放浪の水魔法使い
サーシャが[漢字]水魔法使い[/漢字][ふりがな]アクア[/ふりがな]であることを知った少年は、驚いたという言葉とは反対に薄い笑みを浮かべている。身の危険を感じないのだろうか。それは警戒心の欠如なのか、自信の表れなのか。やはりサーシャに魔法を使わせるのではなかった。今更後悔したところで何かが変わるわけではないが、今はそうすることしかできない。周りにバラされたら一貫の終わりだ。それどころか一生が終わる。
「どうする、殺す?」
「お前はもう少し人の心を持たないか」
「だって人じゃないし。いや、割と本気だよ?ボクはこんなとこで三人仲良く処刑とかされたくないからね」
「殺さないでくださいよ。僕にも家族はいるんですから、ウスハさん」
「何でボクの名前を...?」
「...えーっと、さっき聞いたんですよ。あっ僕も名乗っておきます。テレン・マイルです」
テレンと名乗った少年は貼り付けたような笑顔を崩さぬまま仰々しく一礼をする。容易く剥がすことができそうな仮面はしかし顔にしっかりと装着されていて、考えが読めない。ボサボサの金髪に綺麗な身なり。サーシャよりも低く、華奢な体躯は何の武道もやっていなくても簡単に捩じ伏せられそうに見える。160センチもなさそうだ。それでも行動に移せないのは底知れぬものを感じるからだ。どうにも胡散臭い。このまま放っておいて良いのだろうか。
「そうですよね、心配ですよね」
テレンは俺たちの顔を見て諭すように言うと、一歩前に出た。俺たちはテレンが進んだ分だけ距離を置く。そんな俺たちに困ったとでも言う風に肩をすくめると、諦めてその場に止まった。
「契約を結べば良いんですよ。誰かに言おうとしたら僕に悪く作用する契約を。これで水城さんたちは安全が保証できるし僕も死ななくて済みます。どうです、ウィンウィンでしょう?」
「生憎俺はウィンウィンという言葉に一片の信頼も持てないんだ」
「同感です。ですが断るならばそこのサーシャさんがサーとシャに分かれてしまうかもしれませんね、ふふふ」
全く笑えない。しかし確かにこのままでは俺たちのこれからが危うくなるだけだ。少々思うところはあるが契約することにしよう。
「でも今殺したら誰にも言えないよね」
俺が一歩前に出ると同時に、耳の横を何かが横切った。それは回転を速めながら真っ直ぐと飛んでいく。そして、テレンから人一人分くらい空いたところに着弾した。威嚇、牽制のつもりだったのだろうか。確かにテレンの左側の地面の抉れようを見れば普通なら怯えてしまいそうだ。けれどそれは一切の効果を得るに至らなかった。本当、顔面に静止画を映してるんじゃないだろうか。俺は後ろで羽を動かしているウスハに視線をやる。ウスハは信じられないとでも言うように目を見開いていた。
「え?さっきまでそこに...」
なにっ威嚇じゃなかったということか。でもずっとテレンは動いていないし、俺からしたらウスハのエイムが低いようにしか見えない。けれど今までの彼女にその気配はなかったし、相手が何かしらの術を使っていると考える方が妥当だろう。顔を見合わせる俺たちにテレンは言葉を放った。先ほどよりもずっと冷たい声で。
「はぁ...いいですか?これは交渉ではありません。僕には[漢字]特技[/漢字][ふりがな]スキル[/ふりがな]『[漢字]思念伝達[/漢字][ふりがな]テレパシー[/ふりがな]』があるので。次に下手なことをすれば教会の人間に告げ口してあげますよ」
「ウスハ、もう抵抗はやめよう」
「でもっ.......分かったよ」
「すぐに報告だってできるのに温情を与えてくれて感謝する。契約させてくれ」
「ええ、話が分かる方で助かりました」
テレンは手提げ鞄から一枚の紙を取り出すと、胸ポケットに挟んであったペンを手に持った。テレンは何やら思案顔で辺りを見回している。書くのに最適な場所でも探しているのだろう。そしてゆっくりとオークの死体の方へと歩いて行った。
「胸板が硬そうだ。書きやすそうですね」
人間として何かが欠落している。俺はそう感じた。子供の無邪気さという言い訳が通用しない、成長した後もアリの巣に水を流して喜んでいるような不気味さがあった。
テレンが書面に字を書き込むのを待つこと暫し。横たわったオークに体重を預けていたテレンがよっと立ち上がった。紙をひらひらさせながらこちらへやって来る様子はどうにも軽くて力が抜けてしまう。
