綾待ち
冬至。九州では珍しく雪が降った。そして珍しく定時で帰れた。いつもは素通りする近場のコンビニに暖を求めて、用もないコーナーに長居してみる。奥の食品コーナーには『今日は冬至!』というポスターが貼られ、ぎっちりとうどんが詰め込まれていた。生憎、今日はうどんの気分ではない。隅に追いやられた半額シールの貼られた海苔弁当を手に取る。行事ごとは特に何もしないが、折角だし今日は南瓜のスープでも買おうかと店内を模索する。南瓜を買って、叩き潰してもいいが、料理はできない上に、実家から持ってきた鍋が壊れているのでインスタントを探すしかない。インスタントのコーナーをじっと睨む。味噌汁、春雨スープ、たまごスープにポタージュ。隣は麺類だし、普段近寄らないものでレパートリーが極端に少ないことに気付く。食べようか悩んで、醤油ラーメンを買うついでにコーンスープにも手を伸ばした。
「859円でーす。袋いりますかー?」
大丈夫です。とか細い声で返事をする。成人祝いで貰ったボロボロの財布から1000円札を出す。ビニール袋とコイントレーに置かれたお釣り、レシートを取って、外に向かった。
自動ドアが変な音をたてながら開く。思わず風が冷たすぎるせいで、自動ドアの前で固まってしまった。雑誌を読んでいたおじさんに変なものを見るような目で見られながら、そそくさと撤退する。コンビニに長居しすぎたせいで、知らない間に薄い雪がコンクリートに膜を張っていた。シャリシャリと誰にも踏みつけられていない雪の上を歩く。ザクザク。彼は確か沢山積もったふわふわな雪のザクザクとした感じが好きだと言っていた。私はシャリシャリとした少し溶けた薄い雪の上を歩くのが好きで、帰り道でしょうもない議論を展開した記憶がある。風が強くなってきた。耳の中に雪が入ってきて、声は出なかったものの思わずギョっとした。今年こそは耳当てを買おうとして、毎年買わない。彼にも買えばいいのにと溜め息吐かれたこともある。振り返れば微かにコンビニの看板のネオンが見える。コンビニに耳当てがあった気がする。少し考えて、マフラーを口元まで引っ張り、滑らないように気を付けながら速足になる。あの日のように今年の冬も寒いようだ。
彼と出会ったのは高校のとき。中高一貫校で高校から入ってきた私は、最初から存在するグループに入ることができず、昼ご飯は一人で黙々と食べ、休み時間は静かに本を読むような生活をしていた。そんな彼とは二年で同じクラスになった。回りは委員会を揃えたりしようと休み時間情報交換をしていたが、生憎私は話す相手がいないわけで、特段楽しいとも思わない行事とかを含めこういうことは全然乗り気じゃない。そして担任は決まった人達から自分で黒板に書きに行くシステムをとる人だった。私は字が汚いから書きたくないのに。
「飼育委員」
担任が読み上げると思わず顔をあげてしまった。去年飼育委員だったせいで反射的に顔をあげてしまったのだ。
「八代。お前飼育委員な」
どうせいないしいいだろ。と一言付け加える。実際、飼育委員は不人気で、放課後残ってまでウサギの世話をする物好きは少ない。渋々席を立ち、チョークを持つ。八代 千紗。黒板に極力見えないように弱く小さく書く。画数少ないはずなのに、バランスが取れてなくてみっともなくなっている。誰も見てないだろうけど恥ずかしい。二周目。お決まりのじゃんけんで余りを埋めていく。小鳥遊 綾。私の隣に書かれた名前は私の字に相対して強く綺麗で羨ましかった。習字でも習ってたのだろうか。というよりあの名字はなんて読むんだろうか。出席番号的に小島と高山の間だから、『こ』か『た』で始まる。ことり...。
「あや...?」
「りょうだよ。たかなし りょう」
