A.ヒーロー? Q.いいえ、探偵よ
『屋内対人戦闘訓練スタート』
一戦目であるAチームVS Dチームとの試合を観戦するため、緑谷、麗日、飯田、爆豪以外の生徒たち、そしてオールマイトは同ビル地下モニタールームにて待機していた。
「さぁ、君たちも考えて見るんだぞ!」
様々な画角から撮られた映像が並ぶ。音声は無く、オールマイトも最低限の指示をマイクで流すのみであり、行動は完全に自身の判断に委ねられる。良くも悪くも自分の現時点での能力が見えてしまう。
「なんか緊張……」
途端、湧き上がる実感に一部を除いた生徒たちに緊張が走った。そして、いくつも並ぶモニターの一つに、麗日、緑谷の姿が映る。慎重にビルに侵入した2人は周囲を警戒しながらゆっくりと廊下を進んでいた。爆豪、飯田の姿はまだそこにはない。だが、2人が一つ目の別れ道まで来たその時、状況が動いた。
「いきなり奇襲!!!」
角から突然、飛び出した爆豪が右手で殴りつけるように大振りの攻撃を打ち込む。鼻から緑谷だけを狙った攻撃。だが、爆豪のスイングは緑谷に当たることなく空振りし、壁を破壊した。
「爆豪ズッケェ!!奇襲なんて男らしくねぇ!!」
「奇襲も戦略!彼らは今、実戦の最中なんだぜ!」
「確かに!」
「緑谷くんよく避けれたな!」
『(避けられた…?)』
というより、あれは予想していた。そもそも、これは敵側が有利な演習だ。初手の奇襲もヒーロー側が何処から入ってくるのかは分からないとはいえ、確実に”入ってくる”というのが分かっているから見たところ索敵能力の無い敵チームにも可能だった。それに対してヒーロー側はどこから攻撃が来るかは分からない。それを避けるなんて芸当が戦闘ビギナーだろう少年にできるはずがない。
あの奇襲は手としては良かった。だが、”知られていた”。それを知らずに飛び込んだ過信と、相手の狙い通りの動きをしてしまったからこその失敗。○○は落とせる最大のチャンスだった初撃を逃した爆豪と大して実戦経験のなさそうな緑谷を見て興味深そうに息を吐いた。
『よく考えるタイプ、ねぇ』
その時、モニターの中の緑谷が爆豪の動きを予想したような動きで向かってくる彼をいなし、背負い投げをした。
きっと怒るだろうに、短気そうだし。数日前の怒り心頭な彼の姿を思い出す。名前の予想通り、額に青筋を立てた爆豪がさらに追撃する。緑谷に出来る対処方法がアレぐらいしかなかったのかもしれないが、予測されていることがわかる上に、大したダメージにはならない攻撃をされれば、誰だって舐められていると感じてもおかしくない。
『まぁ、先にお茶子を狙っておけば確実に減らせていたんだけどね』
「おま、それは男じゃねぇ!!」
『女なもんで』
画面の中で何かを叫ぶ爆豪が緑谷だけを狙って攻撃を続ける。仕返しにしてはやけに執拗だった。彼を負かしたいのか、焦っているのか。理由は到底、分からないが、なんにせよこれではヒーローと敵の模擬訓練ではなくなってしまった。目的を二の次に、ただの喧嘩に変わってしまっている。人間が何かを越える瞬間は大好きだが、個人同士の確執は当人達にしか分からないことが多く、それが話したことも、ましてやまだ実戦慣れもしていない子供2人の喧嘩なのだから、なんとも興味が惹かれない。ボロボロになっても向かっていく緑谷の姿は好ましいが、それ以上は無いなとは○○完全に観戦気分でその場にしゃがんだ。
「○○さん、ご気分が優れませんの?」
『まぁ少し、見たくないと思って....(面白くないわ)』
「それではしんどいでしょう。これどうぞ」
ワン・フォー・オールといえど戦闘はひよっこ。入試の結果的にも…。血を見て気分が悪くなる人もいるし、ヒーローは何も戦闘タイプばかりではない。そう思った八百万は親切心ですぐに小さな折りたたみの椅子を創造した。「ありがと」とお礼を言い、そこに座る○○の顔色は悪くないが、一応と
「何かあったらすぐに仰ってくださいね」