「書き終えました。後は水城さんの同意をお願いします。ちゃんと目を通しておかないと騙されることもありますのでお気をつけください」
「ああ、サンキュー」
本当、なんなんだろうなコイツ。親切なのかヤバいやつなのか。まあその二つが両立することが完全なる矛盾というわけでもない。今はテレンの評価よりも身の安全を考えることを優先すべきだ。何も結論を急ぐ必要はない。
「そういえば、何故水魔法使いが迫害されるかは知っていますか?」
出し抜けにそう聞かれて反応が遅れる。それは唯一魔族から生まれたからではなかっただろうか。俺はそうサーシャから聞いた。
「確かに初めはそうだったかもしれませんね」
じゃあ違うというのか?ならこの世に二人しかいないのにわざわざ排する必要はないだろうに。そんな俺の考えを馬鹿にするように笑うテレン。腹が立つな。
「逆ですよ逆。二人しかいないからですよ」
「それは...どういうことですか?」
「何、簡単なことですよ。少し考えたら分かります。シンキングタイムを与えましょうか?」
俺たちを玩具とでも思って遊んでいるつもりなのだろうか。つくづくムカつく野郎だ。そんな感情が声にも現れて、少し尖った言い方になる。
「んなのいらねぇよ。いいから早く教えろ」
「おお、怖い。落ち着いてください。いいですか、光属性を除いて禁忌術式を知る者は必ずいるそうですね。つまり、無数にいる他の属性と違って[漢字]水魔法使い[/漢字][ふりがな]アクア[/ふりがな]は二分の一の確率で禁忌術式を発動できる訳です。そんなの怖いに決まってるじゃないですか。殺される前に殺したいじゃないですか。それがたとえただの先延ばしにしかならないとしても。新たな[漢字]水魔法使い[/漢字][ふりがな]アクア[/ふりがな]がどこか遠くで生まれてくれればほぼ無関係でいられるのですから」
「......」
言い返すことができなかった。恐らく、彼女自身も。俺が禁術を知らないのだから、それはサーシャが知っているのだろう。テレンの言葉は正しかった。人間の弱い心のことを思えば間違いはなかった。言い伝えが悪いのなら払拭の余地はあっただろう。けれどこの事実は拭えない。絨毯についた染みは無理やり拭き取ろうとしても広がり、何度洗えど残り続ける。せいぜい薄くすることが限界なのだ。
「では僕はこれで。そもそもこの町に長居する予定はありませんので」
「普段はどこで生活してるんだ?」
「王都ですよ。またいつか。さようなら」
「出来れば会いたくねぇな...」
俺の切実な願いは彼の耳に届くことはなく、その小さくなっていく背中を三人で見送った。呆然と立ち尽くしていた俺たちはテレンの姿が完全に見えなくなると、安堵の息をそれはそれは大きく吐いた。
「良かったあああああ〜っ」
「のかな?」
「しかし彼の住む場所を少しでも絞ったのは感心ですよ水城さん」
「いやそんなつもりは露ほどもねぇよ」
結局俺とウスハをアホ呼ばわりしたサーシャがバレる原因となったのだから笑えない。絶対言わないけど。まああそこで誰も止めなかったわけだし全員に責任があるだろう。今その問題を考えている場合でもないしな。
オークの死体には既にわらわらと虫みたいなのが集まり始めている。テレンと話していた時間が一体どれだけの長さだったのかは分からない。けれど青く澄んで晴れ渡っていた空にはどこか赤色が混ざっているようにも見える。そしてその時間の経過は雲を運んでくるのにも十分であり、パラパラと小雨が降り始めていた。シャワーを浴びて葉を揺らす木を見ると心が落ち着く。
「本降りになる前に帰ろうぜ」
「ええ、そうですね」
「でも...採取してなくない?」
「あっ」
「あっ」
「......よし、採るか」
オークを討伐した証拠にするため、逞しく生えた牙を取る。持って帰れるならばこの斧も売りたいところだが、いかんせん腕力に自信がない。ウスハの土魔法ならいけるかとも思ったが
「雨降ってるから不安定だよ」