通りすがりの本人に教えてもらう。自己紹介のときそういえば言ってたな、と思い出して、静かに「ごめん」と呟くと、「大丈夫だよ。名字も難しいよね」と返ってきた。小鳥遊くんが優しくてよかった。特に私は何も言えずに、小鳥遊くんが通りすぎる姿を眺めた。何か他にも声を掛ければよかったと心のなかで、一人反省会を開く。その間に全ての枠が埋まってたらしく、学級委員が先生に促され、典型的な挨拶をしていた。先生の退屈な説明と各委員会の年表が配られ、それだけで一時限目が終わった。号令を終えると、やることもないので机に突っ伏す。
「八代さんカラオケ興味ある?」
「え?」
頭上から突然さっき聞いた声が聞こえて、思いっきり顔をあげる。不思議そうに小鳥遊くんと目があって、恥ずかしく思う。
「クラス全員一応誘ってて、今のとこ女子六割、男四割って感じ」
小鳥遊くんが丁重にスマホを開いて、聞いたことのないクラスメイトの名前を読み上げる。
「私、カラオケ行ったことない」
「マジで? 尚更行こうぜ」
小鳥遊くんの後ろからひょっこり小さい物体が顔を覗かせる。困惑している私を置いて、一人カラオケの魅力をベラベラと語る。
「これは阿澄っていうカラオケ大好きマンだから」
ごめんね。と小鳥遊くんは一言謝る。そんな。と申し訳なくなり私は思いっきり顔を横に振る。「これっていうなよ」と阿澄くんは小鳥遊くんの脛を蹴った。二人とも笑ってるし、随分仲が良さそうに思える。
「それじゃあ私も行こうかな」
今日出来た友達と初めてカラオケに行くことになった。
初めてのカラオケだったが手慣れた阿澄くんによって、スムーズに部屋連れていかれた。そういえば、説明をほぼ聞き流していたが、ドリンクバーが無料で付いてきてたことを思い出した。部屋に来て早々、入り口近くにあったドリンクバーへ向かった。
「八代さん、だよね?」
一人抜け出してオレンジジュースを飲もうとコップを取り出していると、黒髪長髪の女子が尋ねてきた。話し掛けられる心当たりが無く、あたふたしてしまう。
「ごめんね。ハンカチ落としてたから」
差し出されたピンクのレースのハンカチに見覚えはない。
「あ、えっと、私のじゃないです」
「え! ごめんね」
手でごめんのポーズを作って、トイレの方向へパタパタと走っていく。オレンジジュースを持って、部屋に戻ろうとすると、何か忘れ物をしたのか、彼女がまた世話しなく戻ってきた。
「八代さんってまだ連絡先交換してないよね? しない?」
スマホ片手にグイグイと迫ってくる。銃でも向けられているのかというレベルで圧が恐ろしい。
「あ、はい。よろしくお願いします」
親と連絡するために渋々入れた連絡アプリだったが、どうやら役にたったらしい。彼女は手を大きく振って、ハンカチ片手にトイレの方に向かう。
「友達3人...」
母と父しかいなかったリストに一人加わっただけで華やかな気持ちになった。
阿澄くんは意外と音痴だった。カラオケマンって聞いていたから、歌が上手いのかと勝手に思っていた。実際は、大人気アニメのオープニングを選曲して、歌い始めたのかと思えば、男友達と肩を組んで、はしゃぎまくる真面目に歌わない系の人だった。友達がいない身としては、何が楽しいのかさっぱりわからないが、カラオケは点数を競うものと思っていたがために勝手に失望した。
阿澄くんたちの次に予約していた小鳥遊くんが街に出たら必ず聞く流行りのかっこいい曲を歌っていた。
「八代さんも歌う?」
阿澄くんはタブレットを渡してくれたが、思わずタブレットを押し退けた。きょとんとした阿澄くんを見て、血の気が引いた。またやった。
「私はあんまり歌知らないから...」
慌てて弁明すると「そっか」と阿澄くんはタブレットを男友達の方に渡した。申し訳ないことをしたな、と一人反省会を開く。
「あ! じゃあ、カナ次歌いまーす!」
