二次創作
集え、水禁学園!
ある日の放課後です。私は学校の全体が気になったので、歩いて回ることにしました。大人な私に、今日はヨウの助けは必要ありません。
四時になってもお日様は砂漠の遥か上で輝いていて、まだ真っ昼間のようです。薄暗い学校というのは怖いので、少し安心です。でも明るいはずなのに、ちょっとした空き教室の暗さが気になるのは何故なのでしょう。ねえヨウ、と言おうとして隣に誰もいないことを思い出します。今の私は一人なんだ、そう心の中で唱えると、一度止めた足を動かし始めました。
私たちの教室は二階の隅っこに位置しています。そして寮は一階にあります。階が下がるごとに私の知っていることが多くなるので、三階から見て回ることにします。先に分かっては面白くないので、私は目をギュッと瞑って壁を伝いながらその廊下の端まで移動します。そして一番向こうについたと思って、壁に手をつこうとすると何かに当たりました。目を開けるとそこには『緊急時用』と書かれたボタンがあって、私の手はそれに触れていました。慌てて手を退けると、私は焦りを落ち着かせる為に一つ、深呼吸をします。その瞬間、ピトッと何かが肩に触れました。
「おやサーシャちゃん、こんなとこで何──」
「うぇっ!?」
「あはは、ごめんごめん。驚かせちゃったかな。お姉さん、大失態。や、先生だったか」
「イ、イングリット先生!ななな、何でもありませんっ!」
そう、今日は一人なのです。誰かと回ってはいけません。一度決めたルールは絶対に守らなければなりません。なので私は一目散に駆け出しました。
「ありゃ。私、振られちゃった?」
そこには先生の少し寂しそうな声が響いていました。少し走った先にあった部屋を見て、私は納得しました。そこには職員室があったのです。私は下へ降りていくイングリット先生をちらっと確認します。そうしてもう一度職員室の方へ向き直ると、少し開いた扉から光が漏れ出ていました。なんだかその光は私を誘っているようで、ちょっとだけ、覗くことにしました。もう少しだけドアを開けてみると、涼しい風が私の髪を揺らします。先生達はこんな部屋で働いているのでしょうか。ずるいです。何やら優雅にカップを口に付けている先生もいます。ずるいです。
私の視線に気づいたのでしょうか。一人、目が合ってしまいました。それは、私と同じくらいの女の子でした。私が、なんで職員室に?と疑問に思っている間にも女の子はこちらへ歩いてきます。足を前にやる度に片方だけ結ばれたブロンドの髪がぴょんぴょんと跳ねていました。私くらいの背丈なのに、イングリット先生と同じ服を着ているのは、どこか違和感を感じます。まるで無理矢理着せられたかのような不自然さがあります。
「うわぁ...!ちっちゃいサーシャだ!私はフラン・ラミエル・マグネスだよ。気軽にフランちゃんって呼んでいいよ」
「フ、フランちゃん...先生」
「フランちゃん先生...まあいっか。あと私がここにいるのは、私が大人だからだよ!」
「大人......」
「そう、大人。私はなんだってできちゃうんだよ」
「かっこいい...!」
「そうでしょ?」
私にははっきりとこういう大人になりたい、という目標はありません。それは漠然としていて、まだ形のないサラサラの砂。その砂を頑張って自分の手で固めていくのです。一番身近にあるのはヨウの優しさ。でも一人からしか学ばなかったら、それはヨウ本人がいるから意味がありません。だから私は色んな人を見なければならないのです。そんな私にとって、見た目は同年代なのに、自分を大人だというフランちゃん先生の余裕は憧れるに足るものでした。私の真似したい人はこれからも増えていくことでしょう。
その時、さっきまでフランちゃん先生が座っていた机から、聞いたことのないメロディが流れ始めました。
「わ、電話だ。ちょっと待っててねー」
フランちゃん先生は何かを手に持つと、一人で話し始めました。あの物体の向こうには誰かがいるのでしょうか。相手が見えるわけでもないのに小さく身振り手振りをする先生がなんだかおかしくて、クスッと笑ってしまいます。そして先生は話している最中に何度かこちらを見て、会話を終えました。
