放浪の水魔法使い
窓辺から差し込む日光が俺の瞼を開かせる。木目がよく分かるこの天井を見るのももう慣れた。ここで過ごした日は既に砂漠にいた日数を超えていて、あの目まぐるしい体験が嘘だったかのように思える。けれど、何度眠りから覚めようと俺のよく知る真っ白いマンションの天井が見られることはなく、時折どうしようもなく心細くなる。
窓の枠が形どられたような光が床から反射する。その上では埃がちらちらと輝きを見せながらふわふわと漂っていた。その中の一つを目で追っていると、それは日の遮られた壁際へとゆっくり飛んでいき、見失う。俺の掲げた目標もこんなものなのだろうか。曖昧で、希薄。風呂敷だけ広がって中身がないのではないか。ホームシックが加速して思考がネガティブにでもなっているのだろう。俺は頭を振って水魔法を顔に掛けた。そのままの意味で頭が冷やされて、ぼんやりとした意識がはっきりとしてくる。
雑念が洗い落とされると、俺はベッドから降りた。ウスハもその音で起こされるのがお決まりとなっていて、しなやかな両腕を天井へと向けて伸びをする。
「俺は目覚ましじゃないぞ。自分で起きろ」
「もう起きたから止まっていいよ、カイ様」
「コイツ......まあいいや、下に降りるぞ」
「はーい」
元気に返事をするウスハを見て、俺は部屋を後にした。日中は客が全然いなくて、いいのかこれで?と思うのだが、これでいいらしい。何でもギルドが近くにあるとかで、日が落ちると冒険者がここへ来てとことん稼げるとのこと。本当に忙しい時は知り合いを呼んだりして手伝ってもらうそうだ。それも俺とサーシャが来たことによって楽になったと言ってくれる。優しい人だ。
それにしてもあれだな。異世界に来てから良い人としか出会ってないからコロッと騙されそう。詐欺師の皆さん、今が狙い目ですよ!
ハンナさんの用意してくれた朝食をモグモグ食べていると、上から階段を降りてくる音がする。眠そうな目を擦るサーシャがまた欠伸をする。
「お二人とも、おはようございます」
「おはよう、サーシャちゃん」
「ああ、おはよう」
「ボクにも挨拶してよっ」
食卓に一人加わり、食器のカチャカチャという音が増える。「今日も美味しかったです」とか「それは良かった」とかそんな会話が交わされ、俺たちは食べ終わった皿を洗い場に持っていく。
「あ、今日は俺たちが洗うんで。ゆっくりしていて下さい」
「そうかい?じゃあお願いしようかな」
「ええ、どうぞお任せ下さい」
この世界は大体の物を魔石に頼っているようだ。この魔石から家のあちこちに刻まれた魔術に魔力を流すことにより、大抵のことは何とかなっている。けれど水に関しては該当する魔術がないのか、他の設備があるようだ。つまり水というもの自体は忌避されていない訳である。俺とサーシャは肩を並べながら皿を洗う。
「そういえば昨日お客さんがギルドの話してたけど、俺たちも他で稼いだほうがいいよな」
「...それもそうですよね。お給料をいただいているとはいえ、ずっとハンナさんの世話になりっぱなしなのも気が引けますし」
「んじゃ、昼から出かけるか」
「分かりました、そうしましょう」
キュッと水を止めて、手についた水をタオルで拭き取るとサーシャが自室へと戻っていく。俺もそれを追うように階段を登る。娯楽が無いわけではないのだが、どうしても地球と比べると差が歴然としていてあまり興味はそそられない。よって俺は部屋にある本棚から一つ選んで読むことにしている。魔術についての本はずっしりと重く、最早凶器になり得そうだ。それを持ってベッドへとダイブする。
そうして視界に入った景色に一つ、違和感を抱いた。枕が、枕が二つになっている...?俺は何も知らない。これはもしかしてサーシャからのアピールなのだろうか。俺は本を横に置くと、そそくさと部屋を出てサーシャの部屋の扉をノックした。
「何ですか?」
「いや、俺の部屋の枕が二つになってたんだけど。何か知らない?」
「へ、知らないですけど。ウスハじゃないんですか?」
「ううん、違うよ」
あれ、じゃあ誰だ。朝起きた時は一つだったし、俺が下へ降りてからハンナさんは上へ上がっていない。別にサーシャじゃなかったからと言って残念には思っていない。と、俺同様に本を開いていたサーシャがベッドからよっと立ち上がる。
「少し見に行っても?」
「うん、いいけど」
今度は三人で俺の部屋へと戻る。ウスハも面倒臭いから一人と数えることにした。すると俺のベッドにずんずんと近づいていくサーシャが、枕を見比べる。
「どういうことでしょう...?」
「何かわかったのか」
