二次創作
オメガバース景♂晴
レイシフトを終えて部屋に向かっているうちからなんとなく違和感はあった。まるで道標のように残るどこかで嗅いだような匂いに首を傾げながら、ロックを解除して部屋に入る。途端に襲いかかってきたのはまさにその香りで、まるで直接脳を揺さぶられるかのようだ。しかし、景虎が息を呑んだのはそのせいではなく、目の前に広がる光景が理由だった。
景虎の部屋には私物があまりない。霊衣や武具の類を除けば、各国各時代から集まった貰い物の酒が大半だ。その酒類以外、景虎の私物といえるもののほとんどが寝台に輪を作るように置かれて、その真ん中には敷布を被った白い山がある。時折揺れ動くそこから漏れ聞こえる甘い声には聞き覚えがあった。さきの一晩、景虎の言葉ひとつで霊基を作り替えてしまった男のものだ。ドアのロックはどうしたのかと一瞬思ったが、辛党たちによる部屋飲みという名の酒盛りに付き合わせるためにこの部屋まで引きずってきた記憶が何度かあるため、その際に覚えたのだろう。
あれから二週間近く、男――武田晴信はまるでなにごともなかったかのように振る舞っていた。彼の霊基異常を景虎が知っているのは、医療班からの連絡のおかげだ。アルファからオメガになったことで発情期の周期が一般的なものから大幅にずれる可能性があること、いわゆるつがいではないが、性が変わった経緯上晴信のフェロモンは景虎にしか感じとれず、また晴信も景虎のフェロモンしか感じとれない可能性が高いこと、発情期に入ると元凶――直接言われはしなかったがニュアンスはそうだった――である景虎のフェロモンに引き寄せられると予想されること、その他諸々アルファとしての心構えを滾々と説かれたのは記憶に新しい。聖杯曰く伝えられたのはつがい持ちのアルファに必要なことばかりで、つまりそういうことなのだろうと景虎は理解した。
景虎としても、初めて己に執着というものを教えてくれた晴信を自らの唯一にすることは吝かではない。というより、すでに唯一の相手ではあるので今更のことだ。そこに「つがい」という関係性が増えたところで大した違いはないだろうと思っていた。景虎に組み敷かれながらも爛々と光る目で機を窺う、土埃と血で汚れた男にどうしようもなく高揚していた時点で、そう容易く終わるわけがなかったのに。
――果たして景虎は、部屋に帰ってきたら晴信に巣を作られていたという状況に、すっかり思考が停止していた。
「っ、あ、かげとら……♡おそい、ばか、はやく……っ♡」
ふやけた声が明確に景虎を呼んだ。我に返って敷布に包まれた男を見る。集められた私物の隙間、白い布からはみ出た指先を見つけて自然と足が動いた。寝台の脇に跪き、骨張った長い指を両手で包む。このいじらしいオメガのためにアルファとして今どうすべきなのか、景虎はもう知っている。
「遅くなってしまってすみません、晴信。素敵な巣をありがとうございます」
「……当然、だ」
指先が景虎の手を握り返した。不遜な言葉が甘える響きで返ってくるのがかわいらしい。到底この男に似つかわしくない形容詞だと思うのに、それ以外に表現しようがなかった。
「巣材が足りなかったかもと思ったのですが、杞憂でしたね」
巣の材料を補充する必要性については聞かされていた。そのため、少しずつものを増やして匂いをつけている最中だったのだ。発情期の周期が不安定になるとは聞いていたが、まさかこんなに短い期間で来るとは思っていなかった。ちらりと見渡せば、巣材とならなかった僅かな私物はつい最近手に入れたものばかりで、彼が本当に景虎の気配を求めていたのだと解ってしまう。
「……少ないなら、少ないなりに、やりようはある」
彼がやや口ごもって答えたのは、やはり巣材が少なかったのだろう。それでもこうして籠っているのは、巣として満足いくもの自体はできたということだ。流石ですねと優しく褒めながら、次までに私物を増やしておこうと決意する。身につける物のほうが匂いはつきやすいため、霊衣の種類を増やすことも相談すべきだろうか。
包み込んだ指先に唇を寄せる。ぴくりと跳ねたそこに何度も口づけて、景虎はうっとりと目を細めた。
「ねえ、晴信。どうか、私をあなたの巣に入れてはくれませんか?」
「……ん、」
短い許可と共にもぞもぞと動いた敷布の端がゆっくりと持ち上がる。途端に強くなった香りに歯の根元が痒いように疼いて、思わず奥歯をきつく噛み締めた。軽やかにほどけて鼻腔を擽る甘さの奥には重厚な深みが横たわり、焚き染めた煙のようなそれは彼の愛飲する煙草と似て非なるものだ。なるほど、確かにこれは彼自身の香りなのだろう。
――これを感じ取れるのは、ここにいるこの長尾景虎だけなのだ。
「……いいぞ」
蕩けた顔を覗かせた晴信は色素の薄い肌を紅潮させて、敷布を被ったまま横にずれて景虎のための場所を空けた。布の奥に隠れた素肌の淫靡さや潤んだ瞳のあどけなさ、唾液に濡れた唇の艶かしさなど、景虎の獣性を炙っていく要素は挙げればきりがない。しかし、一番初めに口をついたのは。
