放浪の水魔法使い
「さあ、ボクに名前をつけてよ。今日からカイ様の使い魔になるんだからね」
突然トンボから変化した可愛らしい妖精がそんなことを言い出した。真っ黒な羽とドレスは全ての光を吸収しているようで、真意が読み取れない。だが不思議と警戒心が薄れてしまう。これが魔物の技だとしたら俺はここで死んでしまうわけだが、そうはならないだろうと根拠のない確信が俺の中にはあった。だから
「えーっと水城さん、どうします?」
「まあ大丈夫だろ、知らんけど」
「知らないってそんな適当な...」
と言った具合にサーシャの質問に軽く答えてしまった。本当にこれでいいのだろうかと多少の疑問がよぎりつつも、仲間にしようがしまいがコイツが急に暴れ出したらどの道死ぬような気がすると思った俺は深く考えないことにした。
それにしても名前ね...。ペットを飼ったことない俺としては初めて生き物に名前をつける瞬間なわけで、そこに何か特別な感情を抱いた俺は真剣に考え込む。ゲームの主人公の名前を決めるのとは訳が違うのだ。この可愛い妖精さんが「あああ」とかいう名前を付けられていようものなら俺は名付け親を殴り飛ばすだろう。名というのはやはり生まれた時や出会った時の状況、見た目や性格などからつけるのが妥当だろうか。或いはその種族から取って命名しても良さそうだ。となると、必然的にこの娘に関しては今の妖精さんフォルムかアリジゴクフォルム、またはトンボフォルムのどれかから取るべきか?アリジゴクは卒業しているから除外するとしても、...うーん、悩むなあ。
自分たちを殺そうした生物の名前をうんうん唸りながら考える青年に対し、サーシャは悍ましい何かを見るような、ともすれば少し蔑むような、とにかく好感情は抱いていないであろう視線を向けていた。そんなことに気づく気配を見せない水城はぶつぶつと独りごちる。
「ハグロ、いや違うな...。ウスバカゲロウ、カゲロウ、ウスバ...」
「何言ってるんですかこの人」
「ボクの名前を必死に考えてくれてるんだよ。いやほんと、優しいご主人様に恵まれて良かったよ」
「必殺って感じで私たちを襲ったあなたが何を言うんですか。正直あなたが怖いです」
「大丈夫だよ、契約してしまえば主人に反抗した使い魔にはペナルティを科せるんだからさ」
それもそうか、と半ば納得するサーシャだがそれでも警戒心が解けることはない。全く男というのは可愛ければなんでもいいのでしょうか。水城さん、彼女がこの姿になってから隙が多いです。特に様付けで呼ばれた時ににやけていたのが気持ち悪かったですね。もしこのエセ妖精が『魅了』を使っているのなら即座に処分せねばなりません、魔法使いとして。と、数分黙りこくっていた水城が手をポンと打って叫んだ。
「ウスハはどうだっ!」
「わっなんですか突然!」
「ウスハ、ウスハ...うん、いいね、ボクは今日からウスハだよ!よろしくねっ、カイ様」
うむ、どうやら気に入ってくれたようで何よりだ。やはり何にしてもそうだが本人の意思というのが一番重要なのである。しかしあれだな、この世界では名付け自体はあまり特別視されていないのか、儀式として重要ではないようだ。良かった、魔力を吸われてへなへなにならなくて。
名前を付けられたのが余程嬉しかったのか、ウスハはその場でくるりとターンした。先ほどよりも羽を動かす速度が心なしか速く見えて、体全体で感情を表現している彼女はとても可愛らしく思えた。でも、トンボなんだよなぁ。要らぬ考えを振り払うようにして頭を振る。寧ろトンボの何がいけないんだ、ウスハはこんなに可愛いのに。
するとウスハが思い出したように「あ」と言うと、神妙な顔つきで言う。
「ほらほら、契約しないと。ボクが二人の信用を勝ち取るにはこれが一番手っ取り早いんだよ。さあ、契約してボクを使い魔にしてよ」
どこかで聞いたことがあるような言い方に騙されて俺が魔法少女になるところだった、危ない危ない。しかしながら、そうは言われても俺は使い魔の契約の方法など知らない。そういう意図を込めた視線をサーシャに向けると、それを汲み取ったサーシャは淡々と言う。
「契約の対象となる生物の血液を一滴、そして自分の血液も一滴垂らします。普通は紙面が多いですが特にこれといった決まりは存在しません。簡潔に言えば同じ場所に二人とも血を垂らして、契約内容を後々決めればいいのですよ」
