放浪の水魔法使い
立ち並ぶ店に、人々の話し声。二人分の足音と使い魔の羽音はそんな喧騒にいとも容易く飲み込まれる。その足音の向かう先は冒険者ギルドだ。この世界で一番大きな勢力は教会だろう。だからギルドはそれに次ぐ組織だ。それだけに、俺たちの前に堂々と建つギルドは、他の横に連なる店と比べ物にならない大きさであった。
「うわっでっか...」
「私も入るのは初めてです。学生だったので」
「ボク、討伐されないよね?」
誰もそれに答えることなく、屋内へと踏み込む。既に依頼を受けた者が多いのだろうか、中に人は然程いなかった。なんとなく身構えていたけれど、それを見て力が抜けた。見ない顔を物珍しそうに観察する数人の冒険者。なんだか転校生の気持ちが分かったような気がする。若干の居心地の悪さを感じながらも、綺麗な笑顔を浮かべる受付の女性の元へと向かう。茶髪を後ろで結えた受付嬢は俺たちの顔を一度見て、首を傾げると何か思い当たったように、引き出しから紙を取り出す。
「冒険者登録はしておられますか?」
「いえ、まだです。あの、取り敢えず仮登録にしていただけますか?」
「かしこまりました」
一応手続きのやり方は分かっているのだろう。サーシャは特に迷う風でもなく話を進める。新人さんなのだろうか、受付嬢は何やら紙を見ながら喋っている。俺はぼーっとそれを見ながらサーシャに耳打ちした。
「仮登録って?」
「ギルド全体には情報が回らない登録です。教会がどう出るか分からないですので、念のため私たちの素性はここで留めておきます」
「じゃあ、この街を離れたらまた次の場所で仮登録するのか?」
「多分そうなります」
俺たちが話している間に準備が終わっていたのだろう。受付嬢はスマイルを貼り付けて待っていた。はわわ、すみません、残業を増やすつもりはないから殺さないで...?
「ではお二人の名前、年齢、属性、職業をお教えください」
「あ、はい。水城 海、18歳です。属性はみ......!?」
「アホですか!?死にたいんですか!?」
突然口元を抑えられ、小さめの声ながらもキレていることが分かる。一瞬理解が追いつかなかったが、サーシャの物凄い剣幕を目にしてはっとする。俺、水属性って言おうとしてた...?大失敗にやばいやばいと呟く俺をよそに、サーシャは受付嬢に言い繕う。
「み...?何ですか?」
「み、[漢字]非所持者[/漢字][ふりがな]ミノル[/ふりがな]ですよ!二人とも!」
「ああ、なるほど。承知致しました。では職業は何でしょうか?」
「あ、魔術師です。あと、使い魔がいます」
「はい、分かりました。では使い魔をお見せください」
「ボクが使い魔のウスハです。地魔法を使います」
自己紹介をするウスハに目を丸くする受付嬢。え、最強種とかなのかな。いや、ゴーレムに太刀打ちできなかったしそれはないか。
「喋れるんですか、珍しいですね!」
「そうですよ。ボクはこのカイ様に撃たれたことで一度倒されたんですよ!彼のみず......!?」
「バカなんですか!?...はぁ、全く。飼い主に似たようですね」
酷い言われように何か言い返そうと思ったが、どこも間違いがないことに気付いて言葉に詰まる。受付嬢の不審者を見るような目に怯えて、更に思考が回らなくなる。
「みず...?」
「見ず知らずの人を助ける優しさに救われました!」
「そ、そうですか?」
自分で持ち直したウスハに比べて俺はどうだっただろうか。この先不安しかない。自分への不信感がぐるぐると渦巻いて大きくなっていく。そんな俺の心情など察することなく、受付嬢はサーシャへと目をやる。名札を見るとサラさんだということが分かった。
「では女性の方、どうぞ」
「はい。サーシャ・ウォーテル、18歳です。私も[漢字]非所持者[/漢字][ふりがな]ミノル[/ふりがな]で、魔術師です」
「では、その杖は...?」
「へ!?あ、ああ!これですか!......ただの演出です」
