バイオレットが沈むまで
#1
「ねぇ、もし私が居なくなったら、どうするの」
[中央寄せ]開幕[/中央寄せ]
[水平線]
「マスター、こんばんは」
バー「[漢字]violet[/漢字][ふりがな]バイオレット[/ふりがな]」のバーテンダー、マティルデ。
僕は毎日ここ「violet」に通っていて、彼女とも深い交流があった。
「__あぁ、フェリクス。こんばんは」
妖艶に口角を上げる彼女を見ると、少しだけ鼓動が早くなった。
毎回ではあるけど、座ってから、マティルデは聞いてくる。
「今日は何が飲みたいかしら?」
「どうしようか__マスター、おすすめで出来るか?」
「出来るわ、少し待っててちょうだい」
そう言ってマティルデは、静かにシェイカーを取り出して、材料を入れてシェイカーを振った。僕の目には、その姿は女神のように映った。艶やかでつまやかな紫色の唇は、彼女によく似合っていて、美しかった。
「__はい、どうぞ」
カウンターに一つのカクテルが置かれた。そっとタンブラーを持って飲むと、甘くも爽やかな味がした。
「ねぇ、どのカクテルだと思う?」
「__バイオレット・フィズじゃないか?」
「正解よ、すごいわね貴方」
艶めきと少しの憂いを帯びた彼女の笑顔が、僕は好きだった。いつ見ても好きだと思えた。
「にしても、どうしてバイオレット・フィズなんかを?」
「このカクテル、私が一番好きな物なの。ほら、バーの名前も『violet』でしょう?この店名、バイオレット・フィズが好きだからそこから取ったのよ」
自分用のカクテルだろうか、シェイカーを振ってそれを作りながら、そう彼女は言った。
「なるほど」
静かにカクテルをずっと飲んでいると、ふとこのカクテルの、意味を思い出した。
「__なぁ、マティルデ」
「なぁに?」
「もしかして、お前__」
「そこからは禁止よ?客もマスターも、互いのプライベートな部分には突っ込まない__ここのルールでしょう?」
僕の口元に当てて彼女が言うので、僕がそれ以上の言葉を言うことはなかった。いや、言うことができなかったのかも、しれない。
「__そうだな、すまない」
「分かればいいのよー」
今日は上機嫌なのだろうか、僕に怒ることもなく、彼女は歌を口ずさみながら、またカクテルのシェイカーを振った。
「なぁ、ところでそれは何を作ってるんだ?」
「キールよ」
「そうか」
__会話が続かないながらも、僕と彼女は、互いを分かり合っていた。今の空気感からすれば、それは分かることだった。
「__ねぇ、フェリクス?」
「どうしたんだい」
「もし、もしもの話よ。
もし私が居なくなったら、どうする?バーにも来られなくなって、私の行方も追えないってなったら、貴方はどうする?」
急な質問だった。
彼女からこんな事を言われるとは思ってなくて、カクテルを誤えんしそうになった。
「あら、大丈夫?」
「だ、大丈夫だ__」
ゴホゴホと咳をしたあと、やっと自分の答えを考える。
「__そうだな、もし君がいなくなったら__
僕は、この身を捨ててしまおう」
自分の胸に手を当てながらそう言いながら、彼女の顔を見る。
マティルデは目を開いて、驚きの表情を浮かべていた。
「そう__?本当に、本当にそうしてくれるのね__?」
確認を取られたので、静かに頷いた。
この気持ちは、嘘偽りない「本当」だったから。
「__そう」
マティルデは安心したような表情を見せた。
[水平線]
あれから数日後。
僕はまた「violet」に通おうとした。
だが、violetは閉店しており、もう通うことはできなかった。
「ああ__」
だが、僕はそれほど驚かなかった。
こういう展開になることを、分かっていたからだ。
「そうか、あの時のは」
分かっていた。そう、分かっていたんだ。
__少し前に、マティルデは言っていた。
「最近、親がこっちに来ようとしているの。元々、親から逃げ出して、ここに来ていたんだけどね」
そう言った時、彼女は笑っていたが、その笑顔には、悲しさもあった。
多分、来てしまったのだろう。それ以外の理由もあったのかもしれないが、あったとして、僕には考えられない。
「__そうか」
そして今、あのときに彼女が作っていた二つのカクテルの意味を、思い出した。
[水平線]
バイオレット・フィズ:私を覚えていて
キール:あなたに出会えてよかった
[水平線]
[中央寄せ]閉幕[/中央寄せ]