「イングリット先生からだったんだけど、『ヨウが心配してるよー』だってさ」
「でも私、学校を見て回りたいのっ」
「サーシャちゃんもなんか考えがありそうだね。じゃあ今度一緒に回ろーよ!」
「いいの?」
「もちろんだよ!」
大人になりたい私は、一人であることをルールにしていましたが、フランちゃん先生はノーカンです。なんだか一緒にいたら秘訣が得られそうです。私は先生に手を振ると階段を降りていきます。階段は上がってくる時よりも降りるほうが体が軽いです。でも、今の軽さはそれだけが理由なわけでもない気がします。楽しくなってリズム良く上靴を鳴らしていると、二階と一階の間で、またイングリット先生とすれ違いました。イングリット先生は振り向きながら私を注意します。
「こらサーシャちゃん。廊下は走ったらいけないし、階段はもっと危ないんだぞー?気をつけなさい。で、どう?私とお菓子食べない?」
「ごめんなさい、今はヨウのところに行きます」
私は振り返らずに階段をゆっくり降りました。イングリット先生が見えなくなったところで駆け出しました。私がスピードを出す前に
「ありゃりゃ。また振られちゃった。......私、嫌われてないよね」
と、どこか悲しげな声が聞こえました。大丈夫です。私は先生のことが好きです。言わなきゃ意味はないけれど、今は部屋に戻ることで頭がいっぱいなので、今度にします。その後も走ること少し。私の靴の音は008号室の前で鳴り止みました。私がドアを開くと、真っ先にヨウのほっとした顔が目に入りました。私はそれを見ると体がぽかぽかして、なんだか心地良い気分になりました。職員室の涼しい方が快適なはずなのに、私はこっちの暖かいのが良い気がして、不思議です。ヨウは扉のところまで歩いてきて、屈んで私の頭を撫でました。
「おかえり」
ただそれだけの言葉です。でも、色々な言葉を重ねるよりも、もっと大事な何かが籠っているみたいで、これで十分、いや、これが良いです。そして私はそれにとびきりの笑顔を作ってこういうのです。
「ただいま!」
四時になってもお日様は砂漠の遥か上で輝いていて、まだ真っ昼間のようです。薄暗い学校というのは怖いので、少し安心です。でも明るいはずなのに、ちょっとした空き教室の暗さが気になるのは何故なのでしょう。ねえヨウ、と言おうとして隣に誰もいないことを思い出します。今の私は一人なんだ、そう心の中で唱えると、一度止めた足を動かし始めました。
私たちの教室は二階の隅っこに位置しています。そして寮は一階にあります。階が下がるごとに私の知っていることが多くなるので、三階から見て回ることにします。先に分かっては面白くないので、私は目をギュッと瞑って壁を伝いながらその廊下の端まで移動します。そして一番向こうについたと思って、壁に手をつこうとすると何かに当たりました。目を開けるとそこには『緊急時用』と書かれたボタンがあって、私の手はそれに触れていました。慌てて手を退けると、私は焦りを落ち着かせる為に一つ、深呼吸をします。その瞬間、ピトッと何かが肩に触れました。
「おやサーシャちゃん、こんなとこで何──」
「うぇっ!?」
「あはは、ごめんごめん。驚かせちゃったかな。お姉さん、大失態。や、先生だったか」
「イ、イングリット先生!ななな、何でもありませんっ!」
そう、今日は一人なのです。誰かと回ってはいけません。一度決めたルールは絶対に守らなければなりません。なので私は一目散に駆け出しました。
「ありゃ。私、振られちゃった?」
そこには先生の少し寂しそうな声が響いていました。少し走った先にあった部屋を見て、私は納得しました。そこには職員室があったのです。私は下へ降りていくイングリット先生をちらっと確認します。そうしてもう一度職員室の方へ向き直ると、少し開いた扉から光が漏れ出ていました。なんだかその光は私を誘っているようで、ちょっとだけ、覗くことにしました。もう少しだけドアを開けてみると、涼しい風が私の髪を揺らします。先生達はこんな部屋で働いているのでしょうか。ずるいです。何やら優雅にカップを口に付けている先生もいます。ずるいです。
