放浪の水魔法使い
俺とサーシャは戦うには狭い箱の中、最新の注意を払って巨大アリジゴクを睨む。虫の感情など読めるはずもなく、次の行動も予測できない。本当、虫は嫌いだ。いやまじで蝶々とかなんで逃げる俺を追いかけてくんの?心の底からやめてほしい。
すると、目の前のアリジゴクが顔を天へ向けてアゴを大きく開いた。するとサーシャは足をジリジリと後ろへ引き下げ、横目に俺を見る。
「水城さん、気をつけてください。何の攻撃がくるか分かりません。ただ、プサモースは地属性の魔物です。つまりここはあの魔物の独擅場です」
プサモース、それがアリジゴクの名前らしい。サーシャが言い終わると同時にまた地が割れ、直後に嵐が起こる。お互い何か言ったわけでもなく、ほぼ反射的に手を掴む。細かな粒が俺たちの皮膚を浅く刻む。目なんて開けていられる筈がなく、全身を這う砂や小石の感覚と砂嵐の轟音が俺を襲う。それでも俺たちは手を離す事はなかった。そして突如、その嵐は霧散した。俺は空中でゆっくりと目を開く。するとアリジゴクらしくすり鉢型の穴の真ん中で、プサモースは俺たちを待ち構えていた。
「どど、どうすんだこれ...」
「気力は幸いあのワームを撃ち殺した程度の威力まで回復しました。しかしやはり一発のみ。取り敢えず今は水魔法でなんとかします」
そう言ったサーシャは俺を抱える。正確に言うとお姫様抱っこだった。俺が不覚にもときめいている間に、サーシャは自分の目前に大きな水球を生成する。俺がきょとんとその球を見た瞬間、こちらへすごい勢いで水が流れ出してきた。プサモースのアゴが二人に届く寸前で、俺たちは水によって横に逸れた。しかし安心はしていられない。即座に殺される事は防いだものの、砂が滑る滑る。ずっと走り続けなければ中心部へと吸い込まれて結局死ぬことになる。
俺たちは真顔で走る。だが走れど走れど前に進む気配は一向になく、なんなら少しずつ下がっているような気もする。細かく傷が入った皮膚から血がポトポトと垂れて、砂に落ちる。地に染み込んだ血はすぐにプサモースの元へと滑り落ちていき、見えなくなる。
「これは倒すしかありませんね。私たちを水で押し上げて逃げるには、気力が必要になりますので」
逃げればいい、と言おうとした瞬間に俺の考えなど分かっていたかのようなサーシャは説明した。やたら粘る俺たちに痺れを切らしたか、プサモースが咆哮した。え、お前声出せるの?虫なのに?やはり俺は自分の常識に物事を当てはめてしまう。仕方がないことのようにも思えるが、いつかそれが命を脅かすかもしれない。気を付けよう、そう自戒していると
「水城さん!前!」
俺の眼前に砂でできたドリルが迫っていた。眉の間にゾゾッという感覚がする。何か思う間も無くドリルは回転しながら俺の額に触れる。死ぬ。
「掻き消せ」
とんでもない勢いの水がドリルをその質量で粉砕した。俺は額から血を流し、助けてくれたサーシャに言う。
「おいこれ、もう攻撃できないんじゃ...」
「はい、でも背に腹は変えられません」
「......すまん」
「どうやらそんなこと言ってる暇もないみたいですよ。次からは助けられません。全力で避けてください」
砂からキュイイインッ!と音がしたかと思うと、あらゆる方向からあの俺を殺しかけた砂の凶器が射出される。一度空高く上がったドリルは下を向く。それも俺の方だ。早いうちに弱者を殺す作戦だろうか。空気を切り裂いて進む無数のドリルが俺を襲う。全力を尽くして走る俺の背後でそれは炸裂する。ぐるぐるとプサモースの巣の周りを駆けて逃げ惑う。舞った砂埃が視界を奪う。毎日歩き通しなのが良かったのか、体力はまだまだ残っていそうだ。サーシャは大丈夫か。ちらと巣を見回すと波に乗ったサーシャが軽快にドリルを避けていた。しかし俺より数が少ないな、そしてどうやら人の心配している必要はないようだ。またもや正確に頭部を破壊せんとするドリルをスライディング。その隙を狙う次の砂を跳んで間一髪躱す。