「……あなた、白も似合いますよ」
まるで花嫁のベールのようだ。景虎の言葉に彼はうるさいと悪態を吐いて、握ったままの手にきゅうと力を込めた。
景虎の部屋には私物があまりない。霊衣や武具の類を除けば、各国各時代から集まった貰い物の酒が大半だ。その酒類以外、景虎の私物といえるもののほとんどが寝台に輪を作るように置かれて、その真ん中には敷布を被った白い山がある。時折揺れ動くそこから漏れ聞こえる甘い声には聞き覚えがあった。さきの一晩、景虎の言葉ひとつで霊基を作り替えてしまった男のものだ。ドアのロックはどうしたのかと一瞬思ったが、辛党たちによる部屋飲みという名の酒盛りに付き合わせるためにこの部屋まで引きずってきた記憶が何度かあるため、その際に覚えたのだろう。
あれから二週間近く、男――武田晴信はまるでなにごともなかったかのように振る舞っていた。彼の霊基異常を景虎が知っているのは、医療班からの連絡のおかげだ。アルファからオメガになったことで発情期の周期が一般的なものから大幅にずれる可能性があること、いわゆるつがいではないが、性が変わった経緯上晴信のフェロモンは景虎にしか感じとれず、また晴信も景虎のフェロモンしか感じとれない可能性が高いこと、発情期に入ると元凶――直接言われはしなかったがニュアンスはそうだった――である景虎のフェロモンに引き寄せられると予想されること、その他諸々アルファとしての心構えを滾々と説かれたのは記憶に新しい。聖杯曰く伝えられたのはつがい持ちのアルファに必要なことばかりで、つまりそういうことなのだろうと景虎は理解した。
景虎としても、初めて己に執着というものを教えてくれた晴信を自らの唯一にすることは吝かではない。というより、すでに唯一の相手ではあるので今更のことだ。そこに「つがい」という関係性が増えたところで大した違いはないだろうと思っていた。景虎に組み敷かれながらも爛々と光る目で機を窺う、土埃と血で汚れた男にどうしようもなく高揚していた時点で、そう容易く終わるわけがなかったのに。
――果たして景虎は、部屋に帰ってきたら晴信に巣を作られていたという状況に、すっかり思考が停止していた。
「っ、あ、かげとら……♡おそい、ばか、はやく……っ♡」
ふやけた声が明確に景虎を呼んだ。我に返って敷布に包まれた男を見る。集められた私物の隙間、白い布からはみ出た指先を見つけて自然と足が動いた。寝台の脇に跪き、骨張った長い指を両手で包む。このいじらしいオメガのためにアルファとして今どうすべきなのか、景虎はもう知っている。
「遅くなってしまってすみません、晴信。素敵な巣をありがとうございます」
「……当然、だ」
指先が景虎の手を握り返した。不遜な言葉が甘える響きで返ってくるのがかわいらしい。到底この男に似つかわしくない形容詞だと思うのに、それ以外に表現しようがなかった。
「巣材が足りなかったかもと思ったのですが、杞憂でしたね」
巣の材料を補充する必要性については聞かされていた。そのため、少しずつものを増やして匂いをつけている最中だったのだ。発情期の周期が不安定になるとは聞いていたが、まさかこんなに短い期間で来るとは思っていなかった。ちらりと見渡せば、巣材とならなかった僅かな私物はつい最近手に入れたものばかりで、彼が本当に景虎の気配を求めていたのだと解ってしまう。
「……少ないなら、少ないなりに、やりようはある」
彼がやや口ごもって答えたのは、やはり巣材が少なかったのだろう。それでもこうして籠っているのは、巣として満足いくもの自体はできたということだ。流石ですねと優しく褒めながら、次までに私物を増やしておこうと決意する。身につける物のほうが匂いはつきやすいため、霊衣の種類を増やすことも相談すべきだろうか。
包み込んだ指先に唇を寄せる。ぴくりと跳ねたそこに何度も口づけて、景虎はうっとりと目を細めた。
「ねえ、晴信。どうか、私をあなたの巣に入れてはくれませんか?」
「……ん、」
短い許可と共にもぞもぞと動いた敷布の端がゆっくりと持ち上がる。途端に強くなった香りに歯の根元が痒いように疼いて、思わず奥歯をきつく噛み締めた。軽やかにほどけて鼻腔を擽る甘さの奥には重厚な深みが横たわり、焚き染めた煙のようなそれは彼の愛飲する煙草と似て非なるものだ。なるほど、確かにこれは彼自身の香りなのだろう。
――これを感じ取れるのは、ここにいるこの長尾景虎だけなのだ。
「……いいぞ」
蕩けた顔を覗かせた晴信は色素の薄い肌を紅潮させて、敷布を被ったまま横にずれて景虎のための場所を空けた。布の奥に隠れた素肌の淫靡さや潤んだ瞳のあどけなさ、唾液に濡れた唇の艶かしさなど、景虎の獣性を炙っていく要素は挙げればきりがない。しかし、一番初めに口をついたのは。
「……あなた、白も似合いますよ」
まるで花嫁のベールのようだ。景虎の言葉に彼はうるさいと悪態を吐いて、握ったままの手にきゅうと力を込めた。