二次創作
スノードロップ、そしてマリーゴールドへ
─────あの人にほんの少し触れたら────
思いっきり腕をのばして先輩の手を強く掴んだ。すっと息を吸って間髪入れずに言葉を吐き出す。
久我千寿「いい加減にしろよ!!!」
自分でも驚くほど腹の底から出た本音。先輩は驚きのあまりか、目を見開いたまま固まっている。
九条雪待「せっ、千寿、」
久我千寿「アンタって人は!本当にッ!!!」
なにかを伝えたい。なのに言葉が出てこない。何も言葉が見つからない。
色んな感情がバチバチと火花のように弾けている。
久我千寿「〜〜〜ッッ!!」
九条雪待「…千寿…」
さっきの強がった笑みが中途半端に残った先輩の表情が目に焼き付く。それをどうしようもできなくて子供のように地団駄を踏みたくなる。
久我千寿「なんで[漢字]雪待[/漢字][ふりがな]・・[/ふりがな]先輩は、そうやって…」
先輩の手を握る手に、より力がこもる。弱めた瞬間にパッと消えていなくなってしまいそうだったから。
九条雪待「…なんかあった?」
先輩は優しく、壊れやすいものに触るみたいに、俺の手に触れた。先輩の体温が手に伝わる。
九条雪待「千寿。どうした?」
先輩の手が手中からすり抜けた。手のひらに湿った風が通り抜ける。その瞬間、俺の中で燻っていたものがスッと抜け落ちて、ぽっかりと穴が空いた。
なんでだろう。俺は…
久我千寿「…俺は、」
俺は、彼女を引き止めたいのか?
何から?
声が震える。
できるだけ寄り添うように、
傷つけないように、
責めないように、
抉らないように、
堪えるように、
でも届くように、整えた声が。
久我千寿「俺は、あなたを救いたい…!!」
[中央寄せ]*[/中央寄せ]
久我千寿「なんで星漿体の護衛、そんなに嫌なんですか?」
千寿が水を差し出しながら、そう問う。
星漿体という言葉に反射的に身体が強ばり、水を受け取ろうとした手が固まった。
久我千寿「…あ、言いたくなかったら全然、大丈夫なんでッ!ただの俺の興味本位ですし、気にしないでくださいホント…」
私の異変に気づいたのか、千寿が必死に発言を取り消そうとする。
星漿体。
小学生のとき、父が星漿体の護衛任務で殉職した。盤星教の人間に奇襲されたらしい。今よりよっぽど過激な集団だった。同行していた禪院直毘人は、一人で逃げ帰ってきた。術師としては賢い選択だったのだろうが、子どもだった私の目には父を見捨てた悪人にしか見えなかった。
今でも鮮明に記憶に残っている。
私に父の死を告げた人が誰だったかは覚えていない。でも着物の色が紺色だったから男性だったのだろう。
呑気に庭で木刀を振っていた。
話を聞いた時、身体が麻痺したみたいに固まって、身体中から汗がドッと吹き出して、強く握っていたはずの鍛錬用の木刀が汗で滑り落ちた。
え、え、え、って。それしか言葉が出せなかった。それ以上何も言わずに家の中に入ろうとした彼を追いかけて、落とした木刀を踏んで思い切り転んだ。でも、誰一人見向きもしなかった。
あの時のたくさんの人の背中が、今でもまぶたに焼き付いている。
母さんはその日から壊れた。
九条雪待「んー…私情なんだけどね」
誤魔化すようにペットボトルの蓋を開ける。
九条雪待「…私が小学生のときかな。今回の子とは違う星漿体と天元との同化があるはず・・だったんだよね」
一言、二言と、千寿に話をする。
言葉を紡ぐほど、他人事になっていく気がした。
笑い飛ばすほど、過去から目を逸らしている気がした。
九条家に生まれた子どもは、否応なしに術師の道を歩まされる。もちろん私も例外ではない。
生まれた瞬間から術師になることが決まっていて、母や父、家の人間は強い術師になることを望み、私を育てた。
私を育てた人たちも、同じような境遇で同じように育てられてきた。
術師という括りで見れば、血縁を亡くした人や、仲間を亡くした人なんて大勢いる。だから父を失った子どもの事を、いちいち気にかける人なんてそういない。
それは分かってる。
ちゃんと、理解してる。
でも、
それでも、
私だって普通の─────
九条雪待「…私の父さんはその任務で死んだ。それだけだよ」
と、吐き捨てた。
強い術師になれよ、雪待。
強くなったところで、だ。
日向も、葵も、千寿も、血なまぐさくて行く先は真っ暗闇のこの道に。
私は、いったい何人を、この手で、この道に引きずり込んだんだろうな。
彼には悪い事をした。多分、心のどこかで縋ってしまっていた。期待してしまっていた。
救ってほしい、と。
[漢字]勇者[/漢字][ふりがな]ヒーロー[/ふりがな]になりたい、と言った彼に。
九条雪待「よっし、再開しようか」
一度引きずり込んだなら、せめて暗闇で彷徨わないように、最後まで前を歩いて彼らの手を引いてやる。
私は[漢字]勇者[/漢字][ふりがな]ヒーロー[/ふりがな]じゃないから、これは私の自己満足で、良く言えば贖罪で、悪く言えばただの悪足掻きだ。
だから、もし[漢字]彼[/漢字][ふりがな]千寿[/ふりがな]が術師を辞めたいなら、それを止める気はさらさら無い。
呪術界のことは全て忘れて、彼がもう一度普通の人生に戻れるように、引いていた手を喜んで離して、その背中を蹴っ飛ばしてやる。
九条雪待「私から3本連続で取ってみな。千寿は術式アリでいいよ」
千寿は俯いて座ったまま、動かない。
九条雪待「おーい、バテた?」
ヘラヘラと笑う。
辞めることは逃げじゃない。
あなたは日向とも葵とも、私とも違う。こんな苦しい道を歩む義務は無いんだから。
私はあなたを引き止めない。