伏せる
何度も何度も憎悪と嫉妬を繕ってきた中学生時代。
あの子は、友達だからーー陰口を言うことも、八つ当たりすることも出来なかった。あの子は性格が良かったから、こんな私にも優しくしてくれたから、簡単に敵意を剥き出しにすることは自分の性格を不特定多数に晒して歪めることだと思った。そんなふうに取り繕って押し殺した沼のような気持ちは、私の中に蓄積されていった。
そのストレス発散のために選ばれたのは、幼い頃から大事にしていたうさぎのぬいぐるみのテトだった。テトの顔は何となくあの子に似ていた。微笑んでいるような口元も、見つめたひとを取り込んでしまうような瞳。テトが窓辺に置いてあると、家にいてもあの子に気を使うようで苦しかった。でも、今まで一緒に時を過ごした家族を簡単に捨てることが私には罰ゲームのように感じた。
いや、一度は捨てようとしたんだ。だけど、半透明のビニール袋に入れられたテトが息苦しそうに見えたから、私は袋の口を縛ることがどうしても出来なかった。「出来ないことだらけだった。」だから、私は思った。捨てられて塵になるより、マシでしょ。少しは私の痛みを分け合ってよ。これで「平等」でしょ。単なる言い訳だった。でも私は自分の気持ちを抑えることがなによりも苦手だった。
その日からだった。私がテトと痛みを分け合うことになったのは。ベッドの上で私に胸ぐらを掴まれ、殴られるテトの顔とあの子の顔を私は重ねていた。殴られているときのテトは、捨てられそうになったときの顔よりも悲しそうに見えていた。テトの目尻には、確かに水滴が浮かんでいた。それは私のものだった。最低だって分かってる。でも、テトのおかげで蓄積されていた泥が少しずつ水分を失い、ただの砂になり、サラサラと私の体の中から逃げ出していたのも事実だった。だから、自分に同情することさえも、許されなかった。もしもテトが人間だったら、同情されるべき権利は私じゃ無い。と誰もが口を揃えて言うだろう。ただの白いうさぎだったテトは、何度も拳を受けたせいか、ボロボロの薄汚れた、泥うさぎになっていた。[中央寄せ][中央寄せ][中央寄せ][/中央寄せ][/中央寄せ][/中央寄せ]
それでも私は捨てられない。あの子も、テトも。ごめんね。ごめんね。今もまだ白うさぎの夢を見る。泣き腫らした赤い目で窓辺に佇むうさぎの夢をーー
ーーでも、今私は中学生じゃない。もう高校生になったのだ。その最低で泥だらけの中学生の夢は今、忘れる。
新しい生活、新しい環境。新しいーー友達。今度は見上げる側ではなく、見下ろす側になりたい。どうせ友達など言っている時点で平等ではないのだ。私は寂しい。もっと沢山の人と繋がりを持っていたい。そのためには自分を磨くことが大切なのだ。綺麗で香りが良い花ほど、ハエが沢山、群がってくる。
それは、私に限った話では無い。人間は寂しい生き物なのだ。放っておくと死んでしまううさぎのように。寂しくなければ、Twitterやインスタなんてつくらない。自分に寄せられたコメントやいいねが共感を持っていると思い、画面の裏で一人ほくそ笑む。そういったものなのだ。私はそんな人間のテンプレートだ。嘘だと分かっているけれど、他人からの褒め言葉や、共感を集めることが大好きだった。それらは独りぼっちな私でさえも、味わうことができる高級食材なのだ。
反対に1番大嫌いなのは、今まで自分の下だと感じていた奴が、自分の上に立つこと。それと、孤独死だ。それだけは嫌だ。
私という存在は外側から綺麗に飾りつけられてすまし込んだお人形のようでないといけない。涼しい顔をしているのに、内心は悩み、傷つき、恐怖を抱えていることを悟られてはいけない。
高校生になってからは、それをいっ時でも、忘れてはならない。私は嫌というほどとかした髪を括り、鏡の中を覗き込む。そうして、あの子のくれたお世辞には可愛いとは言えない未確認生物のキーホルダーを鞄に付けた。あまりにも完璧過ぎる人には、皆かえって好感を持たない。これくらいの少しズレた愛嬌くらいが丁度いいことを、私は勉強していた。
ブカブカのローファーに足を突っ込む。踵が苦しそうに疼く。この家を出たら、計算して尽くさないと注目を集められない場が待っている。第一印象が大事だと「私」に言い聞かせる。そして空気を肺に取り込む。深呼吸をする。学校は戦場だ。私はゆっくりとドアを開けた。