「いや、分かってはいないのですが」
言ってサーシャは両方の枕を持ち上げると、俺に裏側を見せた。するとそこには
「同じところに同じ染みがある」
「そうなんです。まるで、コピーしたみたいに」
「なんかそれ、カイ様の力な気がする」
「え、どういうこと?」
「説明はできないんだけど、使い魔として分かるっていうか」
「でも俺、何もしてないけど」
俺とウスハの要領を得ない会話を聞いて、何か思い当たることでもあったのか、サーシャは傾げていた首を戻した。
「もしかして『[漢字]特技[/漢字][ふりがな]スキル[/ふりがな]』でしょうか」
「え、何それ」
「私も持っていませんし、知り合いにも少なかったので本で読んだことしか言えませんが」
そこで一旦区切ると、サーシャは息を吸った。
「『[漢字]特技[/漢字][ふりがな]スキル[/ふりがな]』とは、魔法とは違う能力のことです。能力者は魔法使いと比べて格段に少ないようです。しかしこの[漢字]特技[/漢字][ふりがな]スキル[/ふりがな]は、基本サポート的なものだそうで、それ自体に攻撃性はないのだとか。今の所はですけど。とにかくそんな物を持っているなんて凄いですよ水城さん!今まで召喚された勇者様も持っていたとのことなので、異界から来た人間には必ず与えられるのかもしれません!」
「お、おう」
「流石ボクのご主人だね!」
サーシャの怒涛の勢いに気圧されながら考える。つまりサーシャの言う通り俺の[漢字]特技[/漢字][ふりがな]スキル[/ふりがな]だったか、は複製ということなのだろうか。突然のことに理解が追いつかないが、能力があるに越したことはないだろう。何せ俺、気力足りないし。
「でも、この枕どうしよう」
「水城さんの能力で生み出したのなら消せるんじゃないですか?知らないですけど」
「サーシャは適当だねぇ」
「まあ、取り敢えずやってみるわ」
「しかしどっちが本物でしょう」
サーシャの問いかけに動きを止める。確かにどちらが本物なのか。俺は入念に二つの枕を隅々まで観察する。触ったり寝てみたりして分かった。これ、劣化コピーだ。と言ってもぱっと見は分からないくらいのものであり、劣化と切って捨てるほど悪いものではない。俺は少々劣っていた方の枕をまじまじと見つめて、消えろ、と念じてみる。
「あ、消えたね」
「本当です、消えました」
「ああ、消えたな」
「......」
他に言うこともなく、若干の気まずい空気が流れる。それを取り繕いでもするようにサーシャが無理な笑顔を作る。
「しかし、これで水城さんが能力者であることが分かりましたね!本当に凄いです!」
「どう使えばいいのん?」
「そこは自分で考えようよ」
呆れた顔で俺を見つめるウスハ。目覚まし時計に厳しい奴である。...やべ、自ら時計になろうとしてる。危なかった。
まあ一件落着ということでいいのだろう。俺がサーシャに礼を言うと、「いえいえ」とニコニコ笑って部屋から去った。隣の部屋の扉が閉まる音が聞こえる。そっか、サーシャの仕業じゃなかったか。
「カイ様、能力を持ってたのになんか残念そうだね」
「何を言う。超嬉しいぞ」
「ほんとかなー」
これ以上は危険だ、会話を止めよう。ヘッドボードに腰掛けて貧乏ゆすりをするウスハから視線を外して、黙って再度本を開いた。先も言った通り、魔術の本である。魔法陣の図とその効果が載った、言わば事典だ。
「あ、これを複製すれば...」
本を丸ごとコピーしてみる。ついでにもう一つ複製しようと試みたが、どうやら一つの物質につき一つしかできないみたいだ。しかし、これで描かれた魔法陣に魔力を流し込めば簡単に使える。これで漸く役に立てる。為す術なく殺されそうになったワーム、殆ど逃げ回っただけのゾンビとの戦い、サーシャの命を危険に晒したプサモースとの戦い、そして少しの足止めしか出来なかったゴーレムとの戦いを思い出す。
まるで嘘だったかのよう?ふざけるな。俺はあの時の不甲斐なさを必ず忘れない。あの悔しさをずっと覚えていよう。
ドアがノックされる。
「水城さん、そろそろ行きましょうか」
「そうだな、ちょっと待ってくれ」
カバンに複製された魔導書を入れる。よし、じゃあ出るか。俺はノブに手を掛ける。
「開けますよ?」
「え?」
ゴンッ!と鈍い音がする。額を抑えて蹲る少年とその横であわあわとして「すみません」と繰り返す少女、それを飛びながら可笑しそうにクスクス笑う妖精。そこには、そんな楽しげな空間が広がっていた。
[中央寄せ]ー続ー[/中央寄せ]
[水平線]
〈世界観memo〉
「サタル大陸」