そんな難しいことするなら業者に頼めばいいのに、と思っていたが想像していたほどではないようである。それこそ書面での契約とかだったらまだ社会に出ていない俺は、詐欺師に簡単に金を巻き上げられそうで怖かったくらいだ。しかしこれなら取り敢えずの主導権は俺が握れそうだし、安全だろう。
「でもなー、血を一滴って言ってもな」
「何か問題が?」
「ほら、自然に怪我するなら特に何とも思わないけどさ。今回は自分で針とかで血を出すんだよね、怖くない?」
「ごちゃごちゃ言わずにやってください」
まずい、サーシャが苛立ち始めた。つま先を立てて砂をぐりぐりし始める。今気付いたが、これがサーシャの苛立ちの表現なのだろうか。そんな問答をする俺たちをウスハは呆れた様子で見ていた。
「二人とも何言ってるの?ボクとの闘いで既に血が身体中流れてるじゃん」
「え」
そう言われてみれば、とばかりに俺は自分の腕を見て、体を捻って腰を右左と順に確認していく。結果、血が流れている面積の方が多かった。なら安心して契約できるぜ。寧ろ俺の血の濃度が濃すぎて今からウスハが俺に似てくるんじゃないかと割と心配になるレベル。
「じゃ、行くよ。あそこの岩場に向かおう」
「心の準備がちょっと...」
「行きますよ」
到着した岩がサントルでないことを確認した後、ついに契約の儀が始まった。
「じゃ、ボクの血を垂らすね」
ピトンと岩に落ちた真紅の滴は、ゴツゴツとした鼠色の表面にシミを作る。ここに俺の血を...なんかすごい高度なプレイを行なっているような気がして気が引けるな。しかしサーシャの早くしてくれとでも言いたげな視線を感じ取った俺は、岩に向かって腕を伸ばす。血が落ちすぎないように注意を払い、肘を血が伝ったところでそれより上をポケットに入っていたハンカチで拭く。洗濯に出すの忘れてたんだな、なんて場違いな考えが浮かびながらも、俺の血は一度岩の上に作られた赤の模様を上書きするように落ちる。すると、それを見たサーシャは重々しい声を出し始めた。
「汝、ウスハは主人である水城 海に仕え、身を捧げることを誓うか」
「うん、誓うよ」
「主人、水城 海は使い魔となるウスハと共に時間を過ごし、よりよい関係を気付くことを誓うか」
「?あ、ああ、誓います」
『契約完了』
サーシャのその言葉の後、俺とウスハの体がが白く光る。いや何それ聞いてねぇよ。それっぽいのは良いけれど、そういうのは先に言って欲しいな。するとウスハはイタズラそうな笑みを浮かべて、顔にかかったツインテールの片方を払うと俺に言った。
「じゃあ今度こそよろしくね、ご主人様っ」
「ご主人様はやめてくれ、何か、その...恥ずかしいだろ」
「何照れてるんですかあなたは」
一人と数えるのか分からんが、数が増えて少々賑やかになったな。ウスハはこちらへ寄ってくると肩の周りをくるりと回る。それによって顔の辺りに感じた風は少しくすぐったかった。理由の分からない顔の火照りにその風は心地良くて、ウスハとは上手くやっていけたら良いなと思う。
「そういや、ちゃんとした契約内容はどうすんだ?」
「カイ様が決めて良いよ、ボクは使い魔なんだし」
「そうは言ってもなー、そんなに縛りたくないし。なんならルール無用とかでも良いんだけど」
「それじゃ使い魔の契約した意味ないよ...」
「じゃあお互いに危害を加えない、裏切らない。これでいいか?」
「そうだね、それでいいなら。じゃあ破った時は?''死''のペナルティ?」
「そんな物騒じゃねーよ...。じゃあ破ったら一度何でも命令権が与えられる、でどうだ?」
「...カイ様、えっちだね」
「ええ、不純です」
「何でだよっ!?」
こうして仲間が増えた俺たちは本格的な砂漠脱出への考えをまとめ始めるのだった。
[中央寄せ]ー続ー[/中央寄せ]
[水平線]
〈キャラクターmemo〉
サーシャ・ウォーテル
年齢:18
出身:ミズガルドの町
職業:水魔法使い
長所:基本冷静
短所:口が悪いことがある
好きなもの:家族
嫌いなもの:嘘
基本的な行動原理は家族にあるほどの家族思い。特に双子の妹であるイーシャが大好きで、小さい頃はいつも一緒に遊んだ。それだけに今回のショックはサーシャの心を大きく揺さぶった。