小鳥遊くんがラスサビ前の間奏に入っているとき、一人の女子が声をあげた。さっき、連絡先を交換した人だ。
「佳菜子アニソン歌えるん?」
阿澄くんが意外そうな顔で予約されたタブレットを受けとる。
「カナもアニメみるんですー」
マイクを片手に可愛げに唇を尖らせる。俗に言うぶりっ子とかいうやつなんだろう。意外に真面目に歌ってて、意外に上手だった。
「859円でーす。袋いりますかー?」
大丈夫です。とか細い声で返事をする。成人祝いで貰ったボロボロの財布から1000円札を出す。ビニール袋とコイントレーに置かれたお釣り、レシートを取って、外に向かった。
自動ドアが変な音をたてながら開く。思わず風が冷たすぎるせいで、自動ドアの前で固まってしまった。雑誌を読んでいたおじさんに変なものを見るような目で見られながら、そそくさと撤退する。コンビニに長居しすぎたせいで、知らない間に薄い雪がコンクリートに膜を張っていた。シャリシャリと誰にも踏みつけられていない雪の上を歩く。ザクザク。彼は確か沢山積もったふわふわな雪のザクザクとした感じが好きだと言っていた。私はシャリシャリとした少し溶けた薄い雪の上を歩くのが好きで、帰り道でしょうもない議論を展開した記憶がある。風が強くなってきた。耳の中に雪が入ってきて、声は出なかったものの思わずギョっとした。今年こそは耳当てを買おうとして、毎年買わない。彼にも買えばいいのにと溜め息吐かれたこともある。振り返れば微かにコンビニの看板のネオンが見える。コンビニに耳当てがあった気がする。少し考えて、マフラーを口元まで引っ張り、滑らないように気を付けながら速足になる。あの日のように今年の冬も寒いようだ。
彼と出会ったのは高校のとき。中高一貫校で高校から入ってきた私は、最初から存在するグループに入ることができず、昼ご飯は一人で黙々と食べ、休み時間は静かに本を読むような生活をしていた。そんな彼とは二年で同じクラスになった。回りは委員会を揃えたりしようと休み時間情報交換をしていたが、生憎私は話す相手がいないわけで、特段楽しいとも思わない行事とかを含めこういうことは全然乗り気じゃない。そして担任は決まった人達から自分で黒板に書きに行くシステムをとる人だった。私は字が汚いから書きたくないのに。
「飼育委員」
担任が読み上げると思わず顔をあげてしまった。去年飼育委員だったせいで反射的に顔をあげてしまったのだ。
「八代。お前飼育委員な」
どうせいないしいいだろ。と一言付け加える。実際、飼育委員は不人気で、放課後残ってまでウサギの世話をする物好きは少ない。渋々席を立ち、チョークを持つ。八代 千紗。黒板に極力見えないように弱く小さく書く。画数少ないはずなのに、バランスが取れてなくてみっともなくなっている。誰も見てないだろうけど恥ずかしい。二周目。お決まりのじゃんけんで余りを埋めていく。小鳥遊 綾。私の隣に書かれた名前は私の字に相対して強く綺麗で羨ましかった。習字でも習ってたのだろうか。というよりあの名字はなんて読むんだろうか。出席番号的に小島と高山の間だから、『こ』か『た』で始まる。ことり...。
「あや...?」
「りょうだよ。たかなし りょう」
通りすがりの本人に教えてもらう。自己紹介のときそういえば言ってたな、と思い出して、静かに「ごめん」と呟くと、「大丈夫だよ。名字も難しいよね」と返ってきた。小鳥遊くんが優しくてよかった。特に私は何も言えずに、小鳥遊くんが通りすぎる姿を眺めた。何か他にも声を掛ければよかったと心のなかで、一人反省会を開く。その間に全ての枠が埋まってたらしく、学級委員が先生に促され、典型的な挨拶をしていた。先生の退屈な説明と各委員会の年表が配られ、それだけで一時限目が終わった。号令を終えると、やることもないので机に突っ伏す。