任せてください!と言うような八百万の反応を不思議に思いつつ画面に目を向ける。モニターの中では、爆豪の猛攻から逃げつつも、口を小さく開き、何かを話している緑谷が映っていた。
「アイツ何話してんだ?定点カメラで音声ないとわかんねぇな」
「小型無線でコンビと話してるのさ!持ち物は+建物の見取り図。そしてこの確保テープ!これを相手に巻き付けた時点で”捕らえた“証明となる!」
確保テープを指先に挟んで持ち上げたオールマイトが赤髪の少年に見せる。
「制限時間は15分間で核の場所はヒーローに知らされないんですよね?」
「yes!」
「ヒーロー側が圧倒的不利ですねコレ」
ピンク色の肌をした女子生徒、芦戸がそう言うとオールマイトは笑みを深めた。
「相澤くんにも言われたろ?アレだよ。せーの!」
「「Plus ul「あ、ムッシュ。爆豪が!」」
何かと校訓と絡めがちなオールマイトの言葉を遮り、フランス語で呼びかけた青山がモニターを指した。攻める爆豪の足に確保テープを引っ掛けた緑谷が映る。焦った爆豪が再度、右の大振りで攻撃を加えが、緑谷はなんとかそれを避け、横道に逃げ込んだ。
「すげぇなあいつ!!」
「個性使わずに渡り合ってるぞ入試1位と!!」
別のモニターには先ほど別れた麗日と、核を守る飯田の姿が写っている。物を浮かせられる無限女子、麗日の個性への対策か部屋中にあった筈の荷物は全て消え、壁際にきっちりと詰め込まれていた。
「掃除得意そうだもんなぁ」
きっちりとした性格なのだろう。○○がそう考えていれば、「見ろよ!」とクラスメイトの1人が右端のモニターを指差した。腕に装着された手榴弾のようなアイテムを緑谷に向け、爆豪が指をかけている。あの大きさに詰められた量の爆発物。爆発力は相当なものだろうことはすぐに予想がついた。
『爆豪少年ストップだ!殺す気か』
オールマイトがマイクに向かってそう言った瞬間、「当たんなきゃ死なねぇよ!!」という声が彼の耳元から微かに漏れ、そして衝撃が起きた。地下にも届く揺れに慌てる生徒たち。定点カメラの幾つかは切れ、残った画面には風穴の空いたビルの中から外が覗いていた。
「授業だぞコレ!」
「緑谷少年!!」
大規模な損壊にオールマイトが焦ったような声を上げる。
『生きてるわよ。ほら』
徐に上がった白い指。それは椅子に脚を組んで座る○○の指だ。
『ピンピンしてる』
まだ生きているカメラが緑谷の体の一部を映していた。連携の取れていない上階では衝撃に驚いた飯田の隙を突き、自身を浮かせた麗日が核に手を伸ばしている。もう少しで手が届く。だが、確保よりも先に機動力で勝る飯田が確保し、再度、距離を空けた。
優勢なのは未だ敵側。それは建物の損壊や能力の差などではなく、状況が何一つ変わっていないから。確保された人は誰もいないし、倒した人もいない。残り時間は少なく、互いに一対一の状況に援軍も望めない。このままいけば飯田が逃げ回って敵側が勝つだろう。爆豪をどうにかしない限り。
「先生止めた方がいいって!爆豪あいつ相当クレイジーだぜ。殺しちまうぜ!?」
「いや……」
オールマイトは言い淀んだ。たしかに危険ではあるし、頭に血が上っているのも分かる。だが、殺す気なら先ほどの攻撃を当てている。最後のラインは絶対に超えない、そんな理性があるから止められない。それに緑谷のためにも止めない方が良い気がした。だが、殺す気は無くとも肥大化した自尊心を抑えきれていないのは明白だった。
『大丈夫よ』
そんな静止を求める生徒たちの声の中、呑気な声が一つ。
『殺す気はないみたいだから』
欠伸でも溢しそうな○○の言葉にオールマイトは小さく目を見開いた。探偵で生きてきた。すなわち危ない場面がたくさんあった○○にとって、殺意があるかないかぐらいは見ればすぐに分かる。素人ならなおのこと。だが、爆豪からはそれを感じない。それに憎しみや恨みも。その言葉は図らずとも迷いのあるオールマイトの背中を押した。