「は、はあ......暫くお待ちください」
まずい、完全に変なグループ扱いだ。奥へと移動するサラさんの背中を見ながら、サーシャは視線だけこちらに向ける。
「本当に気をつけてくださいよ?二人とも」
「俺、嘘つけない性格なんだよ」
「ならここでお別れです。頑張ってください」
「はい、今日から嘘つきになります」
「ボクも嘘つきになります」
「いいでしょう。...嘘つきってなんか私が悪いみたいじゃないですか」
戻ってきたサラさんはやはり笑顔を絶やすことなく話し始める。俺たちは会話を中断して手続きの確認をする。
「では仮免許を発行しましたのでご確認ください。これはこのギルドでしか扱えませんのでご注意ください」
「はい、分かりました。ありがとうございます」
「では依頼はあちらに貼り出しておりますので、何かお受けになるならばこちらへお持ちください」
壁に付けられたコルクボードに沢山の紙が留められている。その紙に書かれているのが日本語であるのが少々シュールに映るが、これも翻訳技術の恩恵だろう。ありがたや〜っと唱えながら、依頼書を順に見ていく。
「初めてですし、易しい依頼の方が良いですね」
「そうだな、薬草採取的な」
「ですね。では採取の依頼を何枚か同時に受けましょう」
あまり悩むこともなく、ボードから依頼を三枚ほど外すと先ほどのサラさんのところへ戻る。
「解毒草の採取が一枚、マジックプラントの採取が一枚、ウドラの森で発見されたオーク一頭の討伐の計三枚でよろしいですか?」
「はい、お願いします」
マジックプラントってなんだろうか。...ん?オーク討伐?
「おい、採取って言ったじゃねえかよ、えーっ」
「うるさいですねぇ、群れならともかく一頭なら余裕ですよ」
「そうだよ、ボクもついてるからさっ」
サラさんは三枚の紙をトントンと揃える。そしてまとめてファイルに挟むと、そこに俺たちの名前を書いて引き出しへしまった。なるほど受けられた依頼はこう管理するのか。サラさんは控えめに伸びをする。
「では初仕事、頑張ってくださいね、サーシャさん、水城さん、ウスハさん!」
「ええ、ありがとうございます」
「サラさんも頑張ってください」
「へ?私ですか?」
ぽかんと口を開けるサラさんに微笑むと、俺たちはギルドを後にした。激励の言葉をくれた時のサラさんの笑みは営業スマイルじゃなく、心からのものに思えた。パッと花が咲いたような表情は、最早花の匂いが鼻腔をくすぐる錯覚までさせた。うん、いい匂いだった。
「というか、カイ様いつの間に受付の人の名前を覚えたのさ」
「いや名札に書いてあったろ」
「ああ!そういうこと!」
どこにそんな声を出すほどの事実があんだよ。俺はまだ何か言いたげなウスハの顔を見て、続きを促す。
「胸を見たら名札があったんだね!」
「違うわっ!名札見たら胸があったんだよ。逆だ逆。......あ」
「...自白しましたね。とんだヘンタイさんです」
「ほら、速く歩こうぜ。森に向かわねば」
都合の悪い話は逸らすに限る。俺は無理矢理に話を打ち切ると、歩みを速める。少し人の数は減っていて、カツカツと靴を鳴らす音が町によく響く。いくつか角を曲がったりしていると、アーチ状の門が見える。あまり凝ってはいないが、この町にできる精一杯を尽くしたんだろうな、と思う。くぐった後に振り返れば、石レンガを組み立てて作られた門には、Welcome to Vivies!の文字。やはり翻訳は超高性能なようで、雰囲気に合った言語チョイスだ。ようこそビビエスへ!なんて日本語で書いていようものなら雰囲気が壊れるもんな。ほえーっと感心しつつ、少し遠くに見える森を眺める。風に揺れる木々を見ていると心が空く感じがする。
視界に入るだけで涼しく思えた森は、入れば印象がガラリと変わった。高い木だし光は遮られるだろうな、とは思っていたけれどここまで不気味さを放つとは。爽やかな木々のサワサワという音は、最早来るものを拒むような音へと変わる。揺れながら光を遮っては通しを繰り返している。森って怖いな...。キャンプでもしていたら慣れていたのだろうか。今となっては遅すぎるが、そんなことを考える。