突然トンボから変化した可愛らしい妖精がそんなことを言い出した。真っ黒な羽とドレスは全ての光を吸収しているようで、真意が読み取れない。だが不思議と警戒心が薄れてしまう。これが魔物の技だとしたら俺はここで死んでしまうわけだが、そうはならないだろうと根拠のない確信が俺の中にはあった。だから
「えーっと水城さん、どうします?」
「まあ大丈夫だろ、知らんけど」
「知らないってそんな適当な...」
と言った具合にサーシャの質問に軽く答えてしまった。本当にこれでいいのだろうかと多少の疑問がよぎりつつも、仲間にしようがしまいがコイツが急に暴れ出したらどの道死ぬような気がすると思った俺は深く考えないことにした。
それにしても名前ね...。ペットを飼ったことない俺としては初めて生き物に名前をつける瞬間なわけで、そこに何か特別な感情を抱いた俺は真剣に考え込む。ゲームの主人公の名前を決めるのとは訳が違うのだ。この可愛い妖精さんが「あああ」とかいう名前を付けられていようものなら俺は名付け親を殴り飛ばすだろう。名というのはやはり生まれた時や出会った時の状況、見た目や性格などからつけるのが妥当だろうか。或いはその種族から取って命名しても良さそうだ。となると、必然的にこの娘に関しては今の妖精さんフォルムかアリジゴクフォルム、またはトンボフォルムのどれかから取るべきか?アリジゴクは卒業しているから除外するとしても、...うーん、悩むなあ。
自分たちを殺そうした生物の名前をうんうん唸りながら考える青年に対し、サーシャは悍ましい何かを見るような、ともすれば少し蔑むような、とにかく好感情は抱いていないであろう視線を向けていた。そんなことに気づく気配を見せない水城はぶつぶつと独りごちる。
「ハグロ、いや違うな...。ウスバカゲロウ、カゲロウ、ウスバ...」
「何言ってるんですかこの人」
「ボクの名前を必死に考えてくれてるんだよ。いやほんと、優しいご主人様に恵まれて良かったよ」
「必殺って感じで私たちを襲ったあなたが何を言うんですか。正直あなたが怖いです」
「大丈夫だよ、契約してしまえば主人に反抗した使い魔にはペナルティを科せるんだからさ」
それもそうか、と半ば納得するサーシャだがそれでも警戒心が解けることはない。全く男というのは可愛ければなんでもいいのでしょうか。水城さん、彼女がこの姿になってから隙が多いです。特に様付けで呼ばれた時ににやけていたのが気持ち悪かったですね。もしこのエセ妖精が『魅了』を使っているのなら即座に処分せねばなりません、魔法使いとして。と、数分黙りこくっていた水城が手をポンと打って叫んだ。
「ウスハはどうだっ!」
「わっなんですか突然!」
「ウスハ、ウスハ...うん、いいね、ボクは今日からウスハだよ!よろしくねっ、カイ様」
うむ、どうやら気に入ってくれたようで何よりだ。やはり何にしてもそうだが本人の意思というのが一番重要なのである。しかしあれだな、この世界では名付け自体はあまり特別視されていないのか、儀式として重要ではないようだ。良かった、魔力を吸われてへなへなにならなくて。
名前を付けられたのが余程嬉しかったのか、ウスハはその場でくるりとターンした。先ほどよりも羽を動かす速度が心なしか速く見えて、体全体で感情を表現している彼女はとても可愛らしく思えた。でも、トンボなんだよなぁ。要らぬ考えを振り払うようにして頭を振る。寧ろトンボの何がいけないんだ、ウスハはこんなに可愛いのに。
するとウスハが思い出したように「あ」と言うと、神妙な顔つきで言う。
「ほらほら、契約しないと。ボクが二人の信用を勝ち取るにはこれが一番手っ取り早いんだよ。さあ、契約してボクを使い魔にしてよ」
どこかで聞いたことがあるような言い方に騙されて俺が魔法少女になるところだった、危ない危ない。しかしながら、そうは言われても俺は使い魔の契約の方法など知らない。そういう意図を込めた視線をサーシャに向けると、それを汲み取ったサーシャは淡々と言う。
「契約の対象となる生物の血液を一滴、そして自分の血液も一滴垂らします。普通は紙面が多いですが特にこれといった決まりは存在しません。簡潔に言えば同じ場所に二人とも血を垂らして、契約内容を後々決めればいいのですよ」