『爆豪少年、次それ撃ったら…強制終了で君らの負けとする。屋内戦において大規模な攻撃は守るべき牙城の損壊を招く!ヒーローとしてはもちろん敵としても愚策だそれは!大幅減点だからな!』
オールマイトの減点という言葉が効いたのか、爆豪は派手な攻撃をやめ、接近戦へと動いた。反撃を狙う緑谷の出した手のすぐ前で手を爆破させ、目眩し。そして、勢いと共に彼の背後へと移動し、背中へ攻撃を入れた。減点と聞いてすぐに大きな攻撃を辞めたことにみみっちさを感じるが、その細やかさがテクニカルな動きに繋がっている。まだまだ荒削り、改善の余地ありだが、名前はそれにセンスを感じ、ほー、と間抜けな声を出した。
『(……派手な爆破の個性が戦略の幅を広めてるわけか…)』
個性に頼りすぎなのよ
「目眩しを兼ねた爆破で機動変更。そして即座にもう一回…考えるタイプには見えねぇが意外と繊細だな」
「慣性を殺しつつ有効打を加えるには左右の爆発力を微調整しなきゃなりませんしね」
片側を氷で覆った男子生徒と八百万が解説を加える。
「才能マンだ才能マンヤダヤダ…」
次々と攻撃を仕掛ける爆豪はまたも右の大振りで緑谷に仕返すよう腕を取って地面へと投げ倒した。だが、確保テープをかける様子はない。
「リンチだよコレ!テープを巻き付ければ捕らえた事になるのに!」
「ヒーローの所業にあらず…」
「緑谷もすげぇって思ったけどよ…戦闘能力において爆豪は間違いなくセンスの塊だぜ」
背中を向け、転がるように逃げた緑谷。状況だけ見れば攻められているのは確実に緑谷だが、焦りがあるのは爆豪の方だった。涙を滲ませながら何かを叫ぶ緑谷と認めたくないような爆豪が互いに腕を後ろへと引く。
『結構……』
面白いかもね。失せたはずの興味がむくむくと立ち上がる。爆破とワン•フォー•オール、当たればどちらか、いや双方の被害は計り知れない。周囲はその唯ならぬ雰囲気に演習を止めるべきだと口々に言うが、その中で1人、弾かれるように立ち上がった○○がゆっくりとモニター前へと歩き出した。その顔はどこかキラキラ、いやワクワクとしているようで、隣にいた八百万は首を傾げた。
「先生!!やばそうだってコレ!先生!」
『双方…中止……』
『もう遅いわ。それに、ここでやめたら、もったいないわ』
ここで止めていいのか。そう悩み、揺れているオールマイトの判断をさらに揺るがす○○の言葉。そんな軽はずみとも取れる言葉を放った○○の肩を切島が掴んだ。
「何言ってんだよお前!!訓練だぞ!!」
『そうね』
だからセーブするの?それこそ男じゃないわよ??と暗に言う○○の目線に何も言えない切島。男らしさを大切にする切島はその言葉に弱かった。なんか、この短時間で扱いを見抜かれているような…。○○はすぐに黙った切島から視線を外すと、モニターに目をやった。
爆豪と緑谷の拳が真っ直ぐに進み、衝突間近。だが、次の瞬間、全員の予想を裏切り、緑谷は握った拳を爆豪ではなく、天井へと打ち込んだ。その衝撃に上階の柱が壊れ、それを受け取った麗日が野球のようにスイングし、瓦礫の雨を飯田へと打つ。飛ばされた岩は無重力ではないため、飯田は避けるしかなく、その隙に自分の体を浮かせた麗日が核へと飛びつき、とうとう勝敗が決した。
『ヒーロー…ヒーローチーム…W――――――N!!』
「負けた方がほぼ無傷で…勝った方が倒れてら…」
モニターにはボロボロの緑谷とキャパオーバーで吐きまくる麗日、それを介護する飯田と立ち尽くす爆豪が映っている。
「勝負に負けて試合に勝ったというところか」
『訓練だけどね』
「おまっ、さっきまで!」
訓練だからって本気でやらないのか?みたいな反応してたくせによォ!突然、くるりと手のひらを返した○○に驚きを隠せない切島。○○は何故か「ハァ!?」と声を上げた切島に別にいいだろうという顔を向け歩き出す
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