「八代さんカラオケ興味ある?」
「え?」
頭上から突然さっき聞いた声が聞こえて、思いっきり顔をあげる。不思議そうに小鳥遊くんと目があって、恥ずかしく思う。
「クラス全員一応誘ってて、今のとこ女子六割、男四割って感じ」
小鳥遊くんが丁重にスマホを開いて、聞いたことのないクラスメイトの名前を読み上げる。
「私、カラオケ行ったことない」
「マジで? 尚更行こうぜ」
小鳥遊くんの後ろからひょっこり小さい物体が顔を覗かせる。困惑している私を置いて、一人カラオケの魅力をベラベラと語る。
「これは阿澄っていうカラオケ大好きマンだから」
ごめんね。と小鳥遊くんは一言謝る。そんな。と申し訳なくなり私は思いっきり顔を横に振る。「これっていうなよ」と阿澄くんは小鳥遊くんの脛を蹴った。二人とも笑ってるし、随分仲が良さそうに思える。
「それじゃあ私も行こうかな」
今日出来た友達と初めてカラオケに行くことになった。
初めてのカラオケだったが手慣れた阿澄くんによって、スムーズに部屋連れていかれた。そういえば、説明をほぼ聞き流していたが、ドリンクバーが無料で付いてきてたことを思い出した。部屋に来て早々、入り口近くにあったドリンクバーへ向かった。
「八代さん、だよね?」
一人抜け出してオレンジジュースを飲もうとコップを取り出していると、黒髪長髪の女子が尋ねてきた。話し掛けられる心当たりが無く、あたふたしてしまう。
「ごめんね。ハンカチ落としてたから」
差し出されたピンクのレースのハンカチに見覚えはない。
「あ、えっと、私のじゃないです」
「え! ごめんね」
手でごめんのポーズを作って、トイレの方向へパタパタと走っていく。オレンジジュースを持って、部屋に戻ろうとすると、何か忘れ物をしたのか、彼女がまた世話しなく戻ってきた。
「八代さんってまだ連絡先交換してないよね? しない?」
スマホ片手にグイグイと迫ってくる。銃でも向けられているのかというレベルで圧が恐ろしい。
「あ、はい。よろしくお願いします」
親と連絡するために渋々入れた連絡アプリだったが、どうやら役にたったらしい。彼女は手を大きく振って、ハンカチ片手にトイレの方に向かう。
「友達3人...」
母と父しかいなかったリストに一人加わっただけで華やかな気持ちになった。
阿澄くんは意外と音痴だった。カラオケマンって聞いていたから、歌が上手いのかと勝手に思っていた。実際は、大人気アニメのオープニングを選曲して、歌い始めたのかと思えば、男友達と肩を組んで、はしゃぎまくる真面目に歌わない系の人だった。友達がいない身としては、何が楽しいのかさっぱりわからないが、カラオケは点数を競うものと思っていたがために勝手に失望した。
阿澄くんたちの次に予約していた小鳥遊くんが街に出たら必ず聞く流行りのかっこいい曲を歌っていた。
「八代さんも歌う?」
阿澄くんはタブレットを渡してくれたが、思わずタブレットを押し退けた。きょとんとした阿澄くんを見て、血の気が引いた。またやった。
「私はあんまり歌知らないから...」
慌てて弁明すると「そっか」と阿澄くんはタブレットを男友達の方に渡した。申し訳ないことをしたな、と一人反省会を開く。
「あ! じゃあ、カナ次歌いまーす!」
小鳥遊くんがラスサビ前の間奏に入っているとき、一人の女子が声をあげた。さっき、連絡先を交換した人だ。
「佳菜子アニソン歌えるん?」
阿澄くんが意外そうな顔で予約されたタブレットを受けとる。
「カナもアニメみるんですー」
マイクを片手に可愛げに唇を尖らせる。俗に言うぶりっ子とかいうやつなんだろう。意外に真面目に歌ってて、意外に上手だった。
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