雨隠れ
[太字]??side
あの闇を纏ったような険悪な雰囲気を醸す後ろ姿、墨みたいに真っ黒な髪の毛、痩せ型のすらっと高い長身。
――あの人もしかして......!?
気づいたときには、足が動いていた。
前方の自分とは違う制服を着た男子は、やけに重くゆっくりなペースで静かな住宅地を歩いている。
その背中を忍び足でそっと追う。よしよし、バレてないぞ〜。
――この時間帯だし、僕と同じ下校中かな?
もし人違いだったら、という可能性はあえて考えない。
しばらくは順調にバレることなくあとをつけまわることができていた。我ながら才能(?)かもしれない、と誇らしくなる。
ますます人通りは皆無になり、道が一層狭くなったところで、前の彼は突然立ち止まった。いや、フリーズした、と言ったほうが正確か。
そして、微かにため息が聞こえたかと思えば、こちらに振り向いた。
「......[漢字]雲井[/漢字][ふりがな]くもい[/ふりがな]」恨みがましい視線がやけに懐かしい。
[水平線]
「[漢字]雨瀬[/漢字][ふりがな]あませ[/ふりがな]くんっ、久しぶりだねー!」
「そうだな」
「元気してた?」
「まあ」
「そっか〜! っていうかいつ僕に気づいたの?」
「結構前」
「えぇぇ! なんで?」
「足音」
「嘘、忍び足のつもりだったんだけどなぁ〜」
雨瀬と雲井は中学の頃の同級生。それ故1年以上ぶり、感動の再会なのである。
雲井は当時から1人でいることがほとんどだった雨瀬にしつこく話しかけていた。もちろん雲井の方は雨瀬を“友達”だと認識している。
[漢字]雲井は[/漢字][ふりがな]・・・[/ふりがな]。
「最近どう?」
「普通」
「普通って具体的には?」
「普通は普通」
「んぇ〜わかんないよぉ〜」
雨瀬の素っ気ない数単語程度の返事は中学の頃と全く変わらない。だが慣れている雲井が気にしないのも全く変わらない。
「そーだ! 今からどっか遊び行かない? 僕暇だし!」
雲井は雨瀬を見上げた。雨瀬の顔を見るには上を向かないといけないのが少し不満だ。結局高校生になっても身長が157cmから伸びることはなかったので、身長差すら変わらない。
「俺は暇じゃねーんだよ」
雨瀬は見下すように雲井を睨む。いや、実際物理的に見下している。
「よし! じゃあ決定!」
「俺の話聞いてたか?」
いいじゃん、ケチ。うるせぇ、暇じゃねーって言ってるだろ。
こんな会話、前もしたなぁと急に感慨深くなる。多少離れていても関係は変わっていないのだ。それが嬉しく、勝手に頬が緩んだ。
「なんか雨瀬くんと喋ってると漫才みたいになるね!」
「10割お前のせいだけどな」
ほんの少し、たった一瞬、雨瀬の表情が柔らかくなった気がした。
[水平線]
なんだかんだ雨瀬は「少しだけ」を条件に雲井の提案を受け入れた。
――少しだけかぁ......3時間ぐらいかな?
雲井はぼんやり考えながら、「オシャレなカフェにでも入ろーよ!」と雨瀬の手首を掴んで連れて行く。
こうして雲井と雨瀬は閑静な住宅街を飛び出し、街中に赴いた。
といっても、ここは大して大きい建物もない結構な田舎。田んぼや山があるようなのどかな田舎ではなく、ただ単にコンビニや全国チェーン店くらいしかない田舎町だ。
よってオシャレなカフェも限られる。むしろ1つしかない。
「うわ......懐かし」
久々に、よく2人で行っていた喫茶店に訪れた。オシャレというか、古風で昔ながらといった感じのTHE・喫茶店である。
店内に入るとすぐ店員さんに角のテーブル席へ案内され、向かい合って座った。
ここでは毎回、雲井はクリームソーダ、雨瀬はオレンジジュースを頼むのがお決まりだ。今回も迷いなくそれを注文した。
「ねーねー最近どうなのー?」
「さっき言ったろ」
「もう1回!」
「めんどくさ。普通だって」
「もー、そーゆーことじゃないってば!」
雲井が「最近どう?」と聞くのは、近況のことではなかった。
やってきた店員さんが「クリームソーダとオレンジジュースでーす」とテーブルに置く。
「ありがとうございまーす!」
一旦話題を中断して、クリームソーダに取り掛かる。
「ん〜! やっぱクリームソーダが1番だなぁ〜」
「お前、ほんとそれ好きだよな」
甘そー、と顔をしかめる雨瀬。そういえば甘いものは好きじゃなかったっけ。
「当たり前じゃん! クリームソーダとパフェは正義!」
だんだん上に乗ったアイスが溶けてソーダと混ざり合う。クリーミーになったソーダをストローで飲むと、炭酸の爽やかさとアイスのまろやかさが口の中で相まって――
「じゃなくて!」
いけない。完全にクリームソーダに気を取られていた。雲井は自分を律し、正面の雨瀬に向き直る。
「最近、どうなの? ――もう嫌なこと、されてない......?」
雨瀬の視線は、パチパチ上へあがるクリームソーダの泡から離れない。
「もう、大丈夫」
一言、独り言のように静かな声だった。
「よかった」
こっそり尾行したのも、無理やり喫茶店に連れ出したのも、全部これを聞きたかったから。
――ほんとによかった。
クリームソーダのアイスはどんどん沈む。その隣に浮かぶさくらんぼをつまみ上げて、パクっとくわえた。[/太字]
あの闇を纏ったような険悪な雰囲気を醸す後ろ姿、墨みたいに真っ黒な髪の毛、痩せ型のすらっと高い長身。
――あの人もしかして......!?