気は抜いていられない。すぐに走り出さなければ。そう思い、俺は足を前に踏み出した。しかし踏み出そうとした足の爪先は、砂からちょこっと顔を出した石に引っかかる。クソッ油断した!プサモースはその隙を逃すことなく、避けることのできない俺に幾つものドリルを飛ばした。ドリルは俺の倒れ込んだところを的確に狙う。ズドドドドドッと容赦なく何度も何度もドリルを打ち込まれる様子にサーシャが叫んだ。
「...っ!水城さん!」
そこにはもう何も残っていなかった。それらしき跡も見えない。もう死体も下へ流されたのだろうか。サーシャは自分の無力さを痛感する。もう駄目だ、勝てっこない。
「...み、水城さん、ごごっごめんなさい。わ、わたっ、私、が...」
「待てよサーシャ。戦いはここから面白くなるんだぜ」
砂埃で辺りが見えない中、背後からサーシャは声を掛けられる。
俺が死を覚悟したその時、藁をも掴むと言った感じで近くにあった大きめの岩に咄嗟に手を伸ばすと、意外に軽く、持つことができた。その岩は物凄く頑丈だった。あの猛攻を防ぎ切ったことが何よりの証拠だろう。とはいえその衝撃で手が痺れて、力が入らない。すると、まだ持っていた岩が動き始めた。
「な、なんだ?」
「...あ、サントルですね」
サーシャがサントルと言ったそれは、岩が甲羅となっている亀だった。顔を出したサントルは眠たそうな目でこちらを見る。俺はそれを見て笑う。
「ありがとな、サントル。あとちょっとの間よろしく」
「最低ですね、あなた...」
何を言う。使えるものは使わないと。何も死んで身代わりになってもらう訳じゃない。防げるならば俺の心は痛まないし。そうしているとプサモースは間髪入れず次の弾を準備する。
「さて、走るか」
俺はサーシャにそう言うが、反応が得られない。俺は訝しんで振り返り、もう一度確認する。
「サーシャ?」
「...水城さん」
「?」
「すみません」
その瞬間、俺の体は真下から湧き出た、いや生成された水に押し上げられる。俺は抵抗もできずブリッジのような体勢のまま巣の外の更に遠くへと運び出される。乱暴に投げ出された俺は砂の上を転がる。サーシャ、...やりやがったな。気力がもうないのは嘘だったのかよ。俺は咳き込みながら立ち上がると、休まず走り出す。もちろんあの巣へと戻るためだ。
俺が飛ばされる直前に見た彼女の顔は死を覚悟した顔ではなかった。「生きるのを諦めた」顔だった。そこにどれほどの違いがあるかを言語化するのは俺には難しい。けれどそこには決定的な違いがある。俺は心配よりも羞恥よりも絶望よりも驚きよりも他の何よりも、ただ怒りを感じていた。やはり何でもないように振る舞って、感情をひた隠しにして俺と会話して、その中でどこか死に場所を求めていたのだろうか。今後そういうことがないように話をしなければ。そして何より許せなかった...俺がこんなに情けないだなんて...!
「頼むぞ、サントル」
俺の声に応じるかのように顔を出すサントルは、ばっちこいと言っているのか、はたまた盾にされることを恐れているのか。ごめんな、サーシャを助けるまでの辛抱だ。岩を抱えながら走る俺の目に、巣の中が映ってくる。即座に死ぬつもりはないらしく、波に乗りながら向かいくる弾を右へ左へと避ける。良かった、間に合いそうだ。
しかしそこでサーシャの動きがピタリと止まる。砂でできた手に足首が掴まれていた。ダメだ、絶対に死なせない。今度は俺が助ける番だ。足を挫いて座り込むサーシャ。そこに今までで一番大きなドリルを叩き込もうとするプサモース。俺は巣の中へと戻る。何ができるか分からない、それでも戻る。滑る砂を利用してサーシャの元へと駆ける。
「水城さん、なんで...!」
「おいおい、まだ会話の途中だっただろうが」
確かな圧力と風を感じ、恐怖に震える手を拳銃を持つ風に構える。さあ、どんとこい!俺が全部撃ち抜いてやる。
[中央寄せ]ー続ー[/中央寄せ]
[水平線]
〈キャラクターmemo〉
[漢字]水城 海[/漢字][ふりがな]みずしろ かい[/ふりがな]
年齢:18
出身:東京
職業:高校三年生、[漢字]水魔法使い[/漢字][ふりがな]アクア[/ふりがな]
長所:少し人情深い
短所:調子に乗りやすい
好きなもの:アニメ、漫画、ラーメン
嫌いなもの:トマト、夢オチ
