雨隠れ
傘木side
授業終了を報せるチャイムが、校内に響く。
その途端、静寂に包まれていた教室は一転、男子たちの馬鹿騒ぎ、女子たちの超絶どうでもいい雑談に埋め尽くされた。
そんな男子の馬鹿騒ぎの元凶である[漢字]傘木[/漢字][ふりがな]かさき[/ふりがな]は、クラスでも随一のやかましさ、うるささ、声量を誇る男子高校生だ。
「──明日小テストとか超だるいわー」
「それなぁ……マジ無理な」
「つーか(関係ない)、今からカラオケ行かね?」
「乗った」「行く」「いこーぜ」「俺も行く〜」
全くもって小テストの勉強をする気がない男子校生たちは、揃ってカラオケに出向くようだ。
しかし、いつもならカラオケの「カ」の字で「行く!」と手を挙げる傘木が、今日は反応しない。
「お? 傘木は? 来ねーの?」
「あー……わりぃ、今日、用事あんだわ」
傘木は若干歯切れ悪くそう言った。
「めんずらしっ⁉︎ なんだ、勉強でもすんのかー?」
「するわけねーじゃん」
そう返す傘木の視線は、教室の隅で存在感を消す1人の男子に向いていた。
[水平線]
──[漢字]雨瀬[/漢字][ふりがな]あませ[/ふりがな]……ほんとに誰とも喋んねーんだな……
傘木の目線の先には、クラス随一の静かさ、無愛想さ、存在感の無さを誇る(?)雨瀬がいた。
雨瀬は授業中、休み時間、放課後に関わらず一切発言をしない。というか、声を出さない。なんなら、傘木は雨瀬の声など聞いたこともない。
そんな存在感の無さすぎる雨瀬のことを、傘木は正直、密かに、ちょっとだけ馬鹿にしていた。
──友達もいないみたいだし、誰も話しかけねーよな……なんかここまでくると可哀想だな……
ちなみに、珍しく傘木がカラオケを断った"用事"とは、雨瀬の[太字]実態調査[/太字]であった。
雨瀬は無言のまま鞄に教科書やら何やらを適ッ当に詰め、早々と教室を後にした。
「あ……ッ!! 悪い、俺帰るわ!」
"実態調査"、つまり雨瀬を追いかけなければならない傘木は、男子のガヤから離れ、鞄を持ちあとを追った。
「え⁉︎」「何だあいつ……」「今日なんか変だよな」
[水平線]
──雨瀬のヤツどこ行きやがった⁉︎
油断していた傘木は、雨瀬をうっかり見失う。
と思えば、雨瀬は普通に階段を降りていた。
──う、気付かなかった……存在感……!!
足音を立てないよう注意しつつ、雨瀬の背中を追う傘木。雨瀬は気付いていないらしい。
そのまま昇降口まで降りた傘木は、普通に靴を履く。
──普通に、帰る、のか⁉︎
このまま普通に帰られてしまえば、傘木は雨瀬の存在意義を疑わざるを得ない。
雨瀬は昇降口を出た。
外は、まばらな小雨が降っていた。追って昇降口から飛び出した傘木の頬を、冷たい雨の一雫が濡らす。傘木は持っていた傘を静かに開き、再び追跡を続行する。
徐々に雨が激しさを増すが、雨瀬はスタスタと何の躊躇もなく、歩みを止めなかった。
"帰宅"の文字が傘木の頭に浮かぶ。
だが。
「っ⁉︎」
校門を目前にして、雨瀬はぎゅいんと右折。割と距離をとって追っていた傘木は、思わずさっとしゃがんだ。
しかし、雨瀬は傘木に一切気づくことなく、人気のない体育館裏の小さな道を進んでいる。
傘木ですら来たことのない道を、ただただ歩き続ける雨瀬。
実は俺に気付いてたりして──と傘木はもはや怖くなってきている。
全く整備の行き届いていない、草ボーボー石ゴロゴロの小道を行く雨瀬を、十分距離をとって傘木は後をつける。ソーシャルディスタンスである。
「……………ふぅ……」ふと、雨瀬は足を止めた。
雨瀬の背中越しを覗くが、そこはもう行き止まりだった。
──何をする気だ雨瀬……っ!!