気づいたときには、足が動いていた。
前方の自分とは違う制服を着た男子は、やけに重くゆっくりなペースで静かな住宅地を歩いている。
その背中を忍び足でそっと追う。よしよし、バレてないぞ〜。
――この時間帯だし、僕と同じ下校中かな?
もし人違いだったら、という可能性はあえて考えない。
しばらくは順調にバレることなくあとをつけまわることができていた。我ながら才能(?)かもしれない、と誇らしくなる。
ますます人通りは皆無になり、道が一層狭くなったところで、前の彼は突然立ち止まった。いや、フリーズした、と言ったほうが正確か。
そして、微かにため息が聞こえたかと思えば、こちらに振り向いた。
「......[漢字]雲井[/漢字][ふりがな]くもい[/ふりがな]」恨みがましい視線がやけに懐かしい。
[水平線]
「[漢字]雨瀬[/漢字][ふりがな]あませ[/ふりがな]くんっ、久しぶりだねー!」
「そうだな」
「元気してた?」
「まあ」
「そっか〜! っていうかいつ僕に気づいたの?」
「結構前」
「えぇぇ! なんで?」
「足音」
「嘘、忍び足のつもりだったんだけどなぁ〜」
雨瀬と雲井は中学の頃の同級生。それ故1年以上ぶり、感動の再会なのである。
雲井は当時から1人でいることがほとんどだった雨瀬にしつこく話しかけていた。もちろん雲井の方は雨瀬を“友達”だと認識している。
[漢字]雲井は[/漢字][ふりがな]・・・[/ふりがな]。
「最近どう?」
「普通」
「普通って具体的には?」
「普通は普通」
「んぇ〜わかんないよぉ〜」
雨瀬の素っ気ない数単語程度の返事は中学の頃と全く変わらない。だが慣れている雲井が気にしないのも全く変わらない。
「そーだ! 今からどっか遊び行かない? 僕暇だし!」
雲井は雨瀬を見上げた。雨瀬の顔を見るには上を向かないといけないのが少し不満だ。結局高校生になっても身長が157cmから伸びることはなかったので、身長差すら変わらない。
「俺は暇じゃねーんだよ」
雨瀬は見下すように雲井を睨む。いや、実際物理的に見下している。
「よし! じゃあ決定!」
「俺の話聞いてたか?」
いいじゃん、ケチ。うるせぇ、暇じゃねーって言ってるだろ。
こんな会話、前もしたなぁと急に感慨深くなる。多少離れていても関係は変わっていないのだ。それが嬉しく、勝手に頬が緩んだ。
「なんか雨瀬くんと喋ってると漫才みたいになるね!」
「10割お前のせいだけどな」
ほんの少し、たった一瞬、雨瀬の表情が柔らかくなった気がした。
[水平線]
なんだかんだ雨瀬は「少しだけ」を条件に雲井の提案を受け入れた。
――少しだけかぁ......3時間ぐらいかな?
雲井はぼんやり考えながら、「オシャレなカフェにでも入ろーよ!」と雨瀬の手首を掴んで連れて行く。
こうして雲井と雨瀬は閑静な住宅街を飛び出し、街中に赴いた。
といっても、ここは大して大きい建物もない結構な田舎。田んぼや山があるようなのどかな田舎ではなく、ただ単にコンビニや全国チェーン店くらいしかない田舎町だ。
よってオシャレなカフェも限られる。むしろ1つしかない。
「うわ......懐かし」
久々に、よく2人で行っていた喫茶店に訪れた。オシャレというか、古風で昔ながらといった感じのTHE・喫茶店である。
店内に入るとすぐ店員さんに角のテーブル席へ案内され、向かい合って座った。
ここでは毎回、雲井はクリームソーダ、雨瀬はオレンジジュースを頼むのがお決まりだ。今回も迷いなくそれを注文した。
「ねーねー最近どうなのー?」
「さっき言ったろ」
「もう1回!」
「めんどくさ。普通だって」
「もー、そーゆーことじゃないってば!」
雲井が「最近どう?」と聞くのは、近況のことではなかった。
やってきた店員さんが「クリームソーダとオレンジジュースでーす」とテーブルに置く。
「ありがとうございまーす!」
一旦話題を中断して、クリームソーダに取り掛かる。
「ん〜! やっぱクリームソーダが1番だなぁ〜」
「お前、ほんとそれ好きだよな」
甘そー、と顔をしかめる雨瀬。そういえば甘いものは好きじゃなかったっけ。
「当たり前じゃん! クリームソーダとパフェは正義!」
だんだん上に乗ったアイスが溶けてソーダと混ざり合う。クリーミーになったソーダをストローで飲むと、炭酸の爽やかさとアイスのまろやかさが口の中で相まって――
「じゃなくて!」
いけない。完全にクリームソーダに気を取られていた。雲井は自分を律し、正面の雨瀬に向き直る。
「最近、どうなの? ――もう嫌なこと、されてない......?」
雨瀬の視線は、パチパチ上へあがるクリームソーダの泡から離れない。
「もう、大丈夫」
一言、独り言のように静かな声だった。
「よかった」
こっそり尾行したのも、無理やり喫茶店に連れ出したのも、全部これを聞きたかったから。
――ほんとによかった。
クリームソーダのアイスはどんどん沈む。その隣に浮かぶさくらんぼをつまみ上げて、パクっとくわえた。[/太字]
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