そんな難しいことするなら業者に頼めばいいのに、と思っていたが想像していたほどではないようである。それこそ書面での契約とかだったらまだ社会に出ていない俺は、詐欺師に簡単に金を巻き上げられそうで怖かったくらいだ。しかしこれなら取り敢えずの主導権は俺が握れそうだし、安全だろう。
「でもなー、血を一滴って言ってもな」
「何か問題が?」
「ほら、自然に怪我するなら特に何とも思わないけどさ。今回は自分で針とかで血を出すんだよね、怖くない?」
「ごちゃごちゃ言わずにやってください」
まずい、サーシャが苛立ち始めた。つま先を立てて砂をぐりぐりし始める。今気付いたが、これがサーシャの苛立ちの表現なのだろうか。そんな問答をする俺たちをウスハは呆れた様子で見ていた。
「二人とも何言ってるの?ボクとの闘いで既に血が身体中流れてるじゃん」
「え」
そう言われてみれば、とばかりに俺は自分の腕を見て、体を捻って腰を右左と順に確認していく。結果、血が流れている面積の方が多かった。なら安心して契約できるぜ。寧ろ俺の血の濃度が濃すぎて今からウスハが俺に似てくるんじゃないかと割と心配になるレベル。
「じゃ、行くよ。あそこの岩場に向かおう」
「心の準備がちょっと...」
「行きますよ」
到着した岩がサントルでないことを確認した後、ついに契約の儀が始まった。
「じゃ、ボクの血を垂らすね」
ピトンと岩に落ちた真紅の滴は、ゴツゴツとした鼠色の表面にシミを作る。ここに俺の血を...なんかすごい高度なプレイを行なっているような気がして気が引けるな。しかしサーシャの早くしてくれとでも言いたげな視線を感じ取った俺は、岩に向かって腕を伸ばす。血が落ちすぎないように注意を払い、肘を血が伝ったところでそれより上をポケットに入っていたハンカチで拭く。洗濯に出すの忘れてたんだな、なんて場違いな考えが浮かびながらも、俺の血は一度岩の上に作られた赤の模様を上書きするように落ちる。すると、それを見たサーシャは重々しい声を出し始めた。
「汝、ウスハは主人である水城 海に仕え、身を捧げることを誓うか」
「うん、誓うよ」
「主人、水城 海は使い魔となるウスハと共に時間を過ごし、よりよい関係を気付くことを誓うか」
「?あ、ああ、誓います」
『契約完了』
サーシャのその言葉の後、俺とウスハの体がが白く光る。いや何それ聞いてねぇよ。それっぽいのは良いけれど、そういうのは先に言って欲しいな。するとウスハはイタズラそうな笑みを浮かべて、顔にかかったツインテールの片方を払うと俺に言った。
「じゃあ今度こそよろしくね、ご主人様っ」
「ご主人様はやめてくれ、何か、その...恥ずかしいだろ」
「何照れてるんですかあなたは」
一人と数えるのか分からんが、数が増えて少々賑やかになったな。ウスハはこちらへ寄ってくると肩の周りをくるりと回る。それによって顔の辺りに感じた風は少しくすぐったかった。理由の分からない顔の火照りにその風は心地良くて、ウスハとは上手くやっていけたら良いなと思う。
「そういや、ちゃんとした契約内容はどうすんだ?」
「カイ様が決めて良いよ、ボクは使い魔なんだし」
「そうは言ってもなー、そんなに縛りたくないし。なんならルール無用とかでも良いんだけど」
「それじゃ使い魔の契約した意味ないよ...」
「じゃあお互いに危害を加えない、裏切らない。これでいいか?」
「そうだね、それでいいなら。じゃあ破った時は?''死''のペナルティ?」
「そんな物騒じゃねーよ...。じゃあ破ったら一度何でも命令権が与えられる、でどうだ?」
「...カイ様、えっちだね」
「ええ、不純です」
「何でだよっ!?」
こうして仲間が増えた俺たちは本格的な砂漠脱出への考えをまとめ始めるのだった。
[中央寄せ]ー続ー[/中央寄せ]
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〈キャラクターmemo〉
サーシャ・ウォーテル
年齢:18
出身:ミズガルドの町
職業:水魔法使い
長所:基本冷静
短所:口が悪いことがある
好きなもの:家族
嫌いなもの:嘘
基本的な行動原理は家族にあるほどの家族思い。特に双子の妹であるイーシャが大好きで、小さい頃はいつも一緒に遊んだ。それだけに今回のショックはサーシャの心を大きく揺さぶった。