身の危険まで感じている傘木は、思わず身構える。
雨瀬は数秒微動だにせず止まっていたが、やがて、[漢字]徐[/漢字][ふりがな]おもむろ[/ふりがな]に腰を屈めた。
「……?」え? 何してんだ、コイツ?
あくまでこれは"実態調査"。バレてしまえばそこで終了。それを十分理解した上で、傘木は意を決した。
そろーっ、と背伸びをし、しゃがむ雨瀬の向こうに何があるのか伺う。
そこにいたのは。
「………………………猫。ほら、食えよ」
茶色っぽい、もふぁもふぁ(?)したまだら模様の生き物。
猫だった。
しかも、1匹や2匹ではない。各々違った模様の猫が、雨瀬と戯れている。
かと思えば子犬もいる。よく見ると雀もより集まっているし、よくわからない鳥も楽しそうにさえずっている。
「──っ⁉︎」
その光景に、傘木は目をひん剥いた。
──え、雨瀬って、意外と可愛いやつ……⁉︎
「…………落ち着けって、ちゃんと餌やるから……ふふ」
背後からでもわかる、雨瀬の笑顔。
傘木は雨瀬に近寄った。
そして雨瀬の背中を、そっと自分の傘で大粒の雨から守った。
「…………?」
気配を感じ取ったのか、雨瀬は背中をびくっと跳ねさせ、恐る恐ると言った感じで振り向いた。
右手は猫の頭に、左手には餌を乗せていた雨瀬が、傘木を見上げる。
傘木は未だに、あの時の雨瀬の真っ赤に染まった頬を忘れることができない。
授業終了を報せるチャイムが、校内に響く。
その途端、静寂に包まれていた教室は一転、男子たちの馬鹿騒ぎ、女子たちの超絶どうでもいい雑談に埋め尽くされた。
そんな男子の馬鹿騒ぎの元凶である[漢字]傘木[/漢字][ふりがな]かさき[/ふりがな]は、クラスでも随一のやかましさ、うるささ、声量を誇る男子高校生だ。
「──明日小テストとか超だるいわー」
「それなぁ……マジ無理な」
「つーか(関係ない)、今からカラオケ行かね?」
「乗った」「行く」「いこーぜ」「俺も行く〜」
全くもって小テストの勉強をする気がない男子校生たちは、揃ってカラオケに出向くようだ。
しかし、いつもならカラオケの「カ」の字で「行く!」と手を挙げる傘木が、今日は反応しない。
「お? 傘木は? 来ねーの?」
「あー……わりぃ、今日、用事あんだわ」
傘木は若干歯切れ悪くそう言った。
「めんずらしっ⁉︎ なんだ、勉強でもすんのかー?」
「するわけねーじゃん」
そう返す傘木の視線は、教室の隅で存在感を消す1人の男子に向いていた。
[水平線]
──[漢字]雨瀬[/漢字][ふりがな]あませ[/ふりがな]……ほんとに誰とも喋んねーんだな……
傘木の目線の先には、クラス随一の静かさ、無愛想さ、存在感の無さを誇る(?)雨瀬がいた。
雨瀬は授業中、休み時間、放課後に関わらず一切発言をしない。というか、声を出さない。なんなら、傘木は雨瀬の声など聞いたこともない。
そんな存在感の無さすぎる雨瀬のことを、傘木は正直、密かに、ちょっとだけ馬鹿にしていた。
──友達もいないみたいだし、誰も話しかけねーよな……なんかここまでくると可哀想だな……
ちなみに、珍しく傘木がカラオケを断った"用事"とは、雨瀬の[太字]実態調査[/太字]であった。
雨瀬は無言のまま鞄に教科書やら何やらを適ッ当に詰め、早々と教室を後にした。
「あ……ッ!! 悪い、俺帰るわ!」
"実態調査"、つまり雨瀬を追いかけなければならない傘木は、男子のガヤから離れ、鞄を持ちあとを追った。
「え⁉︎」「何だあいつ……」「今日なんか変だよな」
[水平線]
──雨瀬のヤツどこ行きやがった⁉︎
油断していた傘木は、雨瀬をうっかり見失う。
と思えば、雨瀬は普通に階段を降りていた。
──う、気付かなかった……存在感……!!