とのことだ。成程確かに突然土が崩れて斧が足元に落っこちたらと考えると背筋がゾクリとする。いや怖えよ普通に。だから自分の恐怖心に従って持ち帰るのは諦めることにした。初めはあんなに見つからなかった筈の草も簡単に見つかって一安心だ。いや、サーシャが見つけてくれたのだが。仕事は終わり、後は帰るのみ。残念ながら雨は強くなる一方で、容赦なく顔をバチバチと叩く水が心底鬱陶しいが、[漢字]水魔法使い[/漢字][ふりがな]アクア[/ふりがな]としては是非仲良くしたいところだ。だからもうちょっと大人しくならないかな...目を開けてられないから。
「そういやマジックプラントは魔物の死体近くに生えやすいんだよな。あのオークならいいのが生えそうだな」
「そうですね、情報提供するだけでも追加報酬が貰えそうです」
「で、オークを倒すのが楽勝とか言ったのは誰だよ」
「あれはハイオークと称されるものです。大雑把にオークと判断した発見者が全面的に悪いです」
清々しいまでの責任転嫁。いや、本当にそうなのだろう。オークとハイオークには深く大きな溝があるのかもしれない。例えるなら陰キャとぼっちくらいの差がある。多分これ分かりやすくなってねぇな。
そうして森から出て歩き続け、本日二度目のWelcome to Vivies!の文字。門をくぐって見える町には雨が降り注ぎ、日本であればカバンを頭の上に掲げて走り回るサラリーマンが見えたことだろう。けれど
「なんじゃこりゃ」
町の人々は急いで家に帰るどころか両手を広げて水を浴びている。天気とは真逆に晴れた顔は俺からすると異様で、しかしこれがこの世界の常識なのだろうか。そう思ってサーシャの方を向くと、サーシャも彼らを指差して言った。
「なんですか、これ?」
「あー、きっとなんかの風習なんだろうな。ほら、今は多文化共生の時代だし。頭ごなしに否定したらネットが燃える」
「何言ってるか分からないですけど」
「まあそういう町ってことだろ」
我ながら適当だがこんなものだろう。俺は同じ日本人でもワイワイ打ち上げをする人間を理解しきれなかったわけだし。真面目になんであんな頻繁に打ち上げするのん?もしかしてNASAなの?それに参加出来ない俺は弱者なの?
俺たちはこの町の人間とは違って濡れたくはないので、走ってギルドへと向かうことにした。テレンの言葉に[漢字]水魔法使い[/漢字][ふりがな]アクア[/ふりがな]そのものを認めてもらうことはできないと悟った。これはその時水魔法が顕現した者への印象が一番の問題だ。俺はギルドの扉を開ける前に、どんより黒く染まった雲の隙間を探した。
[中央寄せ]ー続ー[/中央寄せ]
「どうする、殺す?」
「お前はもう少し人の心を持たないか」
「だって人じゃないし。いや、割と本気だよ?ボクはこんなとこで三人仲良く処刑とかされたくないからね」
「殺さないでくださいよ。僕にも家族はいるんですから、ウスハさん」
「何でボクの名前を...?」
「...えーっと、さっき聞いたんですよ。あっ僕も名乗っておきます。テレン・マイルです」
テレンと名乗った少年は貼り付けたような笑顔を崩さぬまま仰々しく一礼をする。容易く剥がすことができそうな仮面はしかし顔にしっかりと装着されていて、考えが読めない。ボサボサの金髪に綺麗な身なり。サーシャよりも低く、華奢な体躯は何の武道もやっていなくても簡単に捩じ伏せられそうに見える。160センチもなさそうだ。それでも行動に移せないのは底知れぬものを感じるからだ。どうにも胡散臭い。このまま放っておいて良いのだろうか。
「そうですよね、心配ですよね」
テレンは俺たちの顔を見て諭すように言うと、一歩前に出た。俺たちはテレンが進んだ分だけ距離を置く。そんな俺たちに困ったとでも言う風に肩をすくめると、諦めてその場に止まった。
「契約を結べば良いんですよ。誰かに言おうとしたら僕に悪く作用する契約を。これで水城さんたちは安全が保証できるし僕も死ななくて済みます。どうです、ウィンウィンでしょう?」
「生憎俺はウィンウィンという言葉に一片の信頼も持てないんだ」
「同感です。ですが断るならばそこのサーシャさんがサーとシャに分かれてしまうかもしれませんね、ふふふ」
全く笑えない。しかし確かにこのままでは俺たちのこれからが危うくなるだけだ。少々思うところはあるが契約することにしよう。
「でも今殺したら誰にも言えないよね」
