二次創作
スノードロップ、そしてマリーゴールドへ
護衛任務当日である。
彼らの出発を蝉の喚き声が迎える。空は少し曇っているものの、見送りには申し分ない天気だ。
五条悟「うあ"ーーーー行きたくねえーーー」
九条雪待「んな事言ってても変わんないよー」
夏油傑「私アレと一緒に任務行きたくないんですけど((」
久我千寿「あはは、殺さない程度になら殴ってもいいですよ」
夏油傑「先輩??」
家入硝子「まあ頑張れよ、外道傑」
夏油傑「硝子??」
五条悟「てか!センパイたちも来てよ」
九条&久我「絶対いや」「お断りします」
お手本のような柔らかい笑みを浮かべて答える。
九条雪待「ま、星漿体の護衛任務を任せられんのは光栄なことだと思うよ。私は死んでもやりたくないけど」
久我千寿「2人とも、くれぐれも星漿体の子をいじめないでくださいよ」
主に悟くん、と視線を向ける。と、悟くんは心外だという風に目を見開く。
五条悟「はあ!?俺ぇ!?」
夏油傑「お前しかいないだろ」
家入硝子「別に夏油も無罪ってわけじゃないぞ」
五条悟「はあ…行ってきまー」
夏油傑「ま、なんとか頑張ります」
すでに疲れきった顔をしている傑くんに向かって小さくガッツポーズを送る。
九条雪待「はは、行ってらっしゃーい」
久我千寿「気をつけてくださいね」
家入硝子「死ぬなよー」
[中央寄せ]*[/中央寄せ]
俺と九条先輩は鍛練、硝子さんは座学となった。何度目かの対人練習を終えたとき、曇っていた空から雨が降り始めた。
九条雪待「うーわ最悪w」
久我千寿「やべやべ」
さすが夏。夕立ならすぐに止むだろう。
屋根の下に避難した頃にはすでに土砂降りになっていた。
久我千寿「…九条先輩ー」
九条雪待「ん?」
急遽休憩に入ったところで、自販機で買った(買わされた)冷たい水を片手に階段に座っている先輩に話しかける。
久我千寿「なんで星漿体の護衛、そんなに嫌なんですか?」と水を手渡しながら言う。
九条雪待「…」
先輩の、水を受け取ろうとした手が一瞬固まった。
久我千寿「…あ、言いたくなかったら全然、大丈夫なんでッ!ただの俺の興味本位ですし、気にしないでくださいホント…」
一瞬だったけれど初めて見た先輩の動揺。ダメだろ、今のは踏み込みすぎだ。慌てて発言を取り消そうとする。
九条雪待「んー…私情なんだけどね」
九条先輩が少し困ったような笑みを浮かべながら、ペットボトルのキャップを開ける。
九条雪待「…私が小学生のときかな。今回の子とは違う星漿体と天元との同化がある[漢字]はず[/漢字][ふりがな]・・[/ふりがな]だったんだよね」
ばたばたと激しく屋根を打つ雨音に、少し張り上げた先輩の声が混ざる。雨音が激しいので、いつもより先輩の近くに座って話をする。
久我千寿「あれ、同化ってたしか…500年ごとなはずじゃ?」
九条雪待「そうだよ、ちゃんと勉強してるね」
先輩は場違いにケラケラ笑った。やっぱり子どもみたいに笑う。
久我千寿「俺だってもう2年生なんすけど!」
九条雪待「はいはいw」
と言って彼女は水を飲む。
こうして近くで並ぶと、身長差のせいで九条先輩が小さく見える。
久我千寿「…あと、[漢字]はず[/漢字][ふりがな]・・[/ふりがな]ってことは、その同化は出来なかった…というか、失敗した?だから今回護衛任務が課されたっつーことすか?」
九条雪待「残念ながらそういうこと」
先輩はそう言って、キャップを閉めたペットボトルを振り子みたいに揺らしながら、ふらっと立ち上がる。その反動でクルッと半回転し、座っている俺を一瞬だけ覗き込んだ。
久我千寿「…?」
先輩の顔が陰る。少し伏せ気味な瞳が揺れたのを、俺は見逃さなかった。
九条雪待「ま、そん時色々あったんだよね〜。んで星漿体関連は避けがち…結論言うと」
ああ…いつぶりだろうか。
どうして、なんでそんな笑い方を、
九条雪待「怖いから、嫌」
泣き出す前の子供みたいな声。遠い星の瞬きのように、寂しげに震える声。
彼女が口を閉じた瞬間、どさあっと大量の雨が地面に叩きつけた。彼女はそれに全く動じなかった。
先輩は本心で話す時、今みたいに一瞬だけ泣き出しそうな顔で笑う。
俺が1年のときにも見たことがある。ここ半年以上、先輩のそんな表情を見ていなかった。最近の無邪気な笑顔が、俺の記憶を上書きしていた。
九条雪待「…私の父さんはその任務で死んだ。それだけだよ」
そうやってまた。また、強がる。
───君といると、
なーんか期待しちゃうんだよな───
隣で片膝を立てて座る、初夏の逆光を受けて浮かび上がった先輩のシルエットが脳裏をよぎった。
久我千寿「…ッ九条、先輩…」
俺の声は激しい雨音にかき消されて、きっと届かなかった。
九条先輩は俺を見ながら、どこか苦しそうに微笑む。
九条雪待「千寿。術師には、奇跡なんか起きないんだよ」
ホラー映画を見終わったときの、血まみれのくせに大丈夫と笑ってる先輩が、
実家と喧嘩してくる、なんて言って、俺には危険だから待ってろとか言う先輩が、
山奥の神社で俺に何度も「大丈夫」とか、「千寿は私が守る」とか、自分より[漢字]俺の[/漢字][ふりがな]・・[/ふりがな]命を第一に考えるような先輩が、
自分の手を「年頃の女の子のじゃない」と嘲るように笑う先輩が、
なんでそんな人が、そんな風に笑うんだよ。
今なら痛いほどわかる。
100均だとか言ってバカにしてた狐のお面。あれは、まだ未熟な俺を呪いから守るために先輩が呪力を込めたものだったってこと。
先輩の歪んだ表情が走馬灯のように幾つも蘇り、爆発しそうな焦燥感が胸の奥で燻る。爪が掌に食い込むのも気にせず、やり場のない感情を押し殺すように拳を握る。
九条雪待「…よっし、再開しようか」
感情が暴れている俺をよそに、彼女は打って変わって1トーン明るい声を出す。
雨はいつの間にやらあがっていた。
雲の切れ間から射し込む斜陽の光を受けて金色に輝く、見慣れた1本結び。それを揺らして俺の前を踊るように走っていく。
九条雪待「私から3本連続で取ってみな。千寿は術式アリでいいよ」
へらっと前みたいに笑った九条先輩の顔は、まだどこかぎこちなくて。雨上がりの夕空の下で俺を待っている先輩が、何故か、酷く遠く感じた。
九条雪待「おーい、バテた?」
ヘラヘラした笑い混じりに言われる。
今の俺には彼女の言葉なんて一つも耳に入っていなかった。
─────届きもしない星に手を伸ばしているような────
久我千寿「[漢字]雪待[/漢字][ふりがな]・・[/ふりがな]先輩!!!」
弾き出されたように地面を蹴って走る。
大した距離じゃないのに先輩に追いつけない気がし
て、感情がぐしゃぐしゃになる。
─────あの人にほんの少し触れたら、あの人の全部が一瞬で消えてしまいそうに見えた────