両親と中三の妹との四人暮らし。しっかりとお兄ちゃんをしているがその場の雰囲気で恥ずかしいセリフを吐いてしまい、後悔することもままある。チョコレートは妹にもらうことで満足している。
すると、目の前のアリジゴクが顔を天へ向けてアゴを大きく開いた。するとサーシャは足をジリジリと後ろへ引き下げ、横目に俺を見る。
「水城さん、気をつけてください。何の攻撃がくるか分かりません。ただ、プサモースは地属性の魔物です。つまりここはあの魔物の独擅場です」
プサモース、それがアリジゴクの名前らしい。サーシャが言い終わると同時にまた地が割れ、直後に嵐が起こる。お互い何か言ったわけでもなく、ほぼ反射的に手を掴む。細かな粒が俺たちの皮膚を浅く刻む。目なんて開けていられる筈がなく、全身を這う砂や小石の感覚と砂嵐の轟音が俺を襲う。それでも俺たちは手を離す事はなかった。そして突如、その嵐は霧散した。俺は空中でゆっくりと目を開く。するとアリジゴクらしくすり鉢型の穴の真ん中で、プサモースは俺たちを待ち構えていた。
「どど、どうすんだこれ...」
「気力は幸いあのワームを撃ち殺した程度の威力まで回復しました。しかしやはり一発のみ。取り敢えず今は水魔法でなんとかします」
そう言ったサーシャは俺を抱える。正確に言うとお姫様抱っこだった。俺が不覚にもときめいている間に、サーシャは自分の目前に大きな水球を生成する。俺がきょとんとその球を見た瞬間、こちらへすごい勢いで水が流れ出してきた。プサモースのアゴが二人に届く寸前で、俺たちは水によって横に逸れた。しかし安心はしていられない。即座に殺される事は防いだものの、砂が滑る滑る。ずっと走り続けなければ中心部へと吸い込まれて結局死ぬことになる。
俺たちは真顔で走る。だが走れど走れど前に進む気配は一向になく、なんなら少しずつ下がっているような気もする。細かく傷が入った皮膚から血がポトポトと垂れて、砂に落ちる。地に染み込んだ血はすぐにプサモースの元へと滑り落ちていき、見えなくなる。
「これは倒すしかありませんね。私たちを水で押し上げて逃げるには、気力が必要になりますので」
逃げればいい、と言おうとした瞬間に俺の考えなど分かっていたかのようなサーシャは説明した。やたら粘る俺たちに痺れを切らしたか、プサモースが咆哮した。え、お前声出せるの?虫なのに?やはり俺は自分の常識に物事を当てはめてしまう。仕方がないことのようにも思えるが、いつかそれが命を脅かすかもしれない。気を付けよう、そう自戒していると
「水城さん!前!」
俺の眼前に砂でできたドリルが迫っていた。眉の間にゾゾッという感覚がする。何か思う間も無くドリルは回転しながら俺の額に触れる。死ぬ。
「掻き消せ」
とんでもない勢いの水がドリルをその質量で粉砕した。俺は額から血を流し、助けてくれたサーシャに言う。
「おいこれ、もう攻撃できないんじゃ...」
「はい、でも背に腹は変えられません」
「......すまん」
「どうやらそんなこと言ってる暇もないみたいですよ。次からは助けられません。全力で避けてください」
砂からキュイイインッ!と音がしたかと思うと、あらゆる方向からあの俺を殺しかけた砂の凶器が射出される。一度空高く上がったドリルは下を向く。それも俺の方だ。早いうちに弱者を殺す作戦だろうか。空気を切り裂いて進む無数のドリルが俺を襲う。全力を尽くして走る俺の背後でそれは炸裂する。ぐるぐるとプサモースの巣の周りを駆けて逃げ惑う。舞った砂埃が視界を奪う。毎日歩き通しなのが良かったのか、体力はまだまだ残っていそうだ。サーシャは大丈夫か。ちらと巣を見回すと波に乗ったサーシャが軽快にドリルを避けていた。しかし俺より数が少ないな、そしてどうやら人の心配している必要はないようだ。またもや正確に頭部を破壊せんとするドリルをスライディング。その隙を狙う次の砂を跳んで間一髪躱す。
気は抜いていられない。すぐに走り出さなければ。そう思い、俺は足を前に踏み出した。しかし踏み出そうとした足の爪先は、砂からちょこっと顔を出した石に引っかかる。クソッ油断した!プサモースはその隙を逃すことなく、避けることのできない俺に幾つものドリルを飛ばした。ドリルは俺の倒れ込んだところを的確に狙う。ズドドドドドッと容赦なく何度も何度もドリルを打ち込まれる様子にサーシャが叫んだ。