俺が一歩前に出ると同時に、耳の横を何かが横切った。それは回転を速めながら真っ直ぐと飛んでいく。そして、テレンから人一人分くらい空いたところに着弾した。威嚇、牽制のつもりだったのだろうか。確かにテレンの左側の地面の抉れようを見れば普通なら怯えてしまいそうだ。けれどそれは一切の効果を得るに至らなかった。本当、顔面に静止画を映してるんじゃないだろうか。俺は後ろで羽を動かしているウスハに視線をやる。ウスハは信じられないとでも言うように目を見開いていた。
「え?さっきまでそこに...」
なにっ威嚇じゃなかったということか。でもずっとテレンは動いていないし、俺からしたらウスハのエイムが低いようにしか見えない。けれど今までの彼女にその気配はなかったし、相手が何かしらの術を使っていると考える方が妥当だろう。顔を見合わせる俺たちにテレンは言葉を放った。先ほどよりもずっと冷たい声で。
「はぁ...いいですか?これは交渉ではありません。僕には[漢字]特技[/漢字][ふりがな]スキル[/ふりがな]『[漢字]思念伝達[/漢字][ふりがな]テレパシー[/ふりがな]』があるので。次に下手なことをすれば教会の人間に告げ口してあげますよ」
「ウスハ、もう抵抗はやめよう」
「でもっ.......分かったよ」
「すぐに報告だってできるのに温情を与えてくれて感謝する。契約させてくれ」
「ええ、話が分かる方で助かりました」
テレンは手提げ鞄から一枚の紙を取り出すと、胸ポケットに挟んであったペンを手に持った。テレンは何やら思案顔で辺りを見回している。書くのに最適な場所でも探しているのだろう。そしてゆっくりとオークの死体の方へと歩いて行った。
「胸板が硬そうだ。書きやすそうですね」
人間として何かが欠落している。俺はそう感じた。子供の無邪気さという言い訳が通用しない、成長した後もアリの巣に水を流して喜んでいるような不気味さがあった。
テレンが書面に字を書き込むのを待つこと暫し。横たわったオークに体重を預けていたテレンがよっと立ち上がった。紙をひらひらさせながらこちらへやって来る様子はどうにも軽くて力が抜けてしまう。
「書き終えました。後は水城さんの同意をお願いします。ちゃんと目を通しておかないと騙されることもありますのでお気をつけください」
「ああ、サンキュー」
本当、なんなんだろうなコイツ。親切なのかヤバいやつなのか。まあその二つが両立することが完全なる矛盾というわけでもない。今はテレンの評価よりも身の安全を考えることを優先すべきだ。何も結論を急ぐ必要はない。
「そういえば、何故水魔法使いが迫害されるかは知っていますか?」
出し抜けにそう聞かれて反応が遅れる。それは唯一魔族から生まれたからではなかっただろうか。俺はそうサーシャから聞いた。
「確かに初めはそうだったかもしれませんね」
じゃあ違うというのか?ならこの世に二人しかいないのにわざわざ排する必要はないだろうに。そんな俺の考えを馬鹿にするように笑うテレン。腹が立つな。
「逆ですよ逆。二人しかいないからですよ」
「それは...どういうことですか?」
「何、簡単なことですよ。少し考えたら分かります。シンキングタイムを与えましょうか?」
俺たちを玩具とでも思って遊んでいるつもりなのだろうか。つくづくムカつく野郎だ。そんな感情が声にも現れて、少し尖った言い方になる。
「んなのいらねぇよ。いいから早く教えろ」
「おお、怖い。落ち着いてください。いいですか、光属性を除いて禁忌術式を知る者は必ずいるそうですね。つまり、無数にいる他の属性と違って[漢字]水魔法使い[/漢字][ふりがな]アクア[/ふりがな]は二分の一の確率で禁忌術式を発動できる訳です。そんなの怖いに決まってるじゃないですか。殺される前に殺したいじゃないですか。それがたとえただの先延ばしにしかならないとしても。新たな[漢字]水魔法使い[/漢字][ふりがな]アクア[/ふりがな]がどこか遠くで生まれてくれればほぼ無関係でいられるのですから」
「......」
言い返すことができなかった。恐らく、彼女自身も。俺が禁術を知らないのだから、それはサーシャが知っているのだろう。テレンの言葉は正しかった。人間の弱い心のことを思えば間違いはなかった。言い伝えが悪いのなら払拭の余地はあっただろう。けれどこの事実は拭えない。絨毯についた染みは無理やり拭き取ろうとしても広がり、何度洗えど残り続ける。せいぜい薄くすることが限界なのだ。
