二次創作
集え、水禁学園!
007号室 〜サーシャ&ティアラ〜
サーシャはティアラから鳩子さながらの説教を受けている途中だった。ティアラはサーシャの言うことがこれっぽっちも分からないらしく、二人の部屋にヒステリックな怒号を響かせる。何が彼女をここまで怒らせたかというと、劣等感を拗らせたサーシャが「どうせお前には分からない」と妹を拒絶しようとしたからである。ティアラの顔にその一言が影を差した。ティアラが学生鞄を床に落とす。
「え......?ティア...ラ?」
「わかんないよ…」
ティアラがドンッと机を叩く。...ど、どうしよう。いつまでこれが続くのだろうか?
「わっかんないよ!
お姉ちゃんの言ってることはひとつもわかんないよ!
お姉ちゃんが何も話してくれないからじゃん!
わかんない! 私にはわかんないの!
ニヒル気取って何も話してくれないことの何がカッコイイの? お互いを理解し合えた方が良いよ! 辛いだけだよ!
スライムのどこがダメなの?
お姉ちゃんはお姉ちゃんなのにそれをどうして認めないのかわかんない!
罪深いって何なの? 人を殺したから? そんなの私たちが生きるには仕方なかったじゃん!今更何をこだわってるの?
そもそも何でお姉ちゃんが怒るの? 私何かした? お姉ちゃんが何も話さないから、私そんなことさえわかんない!
姉の資格って何? 誰が決めたの? そんなの必要? いつ私が言ったの?
何か話したと思えば私の知らない話ばっかり!ちゃんと説明してくれなきゃわかんないよ!
自分だけわかってるのがカッコイイの?
相手がわかってない感じが堪らないって、何それただの意思疎通が下手な人じゃん!
ちゃんと会話できる方がカッコいいよ! 立派だよ! というかそれが普通だよ!
事情を隠してどこかに行って帰ってきたと思えばいきなり怒り出す?
そんなのただのコミュニケーションの手抜きだよ! 隠したりしないで真摯に向き合う方がカッコいいよ!
転スラ?とかタフ?とかちょっと知ったくらいでそういう話しないでよ!
内容もちゃんと教えてくんなきゃ意味がわかんないよ! 教えるならちゃんと教えてよ!名前だけ教えられても何のことか全然わかんない!
それに出てくる語録の説明されても楽しくないよ...。
「なにっ」も「しゃあっ」も「マイペンライ」も「忌憚のない意見」も意味不明だよ!
何が良いのかぜんっぜんわかんない!
他のも謎なんだよ! キー坊も鬼龍も灘新影流活殺術もわかんない!
名前がいいだろってどういうこと? 雰囲気で感じろとか言われても無理じゃねえかよえーーーっ
中途半端に説明されてもちっともわからないんだよ!
やたらとその知らない語録を引用しないでよ!
知らない人の言葉使われても何が言いたいのか全然わかんないんだよ!
『よだかの星』って何なの?醜い自分と対照的に綺麗な兄弟たち?知らないよ!何のお話か知らないけど主人公に自分を当てはめて悦に入らないでよ!
自分の言葉で語ってよ!!
お願いだから私がわかること話してよ!
わかんないわかんないわかんないわかんない! わかんなーい!!