[水平線]
「マスター、こんばんは」
バー「[漢字]violet[/漢字][ふりがな]バイオレット[/ふりがな]」のバーテンダー、マティルデ。
僕は毎日ここ「violet」に通っていて、彼女とも深い交流があった。
「__あぁ、フェリクス。こんばんは」
妖艶に口角を上げる彼女を見ると、少しだけ鼓動が早くなった。
毎回ではあるけど、座ってから、マティルデは聞いてくる。
「今日は何が飲みたいかしら?」
「どうしようか__マスター、おすすめで出来るか?」
「出来るわ、少し待っててちょうだい」
そう言ってマティルデは、静かにシェイカーを取り出して、材料を入れてシェイカーを振った。僕の目には、その姿は女神のように映った。艶やかでつまやかな紫色の唇は、彼女によく似合っていて、美しかった。
「__はい、どうぞ」
カウンターに一つのカクテルが置かれた。そっとタンブラーを持って飲むと、甘くも爽やかな味がした。
「ねぇ、どのカクテルだと思う?」
「__バイオレット・フィズじゃないか?」
「正解よ、すごいわね貴方」
艶めきと少しの憂いを帯びた彼女の笑顔が、僕は好きだった。いつ見ても好きだと思えた。
「にしても、どうしてバイオレット・フィズなんかを?」
「このカクテル、私が一番好きな物なの。ほら、バーの名前も『violet』でしょう?この店名、バイオレット・フィズが好きだからそこから取ったのよ」
自分用のカクテルだろうか、シェイカーを振ってそれを作りながら、そう彼女は言った。
「なるほど」
静かにカクテルをずっと飲んでいると、ふとこのカクテルの、意味を思い出した。
「__なぁ、マティルデ」
「なぁに?」
「もしかして、お前__」
「そこからは禁止よ?客もマスターも、互いのプライベートな部分には突っ込まない__ここのルールでしょう?」
僕の口元に当てて彼女が言うので、僕がそれ以上の言葉を言うことはなかった。いや、言うことができなかったのかも、しれない。
「__そうだな、すまない」
「分かればいいのよー」
今日は上機嫌なのだろうか、僕に怒ることもなく、彼女は歌を口ずさみながら、またカクテルのシェイカーを振った。
「なぁ、ところでそれは何を作ってるんだ?」
「キールよ」
「そうか」
__会話が続かないながらも、僕と彼女は、互いを分かり合っていた。今の空気感からすれば、それは分かることだった。
「__ねぇ、フェリクス?」
「どうしたんだい」
「もし、もしもの話よ。
もし私が居なくなったら、どうする?バーにも来られなくなって、私の行方も追えないってなったら、貴方はどうする?」
急な質問だった。
彼女からこんな事を言われるとは思ってなくて、カクテルを誤えんしそうになった。
「あら、大丈夫?」
「だ、大丈夫だ__」
ゴホゴホと咳をしたあと、やっと自分の答えを考える。
「__そうだな、もし君がいなくなったら__
僕は、この身を捨ててしまおう」
自分の胸に手を当てながらそう言いながら、彼女の顔を見る。
マティルデは目を開いて、驚きの表情を浮かべていた。
「そう__?本当に、本当にそうしてくれるのね__?」
確認を取られたので、静かに頷いた。
この気持ちは、嘘偽りない「本当」だったから。
「__そう」
マティルデは安心したような表情を見せた。
[水平線]
あれから数日後。
僕はまた「violet」に通おうとした。
だが、violetは閉店しており、もう通うことはできなかった。
「ああ__」
だが、僕はそれほど驚かなかった。
こういう展開になることを、分かっていたからだ。
「そうか、あの時のは」
分かっていた。そう、分かっていたんだ。
__少し前に、マティルデは言っていた。
「最近、親がこっちに来ようとしているの。元々、親から逃げ出して、ここに来ていたんだけどね」
そう言った時、彼女は笑っていたが、その笑顔には、悲しさもあった。
多分、来てしまったのだろう。それ以外の理由もあったのかもしれないが、あったとして、僕には考えられない。
「__そうか」
そして今、あのときに彼女が作っていた二つのカクテルの意味を、思い出した。
[水平線]
バイオレット・フィズ:私を覚えていて
キール:あなたに出会えてよかった
[水平線]
[中央寄せ]閉幕[/中央寄せ]
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