「では僕はこれで。そもそもこの町に長居する予定はありませんので」
「普段はどこで生活してるんだ?」
「王都ですよ。またいつか。さようなら」
「出来れば会いたくねぇな...」
俺の切実な願いは彼の耳に届くことはなく、その小さくなっていく背中を三人で見送った。呆然と立ち尽くしていた俺たちはテレンの姿が完全に見えなくなると、安堵の息をそれはそれは大きく吐いた。
「良かったあああああ〜っ」
「のかな?」
「しかし彼の住む場所を少しでも絞ったのは感心ですよ水城さん」
「いやそんなつもりは露ほどもねぇよ」
結局俺とウスハをアホ呼ばわりしたサーシャがバレる原因となったのだから笑えない。絶対言わないけど。まああそこで誰も止めなかったわけだし全員に責任があるだろう。今その問題を考えている場合でもないしな。
オークの死体には既にわらわらと虫みたいなのが集まり始めている。テレンと話していた時間が一体どれだけの長さだったのかは分からない。けれど青く澄んで晴れ渡っていた空にはどこか赤色が混ざっているようにも見える。そしてその時間の経過は雲を運んでくるのにも十分であり、パラパラと小雨が降り始めていた。シャワーを浴びて葉を揺らす木を見ると心が落ち着く。
「本降りになる前に帰ろうぜ」
「ええ、そうですね」
「でも...採取してなくない?」
「あっ」
「あっ」
「......よし、採るか」
オークを討伐した証拠にするため、逞しく生えた牙を取る。持って帰れるならばこの斧も売りたいところだが、いかんせん腕力に自信がない。ウスハの土魔法ならいけるかとも思ったが
「雨降ってるから不安定だよ」
とのことだ。成程確かに突然土が崩れて斧が足元に落っこちたらと考えると背筋がゾクリとする。いや怖えよ普通に。だから自分の恐怖心に従って持ち帰るのは諦めることにした。初めはあんなに見つからなかった筈の草も簡単に見つかって一安心だ。いや、サーシャが見つけてくれたのだが。仕事は終わり、後は帰るのみ。残念ながら雨は強くなる一方で、容赦なく顔をバチバチと叩く水が心底鬱陶しいが、[漢字]水魔法使い[/漢字][ふりがな]アクア[/ふりがな]としては是非仲良くしたいところだ。だからもうちょっと大人しくならないかな...目を開けてられないから。
「そういやマジックプラントは魔物の死体近くに生えやすいんだよな。あのオークならいいのが生えそうだな」
「そうですね、情報提供するだけでも追加報酬が貰えそうです」
「で、オークを倒すのが楽勝とか言ったのは誰だよ」
「あれはハイオークと称されるものです。大雑把にオークと判断した発見者が全面的に悪いです」
清々しいまでの責任転嫁。いや、本当にそうなのだろう。オークとハイオークには深く大きな溝があるのかもしれない。例えるなら陰キャとぼっちくらいの差がある。多分これ分かりやすくなってねぇな。
そうして森から出て歩き続け、本日二度目のWelcome to Vivies!の文字。門をくぐって見える町には雨が降り注ぎ、日本であればカバンを頭の上に掲げて走り回るサラリーマンが見えたことだろう。けれど
「なんじゃこりゃ」
町の人々は急いで家に帰るどころか両手を広げて水を浴びている。天気とは真逆に晴れた顔は俺からすると異様で、しかしこれがこの世界の常識なのだろうか。そう思ってサーシャの方を向くと、サーシャも彼らを指差して言った。
「なんですか、これ?」
「あー、きっとなんかの風習なんだろうな。ほら、今は多文化共生の時代だし。頭ごなしに否定したらネットが燃える」
「何言ってるか分からないですけど」
「まあそういう町ってことだろ」
我ながら適当だがこんなものだろう。俺は同じ日本人でもワイワイ打ち上げをする人間を理解しきれなかったわけだし。真面目になんであんな頻繁に打ち上げするのん?もしかしてNASAなの?それに参加出来ない俺は弱者なの?
俺たちはこの町の人間とは違って濡れたくはないので、走ってギルドへと向かうことにした。テレンの言葉に[漢字]水魔法使い[/漢字][ふりがな]アクア[/ふりがな]そのものを認めてもらうことはできないと悟った。これはその時水魔法が顕現した者への印象が一番の問題だ。俺はギルドの扉を開ける前に、どんより黒く染まった雲の隙間を探した。
[中央寄せ]ー続ー[/中央寄せ]