この世界で一番大きな大陸。五つの王国が存在している。丁度サイコロの5のような勢力分布である。中心の王国で勇者召喚が為されている。魔王を恐れている為、戦争は存在していない。
窓の枠が形どられたような光が床から反射する。その上では埃がちらちらと輝きを見せながらふわふわと漂っていた。その中の一つを目で追っていると、それは日の遮られた壁際へとゆっくり飛んでいき、見失う。俺の掲げた目標もこんなものなのだろうか。曖昧で、希薄。風呂敷だけ広がって中身がないのではないか。ホームシックが加速して思考がネガティブにでもなっているのだろう。俺は頭を振って水魔法を顔に掛けた。そのままの意味で頭が冷やされて、ぼんやりとした意識がはっきりとしてくる。
雑念が洗い落とされると、俺はベッドから降りた。ウスハもその音で起こされるのがお決まりとなっていて、しなやかな両腕を天井へと向けて伸びをする。
「俺は目覚ましじゃないぞ。自分で起きろ」
「もう起きたから止まっていいよ、カイ様」
「コイツ......まあいいや、下に降りるぞ」
「はーい」
元気に返事をするウスハを見て、俺は部屋を後にした。日中は客が全然いなくて、いいのかこれで?と思うのだが、これでいいらしい。何でもギルドが近くにあるとかで、日が落ちると冒険者がここへ来てとことん稼げるとのこと。本当に忙しい時は知り合いを呼んだりして手伝ってもらうそうだ。それも俺とサーシャが来たことによって楽になったと言ってくれる。優しい人だ。
それにしてもあれだな。異世界に来てから良い人としか出会ってないからコロッと騙されそう。詐欺師の皆さん、今が狙い目ですよ!
ハンナさんの用意してくれた朝食をモグモグ食べていると、上から階段を降りてくる音がする。眠そうな目を擦るサーシャがまた欠伸をする。
「お二人とも、おはようございます」
「おはよう、サーシャちゃん」
「ああ、おはよう」
「ボクにも挨拶してよっ」
食卓に一人加わり、食器のカチャカチャという音が増える。「今日も美味しかったです」とか「それは良かった」とかそんな会話が交わされ、俺たちは食べ終わった皿を洗い場に持っていく。
「あ、今日は俺たちが洗うんで。ゆっくりしていて下さい」
「そうかい?じゃあお願いしようかな」
「ええ、どうぞお任せ下さい」
この世界は大体の物を魔石に頼っているようだ。この魔石から家のあちこちに刻まれた魔術に魔力を流すことにより、大抵のことは何とかなっている。けれど水に関しては該当する魔術がないのか、他の設備があるようだ。つまり水というもの自体は忌避されていない訳である。俺とサーシャは肩を並べながら皿を洗う。
「そういえば昨日お客さんがギルドの話してたけど、俺たちも他で稼いだほうがいいよな」
「...それもそうですよね。お給料をいただいているとはいえ、ずっとハンナさんの世話になりっぱなしなのも気が引けますし」
「んじゃ、昼から出かけるか」
「分かりました、そうしましょう」
キュッと水を止めて、手についた水をタオルで拭き取るとサーシャが自室へと戻っていく。俺もそれを追うように階段を登る。娯楽が無いわけではないのだが、どうしても地球と比べると差が歴然としていてあまり興味はそそられない。よって俺は部屋にある本棚から一つ選んで読むことにしている。魔術についての本はずっしりと重く、最早凶器になり得そうだ。それを持ってベッドへとダイブする。
そうして視界に入った景色に一つ、違和感を抱いた。枕が、枕が二つになっている...?俺は何も知らない。これはもしかしてサーシャからのアピールなのだろうか。俺は本を横に置くと、そそくさと部屋を出てサーシャの部屋の扉をノックした。
「何ですか?」
「いや、俺の部屋の枕が二つになってたんだけど。何か知らない?」
「へ、知らないですけど。ウスハじゃないんですか?」
「ううん、違うよ」
あれ、じゃあ誰だ。朝起きた時は一つだったし、俺が下へ降りてからハンナさんは上へ上がっていない。別にサーシャじゃなかったからと言って残念には思っていない。と、俺同様に本を開いていたサーシャがベッドからよっと立ち上がる。
「少し見に行っても?」
「うん、いいけど」
今度は三人で俺の部屋へと戻る。ウスハも面倒臭いから一人と数えることにした。すると俺のベッドにずんずんと近づいていくサーシャが、枕を見比べる。
「どういうことでしょう...?」
「何かわかったのか」
「いや、分かってはいないのですが」
言ってサーシャは両方の枕を持ち上げると、俺に裏側を見せた。するとそこには
「同じところに同じ染みがある」