「...っ!水城さん!」
そこにはもう何も残っていなかった。それらしき跡も見えない。もう死体も下へ流されたのだろうか。サーシャは自分の無力さを痛感する。もう駄目だ、勝てっこない。
「...み、水城さん、ごごっごめんなさい。わ、わたっ、私、が...」
「待てよサーシャ。戦いはここから面白くなるんだぜ」
砂埃で辺りが見えない中、背後からサーシャは声を掛けられる。
俺が死を覚悟したその時、藁をも掴むと言った感じで近くにあった大きめの岩に咄嗟に手を伸ばすと、意外に軽く、持つことができた。その岩は物凄く頑丈だった。あの猛攻を防ぎ切ったことが何よりの証拠だろう。とはいえその衝撃で手が痺れて、力が入らない。すると、まだ持っていた岩が動き始めた。
「な、なんだ?」
「...あ、サントルですね」
サーシャがサントルと言ったそれは、岩が甲羅となっている亀だった。顔を出したサントルは眠たそうな目でこちらを見る。俺はそれを見て笑う。
「ありがとな、サントル。あとちょっとの間よろしく」
「最低ですね、あなた...」
何を言う。使えるものは使わないと。何も死んで身代わりになってもらう訳じゃない。防げるならば俺の心は痛まないし。そうしているとプサモースは間髪入れず次の弾を準備する。
「さて、走るか」
俺はサーシャにそう言うが、反応が得られない。俺は訝しんで振り返り、もう一度確認する。
「サーシャ?」
「...水城さん」
「?」
「すみません」
その瞬間、俺の体は真下から湧き出た、いや生成された水に押し上げられる。俺は抵抗もできずブリッジのような体勢のまま巣の外の更に遠くへと運び出される。乱暴に投げ出された俺は砂の上を転がる。サーシャ、...やりやがったな。気力がもうないのは嘘だったのかよ。俺は咳き込みながら立ち上がると、休まず走り出す。もちろんあの巣へと戻るためだ。
俺が飛ばされる直前に見た彼女の顔は死を覚悟した顔ではなかった。「生きるのを諦めた」顔だった。そこにどれほどの違いがあるかを言語化するのは俺には難しい。けれどそこには決定的な違いがある。俺は心配よりも羞恥よりも絶望よりも驚きよりも他の何よりも、ただ怒りを感じていた。やはり何でもないように振る舞って、感情をひた隠しにして俺と会話して、その中でどこか死に場所を求めていたのだろうか。今後そういうことがないように話をしなければ。そして何より許せなかった...俺がこんなに情けないだなんて...!
「頼むぞ、サントル」
俺の声に応じるかのように顔を出すサントルは、ばっちこいと言っているのか、はたまた盾にされることを恐れているのか。ごめんな、サーシャを助けるまでの辛抱だ。岩を抱えながら走る俺の目に、巣の中が映ってくる。即座に死ぬつもりはないらしく、波に乗りながら向かいくる弾を右へ左へと避ける。良かった、間に合いそうだ。
しかしそこでサーシャの動きがピタリと止まる。砂でできた手に足首が掴まれていた。ダメだ、絶対に死なせない。今度は俺が助ける番だ。足を挫いて座り込むサーシャ。そこに今までで一番大きなドリルを叩き込もうとするプサモース。俺は巣の中へと戻る。何ができるか分からない、それでも戻る。滑る砂を利用してサーシャの元へと駆ける。
「水城さん、なんで...!」
「おいおい、まだ会話の途中だっただろうが」
確かな圧力と風を感じ、恐怖に震える手を拳銃を持つ風に構える。さあ、どんとこい!俺が全部撃ち抜いてやる。
[中央寄せ]ー続ー[/中央寄せ]
[水平線]
〈キャラクターmemo〉
[漢字]水城 海[/漢字][ふりがな]みずしろ かい[/ふりがな]
年齢:18
出身:東京
職業:高校三年生、[漢字]水魔法使い[/漢字][ふりがな]アクア[/ふりがな]
長所:少し人情深い
短所:調子に乗りやすい
好きなもの:アニメ、漫画、ラーメン
嫌いなもの:トマト、夢オチ
両親と中三の妹との四人暮らし。しっかりとお兄ちゃんをしているがその場の雰囲気で恥ずかしいセリフを吐いてしまい、後悔することもままある。チョコレートは妹にもらうことで満足している。