学生へとなる時期には、もうかなり、技術は成長していた。正直、今の私と、作品づくりの腕はほぼ変わっていないと思う。
もちろん、中学生になってからも、作品を作り続けた。部活は美術部と文芸部を掛け持ちして、みんなだらけていたが、私だけは作品を作っていた。本当の事を言うと、あの時私は吹奏楽部にも入りたかったが、流石に一人三つはダメと、担任と部活の顧問に止められてしまった。
そして時は過ぎていって、高校生になると、私は焦るようになった。なぜ焦るのかというと、成長しなかったから。
成長というのは、一回途中で止まるものだと、誰もがそう言う。私にもそういう時期が、とうとう訪れてしまったのだ。
そこからは、一ヶ月に一回完成、という作品づくりのペースも、一週間に一回完成へと増えていった。とにかく、質より量を重視して、寝る間も食べる間も惜しんで、作品を作り続けたのだ。
だが、焦れば焦るほど、作品の質は落ちていく。本当はもっといい作品が作れるはずなのに、どうしてだろう、とひたすら考え、次第に私は迷走していった。今考えれば分かるが、あの頃は普通に、時間を掛けていなかったからだと思う。もっとこだわって、時間を掛けて一つの作品を作っていれば、あの時あんなに悩む事はなかったと思う。
だけど、私はそれに気付けなかった。ただひたすらに作れば、いつか報われるんだと、そう信じ切っていたのだ。
「もっと、もっと、いい作品を。ずっと作り続けなきゃ、そうしないと、意味がなくなっちゃう」
訳の分からない「意味」に囚われて、その結果できたのは、大量の価値が低いただの作品群だった。
[中央寄せ]***[/中央寄せ]
あれこれ言ったが、今私は大学生。ずっと行きたかった芸大にも行くことが出来て、とても満足だった。[漢字]最初は[/漢字][ふりがな]・・・[/ふりがな]。
だけど、そんな幸せな日常はあまり続くものではない。[漢字]禍福[/漢字][ふりがな]かふく[/ふりがな]は[漢字]糾[/漢字][ふりがな]あざな[/ふりがな]える縄の如しと言うように、幸福の後には不幸が来るものだ。小説でもよくある事。どちらかがずっと続いていては、とてもつまらないし、そんな事は絶対にありえない。
そして、私に降りかかる「不幸」は、自分の才能の無さの自覚、というものだった。自分に才能なんて無い、そんな残酷な事実にやっと気付く、いや、向き合うのだ。
元々、自分に才能がないと、分かっていることだった。自分は凡人だって、どんなに努力しても、天才には追いつかないって。ずっとずっと、気付いていたことなのだ。
作品を初めて作ったあの時も、作品を見ず知らずの他人に「アホみたい」と馬鹿にされたあの時も、大切に作った絵画を一瞬で壊されたあの時も、私はずっと思っていた。私に才能なんて、はなからないって。
だけど、馬鹿だった私は、そんな現実から目を背け続けていた。そんな事無い、私には他の人と違う才能がある、そう自分に言い聞かせて、必死に取り繕っていた。そうでもしないと、どうにかなってしまうから。
だけど、嫌でも意識してしまうような日が、とうとう来てしまった。貴方は凡人だと突きつけてくれる、悪魔の様相をした天使が、ついに現れてしまったのだ。
いや、こう言っても、回りくどいだけだ。単純に言ってしまえば、インターネットで見た作品が、私の心をえぐったのだ。
絵でも小説でも音楽でも、正直この際なんでもいい。インターネットである作品を目にして、その作品が、私の心を壊した。それだけだったのだ。たったそれだけだったのに。それだけで、私の心はいともたやすく、壊されてしまったのだ。
「ああ、私に才能など……、そんなもの最初から無かったと、そう言いたいのですね……皆は」
割ってしまった皿を片付けながら、そう呟く。窓の方を見ながらだったので、皿で自分の指を軽く切ってしまう。自分の指というのは、私にとってかなり大事なものなので、よそ見をしていたせいだというのは理解しつつ、とてもショックである。
「……片付け、いつ終わりますかね。一旦休憩しましょうか……」
次にやるべきキッチンの方へ目を向けるが、この夜が終わるまでに片付け終わるか、とても微妙な状態だ。惨状を見たらやる気も失せたし、気分転換に、ちょっとスマホでも見ようと思う。テーブルの上にスマホはあるが、少し前の時間、壁に思いっきり投げてしまったので、使えはするもののバッキバキだ。
「うっわ、見ずらいですね……。使える事が、とりあえず幸いでしょうか」
いつも入力するスマホのパスワードは、母親の誕生日。母は厳格な人だったが、私を大切に育ててくれた優しい人だった。だけど、私はまだ母に恩返しができていない。いつかしたいが、その「いつか」がいつは、一体いつになるのだろうか。考えるだけで、少し恐ろしい事も脳裏に出てきてしまう。
そして、スマホを開いて、一番最初に目に飛び込んできたのは、私が暴れた原因だった。そう、あの作品だ。
「……はぁ」
思わずため息が出てしまう。嫉妬、尊敬、色々な感情が混ざり合って、よく分からない気持ちにもなってしまう。私はこれから、どうこの作品と向き合っていこう。作品にコメント出来ない設定だったので、私はこの思いを一人で抱え込まなければいけない。
なぜ、こんなに素晴らしい作品が生み出せるんだろう。世界一好きで、世界一嫌いな作品だと思う。表現、ストーリー、登場人物、どれをとっても、私には描けないほど素晴らしかった。作者の才能に、これでもかというほど嫉妬してしまうほどに。
「……最後は、どうなるのでしょう」
私は、まだこの作品の最後を見ていない。見る前に、嫉妬で気が触れてしまったから。せっかくだし、このまま読み切ってしまおう。下にスクロールする度に、私が嫉妬する美しい世界が、どんどんと広がっていく。ああ、今も胸がいっぱいいっぱいだ。心がはち切れてしまいそうにもなる。
そんな風に、私の中で交わっていく気持ち達を抑えて、作品の最後の言葉を見る。
『あなたは、あなたらしくすればいいのよ』
ああ、私を本当に傷つけるのは――この言葉だった。
自分らしくなんて、昔からしていた。でも、私らしくしようとすればするほど、自分が周りと同じなことに気付いて。そしてその事実がどうしても嫌だったから、私は「自分らしい」を捨てた。それを捨てれば、周りと違う自分になれると、本気で信じていたから。結果は、全然違うものだったけれど。
「……私、らしくなんて、そんなもの……!」
そして今、私は気付いた。気付いて、傷ついた。夜空と部屋の惨状を目の隅にやりながら、私の視界は滲んでいく。透明な雫は、ひび割れてしまったスマホの画面へと静かに落ちる。
泣きながら、分かった事を口にする。
「……レディメイドでも、良かったのですね……」
そう、[漢字]自分のままでも良かったのだ[/漢字][ふりがな]・・・・・・・・・・・・・[/ふりがな]。馬鹿な私は、その事実に、たった今気付いてしまったのだ。もう遅すぎる、こんな時に。
「……遅いですね、私……。ほんと、馬鹿です。馬鹿で馬鹿で、本当にしょうがない……」
こぼれ落ちる涙は、何にも変えがたかった。作品にできない感情なんて、今初めて感じた。だけど、これで良い、これで良いような気がする。
「……もうオーダーメイドはやめます。卒業……ですね」
スマホに落ちた涙は、液晶の上をすべって、私のスカートに染み込んでいった。
ゆっくりで、ゆっくりで良い。少しずつ、レディメイドを取り戻そうと思う。
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