「これ、暗くなったら結構危険だよな。明かりでも持ってくればよかったかな」
「はぁ、何のための魔術ですか」
呆れまじりのサーシャの言葉を受けて、暗がりで目を凝らしながら魔術書をペラペラとめくる。これでもない、少し違う、とページを繰っていると光魔術の章に。なんだよ、章で分けられてたのかよ。分厚い本を右手に持ちながら、魔力を流す為に左手を挙げる。本が重たくて手がプルプルしているので、集中できない。
「どんだけ非力なんですか...」
「本が重たいんだ」
と、一定の魔力を流せたか、魔術書に描かれた魔法陣の数センチほど上にぼうっと半径2、3センチくらいの光の球が現れた。見た目は小さいものの、その光力は十分すぎるほどだ。というか
「眩しすぎて前が見えないんだけど」
「もう少し魔力を込めれば操作できますよ」
言われた通りにやってみると、光は自然と戯れるかのように軽やかに動き出した。綺麗だな、と感嘆の息を漏らす。更に横にウスハが飛んでいく。ウスハは調子の良さそうな笑顔でくるくる回ると
「どう?妖精っぽさ増した?」
「いいや、お前はトンボだ」
「照れなくていいのに」
「どう答えれば正解なんだ?」
他愛のない会話をしながら森を進んでいく。またぞろ魔術で迷いの森見たくなっていないだろうな......と不安に思いつつも、その辺りに生えている植物を指さして
「これが解毒剤?それともマジックプラント?」
「ただの雑草です」
というやり取りを繰り返す。もう俺、探すのやめようかな。サーシャに頼った方がいい気がする。変わり映えしない景色に飽きて、キョロキョロするのも面倒くさくなったその時、サーシャが突然止まった。
「どうした?草あったの?」
「......いいえ、右から何か来ます!」
サーシャの言う方向に、俺もウスハも体ごと向ける。すると、二足歩行の巨大な豚──オークが木々の間を抜けて、斧を振りかぶっていた。
[中央寄せ]ー続ー[/中央寄せ]
[水平線]
〈世界観memo〉
「薬草」
この世界に生える、何かしらを回復させる草。それぞれの薬草にも等級があり、珍しさや値段もそれに比例する。
マジックプラント…魔力を回復させる薬草。魔物の死体の周りによく生える。その魔物の強さでマジックプラントの質も上がる。弱くても、魔力の濃さがあれば質は良くなる。
「うわっでっか...」
「私も入るのは初めてです。学生だったので」
「ボク、討伐されないよね?」
誰もそれに答えることなく、屋内へと踏み込む。既に依頼を受けた者が多いのだろうか、中に人は然程いなかった。なんとなく身構えていたけれど、それを見て力が抜けた。見ない顔を物珍しそうに観察する数人の冒険者。なんだか転校生の気持ちが分かったような気がする。若干の居心地の悪さを感じながらも、綺麗な笑顔を浮かべる受付の女性の元へと向かう。茶髪を後ろで結えた受付嬢は俺たちの顔を一度見て、首を傾げると何か思い当たったように、引き出しから紙を取り出す。
「冒険者登録はしておられますか?」
「いえ、まだです。あの、取り敢えず仮登録にしていただけますか?」
「かしこまりました」
一応手続きのやり方は分かっているのだろう。サーシャは特に迷う風でもなく話を進める。新人さんなのだろうか、受付嬢は何やら紙を見ながら喋っている。俺はぼーっとそれを見ながらサーシャに耳打ちした。
「仮登録って?」
「ギルド全体には情報が回らない登録です。教会がどう出るか分からないですので、念のため私たちの素性はここで留めておきます」
「じゃあ、この街を離れたらまた次の場所で仮登録するのか?」
「多分そうなります」
俺たちが話している間に準備が終わっていたのだろう。受付嬢はスマイルを貼り付けて待っていた。はわわ、すみません、残業を増やすつもりはないから殺さないで...?