私の視線に気づいたのでしょうか。一人、目が合ってしまいました。それは、私と同じくらいの女の子でした。私が、なんで職員室に?と疑問に思っている間にも女の子はこちらへ歩いてきます。足を前にやる度に片方だけ結ばれたブロンドの髪がぴょんぴょんと跳ねていました。私くらいの背丈なのに、イングリット先生と同じ服を着ているのは、どこか違和感を感じます。まるで無理矢理着せられたかのような不自然さがあります。
「うわぁ...!ちっちゃいサーシャだ!私はフラン・ラミエル・マグネスだよ。気軽にフランちゃんって呼んでいいよ」
「フ、フランちゃん...先生」
「フランちゃん先生...まあいっか。あと私がここにいるのは、私が大人だからだよ!」
「大人......」
「そう、大人。私はなんだってできちゃうんだよ」
「かっこいい...!」
「そうでしょ?」
私にははっきりとこういう大人になりたい、という目標はありません。それは漠然としていて、まだ形のないサラサラの砂。その砂を頑張って自分の手で固めていくのです。一番身近にあるのはヨウの優しさ。でも一人からしか学ばなかったら、それはヨウ本人がいるから意味がありません。だから私は色んな人を見なければならないのです。そんな私にとって、見た目は同年代なのに、自分を大人だというフランちゃん先生の余裕は憧れるに足るものでした。私の真似したい人はこれからも増えていくことでしょう。
その時、さっきまでフランちゃん先生が座っていた机から、聞いたことのないメロディが流れ始めました。
「わ、電話だ。ちょっと待っててねー」
フランちゃん先生は何かを手に持つと、一人で話し始めました。あの物体の向こうには誰かがいるのでしょうか。相手が見えるわけでもないのに小さく身振り手振りをする先生がなんだかおかしくて、クスッと笑ってしまいます。そして先生は話している最中に何度かこちらを見て、会話を終えました。
「イングリット先生からだったんだけど、『ヨウが心配してるよー』だってさ」
「でも私、学校を見て回りたいのっ」
「サーシャちゃんもなんか考えがありそうだね。じゃあ今度一緒に回ろーよ!」
「いいの?」
「もちろんだよ!」
大人になりたい私は、一人であることをルールにしていましたが、フランちゃん先生はノーカンです。なんだか一緒にいたら秘訣が得られそうです。私は先生に手を振ると階段を降りていきます。階段は上がってくる時よりも降りるほうが体が軽いです。でも、今の軽さはそれだけが理由なわけでもない気がします。楽しくなってリズム良く上靴を鳴らしていると、二階と一階の間で、またイングリット先生とすれ違いました。イングリット先生は振り向きながら私を注意します。
「こらサーシャちゃん。廊下は走ったらいけないし、階段はもっと危ないんだぞー?気をつけなさい。で、どう?私とお菓子食べない?」
「ごめんなさい、今はヨウのところに行きます」
私は振り返らずに階段をゆっくり降りました。イングリット先生が見えなくなったところで駆け出しました。私がスピードを出す前に
「ありゃりゃ。また振られちゃった。......私、嫌われてないよね」
と、どこか悲しげな声が聞こえました。大丈夫です。私は先生のことが好きです。言わなきゃ意味はないけれど、今は部屋に戻ることで頭がいっぱいなので、今度にします。その後も走ること少し。私の靴の音は008号室の前で鳴り止みました。私がドアを開くと、真っ先にヨウのほっとした顔が目に入りました。私はそれを見ると体がぽかぽかして、なんだか心地良い気分になりました。職員室の涼しい方が快適なはずなのに、私はこっちの暖かいのが良い気がして、不思議です。ヨウは扉のところまで歩いてきて、屈んで私の頭を撫でました。
「おかえり」
ただそれだけの言葉です。でも、色々な言葉を重ねるよりも、もっと大事な何かが籠っているみたいで、これで十分、いや、これが良いです。そして私はそれにとびきりの笑顔を作ってこういうのです。
「ただいま!」