「そうなんです。まるで、コピーしたみたいに」
「なんかそれ、カイ様の力な気がする」
「え、どういうこと?」
「説明はできないんだけど、使い魔として分かるっていうか」
「でも俺、何もしてないけど」
俺とウスハの要領を得ない会話を聞いて、何か思い当たることでもあったのか、サーシャは傾げていた首を戻した。
「もしかして『[漢字]特技[/漢字][ふりがな]スキル[/ふりがな]』でしょうか」
「え、何それ」
「私も持っていませんし、知り合いにも少なかったので本で読んだことしか言えませんが」
そこで一旦区切ると、サーシャは息を吸った。
「『[漢字]特技[/漢字][ふりがな]スキル[/ふりがな]』とは、魔法とは違う能力のことです。能力者は魔法使いと比べて格段に少ないようです。しかしこの[漢字]特技[/漢字][ふりがな]スキル[/ふりがな]は、基本サポート的なものだそうで、それ自体に攻撃性はないのだとか。今の所はですけど。とにかくそんな物を持っているなんて凄いですよ水城さん!今まで召喚された勇者様も持っていたとのことなので、異界から来た人間には必ず与えられるのかもしれません!」
「お、おう」
「流石ボクのご主人だね!」
サーシャの怒涛の勢いに気圧されながら考える。つまりサーシャの言う通り俺の[漢字]特技[/漢字][ふりがな]スキル[/ふりがな]だったか、は複製ということなのだろうか。突然のことに理解が追いつかないが、能力があるに越したことはないだろう。何せ俺、気力足りないし。
「でも、この枕どうしよう」
「水城さんの能力で生み出したのなら消せるんじゃないですか?知らないですけど」
「サーシャは適当だねぇ」
「まあ、取り敢えずやってみるわ」
「しかしどっちが本物でしょう」
サーシャの問いかけに動きを止める。確かにどちらが本物なのか。俺は入念に二つの枕を隅々まで観察する。触ったり寝てみたりして分かった。これ、劣化コピーだ。と言ってもぱっと見は分からないくらいのものであり、劣化と切って捨てるほど悪いものではない。俺は少々劣っていた方の枕をまじまじと見つめて、消えろ、と念じてみる。
「あ、消えたね」
「本当です、消えました」
「ああ、消えたな」
「......」
他に言うこともなく、若干の気まずい空気が流れる。それを取り繕いでもするようにサーシャが無理な笑顔を作る。
「しかし、これで水城さんが能力者であることが分かりましたね!本当に凄いです!」
「どう使えばいいのん?」
「そこは自分で考えようよ」
呆れた顔で俺を見つめるウスハ。目覚まし時計に厳しい奴である。...やべ、自ら時計になろうとしてる。危なかった。
まあ一件落着ということでいいのだろう。俺がサーシャに礼を言うと、「いえいえ」とニコニコ笑って部屋から去った。隣の部屋の扉が閉まる音が聞こえる。そっか、サーシャの仕業じゃなかったか。
「カイ様、能力を持ってたのになんか残念そうだね」
「何を言う。超嬉しいぞ」
「ほんとかなー」
これ以上は危険だ、会話を止めよう。ヘッドボードに腰掛けて貧乏ゆすりをするウスハから視線を外して、黙って再度本を開いた。先も言った通り、魔術の本である。魔法陣の図とその効果が載った、言わば事典だ。
「あ、これを複製すれば...」
本を丸ごとコピーしてみる。ついでにもう一つ複製しようと試みたが、どうやら一つの物質につき一つしかできないみたいだ。しかし、これで描かれた魔法陣に魔力を流し込めば簡単に使える。これで漸く役に立てる。為す術なく殺されそうになったワーム、殆ど逃げ回っただけのゾンビとの戦い、サーシャの命を危険に晒したプサモースとの戦い、そして少しの足止めしか出来なかったゴーレムとの戦いを思い出す。
まるで嘘だったかのよう?ふざけるな。俺はあの時の不甲斐なさを必ず忘れない。あの悔しさをずっと覚えていよう。
ドアがノックされる。
「水城さん、そろそろ行きましょうか」
「そうだな、ちょっと待ってくれ」
カバンに複製された魔導書を入れる。よし、じゃあ出るか。俺はノブに手を掛ける。
「開けますよ?」
「え?」
ゴンッ!と鈍い音がする。額を抑えて蹲る少年とその横であわあわとして「すみません」と繰り返す少女、それを飛びながら可笑しそうにクスクス笑う妖精。そこには、そんな楽しげな空間が広がっていた。
[中央寄せ]ー続ー[/中央寄せ]
[水平線]
〈世界観memo〉
「サタル大陸」
この世界で一番大きな大陸。五つの王国が存在している。丁度サイコロの5のような勢力分布である。中心の王国で勇者召喚が為されている。魔王を恐れている為、戦争は存在していない。