お姉ちゃんの言うことは、さっきから何ひとつ、これっぽっちも、わかんないのよぉ!」
ティアラは息も絶え絶えにそう言い終わると、扉へと急いで向かう。開いた扉の奥、廊下にはトビウオと一緒のサーシャさんがいた。
「さあ出てきなさい、スライム!私が討伐してあげ.....」
「やめろサーシャああああ」
その意味不明な様子にティアラは呆けて扉を閉めた。閉まった扉の奥でピチピチと魚が跳ねる音と、それを心配する声が聞こえる。ティアラはこちらをゆっくりと振り返ると困ったように笑った。
「なんだか毒気を抜かれちゃった」
目を赤く腫らしながらそういう彼女を見ていると、サーシャは意地を張っていた自分が少し恥ずかしくなる。そしてティアラは手を叩くとこうまとめた。
「とりあえず私が言いたいのは、お姉ちゃんはお姉ちゃんだから勝手に気負わないで。それで隠し事無し、とは言わないけど私にちゃんと話して?私を信じて」
「...わかった」
「ん、よろしい」
話が一段落つき、ティアラはサーシャの荷物も一緒にまとめ始める。ヒステリックな彼女は[漢字]家庭的[/漢字][ふりがな]ドメスティック[/ふりがな]な彼女へと変わっていた。
まあなんにせよお姉ちゃんだからな。しっかりしよう。そう心に決めたサーシャは妹を見て微笑む。これから態度には気をつけなければ。ドメスティックなティアラがドメスティックなバイオレンスになる恐れがあるからな。
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008号室 〜サーシャ&多盾のヨウ〜
「ここどこだろうね」
「...分からない、でも帰らないと」
「うん」
こっちに来ている間は向こうの世界がどうなっているかは分からない。時が進んでいるのか止まっているのか。自分たちはいなくなっているのかなっていないのか。何も分からない。戻ったって何ができるわけでもない。ここの方がきっと安全だ。それでもサーシャはヨウが言わなくとも戻らなければという使命感に駆られていた。
「...けど、帰り方が分かるまでは悩んでいても仕方がないから。色々教えて、色々楽しんで生活しよう」
サーシャは不安を湛えた瞳を向けながらも、どこかそこには期待が混じっている風にも見えた。ヨウは普段寡黙である。しかし動揺しているのか、はたまたサーシャを安心させるためなのか、口数が自然多くなっていた。
「サーシャ、ご飯が来る前にお風呂に入ってきて。もう入れてあるから」
ヨウはサーシャを風呂へ連れてゆき、居間へ戻った。そして焦ったように周りのものを触り始めた。
「サーシャが上がる前に僕が物の使い方を理解しないと」
ヨウはまず玄関の扉のフックにブランと掛けられている、黄色い物を手に取った。
...?これは何だ。細長い形状に緩やかに窪んだ表面。そして玄関にこれがあるということは、外に出るのに必要ということか。色んな風に持ち替え、体に当ててみる。暫くそうしていると、それは踵にフィットした。
「あ、靴...」
完全に理解したヨウはニコリとして、次を探すためにくるりと振り返る。今度は何にしよう。靴箱の近くに目をやると、そこにはフックに三角形をつけたような形の物が数個ほど掛けられていた。
この三角形の底辺の部分に何か掛けるのだろうか。しかしそれでは何も三角形である必要は、というよりこの道具がなくとも引っかかる場所さえあればいいことになる。ヨウは興味深そうにそれを体に当ててみる。するとヨウの体には少し小さいが、大体人間の肩幅程度の長さであることに気付いた。これは分かった。
「...衣服を掛けるんだ」
「何してるの?」
「......」
無言で驚きの表情を浮かべるヨウ。なんだかはしゃいでいたようにも見えて、普段とのギャップにサーシャはクスリと笑う。ヨウはバツの悪そうな顔をして正直に話した。
「使い方の分からないものを調べようと」
「そっか!じゃあ分かった物は私にも教えてよ」
「ああ」
と、卓上が光る。どうやらメモ書きにあったように七時になってご飯が転送されたようだ。サーシャはタオルを髪に被せて高く巻いている。それを器用に落とすことなく、両手を広げてテーブルへと小走りで向かった。
「あ、食べるための物はどこだろう?」
ヨウが箱に入っている巻かれた布を開く。そこにはフォークやナイフ、スプーンの他に棒が入っていた。同じ柄のものが二本ずつあることから察するに、二つで一組なのだろう。そしてこれを使って食事する。そこまではすぐに推測できた。しかし。
フォークを使って美味しそうに食べるサーシャの向かいで、ヨウは箸の使い方に手こずっていた。サーシャは諦めようとしないヨウに呆れて笑う。
「フォーク使ったら?」
「...これを使う」
少し意地を張るヨウがなんだか可愛らしく思えたサーシャだった。