足音を立てないよう注意しつつ、雨瀬の背中を追う傘木。雨瀬は気付いていないらしい。
そのまま昇降口まで降りた傘木は、普通に靴を履く。
──普通に、帰る、のか⁉︎
このまま普通に帰られてしまえば、傘木は雨瀬の存在意義を疑わざるを得ない。
雨瀬は昇降口を出た。
外は、まばらな小雨が降っていた。追って昇降口から飛び出した傘木の頬を、冷たい雨の一雫が濡らす。傘木は持っていた傘を静かに開き、再び追跡を続行する。
徐々に雨が激しさを増すが、雨瀬はスタスタと何の躊躇もなく、歩みを止めなかった。
"帰宅"の文字が傘木の頭に浮かぶ。
だが。
「っ⁉︎」
校門を目前にして、雨瀬はぎゅいんと右折。割と距離をとって追っていた傘木は、思わずさっとしゃがんだ。
しかし、雨瀬は傘木に一切気づくことなく、人気のない体育館裏の小さな道を進んでいる。
傘木ですら来たことのない道を、ただただ歩き続ける雨瀬。
実は俺に気付いてたりして──と傘木はもはや怖くなってきている。
全く整備の行き届いていない、草ボーボー石ゴロゴロの小道を行く雨瀬を、十分距離をとって傘木は後をつける。ソーシャルディスタンスである。
「……………ふぅ……」ふと、雨瀬は足を止めた。
雨瀬の背中越しを覗くが、そこはもう行き止まりだった。
──何をする気だ雨瀬……っ!!
身の危険まで感じている傘木は、思わず身構える。
雨瀬は数秒微動だにせず止まっていたが、やがて、[漢字]徐[/漢字][ふりがな]おもむろ[/ふりがな]に腰を屈めた。
「……?」え? 何してんだ、コイツ?
あくまでこれは"実態調査"。バレてしまえばそこで終了。それを十分理解した上で、傘木は意を決した。
そろーっ、と背伸びをし、しゃがむ雨瀬の向こうに何があるのか伺う。
そこにいたのは。
「………………………猫。ほら、食えよ」
茶色っぽい、もふぁもふぁ(?)したまだら模様の生き物。
猫だった。
しかも、1匹や2匹ではない。各々違った模様の猫が、雨瀬と戯れている。
かと思えば子犬もいる。よく見ると雀もより集まっているし、よくわからない鳥も楽しそうにさえずっている。
「──っ⁉︎」
その光景に、傘木は目をひん剥いた。
──え、雨瀬って、意外と可愛いやつ……⁉︎
「…………落ち着けって、ちゃんと餌やるから……ふふ」
背後からでもわかる、雨瀬の笑顔。
傘木は雨瀬に近寄った。
そして雨瀬の背中を、そっと自分の傘で大粒の雨から守った。
「…………?」
気配を感じ取ったのか、雨瀬は背中をびくっと跳ねさせ、恐る恐ると言った感じで振り向いた。
右手は猫の頭に、左手には餌を乗せていた雨瀬が、傘木を見上げる。
傘木は未だに、あの時の雨瀬の真っ赤に染まった頬を忘れることができない。
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