あの子は、友達だからーー陰口を言うことも、八つ当たりすることも出来なかった。あの子は性格が良かったから、こんな私にも優しくしてくれたから、簡単に敵意を剥き出しにすることは自分の性格を不特定多数に晒して歪めることだと思った。そんなふうに取り繕って押し殺した沼のような気持ちは、私の中に蓄積されていった。
そのストレス発散のために選ばれたのは、幼い頃から大事にしていたうさぎのぬいぐるみのテトだった。テトの顔は何となくあの子に似ていた。微笑んでいるような口元も、見つめたひとを取り込んでしまうような瞳。テトが窓辺に置いてあると、家にいてもあの子に気を使うようで苦しかった。でも、今まで一緒に時を過ごした家族を簡単に捨てることが私には罰ゲームのように感じた。
いや、一度は捨てようとしたんだ。だけど、半透明のビニール袋に入れられたテトが息苦しそうに見えたから、私は袋の口を縛ることがどうしても出来なかった。「出来ないことだらけだった。」だから、私は思った。捨てられて塵になるより、マシでしょ。少しは私の痛みを分け合ってよ。これで「平等」でしょ。単なる言い訳だった。でも私は自分の気持ちを抑えることがなによりも苦手だった。
その日からだった。私がテトと痛みを分け合うことになったのは。ベッドの上で私に胸ぐらを掴まれ、殴られるテトの顔とあの子の顔を私は重ねていた。殴られているときのテトは、捨てられそうになったときの顔よりも悲しそうに見えていた。テトの目尻には、確かに水滴が浮かんでいた。それは私のものだった。最低だって分かってる。でも、テトのおかげで蓄積されていた泥が少しずつ水分を失い、ただの砂になり、サラサラと私の体の中から逃げ出していたのも事実だった。だから、自分に同情することさえも、許されなかった。もしもテトが人間だったら、同情されるべき権利は私じゃ無い。と誰もが口を揃えて言うだろう。ただの白いうさぎだったテトは、何度も拳を受けたせいか、ボロボロの薄汚れた、泥うさぎになっていた。[中央寄せ][中央寄せ][中央寄せ][/中央寄せ][/中央寄せ][/中央寄せ]
それでも私は捨てられない。あの子も、テトも。ごめんね。ごめんね。今もまだ白うさぎの夢を見る。泣き腫らした赤い目で窓辺に佇むうさぎの夢をーー
ーーでも、今私は中学生じゃない。もう高校生になったのだ。その最低で泥だらけの中学生の夢は今、忘れる。
新しい生活、新しい環境。新しいーー友達。今度は見上げる側ではなく、見下ろす側になりたい。どうせ友達など言っている時点で平等ではないのだ。私は寂しい。もっと沢山の人と繋がりを持っていたい。そのためには自分を磨くことが大切なのだ。綺麗で香りが良い花ほど、ハエが沢山、群がってくる。
それは、私に限った話では無い。人間は寂しい生き物なのだ。放っておくと死んでしまううさぎのように。寂しくなければ、Twitterやインスタなんてつくらない。自分に寄せられたコメントやいいねが共感を持っていると思い、画面の裏で一人ほくそ笑む。そういったものなのだ。私はそんな人間のテンプレートだ。嘘だと分かっているけれど、他人からの褒め言葉や、共感を集めることが大好きだった。それらは独りぼっちな私でさえも、味わうことができる高級食材なのだ。
反対に1番大嫌いなのは、今まで自分の下だと感じていた奴が、自分の上に立つこと。それと、孤独死だ。それだけは嫌だ。
私という存在は外側から綺麗に飾りつけられてすまし込んだお人形のようでないといけない。涼しい顔をしているのに、内心は悩み、傷つき、恐怖を抱えていることを悟られてはいけない。
高校生になってからは、それをいっ時でも、忘れてはならない。私は嫌というほどとかした髪を括り、鏡の中を覗き込む。そうして、あの子のくれたお世辞には可愛いとは言えない未確認生物のキーホルダーを鞄に付けた。あまりにも完璧過ぎる人には、皆かえって好感を持たない。これくらいの少しズレた愛嬌くらいが丁度いいことを、私は勉強していた。
ブカブカのローファーに足を突っ込む。踵が苦しそうに疼く。この家を出たら、計算して尽くさないと注目を集められない場が待っている。第一印象が大事だと「私」に言い聞かせる。そして空気を肺に取り込む。深呼吸をする。学校は戦場だ。私はゆっくりとドアを開けた。
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