「ではお二人の名前、年齢、属性、職業をお教えください」
「あ、はい。水城 海、18歳です。属性はみ......!?」
「アホですか!?死にたいんですか!?」
突然口元を抑えられ、小さめの声ながらもキレていることが分かる。一瞬理解が追いつかなかったが、サーシャの物凄い剣幕を目にしてはっとする。俺、水属性って言おうとしてた...?大失敗にやばいやばいと呟く俺をよそに、サーシャは受付嬢に言い繕う。
「み...?何ですか?」
「み、[漢字]非所持者[/漢字][ふりがな]ミノル[/ふりがな]ですよ!二人とも!」
「ああ、なるほど。承知致しました。では職業は何でしょうか?」
「あ、魔術師です。あと、使い魔がいます」
「はい、分かりました。では使い魔をお見せください」
「ボクが使い魔のウスハです。地魔法を使います」
自己紹介をするウスハに目を丸くする受付嬢。え、最強種とかなのかな。いや、ゴーレムに太刀打ちできなかったしそれはないか。
「喋れるんですか、珍しいですね!」
「そうですよ。ボクはこのカイ様に撃たれたことで一度倒されたんですよ!彼のみず......!?」
「バカなんですか!?...はぁ、全く。飼い主に似たようですね」
酷い言われように何か言い返そうと思ったが、どこも間違いがないことに気付いて言葉に詰まる。受付嬢の不審者を見るような目に怯えて、更に思考が回らなくなる。
「みず...?」
「見ず知らずの人を助ける優しさに救われました!」
「そ、そうですか?」
自分で持ち直したウスハに比べて俺はどうだっただろうか。この先不安しかない。自分への不信感がぐるぐると渦巻いて大きくなっていく。そんな俺の心情など察することなく、受付嬢はサーシャへと目をやる。名札を見るとサラさんだということが分かった。
「では女性の方、どうぞ」
「はい。サーシャ・ウォーテル、18歳です。私も[漢字]非所持者[/漢字][ふりがな]ミノル[/ふりがな]で、魔術師です」
「では、その杖は...?」
「へ!?あ、ああ!これですか!......ただの演出です」
「は、はあ......暫くお待ちください」
まずい、完全に変なグループ扱いだ。奥へと移動するサラさんの背中を見ながら、サーシャは視線だけこちらに向ける。
「本当に気をつけてくださいよ?二人とも」
「俺、嘘つけない性格なんだよ」
「ならここでお別れです。頑張ってください」
「はい、今日から嘘つきになります」
「ボクも嘘つきになります」
「いいでしょう。...嘘つきってなんか私が悪いみたいじゃないですか」
戻ってきたサラさんはやはり笑顔を絶やすことなく話し始める。俺たちは会話を中断して手続きの確認をする。
「では仮免許を発行しましたのでご確認ください。これはこのギルドでしか扱えませんのでご注意ください」
「はい、分かりました。ありがとうございます」
「では依頼はあちらに貼り出しておりますので、何かお受けになるならばこちらへお持ちください」
壁に付けられたコルクボードに沢山の紙が留められている。その紙に書かれているのが日本語であるのが少々シュールに映るが、これも翻訳技術の恩恵だろう。ありがたや〜っと唱えながら、依頼書を順に見ていく。
「初めてですし、易しい依頼の方が良いですね」
「そうだな、薬草採取的な」
「ですね。では採取の依頼を何枚か同時に受けましょう」
あまり悩むこともなく、ボードから依頼を三枚ほど外すと先ほどのサラさんのところへ戻る。
「解毒草の採取が一枚、マジックプラントの採取が一枚、ウドラの森で発見されたオーク一頭の討伐の計三枚でよろしいですか?」
「はい、お願いします」
マジックプラントってなんだろうか。...ん?オーク討伐?
「おい、採取って言ったじゃねえかよ、えーっ」
「うるさいですねぇ、群れならともかく一頭なら余裕ですよ」
「そうだよ、ボクもついてるからさっ」
サラさんは三枚の紙をトントンと揃える。そしてまとめてファイルに挟むと、そこに俺たちの名前を書いて引き出しへしまった。なるほど受けられた依頼はこう管理するのか。サラさんは控えめに伸びをする。
「では初仕事、頑張ってくださいね、サーシャさん、水城さん、ウスハさん!」
「ええ、ありがとうございます」
「サラさんも頑張ってください」
「へ?私ですか?」
ぽかんと口を開けるサラさんに微笑むと、俺たちはギルドを後にした。激励の言葉をくれた時のサラさんの笑みは営業スマイルじゃなく、心からのものに思えた。パッと花が咲いたような表情は、最早花の匂いが鼻腔をくすぐる錯覚までさせた。うん、いい匂いだった。
「というか、カイ様いつの間に受付の人の名前を覚えたのさ」
「いや名札に書いてあったろ」
「ああ!そういうこと!」
どこにそんな声を出すほどの事実があんだよ。俺はまだ何か言いたげなウスハの顔を見て、続きを促す。
「胸を見たら名札があったんだね!」
「違うわっ!名札見たら胸があったんだよ。逆だ逆。......あ」
「...自白しましたね。とんだヘンタイさんです」
「ほら、速く歩こうぜ。森に向かわねば」
都合の悪い話は逸らすに限る。俺は無理矢理に話を打ち切ると、歩みを速める。少し人の数は減っていて、カツカツと靴を鳴らす音が町によく響く。いくつか角を曲がったりしていると、アーチ状の門が見える。あまり凝ってはいないが、この町にできる精一杯を尽くしたんだろうな、と思う。くぐった後に振り返れば、石レンガを組み立てて作られた門には、Welcome to Vivies!の文字。やはり翻訳は超高性能なようで、雰囲気に合った言語チョイスだ。ようこそビビエスへ!なんて日本語で書いていようものなら雰囲気が壊れるもんな。ほえーっと感心しつつ、少し遠くに見える森を眺める。風に揺れる木々を見ていると心が空く感じがする。
視界に入るだけで涼しく思えた森は、入れば印象がガラリと変わった。高い木だし光は遮られるだろうな、とは思っていたけれどここまで不気味さを放つとは。爽やかな木々のサワサワという音は、最早来るものを拒むような音へと変わる。揺れながら光を遮っては通しを繰り返している。森って怖いな...。キャンプでもしていたら慣れていたのだろうか。今となっては遅すぎるが、そんなことを考える。
「これ、暗くなったら結構危険だよな。明かりでも持ってくればよかったかな」
「はぁ、何のための魔術ですか」
呆れまじりのサーシャの言葉を受けて、暗がりで目を凝らしながら魔術書をペラペラとめくる。これでもない、少し違う、とページを繰っていると光魔術の章に。なんだよ、章で分けられてたのかよ。分厚い本を右手に持ちながら、魔力を流す為に左手を挙げる。本が重たくて手がプルプルしているので、集中できない。
「どんだけ非力なんですか...」
「本が重たいんだ」
と、一定の魔力を流せたか、魔術書に描かれた魔法陣の数センチほど上にぼうっと半径2、3センチくらいの光の球が現れた。見た目は小さいものの、その光力は十分すぎるほどだ。というか
「眩しすぎて前が見えないんだけど」
「もう少し魔力を込めれば操作できますよ」
言われた通りにやってみると、光は自然と戯れるかのように軽やかに動き出した。綺麗だな、と感嘆の息を漏らす。更に横にウスハが飛んでいく。ウスハは調子の良さそうな笑顔でくるくる回ると
「どう?妖精っぽさ増した?」
「いいや、お前はトンボだ」
「照れなくていいのに」
「どう答えれば正解なんだ?」
他愛のない会話をしながら森を進んでいく。またぞろ魔術で迷いの森見たくなっていないだろうな......と不安に思いつつも、その辺りに生えている植物を指さして
「これが解毒剤?それともマジックプラント?」
「ただの雑草です」
というやり取りを繰り返す。もう俺、探すのやめようかな。サーシャに頼った方がいい気がする。変わり映えしない景色に飽きて、キョロキョロするのも面倒くさくなったその時、サーシャが突然止まった。
「どうした?草あったの?」
「......いいえ、右から何か来ます!」
サーシャの言う方向に、俺もウスハも体ごと向ける。すると、二足歩行の巨大な豚──オークが木々の間を抜けて、斧を振りかぶっていた。
[中央寄せ]ー続ー[/中央寄せ]
[水平線]
〈世界観memo〉
「薬草」
この世界に生える、何かしらを回復させる草。それぞれの薬草にも等級があり、珍しさや値段もそれに比例する。
マジックプラント…魔力を回復させる薬草。魔物の死体の周りによく生える。その魔物の強さでマジックプラントの質も上がる。弱くても、魔力の濃さがあれば質は良くなる。